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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
320/372

【隊長は休暇期間2日目】


 翌日、王都へ出発。行程としては昨日二日かかる距離を一日で来ているので、かなりゆっくり移動する。


「馬も東部で鍛えられているのでしょうか?」

「一緒に戦っているわけだからありうる。ワイバーンなどと一緒に生活していたわけだからな」

 魔境の住人のシルビアがワイバーンと一緒にやってきたことがあった。イーストケニアのコロシアムから借りてきたと言っていたが、一向に帰らずに今では辺境の訓練施設でのんびり暮らしている。


 馬はゆっくり走れと言ってもそんなにすぐ調節できるわけでもないので、昼過ぎには王都の一歩手前の町に辿り着いてしまった。許嫁の実家がある町だ。


「どこから来たの?」

「辺境の訓練施設でさぁ」

 聞きなれた女性の声が聞こえ、御者の爺さんが答えていた。


「輜重部の隊長は元気? 手紙を貰ってない?」

「いえ、貰ってませんよ。お嬢様」

「そう……」

「随分がっかりしてるな。手紙書こうか?」

 俺がドアを開けて幼馴染の許嫁に声をかけた。


「是非、頂きたいわ! 随分待たせてくれるじゃないの!?」

「シャンティ、そんなに結婚したかったのか?」

「バカおっしゃい! 魔境の遺跡がどれくらい発掘が進んだか報告をするように再三手紙を送ったのに、よくわからないコップだの骨のナイフだのを送ってきたのはあなたでしょ!」

 シャンティは根っからの歴史家だ。

「それが発掘品だよ。あ、書いてなかったか?」

「あんなきれいに出土したとは聞いてないわ。レプリカの土産品じゃなかったの?」

「本物だよ」

「そうならそうと、早く……。まぁ、聞かなかった私も悪いんだけど……。どうせ他にも言ってないことがあるんでしょ」

「ああ、たっぷりある。かなり予定は狂ってしまったが、ある冒険者が領主になってから一気に魔境の開発は進んだんだ」

「それは聞いているわ。辺境伯でしょ? 出身地はここの近くだと聞いているけど、そんな優秀な冒険者の情報はまったくなかったのに……。どうやって見つけたの?」

「俺が見つけたんじゃない。マキョーくんが自ら騙されて辺境の土地を買ったんだ」

 馬車から鞄を下ろすと、シャンティは逃がさないとばかりに俺の腕をむんずと掴んできた。彼女の実家が今日の宿になりそうだ。幼馴染なのでシャンティの両親とも知り合いだし、世話になっている。久しぶりに顔を見せに行くのも悪くない。


