【紡ぐ生活1日目】
カラカラカラカラ……。
倉庫で起きると、アラクネたちが糸をつむぐ音が聞こえてきた。
「丈夫な糸を作っているのかい?」
「いや、私たちの糸は出来てるけど染色が難しいでしょ。他の素材からも糸が作れるっていうから作ってるところ」
「そっか。おはようさん」
「「「おはようございます」」」
「深夜までやってたんですか?」
防波堤づくりのことだ。すでに着工から三日以上経ち、どうにかこうにか完成まで辿り着けた。
「うん。何日目なのか、もうわからないけど、とりあえず船はそんなに揺れないはずだ。あとは魔石をたっぷり吸ったサンゴでもついてくれればいいんだけどな」
そう言いながら外に出てみると、東の海から昇る太陽がまぶしかった。
浜辺では冬なのにラミアたちが海に入り貝をとってきて焼いている。ついでにダンジョンが取り込んでいた魔物の肉もおすそ分けしておいた。
「マキョーさんも食べる?」
「食べるよ。皆、今日はどこ?」
川の工事や海岸線の建物も建てる予定だ。ダンジョンの民も、不死者の町からも、クリフガルーダから来たハーピーたちも皆、駆り出されている。
「私たちは海岸線の区画整理のために木を切るんだって」
「冬のうちに開発して春になって、どれくらい植物が生えるのか見たいってことでしょ?」
「街道が通ったから、どんどん物資が届くから出来上がっていくのが面白いよね」
ラミアたちは仕事が面白いらしい。
「それが一番だよなぁ」
遺伝子学研究所にいた頃は、見よう見まねで変な家ばかり建てていたから、ちゃんと設計された家が組み上がっていくのが嬉しいようだ。しかも引き戸や窯など、こうすればよかったということが多いのだとか。
「だから熱が集まるとか、ちょっとだけ斜めにして水が流れていくとか理解できるのが面白いのよ」
「そうそう。こうなってたのかってことが多いのよ。砂漠のゴーレムたちはやっぱりすごいよ。ちゃんと理由がある技術を伝えてるんだから」
「本当その通りだよ。やっぱりそれをやるのが領主の務めか」
「え? どういうこと?」
「いや、開発が進むと今まで魔境で起こっていたことが忘れ去られちゃうだろ? でもたぶん忘れちゃいけないことがある。それを後世に残しておかないとな」
俺はダンジョンの民と磯焼を食べながら、今後の予定を決めた。
ホームの洞窟に戻り、古参のメンバーを呼んで椅子に座ってもらった。
「なんで冒険者ギルドを使わない? 寒いじゃないカ!」
「防波堤を作り終わったばかりじゃないですか?」
「なんだというのだ。こんな朝から」
「サメ肌の服はどうだったのだ?」
「皆さん、スープは煮えてますよ」
「俺、いていいの?」
「区画整理についてだろう?」
ドワーフの三人にも来てもらった。カリューはミッドガードの近くで聞いているという。
「とりあえず、皆お疲れ。今までよく生き残ったよな」
「なんだ? 勝手に生き残って悪いカ?」
「そりゃ、死ぬと言われれば動きますよ」
「そういうことじゃないんじゃないか」
「ま、まぁ、いいよ。聞こう」
「今後は魔境の開発が進んで建物が建っていくし、道もできていくと思う。一応、俺が立てた計画通りに進めるのも予定を変更するのも、サッケツに任せようと思ってる」
「え!? 私ですか!?」
「皆の住みやすい場所にしてくれ」
「おいおい、領主交代カ?」
「いや、それも投票で決めたらいいと思ってる。俺は、いつでもやめていい。どうやら俺はサバイバルをしたり、魔物の相手をしたりする方が向いている。誰かを統治するには向いてないんじゃないかとも思ってる。今朝もダンジョンの民と浜辺で朝飯を食べていたし、威厳がないだろ? そういう生活の方が向いてるんだ。ただし、領主として最後の仕事をしようと思ってる」
「はぁ!? なぁにを言ってるんだね!」
「いや、あのぅ……。ちょっといろいろとすでに認められない部分はありますけど」
「マキョーはこれだけいるというのに我々のことを理解できていないのだ」
「ま、ま、ま、まぁ! まず、聞こう。まだ、マキョーが領主なんだから!」
シルビアが大きな声を出して立ち上がった。
「魔境各地にいるヌシをダンジョンに移送しようと思ってる。そのためにはいろいろと能力だけでなく歴史を知らないといけないと思うんだ。魔境から人間がいなくなった後の話だ。砂漠の基地でグッセンバッハがやっているが、砂漠周辺と建築技術や魔道機械のことだけだ。どうしてヌシが生まれたのか、何がその場に縛り付けているのか、誰も知らない。だからその誰も知られざる歴史をね。それを後世に残して繋げていく。見ようとすれば、魔人になるかもしれない。だけど、今の俺なら、出来るような気もするんだ」
