【籠り生活41日目】
ミッドガードから出てきたのは、タンパク質のゴーレムだという。
「いや、それは普通にクローンじゃないのか?」
見た目は普通の痩せた人間と変わらない。骨に使っている炭を使った黒い素材以外は自動的に修復可能だそうだ。骨も樹脂さえあれば、折れても問題ないという。脂肪がないので、厳しい印象を受ける。
「コアもあります」
そう言って、胸の骨を開いて見せてくれた。
「へぇ。あ、内臓はないんだね」
「そうです。呼吸や消化に回すエネルギーはありません。すべて魔力の吸収と運動に使っています」
「ということは肋骨などはコアを守るためにあるってこと?」
「そうです。繊維質な筋肉だけでなく柔らかさがないと弱くなってしまい、コアの魔石が回転してないとバランスが取れないのです」
「じゃあ、別に完璧超人ではないと?」
「そうです。ミッドガードの外にいたような魔物に食べられたら終わりですし、魔力を失ったら普通に死にます」
「魂はあるのかい?」
なんでも答えてくれるので試しに聞いてみると、戸惑っているようだった。
「魂はあっていいのでしょうか……」
「ユグドラシール跡の魔境で暮らしているゴーレムたちは皆、魂あるよ。ないと記憶とか技術とか継承されないでしょ?」
「あっていいんだぁ」
口調が急に砕けた。
「だからミッドガードから出てきたんじゃないの?」
「いえ、あの、いや、そうなんですけど……。追い出されたというか」
「我々二人は、他のゴーレムと違って、個性のような物が強すぎるらしくて、絵や調理などで、言われたものとは違う物を作りたくなってくるというか……」
「なるべくクローンやゴーレムに混ざろうとしたんですけど、どこのグループに行っても追放されるというか……」
「そうか。魔境に向いているなぁ」
「魔境は追放されたものに寛容なんですか?」
「そうだね」
「古参のメンバーはほとんどが追放された経験を持っているんだ。たぶん、マキョーさんがそういう人たちを集める能力があると思うんだけど……」
リパが適当なことを言う。
「そんな能力はないよ。我が道を行くような奴らじゃないと暮らしていけなかったんだ。人の言うこと聞いて、おこぼれ貰っていればいいみたいな発想の者よりも、主体性を持って魔物の生態や植物の群生地や毒なんかを学ばないと生きていくのが難しい環境なんだと思うよ」
「もしかして奇妙な虫やキノコなど生えていないですか?」
「いる。二人とも詳しいの?」
「いや、それが虫やキノコを研究したことなんてないのに、記憶があるというか。虫の絵を細かい毛まで描けてしまうというか」
「キノコを調理するときに、ものすごく時間がかかります。食べることもできないのに」
「やっぱり魂があると思って、自分の身体も記憶の中の自分に近づけてみたら? 脂肪とかたくさん食べたら、身体が変わるかもしれないよ」
「そんな実験したことなかったなぁ」
「自分の身体って変えていいんですか?」
「変えないと成長しなくないか?」
「「ああ、そうか」」
「自動で修復しているうちに変わったりしなかったか?」
「あ、いや、しますけど……、隠してました」
「劣化やバグではなく、成長ですかぁ……」
「とりあえず、フィールドボアの脂身とか牛乳とか取り込んで、自動修復するのか実験してみてくれ」
「わかりました」
「これは楽しみだ」
呪法家たちには申し訳ないが、いろいろと手伝ってもらう。
「おーい! 許可とったゾー!」
チェルが、クリフガルーダの王都から帰ってきた。魔境までの物資輸送のため、エレベーターを作る計画を立て、王都で許可を取っていた。
もう少し時間がかかるかと思ったが、『大穴』の異変については知っているらしく、エレベーターのための土地は確保され、民衆への危害が加わらなければ工事はいつでも着工していいということになった。
「役所としては異例の速さだな」