「今日は宿に行けそうにないから、自分たちで自由にやってくれ。時の難民たちをもてなしてあげてくれると助かる」

「わかってます」

 サーシャに自由行動と言いつけて、宿代を渡しておいた。


「それであのコップはどこのなんなの?」

 サーシャへの用件が済むとシャンティの質問攻撃が始まった。

 とにかく俺が知り得た古代の情報を知りたいらしい。歴史の答え合わせをしたいのだろう。


「あれは古代の魔道具。魔族と戦ったのは100年前にいたP・Jと呼ばれる集団だったんだ。今では魔族のメイジュ王国と交易もしているらしい」

「あ、やっぱりそうよね。戦争に勝ったというのにエスティニア王国には全然魔族がいないものね」


 捕虜や奴隷として連れてくるのが普通だが、一人も生き残っていないというのは前から不思議だった。


「しかも、鳥人族という者たちが魔境の南に国を作っていた」

「鳥人ってことは鳥の獣人ってこと?」

「その通り」

「見た?」

「ああ、魔境の住人にリパくんというたくましい鳥人族の青年がいてね。持っているのは木刀と箒なんだけど、軍の兵士で敵う者はいない」

「やっぱりちょっと確かめないといけないわ。荷物置いたら図書室で冒険記や古い小説なんかを確認しないと」

「シャンティの頭の中に入っているだろ?」

「私の記憶力は万能じゃないわ。それに記述を確かめることは大事な発見に繋がるかもしれない」

「わかった。とりあえず、シャンティの両親に挨拶だけさせてくれ」

「のん気に植物を育てているだけよ」


 そう言いながらも屋敷へ向かい、小さなハーブ園に連れて行ってくれた。

 ハーブ園ではシャンティの両親であるレステン準男爵夫婦が鉢植えに水を上げていた。二人とも顔に土をつけ、軍手は汚れている。本当に土いじりが好きな貴族だ。環境にあっていない花を咲かせては可哀そうだし、ここで咲きたい花は咲かせてやりたいという思いからハーブ園の周りは雑草だらけ。不思議なのは、それでも野菜がたくさん採れているところだ。


「おや珍しい。未来の婿殿が帰ってきたか」

「ついに結婚するの?」

「いえ、それはもう少し後で、今日は古代の歴史が正しかったのかを確かめに」

「あ、そう。早めに結婚してくれると、こちらとしても安泰なんだけどね」

「パパ! 私たちは余計な事務作業をしたくないのよ! 年末や祭りのときには忙しくなるし、歴史研究もままならないわ」

「あ、そうそう。魔境の植物についてシャンティの手紙に書いていたけど、本当に襲ってくるの?」

「襲ってきますよ。魔物でも食べますし、根菜のマンドラゴラは猛スピードで走るそうです。その根菜がまた魔力が豊富で、ものすごい苦いんですけど油で揚げたり煮物にしたりすると格別に美味しいんです」

「マンドラゴラを食べるのかい?」

「毒じゃない? 耳が聞こえなくなるんじゃ……?」

「自分も見たわけじゃないんですけど、森から砂漠へ移動するんだそうです」

「是非見たいなぁ」

「これはしばらく婿殿には辺境にいてもらわないと……」

「旅で疲れているだろう? 湯が沸いているはずだ。先に入っていていいからね」

「ありがとうございます」


 屋敷には浴場が付いていた。植物を世話しているうちに泥だらけになることを想定して改築したらしい。


 俺はシャンティの部屋の隣の部屋を借りて荷物を置き、先に風呂に入った。髪の毛はバリバリと音を立てて汚れが落ちていく。冬の間はなかなか水浴びもできないから、温水の風呂はありがたい。


 風呂上がりに鏡で自分の身体を見るとだいぶ余計な肉が削がれて動ける身体になっていた。俺も魔境の側で訓練をしてきたからか、自分の体の中にある魔力の通り道もなんとなくわかってきている。魔境ではそれが初歩だという。


「リパさんって強いと思うじゃないですか。身体の芯もしっかりしているし、木刀の突きなんて目で追えない。それでも、盾に当たれば『あ、木刀で突かれたんだ』とわかるんですよ。他の魔境の住人の方たちに関しては何をされたのかわからない。マキョーさんに至っては説明されたところで理解するのに数日かかるという始末。ありきたりな表現ですが、レベルが違うんです」

 魔境の訓練兵たちは同じようなことを口にしていた。


 魔境探索にはやはり強さも必要か。どうにかシャンティを連れて行きたいが、今はまだ無理だろう。


「シャンティ、実は魔境の交易村に元娼婦の女性たちがいるんだが、兵士と同じくらい魔法を使いこなしているらしいんだ」

 俺は洗い立てのシャツを借りて図書室でシャンティを見た。

「え? そうなの?」

「どうやらマキョーくん、あ、魔境の領主が魔法を教えているんだけど、ホワイトオックスの除雪作業までやってのけるようになっている」

「あ、その除雪作業をした女作業員の話は聞いたわ! 元娼婦なのね?」

「マキョーくんの古い知り合いらしい」

「じゃあ、やっぱりあの町の話だったんだ」

「何か知っているのか?」

「この町と、中央の山岳地帯の間に小さな町があるのよ。その街で娼婦がたくさん辞めて、娼館が閑古鳥になっているって話を旅人から聞いたの。娼婦がたくさん辞めるってことはよほど労働条件が見合わなかったんだと思ってたんだけど、全員同じ冒険者に恋をしていたんだけど、男が旅先で怪我をしたから娼婦たちは一斉に追いかけたって笑い話になってるの。魔境の領主のことだったのね」

