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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【籠り生活40日目】



「どこを掃除しますか?」


 呪法家の家の前をワイルドベアの娘が人型の姿で聞いてきた。まだ、誰も起きていないのに、自分で箒を見つけて掃除をしているらしい。


「しなくていい。まだ混乱していると思うけど自分が魔物だからと言って、服を着ている時点で魔境では人格があると見なしている。やりたくないことはやらなくていいんだよ」

「そうですか。そうか……、昨日、ホワイトカラークローンも出てきただろ? 仕事をしないと食事が出ないんじゃないかと思って」

「それは自分の役割を見つけたらでいいよ。まだ、君たちは『時の難民』だ。甘えられるところは甘えていい」

「でも、決められたことをしていないと誰かをケガさせるかもしれないし……」

「力比べでもしようか? 俺をケガさせられそうか?」


 軽く相撲をとってみると、ワイルドベアの娘は驚いていた。


「筋肉量が違うのか?」

「いや、身体の使い方と魔力だよ。これが魔境の技術さ」

「そうか、生まれて初めて自分は力仕事に向いていないのかもしれないと思ったよ」

「もし、魔境に住むなら自分の好きなことをやっていいから。ただ生き残ってくれ」


 朝飯を食べて、今日はリパがミッドガードの見張りに向かう。俺は時の番人だったカリューやリュートが来るのを待ちつつ、いろいろと事情を聞き出す。


「彼女は魔物扱いだったと言っているけれど、それは事実なの?」


 鍛冶場の様子をじっと見ているワイルドベアの娘を指して、ホワイトカラークローンたちに聞いてみた。


「ええ、それによって飛躍的に作業効率が上がりますから」

「我々の時代では、魔物を使役して人化の魔法を教えることによって、魔物に作業を手伝ってもらうことが普通でした。成果を上げ続けるためには人間よりも力があったり、細かい作業ができたり、精確な技術が必要だったりするじゃないですか?」

「ゴーレムの出現によってかなり工業化していたのですが、単純な力に関しては彼女のようなワイルドベアの方が強いので荷運びとかは向いています」

「魔物の奴隷化みたいなことなのかな?」

「奴隷はその魔物たちの体調やステータスの管理をするのに必要なだけで、それもゴーレムがいれば問題なかったです」

「じゃ、君たちの複製元の人間は何をしていたの?」

 ほとんどの生活をゴーレムや人化した魔物にやらせて、管理まで奴隷にさせていたのなら、何をしていたのだろう。


「研究ですよ。あとはシステム構築とか、体調不良や病気などからリカバリーの仕方とかですね」

「魔法陣とか数学、魔法物理学などもやってました」

「環境学がかなり進んでいたとは思います。空に島を作って、環境を替えた農作物を作ったり、植物園や遺伝子学研究所の施設でも研究は進んでいたはずなんですけど……」

「その成れの果ては発掘したな」

「どうなってるんです?」

「ダンジョンしか残ってないよ。あと遺伝子学研究所には獣魔病患者の子孫がどうにか暮らしていてね。今は解放して訓練もしたから立派な魔境の住人になっているけどね」


 クローンたちは顔を見合わせて驚いていた。


「なにがあったんですか?」

「ダンジョン同士の抗争があったらしい。植物園のダンジョンから発生した植物の魔物が砂漠の方まで侵略したらしいね。砂漠の軍基地で記録されているところによるとだけど」

「記録があるんですね」

「ああ、ダンジョン部長のグッセンバッハという小柄なゴーレムが、石を彫りながら記録している」

「石を彫る? なぜそんな……。ダンジョンの外部記憶端末で記録すればいいじゃないですか。紙やペンでもいいのに」

「ダンジョンにそんな機能があるの?」

「ええっ!?」


 クローンたちが驚いている。


「ダンジョンが合成獣だということはご存じですか?」

「知ってます。ほら、俺のダンジョンも透明な蛇だ」


 革の鎧から、家のように大きなダンジョンを取り出してみせた。


「こんなに大きいのに持ち運びできるんですか!?」

「魔力はどうしてるんです!?」

「どうしてマキョーさんは魔力切れを起こしてないのです?」

「おかしい。予測していた進化とはまるで違う……」

 クローンたちは慌てているが、うちのダンジョンは呪法家の隠れ里を散歩しに行ってしまった。


「いいんですか?」

「どうせ戻ってくるよ。たぶん腹が減ったか、水を飲みに行ったんだ」

「あのダンジョンはどこかに定着しないんですか?」

「今のところ、しないね。いつかすると思うけど、とりあえずこの革の鎧が好きらしい。それで外部記憶装置なんだけど、どうやってそんなものを作るの?」

「我々は専門外なので詳しいことをちゃんと説明できるかわかりませんが、あれはスライムなので、一部を取り外せるんですよ。小さく分裂できるというんでしょうか」

「なんとなくわかる」

「そこに、ゴーレムの目があれば、ダンジョン内に三次元で再現できるはずですよ。もちろん記録されるので、いつでも再現可能になるのではないかと。ゴーレムの目が一つだけでも平面の画像を浮かび上がらせることは可能なはずです……」

