【魔境生活32日目】
フォレストラットに餌をやり、畑の水撒きをきっちりとこなす。
畑の野菜が順調に育ってきた。
今日は沼に入らず、家で歴史書を読書。
チェルとジェニファーが朝飯を作ってくれるので、非常に楽だ。
読書をしながら沼から採取した大きな魔物の骨を手で転がす。魔力を込めたりしても割れず、触っているうちに手に馴染んでくる。
チェルが拾ってきた雷紋が描かれた石は何かの鍵なのか、衝撃などを与えても一切傷がつかない。見た目も触感もただの石なのだが。遺跡の手がかりはこれだけ。
歴史書から得られた魔境の情報をまとめる。
・この魔境は昔、国であったこと。
・突然、なんの前触れもなく人が大量に消えることがあった。
・空飛ぶ島は巨大な魔獣に食べられてしまったらしい。
・鹿が神の使いとされる宗教があったらしく、語り継ぐことがなにより重要だった。
あとは、天変地異がとにかく起こりまくっていたらしく、フォレストラットの大発生やバッタの魔物による蝗害など、魔物に起因する災害も多かったみたいだ。アラクネの大量発生もあったようで、森全体が蜘蛛の巣だらけになったことがあるという。
今のところ、特に問題なく過ごせているので良いが、シェルターのようなものを作らなければならないかもしれない。
「この洞窟は、住処として本当に適しているのかもしれないな」
魔境以外の情報で気になったのは、昨日来た貴族の女戦士がいる隣の領地は肥沃な土地であったため、他の貴族や外国から狙われることが多く、度々反乱や政治的な乗っ取りの被害にあっているということ。時には強制的に追い出されることもあったらしく、本には領地奪還した英雄が何人も出てきた。
隣の領地で冒険者が内乱を起こしたと貴族の女戦士が言っていたが、訓練施設の隊長も駆り出されているかもしれない。
そうなると、困るのは我々だ。当面、取引が出来なくなることもあり得る。
「面倒だな」
「メンドウ?」
パンを焼いていたチェルが聞いてきた。
昼飯を食べながら、チェルに隊長と取引ができなくなるかもしれないことを説明。ジェニファーも
「馬鈴薯や豆を早急に育てたほうがいいですかね?」などと提案してきた。
「コマルカ?」
チェルは何が困るのか、わからないらしい。
服や本が手に入らなくなるし、船で使う部品だって揃えられなくなると説明した。
「コマル! 隊長を助ケナケレバ!」
「じゃ、朝飯食ったら、ちょっと様子見に行ってみるか?」
「ウン」
「私は、畑の様子を見に行きます」
ジェニファーは今回も留守番。やはり移動速度が圧倒的に足りない。本人もそれがわかっているので、無理せず畑の害獣を倒してレベル上げをするという。
朝飯は新鮮なジビエディアの肉をじっくり焼いたステーキとパン。
野菜はなんか……よくわからない野草のおひたし。チェルが魔族の国で食べていたという野菜を森で見つけたから、作ってみたという。毒はないそうだが、苦い。よく噛んでいると、美味い気がする。ただ、口の中が真緑になった。
「こういう野菜なのか?」
「苦すぎませんか?」
「チョット、コノ森ノハ濃イ」
まぁ、食物繊維が取れればいいか。
食後、魔境を出て、訓練施設へ向かう。
そんなに時間はかからなかった。木の実や野草の採取をしなければ、1時間ほどで着いてしまっただろう。今朝の朝食を踏まえて、食べられそうな植物は積極的に採取していくことにしたのだ。あとで、飼っているフォレストラットに食べさせてみてテストすることに。
訓練施設では、隊長とその部下たちが畑で作業をしていた。特に、反乱の鎮圧に駆り出されてはいないようだ。
「あれ? どうした?」
こちらに気づいた隊長が手を上げて近づいてきた。
「いや、昨日貴族の女戦士だという奴が来て、近くの領地で反乱が起こっていると聞いたから、ここの人たちも駆り出されているのかと思って」
「なんだ、心配してくれたのか? 見ての通り駆り出されちゃいないよ。ここは辺境の辺境だからな。冒険者たちの反乱については聞いているが、そうか、貴族の娘が魔境まで入りこんだか……」
隊長は顎に手を当てて、考えていた。
「昨日、魔境に来たのか?」
「ええ、そうです」
「なら、まだ森のなかにいるな」
確かに、俺も森を抜けて魔境に入るのに、一日はかかった。
「やはり、魔境に住んでいると、身体能力が上がり易いのか?」
隊長は自分の筋肉と見比べて言った。
「どうなんでしょうね。あまり誘惑がない分、やることは限られているので、自然と順応していってますけど」
町に住んでいた時とは大違いだ。娼館もないし、チェルに欲情することもない。
「そういうもんか。まぁ、魔境に行った貴族のお嬢さんに関しては、こちらでも探しておくよ。反乱については、たぶん鎮圧されているとは思うが、君たちが心配することでもないだろう。この訓練施設の連中もよっぽどのことがない限り動かないから、今まで通り、時々、物々交換してくれ」
「わかりました……。一応、魔境は私有地なので、勝手に入って死なれても困ると言っておいてもらえますか?」
「わ、わかった。そうか、そうだよな。この訓練施設を通る人間には伝えておく。入り口に看板でも立てたほうが良いかもしれないよ」
「そうします。では」
用は済んだので、とっとと帰ろう。
「あ、それだけか。この間の熟成肉がとても好評だから、また持ってきてくれると嬉しい」
「了解です」
畑で作業をしている軍人たちも手を上げて挨拶をしていたので、挨拶を返した。チェルは手を振っていた。
帰りは、貴族の女戦士が森にいないか、探しつつ帰ったが、見当たらなかった。最短ルートではないらしい。
魔境に入って家まで帰る途中に豪雨にあった。
慌てて家に帰ると、ジェニファーが袋に土を詰めて土のうを作っていた。
「このまま雨が続くと畑が水没してしまいます!」
「マキョー、地面をアゲナイト」
「おう、ちょっと行ってくる!」
びしょ濡れのまま、俺は外に飛び出し、沼の側にある畑へと向かった。
ジェニファーの言う通り、沼の水位が少し上がっている。
俺は地面の中に流れる魔力に干渉し、隆起させた。しかし、畑を隆起させた分、周囲の標高が下がり、沼の水が流入。畑が島と化してしまった。
「これじゃあ、畑を広げられないな」
魔物対策よりも、立地を考えて畑を作らなくてはいけなかったようだ。
「ダメだ」
家に帰り、布で皮の鎧を外して、着替えながら言った。
「水没してました?」
顔を泥だらけにしたジェニファーが心配そうに聞いてきた。もう土のうは作っていない。
「いや、畑は守ったけど、周辺が水没した。これ以上畑を広げられない」
「タイチョーにタヨルカ?」
チェルが聞いてきた。
「ああ、しばらくは交換で手に入れていくしかないな。もっと魔境の植物で食べられるものを探そう。噛んでくる果実もあるし、これだけ多様化してるんだから食べ物は豊富なはずだ」
未だ雨は降り続いていて、その日は家の中で、フォレストラットに採ってきた木の実や野草を食べさせて、反応を見ることに。特にどの木の実も野草も食べられるようだが、好き嫌いはあるらしい。
ジェニファーは木の実からでる渋みをどうにか取れないか、鍋の前で味見を続けていた。