 マキョーくんはとんでもなくモテるのか。

 シャンティは古い色男が次々と人妻と恋に落ちていく小説を本棚から取り出した。


「あ、やっぱりこの小説の主人公も王家の姫君と恋に落ちて、子供までできてる」

「その小説が本当のことを書いた自伝だとでもいうのか?」

「そうじゃなくて、もしそのマキョーくんが歴史に縁のある家系だったとしたら少しは納得できるんじゃないかってこと」

「ああ、なるほど、そういうことか」

「そもそもここら辺一帯は、1000年前にエストラゴンに今の王家が王都を作った時に、もともと住んでいた人たちなのよ。魔法国の王家が来るからって自ら退いて明け渡した人たちの末裔なわけ」

「そうなのか……。じゃあ、エスティニアの建国の恩人たちでもあるわけか」

「そう! 時代を読むのに長けていたというか、予言が有名なシャーマンも輩出しているのよね」

「ちなみに、マキョーくんは異世界から転生してきたと本人が告白しているんだ」

「え!? ってことは時空かぁ。やっぱり王家と繋がりがあったんじゃないかな。王家は門と鍵という空間魔法に長けていたわけでしょ。それがこの土地の時魔法が得意な者と交わって生まれてきたと考えると……」

「確かに筋が通ってしまうな。でも、彼の実家は農家だったはずだ」

「だからこそじゃない? 農家と言ってもこの土地の人たちは小作人じゃない可能性が高いわ。王家に王都を譲り渡したから、土地を持つことを許された家系なんじゃない?」

「マキョーくんの血筋を辿れるってことか?」

「可能性の話よ」

「そうだよな。とりあえず、魔境で見つかったことを言っていくよ。メモは取ってあるんだ」

「お願い」


 俺はメモ帳を取り出して、マキョーくんが語った魔境の様子をシャンティに教えていった。

 ホラ話が書かれていた本だと思っていたら、当時の冒険者の旅行記だった本が見つかり俺たち二人は夜中まで興奮していた。古代の神々の信仰は途絶えているが祭りとして残っていたり、豊穣を祈るデザインだと思っていたものが実はただの魔法陣だったことも発覚した。

 さらに、ミッドガードの地下には大きな道があったことは確かなようだった。


「どうにか私も魔境に入れないかしら?」

「俺もそれを考えていたところだ。交易村の元娼婦たちが強くなれるのだから、シャンティも強くなれるんじゃないか?」

「稽古をつけてくれる?」

「ああ。まずは手合わせからだ」


 俺はシャンティに魔力の使い方を教えた。


「これが基礎にして奥義なんだ。マキョーくんも魔境に初めて入った時には魔法なんか使えなかったそうだが、今では魔法を作り始めている」

「魔法を作るの!? 異世界者であるとかもう関係なくなってない?」

「そうなんだよ。彼の場合、血筋がどうとか能力が高いとか、そういうんじゃなくて人と違う視点を持っているようなんだ」

「基礎だけ学んで、自己流に変えられるってこと? 貴族みたいにがんじがらめの人生じゃなかったことが幸いしたんじゃない?」

「シャンティもそう思うか? 俺もそう思ってたんだ……」

 

 いつの間にか夕飯が図書室に届けられ、食べながら議論に花を咲かせた。

 夜が更けても、まだまだ話し足りない。同じ価値観を持ち、興味が尽きないのがいい夫婦の条件なのだろうか。


 いつになるかわからないが、俺たちは魔境で結婚式をすることに決めた。


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[良い点] お似合いじゃん!(^ ^)
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