「この前の嵐で何もできなかったから、取り戻そうとしているんだ」
「ああいう王家は信用されない。魔境の領主殿も気をつけることじゃ」
呪法家たちは口々に、クリフガルーダ王家の悪口を言っていた。呪っているのかもしれない。
とりあえず、俺たちはミッドガードから出てきた時の難民を呪法家の隠れ里に預け、崖に穴を開けに向かう。リパは引き続き、ミッドガード付近で待機。カリューとリュートというかつての時の番人も一緒だ。
地図上で許可を取ったというエレベーター建設予定地に辿り着いた。俺もチェルも飛べるので、真上から景色を確認できるから間違いはないだろう。
「あんまり崖に近づくと崖が割れるからナ!」
「わかってるよ」
「力一杯やらないように。マキョーはバカヂカラなんだからナ!」
「わかってるって」
チェルは何をするのかと思ったが、作業風景を見ているらしい。
「なんだ? 暇なのか?」
「暇じゃないけど、魔法学校の建設班からは外されたヨ。雰囲気で建物は作っちゃいけないらしいヤ」
「だろうな」
カツンッ。
俺は以前シルビアに作ってもらったつるはしで地面に穴を掘っていく。ちゃんと魔道具を使うことで、魔力の威力を抑えている。
「真っすぐ掘らないといけないらしいぞ」
「そうなのか? 結構大変だな」
俺は穴の四隅を決めて、木の枝を突き刺し糸を張っていく。
「ああ、そうすればよかったのカ」
チェルの建築は積み木よりもひどかったのかもしれない。
「砕いた石くらい運んでくれるか?」
「ああ、いいヨ」
チェルは土魔法で砕いた石を集めて魔境に向かって放り投げていた。
「マキョー、どんどん領民が入ってくるの嬉しいカ?」
穴の縁に座りながらチェルが唐突に聞いてきた。それでも魔法で作業を手伝えるのだから、器用な奴だ。
「ああ、嬉しいよ。なんだ? チェルはミッドガードから人が出てきて戸惑っているのか?」
「いや、マキョーは税金を取らないし、初めの頃みたいに働いて家賃を払えって言わなくなったと思ってサ」
「そういえばそうだったな。衣食住が足りると、上手いことやってくれればいいなと思って、特に期待しなくなっちゃったんだな。あとは災害とかがあってもある程度対応できるからじゃないか。まだ呪いとかヌシとかいるけど、ちゃんと向こうが距離を取ってくれているし、俺たちも無理に触れようとはしないだろ?」
「確かに……。マキョーはもう私たちに期待してないのか?」
急に真面目に聞いてきた。
「俺が期待しなくても勝手に生きていくだろ? 何かあれば手伝うけど、……チェル、俺が初めに何をやっていたか覚えているか?」
「魔物を狩ってた?」
「畑を作ろうとしてたんだよ」
「ああ、やってたなぁ。今ならできるんじゃないか? 植物園のダンジョンで魔境に適した野菜の種も開発できそうだ」
「そうだろう? ヘリーが空島を着々と作っていっているし、ダンジョンの民が環状道路を作った。不死者たちは港町を復活させて、チェルは魔法学校を作るという。カヒマンなんか沈没船をサルベージして砂漠の駅にしようとしてるんだぜ。辺境に農園を作りたかった男の夢としては出来過ぎじゃないか?」
「マキョーは満足しているのか」
「そうだな。ある程度満足しているよ。ミッドガードの生活とかは知りたいし、カタンの作った美味しいものは食べたいとか思うけど」
改めて考えると、皆、頑張ってくれたと思う。
「領主なのに!?」
「チェル、俺が領主になりたくてなったわけじゃないってことは知っているだろ? 侵攻を止めて流されるまま、地主だから領主になっただけだ」
「んー……、やっぱり歴史的に考えると、マキョーが転換点なんだよ」
「なにが?」
「普通の領主は力を付けて、他の領地に攻め入って領民に働かせようと思うじゃないか。支配欲がなさすぎるんだ。あまり俺に従えと言ったことがないだろ?」
