【籠り生活38日目】
「領主というよりも何でも屋だな」
サルベージした船に魔法陣を描いているヘリーが俺を見た。
東海岸では空島用の大岩を使って、沈んだ船の引き揚げ作業を行っている。カヒマンの案なので頑張っているが、なかなか思うようにいかないらしい。
魚の棲み処になっていたり貝や海藻がへばりついていたりして汚れを落とさないといけないが、ダンジョンの民は蛸やイカなど足の多い生き物や魔物が怖いらしくて作業をやりたがらない。
「アラクネだって足が多いだろう?」
「あんな変な動き方をしないからね」
変な文化が発展している。美味しければいいんじゃないかと思うので、カタンを呼んで茹蛸で何か料理を作ってもらっている。
俺とカヒマンは引き上げた船の掃除をしている。運びやすいように解体して砂漠の船で組み立てるので、錆びた釘などは抜いてしまう。きれいにしたらヘリーに魔法陣を描いてもらい、砂漠へ持って行くことになっているが、まだ砂漠の駅や空の道を管理しているハーピーたちが場所を決めていない。
「案外、木材は腐らないものなんだな」
「海の中は空気に触れないからカビも生えないんだろう」
「そう言うことか」
木材がボロボロになっているのは魚の棲み処になっている場所だけだ。壺や割れた樽の中には蛸が入っている。火魔法で焼いて、料理の桶の中に入れていく。
ダンジョンの民は倉庫で作業をしているだけ。
俺とカヒマンは風魔法の杖で中を乾燥させながら、ひたすら掃除。ヘリーが言うように自分が何屋なのかわからなくなってきた。
「こういう領主っているのか?」
「普通の領主よりは労働者の気持ちがわかるんじゃないか」
「助かる」
ちょうどメイジュ王国からの定期船がやってきた。
「何をされてるんですか?」
船員のピートが聞いてきた。以前、一緒にフィールドボアを狩ったことがある。今では定期船の船長だそうだ。海の男たちは出世が早い。
「沈没船を引き上げて掃除しているんだよ。砂漠に持っていって駅にするんだ」
「マキョーさんってそんなに働いていていいんですか?」
「なにが?」
「領主だったら、領地経営をしたりするもんなんじゃ……」
「あんまり金のことはわからないからなぁ。交易村はあるし、実質的な経営は他の者に任せてるんだ。そもそも住めるようになるまで時間がかかる場所だし、侵略者に入られても魔物に殺されてるような土地だから経費が掛からないというのもある」
「いいなぁ」
ピートは羨ましがっていたがちゃんとした仕立てのいい服を着ているので、こちらの大変さはわかっていないだろう。未だに倉庫で働くアラクネやラミアはTシャツのような服を着ている。革のベストや毛皮のコートなどもあるが、着ているのは一部だけだ。
「メイジュ王国は違うのか?」
「魔境からの魔石を輸入したじゃないですか。魔境産だからと言って、不正に価格を上げて売っていた領主が領民からの反乱にあってましたよ」
「死なないようにしてくれよな。輸出停めないといけなくなるとそっちも大変だろ」
「はい。もうこの冬の魔石は十分足りているので、別の商品で取引できないかと商人ギルドから要望が出てます」
「毛皮もアラクネの布もあるし、ハムなんかもあるけど」
「魔物の骨とかドラゴンの皮なんかが欲しいようなんですけど」
「ドラゴンが脱皮してくれたらな。骨は持っていっていい。爬虫類系の魔物の皮が必要なら、倉庫にあるのでアラクネたちと交渉してくれ」
「メイジュ王国から欲しいものはありますか? 食料も十分あると言われてしまって、交易品がなくなっていて、魔石のランプや工具なんかを持ってきてはいるんですけど……」
「あ、紙と筆記用具を持ってきてるなら、大量に欲しい」
作業をしていたはずのヘリーがいつの間にか俺の背後に立っていて要求していた。
「マキョーは大してほしい物はないだろ?」
「んー……、ないね。ヘリーたちが欲しいものを言って交渉しておいてくれ」
交渉はヘリーたちに任せて、俺は作業に戻る。
「あ、機織り機とかいいのかな?」
服がないならあった方がいいだろう。
「ある。ダンジョンに」
カヒマンが教えてくれた。
「皆の身体のサイズが違うから、時間がかかってるだけ」
「そうか。進めてたんだな」
「うん。革もかなり鞣してあるから、全然終わらないみたい」
「あんな寒そうな服を着ているから、ないのかと思った」
「あれは船員を誘うため。本当は浜辺に宿が欲しいって。ダンジョンは男が少ないから」
「そういう欲もできてたのか。食べて生きるだけで精一杯だったんだけどな」
「訓練兵もいたから特に人間と接する機会も多かった。最近は時々、魔物の部分が出てくるって所長も言ってた」
遺伝子学研究所のダンジョンマスターだ。
「ん~交易村に連れていったら騒ぎになるかな?」
「わからない。反応次第でショックを受けるかも」
「なんか文化があるといいんだけどな。あ、それ頼んでみよう」
