【紡ぐ生活4日目】
大蛇のヌシに会いに行くついでに地下探索を始める。今日はジェニファーとカタンも一緒に来ている。地下の地衣類やキノコ類の採集と俺の暴走を止めるためだそうだ。
「おーい! 今から行くからなぁ!」
地下道に向けて俺は大声で言った。
「何を言ってるんですか? 大声を出したら魔物が寄ってきちゃうじゃないですか?」
ジェニファーは怒っていたが、カタンは笑っていた。
「いや、たぶんこれでヌシたちには伝わったと思う。地下に何体いるのかはわからないけど、俺が遭ったヌシは全員感情の感受性が強かった。だから体内で魔力が渦巻いているんだと思う」
「つまり敵意はないと報せたってことですか?」
「そういうこと。黒ムカデとかが襲ってきたら倒そう。それくらいなら大丈夫だろ?」
「ええ、まぁ。あれは倒すというよりも固定してしまえばいいんです」
ジェニファーには対応策があるようなので任せよう。
「この苔が美味しかった。あとキノコも意外と歯ごたえがあっていいんだよ。結局のところ毒抜きさえできれば食材は多い」
カタンはいろいろと解説してくれる。
「毒抜きって塩に付け込んだり水に浸しておいたりするのか?」
「そう。あとは毒消しの薬草で挟んでみたりしてるけど、外に干しておくとジビエディアが来ちゃうのよ。お腹が大きくなってきてるから、春前には生まれると思うんだけど、変なものは食べない方がいいと思うのよ」
「魔物用の餌も用意しないといけなくなってきた?」
「あ、それは大丈夫です。植物園跡地に餌箱を設置してますから」
「なんで?」
「有機肥料の採取と魔物の行動範囲特定のためです」
「要するに糞を回収して、調べてるってことだろ? ジビエディアは行動範囲が広いもんな」
「海藻なんかも出てくるんで、たぶん東海岸の方まで行ってるんですよ」
「そうか。フィールドボアになると亜種になったりするから、足の速さも関係するのかな」
「群れも大きな要因だと思ってたんですけどね。身体能力が重要なんでしょうか?」
「クリフガルーダから移住してきたハーピーとか、今はすっかり馴染んでいるけど、ちょっと他の種族の視線を気にしているようなところがなかった? そこを越えて、やり方さえわかれば一気に自分たちで仕事を始めていたでしょ?」
「確かにそうでしたね……」
「空を飛べる分、どうしても自分たちを俯瞰して見てしまうんだと思うんだよ。クリフガルーダで迫害もされてきたしさ。今は一番魔境コインを使ってるし、ミッドガードから出てきた時の難民の輸送も自分たちで発展させていってるだろ? 見えているものとかできることの違いで性格とか思考とかも変わってくると思うんだ」
「マキョーさんってそんなことを考えてるの?」
「意外か?」
「まるで魔境の領主じゃないですか」
「ジェニファーが認めなくたって、俺は俺の仕事を日々やってるんだぜ」
「初めの頃は走れて強いだけだったのに……」
「今でも、だいたいそうだよ」
「じゃあ、走れて強くなればマキョーさんみたいになれる?」
「本当のはじめは走れもしないし強くもなかったよ。ただ見てただけ。見てるだけでも、ここにいると死ぬなってわかるでしょ。だから逃げ足が速くなったんだと思う。あとは出来ることを増やさないと生きていけなかったから、徐々に増えていったんだよ。いつの間にかこうなってただけ。強いというか精度が上がってるだけだと思うけど……、おっ」
地下道の先から冷たい風が吹いてきた。
ピシピシ……ピシッ。
地面に氷魔法が放たれ、一本の白い線ができていた。
「無駄話してないで早く来いってさ。黒ムカデは?」
「全然現れませんね」
「苔、採れた?」
「大丈夫です」
「じゃあ、とっとと会ってくるか」
ずるりと俺は自分のダンジョンを鎧から出して、白い大蛇のもとへと向かった。光るキノコのお陰でほのかに明るい地下道を進み、襲って来ない黒ムカデを尻目に白い氷を目印に歩いていく。
地下道の先に大きな湖があった。北部の井戸から行ける地底湖と繋がっているだろうか。水は凍り、奥まで道が続いていた。おそらく白い大蛇はこの湖の先にある島にいるらしい。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だろ」
「あんまり壊さないように」
「わかった」
ジェニファーとカタンとはここで分かれる。二人は採取と地底湖の生き物を観察するそうだ。俺はダンジョンを連れて島へ向かう。
水の上を歩けるようになっていてよかった。
「たのもう!」
島の真ん中でとぐろを巻いて寝ている大蛇に声をかけた。今までは遠目でしか見ていなかったが、家よりも大きい。島はほとんど凍っているのに、大蛇の体温が高いのか周囲だけ凍っていない。
カァアアア!