「やることさえやってくれてれば、別に何をしていてもいいよ。好きなことをしてたほうが人生楽しいだろ? そもそも魔境は領民が不満を溜めるほど、出来上がってない土地なんだよ。道もなければ、家だってほとんどない。ダンジョンの民は未だにダンジョン暮らしの奴だっているんだぞ」
「そうなんだけど……」
「あとは古参たちが追放されてきたような奴らばっかりだからさ、暴力でどうにかしようとか思わなかったんじゃないか?」
「間近でマキョーの力を見てるからなぁ。暴力で領主の座を奪っても、明日には奪い返されてるのが目に見えてる。ジェニファーが一時、どうにか結婚しようとしてたけどそれも断ってたし」
「いや、古参たちは権力が欲しいっていうものさしからせっかく外れた奴らなのに、まだ権力を欲しがるのかと思わないか? ジェニファーは、見返してやりたいという気持ちが残ってたんだと思うけど。あと、権力で言うことを聞くような奴らじゃないしな」
「それはそう。ん~……」
やけに真面目な話を聞きたがる。
「なんだよ。どうした? 魔境に飽きたか?」
「逆だ。全然飽きない。実はさ、時の難民が出てきて聞いたミッドガードの町の構造に結構驚いているんだよ、私たちは。それなのに、マキョーはあっさり受け入れているだろ? しかも、特に危機感もなく」
「そうだなぁ」
「普通は王がいて、貴族がいて、平民がいるっていう制度なのに、全然違う。ミッドガードにはそれがない。ないのに成り立つのか? いろんな思想があるみたいじゃないか」
「成り立つだろう。というか魔境がそういう構造じゃないんじゃないか。別に俺は古参たちを貴族扱いしているつもりはないし、仕事ができるドワーフたちにはできるだけ儲かってほしいと思っているくらいで、身分に差はない。その日その日でグループに分かれて、生活に必要な基礎的な作業をやってる。だいたい、チェルたちは俺を領主だと思っているのか? 都合のいい時だけだろ?」
「そう言われると、まぁ、ちゃんと皆それなりにマキョーのことは大した男だと尊敬はしているよ。歴史的に見てもこんな人間はいないと思うし」
「でも、それは領主だから尊敬しているわけじゃないんじゃないか?」
「そうだね」
「俺からすれば、ミッドガードの社会構造と、魔境の社会構造は結構似てると思う。魔境の方が皆知り合いだし、仲がいいってだけじゃないか。中には、それなりに嫌いな奴もいるだろうけど」
「いや、私もそう思ってたんだけど、それぞれ好きなことをしていると、どうでもよくなるんだよね。ムカついても、次の日にはそれどころじゃなくなってるから、その日のうちに言うようになったし。だから、私はこっちに追い出されたわけだからね」
魔法学校を作ると言ったのはチェルなのに、建設作業員としては失格になって、こっちに飛ばされたのか。
「それはそれで、道路が壊れた時とか食料がなくなった時に困るんだよな。今のところ、俺が魔境の方向性をなんとなく決めてるけど投票で決めよう。領主も本当は皆に選んでもらった方がいいんだけど……」
「嫌だよ。マキョーが領民とか最悪だ。もし私が魔境の領主になったら、その日のうちにマキョーを追放するね」
「なんでだよー」
「何をするかわからないじゃないか。思い付きで、道の真ん中に噴水作ったりしそうじゃないか」
「そんなことはしないけど……、もし自分が領民だったら、何が欲しいかは考えるだろうな」
「なに?」
「誰でも暇なときにダラダラできる集会所みたいなところ。金持ちとか狩りの名人とか子供や年寄りも関係なく、そこにいてアイディアを思いついたら、協力してくれたり、お金を出資してくれたりするような場所があるといい」
「冒険者ギルドは?」
「あそこは、なんか入り難いだろ? もっと屋根だけあるような開放的なところさ」
「マキョーはやっぱり変な奴だな」
「チェルも大概だよ」
俺たちは、ずっと喋りながら、穴を掘って土をぶん投げていた。