俺はピートに言って、吟遊詩人や踊り子は連れてこられないか聞いてみた。
「いや、植物学者や医学者は来たいと言っているんですけど、踊り子はどうでしょうね。一応、確認してみます」
「ああ、頼む」
「急にどうしたんだ?」
ヘリーが俺の提案に戸惑っていた。
「冬になって魔物や植物の脅威がなくなると休みができるだろ? そうすると過去の嫌な思い出を思い出したり、仕事の愚痴を言うことが多くなる。なんか遊びがあるといいんだけど、ただ走り回っていても面白味はないからさ。文化があるといいんだ」
「マキョー、お前ってそんな一面があったのか!?」
「よくうちに交易村の姐さんたちが来てたから、気持ちはわからなくはないんだ。だから何でもいいんだけど、詩を作るとか、ボールを蹴るとかでもさ」
「あんまり意外過ぎることを言うなよ。禿げそうだから。ちょっと待ってくれ。皆を呼ぶから」
ヘリーは『緊急事態』と音光機で全員に報せた。
「マキョーが魔境の文化を作ると言い出した。備えてくれ!」
「そんな大げさなことか?」
「わかっていないかもしれないが、実は領地経営にとってはかなり重要なことなのだ」
なぜかそのまま古参たちに緊急招集がかかり、チェル、ジェニファー、シルビアが東海岸に集まってきた。
蛸料理をつまみながら、昼間から話し合うことに。
「よ、要は魔境は特産だらけなんだからマキョーの意見を気にする必要があるのか?」
領地経営をしていた一族のシルビアは特産が大事だと思っているらしい。
「あるのだ。エルフの国では茶壷を巡って領地が潰れたことすらある」
「メイジュ王国でも、服の形状で男女差の法律が崩壊したこともあったヨ」
「教会でも歌は歌いますし、写本をすることで文字を覚え、深く考えることは重要なんですけど……。魔境はそれがないところがよかったんじゃないですか?」
「でも、皆、冬になって魔物の対応はしなくていいし植物だって動きを止めている。ダンジョンの民が船員と恋をしたがっていると聞いてね。魔境は男女差があるだろ? 女性が多い。魔境で恋愛における争いが起こると、不味いんじゃないかと思ってさ。武器が手元にあるし、実力だって違う。魔境の発展のためにただの殺し合いじゃない文化があると豊かになるんじゃないかと思って」
「な! マキョーが意外なことを言うんだよ」
「熱でもあるんじゃないカ!」
「い、いや、私は交易村で姐さんたちから聞いたことがある。マキョーはカードゲームやボードゲームをたくさん知っていて、マキョーの家にいると暇をしなかったって」
「そうなんですか!?」
「ほら、俺は夢で見た前世の記憶があるからさ」
「じゃあ、文化がわかるって言うのカ?」
「文化って言ったって、ものすごい広いだろ?」
「そんなに数を知っているって言うんですか?」
「言ってみようか? スポーツだけでもかなりの量があるからな……。冬だとスキーにスケート、カーリング、雪合戦……」
俺はとにかく知っている文化を言っていった。ルールも説明していく。それから、印刷技術が発展していて小説や漫画などもあったこと、ダンスもいろんな種類があることや音楽についても録音できることなども伝えた。ガーデニングや盆栽、陶芸、絵画、演劇、思いつく限りの文化について話し、美術館や博物館など収集して文化を残すことも喋った。
ヘリーは頭を抱え、シルビアは言葉を失い、ジェニファーが白目をむいていた。チェルだけが笑って、紙に書き残していた。
「でも、これは知っているってだけで、他の地域とも共有できないと価値が上がっていかないだろ? この世界に合う文化があると思うんだよ。特にダンジョンの民が楽しめる物とかさ」
「じゃあ、やっぱり身体を動かすようなものがいいんじゃないカ?」
「スポーツかぁ。砂浜があるからビーチバレーなんかはいいかもな」
「マキョーよ。お前はもしかしたら、ものすごい文化的な領主だったんじゃないか?」
ヘリーが髪の毛をかき乱しながら聞いてきた。
「いや、今はサバイバルをしていただけだろ」
3人にとってはかなり衝撃的だったようだ。チェルは「薄っすら気づいていた」という。
「農家の息子にしてはおかしなことが多すぎるからナ」
「もしかしてマキョーさんは蛸の美味しい食べ方も知ってるの?」
カタンが聞いてきた。
「一応、たこ焼きってのがある。カルパッチョとか唐揚げとか、作ってみるか?」
「うん! 食べてみたい!」
唐揚げを揚げたり、野菜とオイルと合わせてカルパッチョを作ってみた。たこ焼きもなんとなく魔力を駆使しながら焼いてみた。皆、美味しいと言っているが、俺にとっては懐かしいような気がしている。
「魔境は、もう経済的に破綻しないんじゃないか?」
「マ、マキョーにこれほど文化資産があるとはな……」
リパからミッドガードから一人出てきたという連絡があったのはその日の夜だった。