【隊長は休暇期間6日目】
出発は明日だというのに、すでにほとんどの者が仕事を辞めて隣町に集まっていた。
「王都に紛れていたとはいえ、大丈夫なの?」
シャンティは心配そうに混雑している通りを眺めた。
「しばらく混乱が続くかもな。仕方ないさ。国がなくなるよりはいい」
「……本当にそう思ってる?」
「ん~……たぶん、武力でどうにかしようとすることはないと思うんだ」
「じゃあ、お金?」
「お金もそれほど興味がないと思う。彼と話しているとな、物の見方や考え方が変わってしまうんだよ」
「どう変わるの?」
「柔軟なんだ。辺境伯になったのも、流れに身を任せていたからとか、その方が都合がよかったからであって、マキョーくんは特にこだわっていない」
「自分の生涯や経歴に興味がないってこと?」
「いや、逆に生涯や経歴を考えると、辺境伯で居続けることは無駄だと思っているのかもしれない。肩書ではなく自分の人生を歩もうとするんじゃないかな。そして、その考えが広まると……」
「貴族も家業を継いでいる人も、一気に変わっちゃうんじゃないの!?」
「そう。シャンティも貴族でよかったこともあればそうじゃないこともあるだろ?」
「まぁ、確かにね……。でも貴族の家に生まれてなかったら歴史家なんてやっていなかったし、あなたとも会ってないわ」
「もし自由に発掘したり歴史を調べられるとしたら、家を捨てられる?」
「自由に? わからない。そうなってみないと……」
「すべてを捨てて自由を手にした人たちが過去にいたんだ。俺たちはそれを調べに行く」
「そうね。そして辺境伯は、その人たちの子孫かもしれない……」
1000年の時を超えてマキョーくんが自由自治区を作ってしまうとすれば、どうなるのか。見てみたい気もする。
「自由自治区にダンジョンがあったってミッドガードの住人たちが証言しているらしい」
「らしいわね。聞いたわ。一応、ダンジョンに関する記述がある本は探しておいた。どれもホワイトオックスのダンジョンのことばかりだと思っていたんだけど、古い本はもしかしたら違うかもしれないと思って選別しておいたよ」
「ありがとう。そもそもダンジョンってなくなるようなものなのか?」
「やっぱり、ダンジョンコアをダンジョンから持ち出すとなくなるんじゃない?」
「そうか……。でも、どうやって……?」
「今はそれを見つける準備をしましょう!」
「そうだな」
俺たちは調査準備を済ませていく。俺が輜重部だからか、食事に関して調査団には不自由させたくないという思いが強く出てしまった。大量に保存食を買い込んで、荷馬車で先に送る。
自由自治領跡には農家もあるし、食事に関しては問題ないはずなのに。そう言えば、マキョーくんとは毎回食料を交易していたな。
「これ以上、待っていても来ない者は来ませんよ。今の王都の生活が気に入った者もいますから」
買い物をしていたら、いつの間にかキミーが近づいてきて耳元でささやいた。
「それはそれでいいじゃないか。無理やり連れてくるようなことはするなよ」
「わかってます。ドンフォールもその点は注意していました。でも出発は早朝にしてください。街道が混むと調査もしにくくなりますから」
「だったら、先に行っていてもいいぞ。俺が最後に行くから。ミッションは簡単だ。ダンジョンの跡を探すことと、ダンジョンを潰す方法を見つけること」
「それだけですか?」
「それだけのことも俺たちはまだわからないんだ」
「わかりました」
振り返るとキミーはすでにいなくなっていた。諜報部として鍛え過ぎたか。
午後になると町から一気に人が減った。皆、中央の山へ向けて旅立ったらしい。自由自治領は東から来る魔物に対して、山に守ってもらっていたのか。
「それほど高い山でもないのに、東西で植生も違うよな……」
「冒険者ギルドの魔物図鑑にスライムって載っていないの?」
「いや、載っているだろ」
シャンティが持っている魔物図鑑のページをめくった。スライムのページはあるものの、明らかに記述は少ない。
「だから、印象に残ってないのか……。でも、ダンジョンはバジリスクとスライムの合成獣なんでしょ?」
