【紡ぐ生活2日目】
『封骨』。かつて万年亀が死んだ亡骸で魔力溜まりを封じている。魔力溜まりから溢れる魔力を甲羅の天辺にあるダンジョンが吸収して、運用している。
俺はその中に入って、じっと思念体になる練習を続けていた。
他の主亀はいないので、巨大魔獣だった万年亀が先生になってくれている。
「悪いね。付き合わせてしまって」
「なにを言っている。マキョーが我をこの時代で止めてくれたのではないか」
不思議な感覚だ。前は災害と恐れていたのに、今はまるで友達のようだ。
「それに、今の我は思念体でしか考えることもできん。ゆっくり修行をしてくれ」
「ただ、それが難しい」
黒いサンゴが周囲に生え、床が光っている。水の流れる音も聞こえてくるので、集中は出来るのだが、何をどうすればいいのかさっぱりわからない。
「思いと魔力が結びつくのはわかったけど、どうやって人格ごと肉体から離すんだ?」
「死ねば離れる。それほど安定していないということだ」
「死ねばって言われても……」
「死んだことは?」
「前世の記憶はあるし、魔境ではよく死にかけた」
「そういう状況に自分を追い込んでみればいい」
「そういう状況って言われてもなぁ……」
特に最近は死ににくくなった。
水の床に寝転がってみる。水深は浅いので、背中と後頭部しか濡れていない。そのままの状態で、魔力を捨ててみた。
周囲の状況が手に取るようにわかり、自分が寝ているのが見えた。しかもダンジョンが魔力を吸収して流れる水の量が増え、徐々に俺の体が水に埋まり始める。
完全に顔が水の中に入ったが、俺の体は呼吸をしていない。
「おいおい!」
慌てて、捨てた魔力が戻ってきて、俺の上体を起こした。
「あぶねっ。本当に死ぬところだったんじゃないか?」
「今、ちょっとできていたぞ。なにか別の服を着ていたようだが……」
「服? あ、それ前世のかもしれない。意外と役に立つことがあるのか。それより、もしあの状態で突風でも吹いたら死なないか?」
「ああ、死ぬだろうな」
「肉体を生かす魔力は残しておきたいんだけど……?」
「通常の死霊術は残るというか、むしろ全部魔力を放出している方がおかしいのだ。幸い、ここはダンジョンだから空間は固定できる。思念体がどこかに行くことはない」
「ん? ということはヌシの思念体と会話する時もダンジョンが必要なんじゃないか?」
「ああ、うん、まぁ、あった方がいいかもしれない」
「あいつ部屋なんて作れるのか?」
俺は外で待っている自分のダンジョンの方を見た。
「ダンジョンを持っているのだな」
「うん。まだ持ち運べるうちでよかったよ」
「ヌシを移送するなら、タイミングは今しかないぞ」
「そうか! そうだなぁ」
何度も練習すると、徐々に魔力が人間の形になっていく。ただ、なかなか人格ごと手放すことができない。
「自分の分身を作るようなイメージでやってみればいいんじゃないか」
「シルビアが言ってたように魔力の分裂ができればいいんだな」
やってみると唐突に出来た。
「俺の身体から紐が……。うわっ、なんだスーツ姿か」
思念体はスーツと呼ばれる前世の服装になっている。古い傷の多い現世の身体を見ると、随分と無茶をさせた気になってくる。
「魔境を買って思い切りの良さが身に付いたのか。いや、わかっていたけどボロボロだな」
炎症を繰り返している箇所や再生しきっていない皮膚など、魔境で受けた傷を見てしまう。中身まで見えるので自分が回復していないところが俯瞰して見れた。
「とりあえず、自分のメンテナンスをするか。あとはどうやってヌシの思念体を引きずり出すか。自分でやってもこれだけ苦労するのに戦闘しながらって無理じゃないか?」
「ヌシの体に渦巻いているのは感情を伴った魔力だろ? 思念体で飛び込んでみてはどうかな?」
「食われるんじゃないか?」
「いやぁ、前世の記憶がそれだけ残っているのだから、相当思念体としての解像度は高いぞ」
「そういうものか……」
