【籠り生活43日目】
翌日から、ミッドガードから出てきた時の難民を輸送し始めた。クリフガルーダに住むという者もいるかと思ったが、難民たちは一度エスティニア王国を見てみたいらしい。
かつて自分たちと離れた同族が、1000年後のどういう未来を築いたのか見たいという気持ちはわかる。たとえ、自分がクローンやゴーレムだったとしても、1000年後の答え合わせをしたい。
しかも一瞬見た『大穴』と似たような魔物が跋扈する魔境に住みたいとは思わないか。
リパとハーピーたちが率先して、時の難民たちを移動させていた。
「冬はそれほど魔物も活発じゃないので、大丈夫ですよ」
「移動用の籠をジェニファーさんが作ってくれたので……」
リパは空飛ぶ箒に乗り、ハーピーたちは籠を持って空を飛んでいた。なるべく砂漠は通らず、西の山脈を通っていくらしい。俺は遠くから眺めてのんびり砂漠を渡ることにした。
心配でもあるが、西側の空の環状通が気になっている。もちろん、まだ浮遊植物もないし沈没船の駅はないが空の環状通が使えるなら、クリフガルーダからの交易計画が進む。
王都・ヴァーラキリヤの交易店とは繋がっているものの、シュエニーとは最近ほとんど会っていない。
「また、変なことを考えていたナ!」
チェルはやることもないので、俺に付いてきている。チェルが何かをやろうとすると壊すといううわさが広がっていた。そういう時期が俺にもあったような気がする。
「魔族は魔法は得意だけど、細かいことは苦手なんだヨ」
「いや、チェルが大雑把なだけだろう? それより、砂漠の交易品について考えよう」
「私は大局を見ているのだ! 大雑把ではなくて、大戦略!」
「わかったから、なんか落ちてないか?」
「マキョー、拾ったものを交易に回すのカ?」
「魔境じゃだいたいそうだろ?」
魔境の交易品と言えばハムとか魔石とかだ。
「薬草や毒草なんかも乾燥させて交易に回そうとしているゾ」
「そうなのか……。武器は?」
「杖を交換したことがあるけど……」
「ああ、止めたんだよな」
交易先で内戦などが起こる危険性を考えて止めた。魔境で加工品を作っても、なかなか他の地域で適した物はできない。
「何を売るか。魔物の骨でも売るかな?」
「マキョー、異世界から来たんだから、前の世界でも売れてたものを売ればいい。チートだヨ」
「動く絵の機械とかか?」
「そんなのあるノ! やめとけ。私たちにはまだ早い」
「じゃあ、情報を送り合う通信機かな」
「音光機みたいなのカ?」
「そうだけど、記録される物ができないかな」
「鳥小屋みたいだナ?」
「光の速さで情報を伝達するからもっと速いぞ。しかも皆使ってるんだ。で、人気者になるとたくさん稼げるシステムが出来上がっててさ……。美人の顔に変形させたりするんだ」
「イカれているヨ」
「そうかもな。価値観が全然違うから、この世界で売れる製品を考えないとな」
「だから文化がいいんじゃないかってこの前言ってたじゃないカ」
「スポーツとかな。でも、ダンジョンの民にやらせてみたら、楽しいけど、ズルもできるだろ? ハーピーとか空を飛べるしアラクネだって、壁でも木でも歩けるからさ。あと、魔力を使えばだいたいのゲームは成り立たなくなるし……」
「ルールを決めればいいじゃないか」
「手を使わないゲームでも、尻尾があるかないかで全然違うしさ」
「そう言われると、難しいんだな」
「でも、頭脳を使う遊びは面白いかもな。それこそ、交易村の姐さんたちがやってるよ」
「花とかはどうだ?」
「生け花とか盆栽とかはあったけど……、そもそも俺は前の世界でも男だったからなぁ。食に関しては、カタンに教えて作って貰ったりもしてるよ」
「そうなの!?」
「調味料とかね。でも、普通に魔境の魔物は美味いから」
「そうなんだよなぁ~。獲れたての肉の美味さがあるよなぁ~」
ボフッ!
