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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~

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【紡ぐ生活3日目】


「よう。元気か?」


 俺は大鰐のヌシに会いに行った。呪いを解く技を開発したときにも手伝ってもらったヌシだ。拳には呪文が書かれた包帯を幾重に巻いている。すべて霊を落ち着かせる死霊術だ。

 一撃で破けてしまわないように、何度も魔力の調節を行い、包帯の下には鉄板を仕込みさらに鉄板にも呪文を彫っていた。


 大鰐のヌシはぎろりとこちらを睨むだけ。


「ちょっと練習に付き合ってくれよ」


 バッフー!!


 大鰐のヌシは腐った肉の臭いの息で俺を吹き飛ばす。構っちゃいられないということだろう。腐食魔法の玉は飛ばしてこない。俺には効かないってことを知っているのか。学習する魔物は厄介だ。

 いや、身体の中で感情が渦巻くヌシなのだから、感情を読み取り思考できるということか。


「ああ、拳にする必要はなかったのか」


 俺は包帯を取り拳を開いて、ゆっくりと大鰐に近づいた。悪意はなく、大鰐が飛ばしてくる敵意も受け流す。あくまで自分の周囲に展開する魔力は柔らかく、反発しないようにする。


 ズボッ!


 腐臭が放たれている骨の残骸を乗り越えて、ヌシの目の前まで迫っていく。

 魔力が高速で回転し、どす黒い感情が渦巻いているのが見える。こう見れば、ヌシもよく耐えている。生きていく中でこびりついた自分の感情や仲間の感情なのだろうが、ヌシの巨体を動かすならこれくらい必要なのかもしれない。


 さらに近づく。


 ガブルッ!


 黒い魔力でできたワニがヌシの体から飛び出してきて俺に噛みつこうとしてくる。魔境で何度も見てきたワニの魔物に似ている。ゆっくり鼻先を押してヌシの体に戻してやった。

 そのままヌシの体に触れながら、霊が落ち着く呪文の包帯に魔力を込める。

 

 ヌシの身体に渦巻いていた魔力がほんの少しだけ回転が弱まった気がした。俺は手が腐る前にヌシから手を放し、回復薬を自分の手にかける。


「今日はここまででいい! いずれ自分の身を滅ぼす覚悟はできていると思うけど、周辺や生まれたばかりの仲間まで腐ってしまう。できればあの万年亀のようにダンジョンに移送したいと思っている。また来るよ」


 俺は大鰐のヌシに言って、ゆっくりその場を去った。感情があるなら言葉もわかるかもしれない。何度も通って伝えてもいい。


 大鰐のヌシは最後まで俺を攻撃しなかった。それだけで成果は十分。


「何をやったんだ?」

「腕が腫れてるゾ」


 ヘリーとチェルが奇妙な生き物でも見るように俺を見た。


「ああ、大丈夫だ。でもやっぱり触れると念みたいなものが残るなぁ」


 俺は腫れた腕から魔力を絞り出し、空へと捨てる。拡散した魔力の形が一瞬ワニ型になり、霧散。骨がちょっと削れた気がする。やはりヌシの移送には時間がかかるらしい。


「今日は小魚食べるかな」

「なんだ、お前は?」

「変なノ!」


 昼飯に小魚のフライをたくさん食べて、午後は冒険者ギルドに向かう。

 昨日からハーピーたちに依頼を出しておいた。ヌシの居場所がわかったら書き込むようにと地図も用意してある。

 ただ、地図には大量にピンが刺さっていた。


「これ、ヌシじゃなくてちょっと大きめの個体じゃないか?」

「北の方が多いけど、なにかあるのか?」

「冬眠から覚めたワイルドベアじゃないカ?」

「まだ冬だぞ」

「腹減って出てきたんだろう」


 のん気な会話をしながら、外に出ると雪が降り始めていた。

 コートを着る必要もないのに、コートを着てチェルとヘリーと3人で北部へと向かう。

 冬毛のジビエディアの群れや、アイスウィーズルなどがいたがわざわざ雪の日に襲ってくるような魔物はいない。ハーピーたちの報告は偽情報だったかと思っていた時だった。


 グォオオオ!


 遠くから熊の雄叫びが聞こえてきた。

 行ってみると、先日開けた地下墓所カタコンベの辺りでワイルドベア同士が戦っているようだ。


「あ、墓から出てきたゴースト系の魔物が冬眠中のワイルドベアに憑りついてる」

「吹っ飛ばしたはずなんだけどなぁ」

「まだまだ、いたってことだヨ」


 細かい魔物が厄介だ。


「これ、お札ね」

「貼ればいいのか?」

「そう」


 ヘリーに渡されたお札をワイルドベアに貼っていく。ただ近づいて貼るだけなので、何も考えなくてよかった。


 クオッ!


