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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
321/371

【隊長は休暇期間3日目】


 翌日、シャンティに見送られ王都へ出発。午前中にはついてしまった。

 実家に挨拶をして、城で魔境の様子を報告。休暇のはずだが、事務作業は多い。報告書を書いて提出し、質問などがあればまた来て王や大臣に答えるはずだったのだが、普通に王と大臣が図書室に来てしまった。


「帰ってきたと聞いた。もっと時間がかかると思ったのだがな」

 竜の血を引く王は長髪をかき上げて、俺の前の椅子に座った。大臣も特に何も言わず、その横に座る。

「今、報告書を書いているところです」

「王が待てると思うか? 何があった? 今や魔境の動き一つで王都の商人たちは大混乱だ。魔石の価格も高騰と暴落を繰り返しているし、商人ギルドも交易村進出に失敗しているらしい」

「それよりもミッドガードの住人たちは本当に1000年前の記憶があるのか? しかもクローンだのゴーレムだのいうのは何がどうなっている?」

 大臣も国王も早く情報が知りたいらしい。権威は捨てたのだろうか。

「わかりました」


 俺は報告書を脇に置いて、メモ帳を取り出した。


「これは俺がやったことではなく、すべて魔境の領主であるマキョー殿から聞いた話です……」


 昼前に説明を始めたが、終わったのは日が落ちる寸前だった。しかもすべてを話し終えていない。国王と大臣の腹が減ったから、「今日のところは」と言って終わっただけ。

 報告書には、説明のために書いた走り書きなどが残り、王は大事そうに丸めてしまった。


「どうせ極秘事項になるのだから、これで十分。それよりも調べねばならんことができた。魔境には魔境の歴史があるのだな?」

「そう言うことです」

「学者を何人か連れて来ましょう」

「魔道具の専門家もだ。随分、我が国は遅れているらしい」


 そう言いながら、自分たちの部屋へ報告書を持っていってしまった。


「なんだか、疲れたな……」


 俺は城を出て、兵舎に向かう。実家に帰っても気を遣わせてしまうし、こちらも気を遣うので、食事は兵舎でとりたかった。

 訓練所ではサーシャたちが質問攻めにされていた。


「隊長! 助けてください。辺境への志願兵がこんなに……」

 サーシャは志願する兵士たちが書いた嘆願書の束を見せてきた。

「交易村に必要だったら、採用すればいいんじゃないか? 魔境の訓練兵になるには、いくつか障害があるぞ」

「そうですよね。そもそも私だって入れないのに……」

 サーシャは困った顔で志願書を見つめ、溜息を吐いて一人ずつ面接することにしたらしい。


「お久しぶりです。『野盗改め』、おかえりなさい」

 振り返るとキミーがいた。俺がスカウトして、王都に残った優秀な兵士の一人。魔境に来る素質はあると思うが、それ以上に実務が出来てしまったがために兄に引き抜かれてしまった。人の中で立ちまわるのが上手いという才能があるから仕方がない。


「それは昔の呼び名だ。キミーは王都に飽きたら、魔境に来るといい」

「仲間からの手紙にもそう書かれていました」


 仲間とは魔境の訓練兵たちだ。俺がスカウトした者たち同士の仲間意識は強い。それまでの苦労を知っているからだろう。


「何を人生で大事にするかだよ。キャリアを考えているのか、それとも金か、経験か、強さ、もしくは安らぎという者もいる。もし、訴えたいことや実現したいことがあるなら、王都にいるよりも魔境に行った方がいいかもしれないよ」

「ですが、政治は王都で行われて……」

 キミーは言いかけて、気づいたらしい。


「魔境の領主は封建制に反対しているんですか?」

「いや、反対はしていない。民主主義を体現しようとしているだけだ。いや自由主義というのかな。ミッドガードの住人たちはそれをやった。異世界出身のマキョーくんはそれが普通だったという」

「国民に主権を持たせて、潰れないとでも!?」

 相変わらずキミーは勘処がいい。

「教育次第だろ?」

「それはそうですが……」

「これから魔境には魔法学校が出来る。ドラゴンの使役が始まっている。魔道具の制作もダンジョンの運営も他国との交易も……」

「性急すぎやしませんか?」

「ああ、しかし技術の発展に自由を与えなければ、社会は停滞する。利権が発生して、利益をむさぼる商人だらけになるだろ? いずれ国家転覆を企む大商人も出てくるさ」

「だからといって、誰にでも主権を与えるのは危険では?」

「満たされているなら、犯罪する必要はなくなる。内戦ではない方法もあるかもしれない」

「教育、富の分配、インフラストラクチャーの平等性……、その上、国民に主権を?」

「この国の国民にとってはまだ知らぬ概念だろうな。自分たちに決定権がある人生を歩むなんて、理解するまで時間はかかるかもしれない。それでも、知ってしまった魔境の住人たちは諦めることをしないだろう。元々国を追われたり、社会から追放された者たちが魔境を開拓した。言われたことだけしていればいい土地でもない。自ら考え動き出さなければ、魔物や植物に襲われる」