大きく口を開けて威嚇された。敵意や殺意は感じられない。渦巻く魔力が熱を帯びている。これを冷やすために氷魔法を使っているのかもしれない。
「ごめん。遅れた? とりあえず思念体は出せるか? ダンジョンで話せるといいんだが……。ダンジョン、部屋を頼む」
ダンジョンは凍った岩に張り付き、即席で門を作っていた。ちゃんとこういうのも見てきたから作れるのか。特に鍵は使わずには入れるらしい。
俺は身体を外に置いて、思念体でダンジョンの中に入っていく。
ちゃんと何もない部屋があった。一応大蛇が入れるくらいの大きさは確保したようだ。
「イスとテーブルだけ用意してくれ。あったろ?」
イスとテーブルが床からニューッと出てきた。俺の椅子は背もたれがない。食べちゃったのだろう。悪い奴だ。
ズルリ……。
大蛇のヌシの思念体が入ってきた。ラミアの形をして、真っ白だった。しかもミッドガードにいた難民のような服まで着ている。
「私が喋れることに驚かないのね?」
白いラミアは明るい声だった。
「この前、巨大魔獣と話していたからそれは驚かない。それよりも獣魔病患者だったのか?」
「そう。たぶん、あなた方が特別に強いと思っている個体のほとんどがかつて獣魔病患者だった者の生まれ変わりだと思う」
「俺たちはヌシと呼んでいる。そうか。だから同胞の感情を読み取ってしまうのか」
「感情の言語化をしてしまうからね。微妙な感情まで預けてくるのよ。人のヌシも生まれ変わりの香りがするけれど……」
「ああ、別の世界から来た生まれ変わりだ」
「そうなの!? だから、魔力が好むわけだ」
「そういうものなのか」
「前の世界の姿と今の姿はまるっきり違うんじゃない?」
「確かに、今の姿は全然違うな。魔境に来ていない時は……、ちょっと似ていたか」
健康な腹を擦った。
「自分が認識している自分と、他者からの視線が違えば違うほど、その矛盾に魔力が付いてしまう。自分のことを少女だと思っている老婆ほど魔法が上手なのはそのせいよ」
「ああ、そういうことか。物知りだな」
「いや、そう思って見ていると納得できる点が多いってだけよ。ちゃんと確かめたことはない。それで、わざわざ昔の姿までさせた用件は?」
「実は魔境が、いやユグドラシール跡地の開発がようやく進み始めた。いずれ地下も開発される。俺としてはもちろん共存を望んでいるが、そのうち棲み処を脅かす者たちも出てくるかもしれない。そうなる前にこのダンジョンに移住してこないか?」
そういうと白いラミアは笑っていた。
「いつかダンジョンに住みたいと思っていたけれど、その願いはこういう形で叶えられるのか……。でも、すぐには無理よ」
「もちろんだ。このダンジョンも用意できていないし、開発されないかもしれない。選択肢の一つと思っておいてほしい」
「わかった。どれだけ生まれ変わってもダンジョンに翻弄され続けるのね。私たちは」
「今はもうダンジョン同士の抗争はないよ」
「ええ、そうみたいね」
「どうして抗争なんて始めたんだ?」
「平原の向こう、いえ、今は砂漠だったかしら。崖の近くにダンジョンがあったの」
「へぇ……」
ダンジョンの跡は見つけられなかったな。
「崖も今は相当高くなってるんじゃない?」
「高いね。山脈の半分くらいの高さはあるかもしれない。鳥人族の国ができているよ」
「鳥の獣人の?」
「そう」
「へぇ! 鳥の獣人なんて非力でね。遠くを見る能力となにかを溜め込むくらいしか特性のない種族で、獣人の中でも荷運びもできない奴らってイメージだったのに、国があるなんて……。運命って面白いのね」
「崖が守ったのかもしれない。そういや崖を作った大穴の杭は抜いたよ」
「抜けるの!? 人の力で?」
「人の力で封印したんじゃないのか?」
「そうだけど……、あれを抜くなんて……。だから地中に伸びていた魔力の流れが変わったのかしら?」
「そう。巨大魔獣が方向転換してただろ?」
「してた。もう現れないの? さっき、巨大魔獣と話してたって言ってたけど……」
「ああ、杭が刺さってた大穴に移設した。もう時は旅してないから、現れることもないよ」
「人のヌシってなんだか無茶苦茶ね」
「そうかい? まぁ、そういう流れだったんだ。それで、崖の下のダンジョンってどこにあったんだ?」
「港町よ。獣人がたくさん住んでてね。獣魔病患者も紛れて仕事をしてた者も多い。今でも魔力はなくなってる?」
「ああ! 魔力がない港跡があった。あそこか! でも、ダンジョンの跡なんてなかったよ」
「でしょうね。ダンジョンが死ぬってことは産業も人の流れもすべて消えるってことよ。ほとんど取りつくされちゃったんじゃないかな」
「ちょっと待て、ダンジョンって死ぬのか?」
「それが抗争の原因の一つよ。ミッドガードは移送され、突然巨大な万年亀が闊歩するようになったユグドラシールで、残されたものはダンジョンだった。ダンジョンを拠り所にして生活できると思っていたのに道は崩れていった。新しいダンジョンを作る技術はどこかへ売られていつの間にかなくなり、人の流れは中心部から端の方に移っていったの。そして死ぬはずのなかったダンジョンが突然死んで、魔力が辺り一帯から消えた」
「なんで死んだんだ?」
「わからない。原因がわかっていたら抗争にならなかったかもしれないけど、各地のダンジョンの住民たちは不安に駆られ、唯一の財産である魔力まで消えるかもしれないと抗争を始めた。植物園は魔物に乗っ取られるし遺伝子学研究所は言い訳を続けたまま、封鎖され、軍も中央から撤退。逃げ惑う人たちが地下を進み、抗争が終わるのを待ち続けた……」
白いラミアの明るかった声はいつの間にか暗くなっていた。
「彼らの思いが私と巨大なスライムの中に渦巻いていると思って」
巨大なスライムのヌシもいるのか。
「向こうは頭がない分、全部受け止めて沼みたいになってるかもしれないけど」
「あれはヌシだったのか。いや、いろいろと理解できたよ」
「そう? ならよかった。ただ覚えておいて。あなた方がヌシと呼ぶ私たちがダンジョンに移住するのはそれほど抵抗はない。でも、死ぬかもしれないダンジョンには誰であっても移住はしないってことを」
「そうだな。調べてみるよ」
「私も人のヌシに賭けてみるわ」
俺はダンジョンから出て、ラミアを大蛇へと見送った。