砂の中から唐突に出てきたサンドアリゲーターという砂漠のワニを殴って、遠くの砂地へ飛ばしておいた。
「前はああいうのも解体して食べてたのにネ」
「すっかりああいう魔物の味は想像できるようになったな」
「淡白で美味しそうだけど、味付け次第なんだよネ」
「そうそう」
前は暑くて汗だくの砂だらけになりながら砂漠を歩いていたが、今は魔力を身体に纏わせて冷やしているのでそれほど汗もかかない。なんだったらダンジョンを取り出して、小休止もできる。
「便利になってしまった」
「リパたちも問題なく仕事しているし、私たちのやることはないヨ」
「領主なのにな……」
日差しも強く、陽気に誘われて欠伸をしていると、遠くの廃墟の辺りに何か塔のようなものが見えた。
「あれ? 駅ってもう建てたんだっけ?」
「いや、沈没船を引き上げている最中だろう?」
「なんか塔が見えない? 鳥小屋はあんなに傾いてないよな?」
建造物としては傾き過ぎだ。
「蜃気楼じゃないカ?」
「蜃気楼だったら、もっと遠くにあの塔があるってことだろう。ここは砂漠だぞ」
何もなく砂が広がっているだけだ。オアシスならわかるが、塔というのは……。
「昨日はなかっただろ?」
「ないネ」
俺たちは何も言わずに砂漠の塔へ向かっていた。
「何の素材でできてるんだ?」
「骨? いや、石かナ?」
「これ、金属っぽいぞ。中が空洞だ」
「砂の中からこんな大きな塔が突然出てくるのカ?」
塔は半分ほど埋まっている。
「マキョー、砂の中を見てみろヨ」
言われるがまま、俺はソナー魔法で砂の中を見てみると大きな石などが見えた。塔はおそらくプロペラの羽だ。
「空島の一部だ。ああ、そうか。巨大魔獣だって全部を食べたわけじゃないのか。有機物以外は吐き出すよな」
俺は砂から背丈よりも大きな黒い石を引っ張り上げた。石にはヘリーが描いていたような魔法陣が描かれている。
「砂に埋もれていた空島の一部が出てきたのカ……」
「とりあえずヘリーを呼んでくれ。砂の中にある石や遺物は取り出しておくから」
チェルに言って、俺は砂を魔力で固めて取り払い石を取り出していく。掘れば掘るほど石が出てきて、小さな島ぐらいの量はあった。
ヘリーが騎竜隊と一緒にドラゴンに乗ってやってきたのは昼を過ぎてからだった。
「空島の一部が見つかったって? これかぁ……。すごい量だな」
説明する前にヘリーは、石の魔法陣を読み解き始めてしまった。急いで飛んできたドラゴンには砂漠のトカゲ肉を与えた。ちゃんと炎のブレスで焼いて美味そうに食べている。
ミッドガードの周辺で待機しているカリューには「空島の技術者がいたら教えてくれ」と言っておいた。
「石以外にも何かあれば掘り出しておいてくれ。見たこともない魔法陣だらけだ。たぶん、浮遊した空島を安定させる仕組みだとは思うのだけれど……」
ヘリーが発掘調査の現場監督となって、俺たちは指示に従う。
金属の箱を掘り出すと中から植物の種が大量に出てきた。しかも品種改良をしていたらしく、種類が多い。
「ジェニファーを呼んでくれ!」
「人手が足りん!」
軍基地のゴーレムたちも応援に駆けつけてくれて、一気に砂漠の廃墟近くに人が集まってくる。テントを用意して、砂嵐でも耐えられる砂壁を作った。
魔法学校を作っていたシルビアも作業の手を止めて、イムラルダことエルフのイモコを連れてきた。日が暮れ始めると、夜でも作業できるように魔石灯が灯される。
「全然、暇しないナ」
「本当だ」
俺もチェルもいつもの緊急事態に笑ってしまう。
「笑ってないで、夜食でも用意して!」
現場監督に怒られた。
「はい」
デザートサラマンダーを狩り終えたところで、リパから輸送完了の報告が来た。
「おつかれさん」
『それから、マキョーさん。隊長が一旦王都に里帰りするから戦ってほしいそうです』
「なんでだよ!?」
里帰りする者たちが俺と戦うというのは古参たちの思い込みであって、何かの儀礼でもなんでもない。
『一度、力を試したいそうです』
「そう言われてもなぁ……」
「行ってやんなヨ。話してもわからない。身体で教えてやるしかないこともある」
チェルは見当違いのことを言っていた。今は発掘現場も充実してきているので、俺がいても仕方がない。
俺は大きく溜息を吐いてから、入口まで飛んだ。
リパと入れ違いで魔境を出て軍施設へ向かう。
隊長は闘技場で待っていた。
「兄がしばらく辺境に滞在するというから、数年ぶりに王都へ里帰りすることになった」
「そうですか。別に俺と戦わなくてもいいんですよ」
「いや、せっかくだからマキョーくんの力を感じておきたいじゃないか」
「この前も見せたじゃないですか」
「本気じゃないんだろ?」
「本気出していいんですか?」
「死なない程度に頼む」
「それじゃあ、いきますよ」
隊長はすでに剣を構えていた。
「いつでも」
俺が飛び上がると、蔓が足に巻き付いてきた。罠を仕掛けていたのだろう。さらに矢も四方八方から飛んでくる。しっかり準備をしていたのか。
闘技場に煙が発生。眠り薬らしい。
全て弾き飛ばし、風魔法で吹き飛ばしながら、地面すれすれのアッパーを振りぬいた。
ボッフンッ!
闘技場の罠をすべて破壊した。
隊長は自分の身体にも武器を隠していたらしい。風で飛んでいってしまっていた。
「輜重部の隊長じゃなかったんですか?」
「何でも仕込むさ。わかっちゃいたけど、一撃も与えられないな。記念に一発頼む」
俺は隊長の後ろに回り、魔力と今までの感謝を込めて背中をポンと叩いた。
「お世話になりました。いってらっしゃい!」
隊長はくるりと一回転して闘技場の客席へ飛んでいった。
「悪いけど、この回復薬をあげてくれ」
魔境の訓練兵に回復薬を渡して、俺は闘技場を後にした。