自分の肉体に戻り、傷ついた部分を回復薬などで修復していく。ついでに革の鎧も直していく。シルビアに作ってもらったものだが、作り方は見ていたし、どこが弱くなっていくのかも見ていた。サイズを測り、使われている革や金具の質感までしっかり触って確かめていった。
そうすることで思念体の解像度も上がっていくような気がした。
「これで思念体を出すと……」
肉体の魔力を5パーセントほど残し、思念体を作り出す。今度はスーツ姿ではなく、現世と同じ格好だった。
「なるほどね。思念体は強化できるってこと?」
「いや、本来はそんなことできないはずだ。急に魂のレベルが上がるなんてことはないだろ?」
「魂のレベルなんてあるの?」
「わからん。わからんが、荒れているより落ち着いている方が、はっきりとしていることは確かだ」
「そう言った意味ではヌシは常に荒れているから、思念体としては弱いのかもな。そもそもヌシについている魔力の感情って本人のものではない可能性もある?」
「それはそうかもしれない。強者に縋り付く念は多いから」
「だとしたら、その念を剥がしていけばヌシも出てくるか……」
「理屈上では可能なのかもしれないな」
「ありがとう。助かったよ」
「いや、こちらこそ現状の自分を理解できた。また、来てくれ」
元巨大魔獣に別れを告げて、外に出る。
俺のダンジョンはのん気に海を眺めていた。
「お前、部屋を作れるか?」
「んあ?」
「思念体が飛んでいかないようにしないといけないんだ」
「ああ……」
相変わらず、言葉にならない返事をしているが、こちらの言っていることは理解できるようだ。
「とりあえず、行くか」
俺はダンジョンを掴んで、魔境へと戻った。
「それじゃあ、魔物の思念体を出す練習をしようか。ダンジョンも部屋を作る練習をしてくれ」
「ん」
小さい魔物から順番に魔力を出していく。叩けば出るかと思ったが、そんな簡単じゃない。むしろ感情と結びついていないので、魔力切れを起こすだけ。
「あれ? こんな難しいのか?」
山にいた大カラスの魔物で試してみると、怒りの感情と魔力が結びつき、暴れまわった挙句、昇天してしまった。
「挑発してもダメなのか……。落ち着かせる精神魔法なんてあったか? 鎮静剤を打ってからじゃないと無理なのかなぁ」
不死者の町でゴースト系の魔物たちに聞き込みをする。
「自分を理解できているかどうかの解像度がそのまま反映されますから……」
「実はあまり強かったかどうかは関係ないかもしれません」
「むしろ個体として嘘が少ないとか、自分を直視できているかどうかの方が思念体としては重要なのだと思います」
「なるほど、よくわかるよ。感情と魔力を結びつけるのはわかるのだけれど、安定した思念体を出せるかどうかというのは難しくないか?」
「ああ、それは死霊術とかの次元でしょうね。我々も町が出てきてかなり安定しましたが、以前はただ彷徨うだけでしたから」
「やはりなにかを媒介にした方がいいです。我々もローブを媒介にしていますから」
「そういうことかぁ……」
やはり本人たちから聞くのが一番だ。
「よろしいので?」
「ああ、めちゃくちゃ参考になったよ。ありがとう」
「いえ……。あまり認めないでください」
「領主殿に感謝されると昇天しかけますから」
「すまんな」
俺はそのままホームへ戻り、ヘリーに思念体を落ち着かせる死霊術の呪文はないか聞いた。
「あるにはあるが、ヌシには効かないだろう?」
「やってみないとわからないだろう? しかし、このマフィンが美味いな」
「メイジュ王国から砂糖が来たのよ」
カタンが自分で食べているときは自信作だ。防波堤ができて交易船が来たから早速料理に使っているらしい。
「それより呪文を教えてくれよ」
「結局、私たちも手伝うのか?」
「いいじゃないか。ダンジョンがまだ定着していない時期じゃないとヌシの移送は面倒なことになりそうだからさ」
「そういうことか……。マキョーには時代が味方しているのかもな」
そう言われて、俺はふと白い鹿の神を思い出した。