「そんな場所があるなら行ってみたい……。その地の住人になりたい。でも、彼らが善良であるとは限らないのでは?」

 いつの間にか食堂に兵士たちが集まってきてしまった。


「もちろんだ。もしも魔境の住人が攫われて奴隷にでもされたら、その領地は丸ごと燃やされるかもしれない。国民主権とはそういうものさ」

「奴隷制がなくなるんですか!? 生産の構造が変わってしまいますよ」

「その通りだが、生産者になるだけだ。生産者には給料が支払われるようになり、教育を受けられるようになる」

「内戦だらけになってしまいます!」

 隣で聞いていた兵士が声をあげた。知恵をつければ貴族の搾取に気づく。滅ぼされるのは自然の流れか。


「なるだろうな。そして人としての権利を訴え始めるだろう」

「人権ですか?」

「そう。人権を知り、他者の人権を守ることで自分の人権も守るようになる。逆に人権を侵害するようなことがあれば、人として認められなくなる。つまり犯罪だ」

「でも、それがもし達成されれば……」

「種族差別がなくなる。出生の差別もなくなるし、病や呪い、欠損、全員が治療を受けられ、食べて行くことができる」

「恐ろしい……」

「だろうな。しかし、教育を受けた者たちは全員、気づいているだろう? 封建制の限界を。意味のない差別と無能な領主に搾取される民衆たちを。きっと、民主主義にも限界はあるだろう? 教育を受けた全員が理解できるとは限らないからな」

「たった一年ですよ! いや、魔境が領地として認められて、一年も経っていない!」

「彼らにとっては十分な時間だった。それだけの逸材を我々も、魔族の国も、エルフの国も、追放してしまったのだよ」

「まるで可能性を捨て、魔境が可能性を拾ったように聞こえますけど……」

 兵士たちを査定している上級兵士からも声が上がる。


「その通り。魔境は可能性が最大化する土地なのかもしれない。ああ、料理が冷めちまった。朝から何も食べてないんだ。そろそろいいか?」

「最後に一つだけよろしいですか……」

 キミーが聞いてきた。

「食べながらでいいか?」

「もちろんです」

「民主主義は確かに魅力的ですし、思想の伝染病のように広がるのはわかりました。でも、だとしたらなぜ……、魔境は他の領地や他国で、領民を搾取している貴族を攻め滅ぼし、自らの思想を広げないのですか?」

「魔境の開発で忙しいから、そもそも攻め滅ぼそうという考えはないだろうな。それから、自分たちの思想を広げようという考えもない。でも、一時ジェニファーという特使がいたんじゃないか?」

「ええ、冊子を売り歩いていました。ですが、それはサバイバル術に関しての冊子で、民主主義ではありませんよ」

「確かに、彼らは押し付けて言うことを聞かせることはしない。俺と話すときも交渉と報告だけだ。こちらから少し力を見せてくれという時はあるが……。ん~……」

 俺は芋の煮っころがしを食べながら、天井を見上げた。


「やはり、必然というべきか、偶然というべきか、マキョーくんがキーマンだ。100年前のP・Jたちにはリーダーがいて仲間内での恋愛もあったらしいが、マキョーくんは領主ぶることはないし、本人の意思を尊重しているね。それにマキョーくん本人は、そもそもモテるから恋愛のいざこざに発展しない……。マキョーくんはずっと人権を守っていたのかもしれないな。たった一人でも。交易村の姐さんたちと話しているサーシャはどう思う?」

「元娼婦の姐さんたちがマキョーさんに暴力を振るわれたことはないと思います。仕事していない人間以外には厳しくないですし……、本人たちがやりたいことをやってますね」

「魔境はそんな感じだ。他の領地や国で困ったことがあれば手を差し伸べるが、それ以外は本人たちの意思を尊重しているのだと思う」

「だとしたら、困るんですけどね。魔境に行きたいっていう兵士がこんなにいちゃあ、全員受け入れることになりますよ」

「死にに行くようなものだからな。やはり訓練施設で試験を設けるか。この際、はっきり言うが自分で自分を守れない者や理解したつもりになってまったく自分で思考できない者は向かない土地だ。魔境は自分と向き合うようにできているらしいから、袖の下でどうにか上級兵士になった者や隠し事をしているような者は心を病んでしまうかもしれん。別に辺境だけが赴任地ではないから、別の道も考えておいてくれ」


 すっかり冷めた料理を平らげ、俺は実家へと向かった。

 ほとんど隠居している両親は喜んでいるようだが、「とっととシャンティと契りを交わすように」と言われてしまった。両親は、親父殿が冒険者のようなことをしていたから母親に寂しい思いをさせたという。


「どうして次男は似るのかね。自由奔放で父さんそっくり」

「ウォーレンに感謝するように」

「わかってます。これ辺境で作った酒です」

「お前はこういうところだけは忘れないね」

「親に似たのです」


 王都の夜は明るく更けていった。


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