「マキョーしかそんなことできないよ」
「あくまでも自分は開拓者ということですか?」
「パイオニアであってリーダーではないと?」
「お、終わりか? 話はそれだけ?」
シルビアに聞かれて、「それだけ」と答えた。
「まず、マキョー以外で現状、魔境の領主は務まらないから、前提を変えないと無理じゃないかな」
「そうだね。今は無法者しかいないから秩序が保てているように見えるけど、本来、マキョーにぶっ飛ばされると死ぬってことがわかっているから、保てている部分は大いにあるのだよ」
「そもそも我々はついて行く人を間違えているのは自覚しているんですよ。それでも他に行き場がないからついて行くしかないわけです。急にはしごを外されると我々は単なる無法者集団となり、地元に帰った上で大変な騒ぎを起こしますよ」
「他の国だと武力で解決できるからネ」
女性陣は文句を言っていた。
「リパはどう思う?」
黙っていたリパに振ってみた。
「あー、俺はあんまり変わらないですよ。どうであれ、マキョーさんに付いていきますし、他に何かをやれと言われてもピンとこないというか、想像できないですね」
「カヒマンは?」
「俺は……、理解してないです。マキョーさんはいなくならない?」
「いなくなるわけじゃない」
「じゃ、別に……」
「カタンは?」
「え? 料理は好きだからするし、採取もするけど、他の領主になったらルールが変わるってこと?」
「変わるかもしれない」
「じゃ、ダメだよ。困る。毒を盛るかもしれない……」
新しい領主が出てくるたびに、毒殺されたら大変だ。
「それは俺も困るな」
「でも、とにかくマキョーさんはヌシに話を聞きたいってことでしょ?」
「まぁ、そうだな。開発が進むと討伐したり移送しないといけなくなると思うんだよ。でも、これまで魔境を守ってきた者として、なにか祠とか社を建ててあげたいという気持ちもあるんだ。俺が触れたヌシたちは体内で責任感みたいな感情が渦巻いているんだ。それを少しでも吐き出させてやれないかと思ってる」
「カリューから連絡が来てるヨ」
足元にカリューの言葉が映し出される。
『それはマキョーにしかできない事業だ。万年亀たちも協力してくれるはずだ』
「ああ、そうか。思念体で会話をすればいいのか。大きい魔物たちがいてよかった」
不死者は嫌いだが、ダンジョンに入って思念体として巨大魔獣とも喋れた。ヌシなら出来るか。高回転している感情に意思を伝えられるかどうかが勝負かな。
「やってみるしかないな」
「ちょっと待て! 自分はヌシの言葉を聞くからって、他の仕事を私たちに押し付けようとしてないか!?」
「チェル! その通りだよ!」
「開き直った! マキョーが開き直ったぞ!」
「こうなると私たちはマキョーさんに巻き込まれますよ!」
「巻き込まれるのは私たちだけじゃない。魔境含め周辺国全土だ……」
「分裂しろ! どうにか分裂してマキョーをもう一人生み出せ!」
「無茶言うなよ」
「無茶を言ってるのはマキョーだ! リパも何か言ってやれ!」
「ええ、だって誰にも止められないじゃないですか。それにマキョーさんの言う後世に歴史を残すのも大事と思いますし」
「ダメだ。取り込まれてる。誰か止めろー!」
「チェルが魔人になってマキョーを止めればいい!」
「ヌシと戦わないといけないんだよ! 無理だよ!」
「かくなる上は全員で止めますか!?」
「止められなかったから、私たちは里帰りできたんだ」
「「「「ああ……」」」」
ここに来て恒例行事が徒となっている。
「と、いうことで皆、後よろしくね。よっぽど大変なことが起きない限り、俺はこっちの仕事をしているから」
「くそ野郎! どうして私はこんなに鍛えちゃったんだ!」
「チェル一人で、だいたいの軍隊は止められるからなぁ」
「それを言うならヘリーさん一人でこちらの有利な交渉ができるでしょう」
「ジェニファー一人で町くらいなら壊滅できるよ」
「シルビアは気づいていないかもしれないけど、竜を全部連れていけば領地を丸ごと行けるヨ」
リパやカヒマンは引いていた。
「あんたたちも大して変わらないんだからネ!」
「変わります!」
「全然、違う。一緒にしないで」
カヒマンが今までになく拒絶していた。
会議も終わり、カタンから弁当を貰って俺は不死者の町へと向かった。そのまま海を越えて万年亀と思念体での修業を開始だ。