「それなのになぜ?」

「たぶん、ダンジョン同士の抗争や魔力が枯渇した時代があるらしいんだよ。その影響なんじゃないかな」

「なるほど。それで、石かぁ……」

「確かに遺跡でも一番残るのは石ですから間違ってはいませんが……。そのゴーレムはネームドなんですね?」

「ネームド?」

「名前がある特別なゴーレムなんですね?」

「たぶん、皆名前があるよ。魂の容れ物みたいなものだから」

「その宗教ってまだ残ってるんですか? 魂とかって」

 魂や霊を信じていないのか。


「1000年前は神殿とかがあって、信仰心も篤かったんじゃないのか?」

「一部だけですよ。精神的な豊かさに繋がるものでなければ、それほど信じている者はミッドガードにいないかもしれません」

「そうなんだ。でも南西にある町は魂と魔力が結びついて魔物化した者たちも住んでいるし、ゴーレムは魂を持っているから生前の作業をさせると人体の再現度が高くなっていったりしているよ」

「そうなんですか!?」

「うん。だから魂とか霊を否定するのが難しい土地だと思うよ。ミッドガード移転後に聖騎士っていう、ミッドガードのゴーレムに魂を移送しようとした人たちまで出てきたくらいさ」

「ええっ!? 無理でしょう。時間軸が違うのに……」

「魂は時間も空間も超えるそうだよ」


 クローンは4人とも黙って考え込んでしまった。


「俺もよくわからないけど、あ、ちょうど来た」


 チェルがハーピーたちと一緒にカリューとリュートを連れて来た。

 2人とも時の番人として巨大魔獣に乗っていたので、少しは話がわかるかと思う。


「彼らはホワイトカラークローンで、鍛冶場にいるのがワイルドベアの娘だ。人化の魔法を使っているらしい」

「なるほど、加速主義者たちはそうしたのか?」

 カリューがホワイトカラークローンに聞いていた。


「カリュー! コロシアムの戦乙女・カリューか!?」

「彼女は死んだのでは?」

「ゴーレムの身体で蘇った。人並に後悔の念があったのだよ」

「「「ゴーレム!?」」」


 確かに驚くのは無理はない。今ではほとんど生きていた頃の姿を再現している。


「私の身体は魔境の砂と土でできている。マキョーたちのお陰だ。ミッドガードの中の様子はどうだ?」

「王家不在により、封建制の崩壊。各エリアごとに統治されそうになっていたが、民主運動が始まってね。魔力の供給が一時的に止まった。この時点で冷凍睡眠で眠っている者たちはほとんど死んだだろうな」

 カリューには親しみがあるのだろう。クローンたちは敬語を止めていた。

「今は小さなグループごとに集まって生活しているが、食事の配給が届かない者たちも多くいる」

「どうにか万年亀の頭を加工し食いつないできたが、再び一時的に魔力供給が止まった。おそらく時間を旅するのに多くの魔力を消費するのだろう。魔力と食料の維持が難しくなっているなか、我々クローンが生み出された。死んだ冷凍催眠の者たちを保管していたのだろうな。ただ、ミッドガードの倉庫管理を任されたが物資が少なすぎる。あれでは農業は難しい」

「ミッドガード内で循環はできていなかったんだ。多くの魔力やその他の物資、数えられなかった者たちが多くいたのだろう」

「心が折れた者たちも多い。今なら、逃げていった王家の気持ちがわかる。零れ落ちたのはどちらなのか……」

「お前たちは農学者たちのクローンだろ?」

 カリューが聞いていた。

「その通りだ」

「ならば、魔境の外から自分たちの知っていることを伝えるのが、今の時代での役割だ。魔境でその身体は向かない。この鳥人族の国でもいいし、かつての王家が作ったエスティニア王国でもいい。一度、ミッドガードから離れた方がいいかもしれん」

「そうか。転移装置で物資を届けてくれただろう?」


 クローンの爺さんが聞いてきた。


「ああ、できるだけ栄養バランスを考えて保存食を送ったつもりなんだけど……」

「あれは本当にありがたかった。まさにミッドガードの住民にとっては希望だった」

「しかも魔力が急激に回復していった」

 魔力が噴き出している『大穴』に置いたからか。


「でも、時空の転移が止まったのだろう?」

「止めた」

「自分の判断で頼んだのだ。時の番人として、これ以上巨大魔獣が崩壊していくのを見ていられなかった」

 リュートにとっては苦渋の決断だった。


「首を斬り落とした時点で停まっていなかったことの方が驚きだ。時の番人は十分仕事を果たしている」

「あの都市は外圧でしか変われないのかもしれない」

「魂の在り方か。我々が最も研究しないといけなかったのはそれかもしれないな」

 ホワイトカラークローンたちはかなり落ち込んでいる。


「100年前にP・Jという者たちがミッドガードを訪れたはずなのだけれど、知らないか?」

「P・Jか……。来たのかもしれないが、我々は関わらん」

「ピース・ジェイラー、平和の監視者を気取る者ほど乱暴だから。それを我々は学んで、自由な民主主義を選んだ。例え何年経っていようと、彼らに渡す技術は少ないわ。もしかしたらフェンリルの道化師たちが対応したかもしれないけどね。彼らはもの好きだから」


 平和の監視者か。過去のP・Jたちもそれほど技術を渡されていなかったのか。


『また2人、出てきました』

 リパから連絡があった。看板の効果がすごい。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 1000年後にも意思疎通できる人類が存続していて、ある程度の事情も理解してるってもう本当に奇跡みたいなもんだよね……1番の奇跡はミッドガードが外の連中にバカをやっても鎮圧できる領主がいるこ…
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