 甲高い声がワイルドベアから出て、すぐに魔力が抜けていくのがわかる。

 途端にワイルドベアが大人しくなり、どこかへ走っていった。冬眠していたねぐらに帰るのかと思ったら、別のワイルドベアも同じ方向に走っていく。


「なんかあっちにあるのか?」

「冬眠している場所が同じなんじゃないか?」

「そんなことある?」


 行ってみると、ワイルドベアの大乱闘が起こっていた。巨大魔獣の足跡があった場所で円形の闘技場と化している。


「そうカ。大熊のヌシが呪い沼に落ちたから、新しいヌシを選出してるんじゃないか?」

「起き抜けに?」

「初めに起きた者たちで戦って勝った者がヌシになれるとカ……」

 憑りつかれたワイルドベアはきっかけにすぎず、他のワイルドベアは起きたら戦うことを決めていたのか。


「いや、熊の魔物でそんな社会性のある種なんているのか?」

 俺たちはしばらく成り行きを見守ることにした。


 ゴゥッ! バウッ! ガゥッ!


 ワイルドベアたちは爪を振り下ろし、噛みついて戦っている中で、一頭のワイルドベアが倒れている血まみれのワイルドベアの臭いを嗅いでいた。若いワイルドベアも真似し始めているが、何の情報を身に着けているのかで大乱闘の行く末が決まってくるだろう。


「あの若いワイルドベアが一番観察している。爪に魔力を流せるようになったら勝ちだろうな」

「いやぁ、あそこで死んだワイルドベアの魔石を食べてる奴だロ? マキョーはどう思う?」

「ん~、わからん。でも、俺が出会ったヌシは全員、他者の思いを引き受けていたように思う。今だったら、一番怪我しているのに立ち上がってる奴かな」


 思いを魔力にできる者は他者の思いも魔力に変える。魔石は身体中に流れている魔力からすればそれほど多くはない。俺はじっと倒れているワイルドベアを見ていた。


「あ、でも、ほらやっぱり観察と技術をあげた個体が勝ち始めた」

「いや、結局は魔力で食い破るのが勝つんじゃないカ」

 ヘリーが言った個体と、チェルが応援している個体同士が戦い始めた。周囲のワイルドベアたちが一斉に戦いを止め、見守り始めている。勝った方に付き従うつもりなのか。


「うわぁ、すげぇ」

 俺は倒れているワイルドベアの集団から魔力があふれ出ているのを見ていた。一帯の魔力が渦を巻くように一体のワイルドベアに集まっていく。先ほどまで魔力が波打っていたが、誰かが託し、誰かが受け入れたのか。


「決まりだな」

 俺は回復薬を用意し始めた。


「え? 実力は拮抗しているだろ?」

「どこを見てるんだヨ?」

「戦いだけ見ていると足元掬われるぞ。死にかけてるワイルドベアを治してくる」


 俺は戦うのを止めて蹲ったり死にかけているワイルドベアを診て回った。抉れた傷は治せないが、回復薬と回復魔法で癒せるだけ癒す。すぐには動けないだろうが、冬の間に癒えるだろう。


 ボフッ!


 俺が診ている地点とは反対側のワイルドベアの死体の山から、一頭のワイルドベアが飛び出した。


 ゴォオオオアアア!!


 通常の二倍ほど大きくなっている。それだけ周囲の魔力を体に溜め込んだのだろう。

 片目は潰れ、片腕は折れている。全身が真っ赤で血に染まっている。


 突然現れた伏兵に戦っていた二体のワイルドベアが振り向いた。


 ボフッ。


 折れた腕を振るった一撃でヘリーが目を付けていた個体が回転しながら吹っ飛び、チェルが応援していた個体が噛みついていた。噛みついた方が、体をよじりながら倒れた。渦巻く魔力に対応できなかったのだろう。


 グゥオオオオ!


 勝鬨を上げ、北の森のヌシが決まった。

 仲間が人間に襲われているのかと思ったのか新しいヌシが俺に突進してきた。


 俺はゆっくり受け止めて、落ち着く呪文の包帯に魔力を込めて押し返した。包帯はビリビリになったが、ヌシは体勢が崩れ座ってしまう。


「まだまだだ。春くらいになったら、また会おう。とりあえず、傷を癒せ」


 感情が渦巻いているとはいえ、まだ生まれたてのヌシだ。回転も遅いうえに流れも見えやすい。特殊能力も巨大化くらいだ。軽く引っ叩くと簡単に倒れた。魔力も落ち着いていく。ヌシとはいえ初めはこんなものか。

 俺はヌシに回復薬をかけてやった。


「何で治すんだヨ?」

「熊肉は大量に残ってるからな。生きてた方が新鮮に保てるだろ?」

「そういうことか」

 

 俺たちはケガしたワイルドベアを治していった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 今のマキョーはまだこの世界の人間の枠内にいるのかな?エルフとか他人種もいるけどマキョーは解脱というかヒト種から一歩突き抜けちゃってる気がする。
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