「そうなんだよなぁ。スライムの研究者っていないのか?」
「いないんじゃない。それこそ、肥料を作る農家に聞いてみないと……」
確かに、スライムはなんでも食べる性質がある。ゴミも糞もまとめて粘液と混ぜて肥料にする。
一応、冒険者ギルドでスライムの研究者はいないか、記録はないか調べてもらったが、全くなかった。スライムを使役しようとする冒険者などいないらしい。ちなみにバジリスクも使役したという記録がない。
「スライムにそこまでこだわらなくてもどこの水辺でもいるでしょ?」
「マキョーくんはスライムを研究して、自分の魔法に取り入れていた。それで呪いも解けるようになっていたんだ。どこにでもいる魔物だからと言って研究しない方がおかしいということを体現している。魔物使いを雇えないかな?」
「スライムを使役する魔物使いですか?」
冒険者ギルドの職員は難しい顔をしていた。
「誰もやりたがらない?」
「ええ。農家の子どもでも雇っては?」
思わずマキョーくんの顔が浮かんで笑った。
「わかった。現地で探してみよう」
翌早朝、俺たちは中央の山へ向けて出発した。
町に残って準備をしていた者たちと一緒に、誰もいない街道を朝日を浴びながら進む。辺境から連れて来た馬だったので丸一日はかかる行程を半日もかからず走破した。
「これほどこの国は小さかったのですか?」
シャンティは眠っている間についてしまったと驚いていた。
辿り着いたのは中央の山の麓。森と農地が広がる平原だった。
旧自由自治領で残っている町は一つだけ。点々と村はあるものの、それぞれ周辺の別の領主が治めているらしい。
町の宿は俺たちが滞在することで満室になった。空き家も多く、俺とシャンティは一軒を借りた。娼館もあったらしいが、今は休業中。娼婦全員、辺境の交易村に引っ越したという。
農作物の交易だけは盛んで、二週に一度、市場が立つという。
「マキョーくんが少年時代を過ごした町か……」
キミーやドンフォールはすでにダンジョン跡地を見つけていたが、なぜ潰れてしまったのかは調査できていない。
「冒険者ギルドの依頼はすべて達成しておきました」
キミーたちがやってしまったらしい。
「特に、目を引くようなものはありませんでした。本当に平和そのものです」
「おかしいのは盗賊がいないということですかね。ほとんど衛兵になるか、外に出るようですな」
ドンフォールは町中を探し回ったが、小さな住民たちのいざこざはあるものの格差はほとんどないのだとか。商店も職人も代々長子が継いでいる。人族が最も多い。
「こんな町が中央にあったんですなぁ……」
「事件らしい事件もなく、目下、どうやって娼婦を呼び込むかだけが問題なようです。冬の間はほとんどの住人が家の中で内職をしているとか」
「だからか意外と識字率はいいようです。貸本屋が充実していて、誰でも利用できるようです。そこでこんなものを見つけました」
ドンフォールはファンタジーの短編小説をまとめた本を渡してきた。
「過去の冒険者が書いたダンジョンの小話を集めた本です。ダンジョンで何でもやっていたようですね。ダンジョンの呼び寄せ方、育て方、裏返し方なんてのも書いてあります。まるでダンジョンを魔物のように扱っているのですよ」
「マキョーくんもダンジョンを革の鎧の裏にいつも携帯している。あながち嘘じゃないかもしれないぞ」
「……『野盗改め』、本当ですか?」
「実際に見てしまっているからな。もしダンジョンを裏返すことができるなら、ダンジョン内で作った城は出てくるのか?」
「それにはオチがついていますよ。魔力を吸収するダンジョンが裏返ると、魔力を吐き出すようになって建物も崩れてしまうと……」
「なるほど……。面白い。借りていくぞ。引き続き、ダンジョンがいつ崩壊したのか、どうやって崩壊したのか、その後の歴史も含めて調査を頼む」
「「はっ」」
調査団は旧自由自治領に散っている。マキョーくんのように地面の中を探る魔法があるといいのだが……。頼りはシャンティの千里眼だろうか。
休暇もいつまでも続かない。