【籠り生活37日目】
「マキョーさん、全然出てこないですよ」
リパはミッドガードの住民たちを待ちながら、かなり飽きているようだった。
「まぁ、いいんじゃないか。急に1000年後を生きろ。病気はまだ治るすべはないけどって言われても、踏ん切りは付かないだろ」
「そうですけど……、責任者とかリーダーとかいないんですかね?」
「どうなんだろうな……。それなんじゃないか? リパ、お前、なんかミッドガードの前に看板とか立ててないか?」
「立てましたよ。魔境がどういうところか、『大穴』の魔物の強さ、マキョーさんも優しいって言うことまで」
「ダメだそりゃ! 悪いけど看板外すからな」
「どうしてです? すぐに外に出たら危険だということを教えておかないと、すぐに死んじゃいますよ」
「それを守るのが俺たちの役割だ。そんなの見せられて出てくる奴はいないだろ? よく考えてくれ」
「え~、いい案だと思ったんですけどね」
俺はすぐに『大穴』で骨化している万年亀の死体のダンジョンに入った。魔物が出てきても裏拳で弾き飛ばしていけばいい。ヌシたちとの戦闘でだいぶ慣れた。
リパが立てた看板はすぐに取り外して、ちゃんと書き換えておく。
「どこに住んでも自由です。魔境以外の場所は比較的魔物も弱く、国民の中には魔物と対峙することなく一生を終える者たちもいます。多少は獣魔病についての差別が残っているかもしれませんが、人化ができれば問題はないと思います……? あ、ミッドガードの住民って魔境に住まないんですか?」
リパは書いているものを読み上げていた。
「どこに住んでもいい。1000年前の人たちだぞ。魔境に住みたいなんて思う方がおかしいんじゃないか」
「ああ、そうか」
「貴族制などが保たれていることも書いておこうか。王家の親戚として迎え入れられるから、そんな雑な扱いはされないと思うし」
「そうですね。じゃあ、俺たちは運ぶだけですか?」
「そうじゃないか。王都から軍も来るらしいし、案内は魔境の外まででいいだろう。あと質問があれば、音光機か立て看板でって書いておこう」
「わかりました」
「そう言えば、初めに見た男以外住民を見たか?」
「いえ、影は見たんですけどそれ以外は……」
「ミッドガードは内部分裂をしてるかもしれないんだよな。同じ看板を増やしておこう」
俺たちは同じ文言が書かれた看板を四方八方に立てておく。そもそも都市が丸ごと移転してきているわけだから、一か所しか外との繋がりがないなんておかしい。
音光機だって二つないとどういう効果の魔道具なのかもわからないだろう。
「よし、これで待ってみよう」
「そうですね。あぁ、すごい文字書いたぁ。呪法家の里で飯、食っていきます?」
「屋台でも出てるのか?」
「俺が魔物を狩ってくるからって、毎日肉の料理を作ってくれるんです」
「あんまり甘えるなよ」
そう言いつつ、呪法家の里へ向かった。
谷にある呪法家の里では、ちょうど飯時だったようでどの家からも竈の湯気が立ち上っている。
呪具一家では、炎が出る魔剣で盛大にフィールドボアを丸焼きにしていた。もちろん呪法家たちは皆仮面をつけているものの食べる時は、上手くズラして食べていた。
「こんにちは。リパがいろいろとお世話になっているようで」
「ああっ! マキョー様ではないですか。よかったらどうぞ食べて行ってください」
「すみません。時の番人のリュートを介抱してくれていたのもこちらですか」
「そうです。時の番人というからどんな大男が来るのかと思ったら、意外と小柄で今は……」
「不死者の港町でこの時代の生活をしていると思います」
「そうですか。この時代に慣れるといいんですけどね」
「まだまだミッドガードの人たちも残っているので、住民が増えるかもしれないんですけどね」
「魔境は本当に大変ですなぁ」
仮面を着けていても、活気があるのはわかる。各家から、皿を持った呪法家たちが出てきて、フィールドボアの肉を分けてもらいに来た。なぜか俺はマキョー様と言われ、手を合わされる。感謝の意味らしい。
「こうしてフィールドボアの肉を食べられるのもリパ殿のお陰だ。リパ殿はマキョー様から狩りを習ったという。私らは巡り巡ってマキョー様の恩恵を受けているのよ」
呪法家たちは縁や繋がりを大事にしている。呪いを扱っている人たちだから当たり前だが、呪法家の爺さんたちは感謝をしておくと自分を守ることにもつながるという。
「いろんな思いが錯綜する時があって、自分を責めるようなタイミングだってあるが、感謝しておくと不安が消えるのよ。感謝ばかりをしていて、自分では何もしない者もいるから、どっちがいいのかわからないけどね。でも、感謝して悪いことはないさ」
呪法家らしい。
「もし『大穴』から何か湧いて来たら、すぐに魔境に知らせてください」
「ああ、白い鳥を見たら呪法家からの文だと思ってくれ。魔境だと魔物に食われてしまうかもしれんが……」
「そう言えば、クリフガルーダから魔境に続く昇降機を作ろうとしているんですよ」
「それ、大丈夫かい?」
「ええ、穴を掘って風や魔物の影響を受けないようにすればいいと思って」
「崖を掘るのか。そりゃいいな。マキョー様が掘るのかい?」
「その予定です」
「だったら、箱の大きさを決めてください。運ぶにしても箱があると中抜きされませんからね」
「ああ、やっぱりその方がいいですよね」
「呪法を使えば、鍵もつけられますから」
「なるほど」
呪法の合言葉さえ決めておけば、他の誰も開けられない箱もできるのか。
「ミッドガードとは別にちょっと簡単な呪法でいいので、リパに教えておいてください」
「わかりました。呪符を渡しておきます」
とりあえず、昼飯を食べて俺は魔境へ帰る。
東海岸では沈没船のカヒマンとヘリーによるサルベージが始まっていた。北西では相変わらず魔法学校の建設が続いている。
東にある遺伝子学研究所のダンジョンでは、訓練兵たちが荷物をまとめているという。
「なにかあったのか?」
サルベージをちょっとだけ見て、訓練兵に聞いてみた。
「帰還命令です。ジェニファーさんが手紙を届けてくれて……」
命令だから仕方がなく呼び戻されているというより、魔境にいる部隊として出張らしい。魔境に帰ってこられるなら、訓練兵たちも別に文句はないようだ。訓練兵という呼び名をそろそろ変えるか。
「王都から兵士たちが来るらしいので、魔境の実力を見せておけ、だそうです」
「一々、マキョーさんが会う必要はないですよ。思い知らせてやりますから」
髭面の兵士が久しぶりに髭を剃っていた。
「一応、ミッドガードの説明も兼ねてるんですけど、まだミッドガードの住民は出て来てないんですよね?」
「ああ、まだだ。看板を増やしておいたから、そのうち出てくると思うけど……。魔境を通り過ぎて王都の方に行くかもしれない。向こうの方が魔物は弱いだろ?」
「確かに、魔境は慣れないと厳しいですもんね」
何か持たせた方がいいだろうか。
「土産は?」
「冷えるコップとアラクネの布は持ちました」
「ちゃっかりしているな。武器とかは?」
「武器は普段使っているのでいいです。あんまり大きいのを持っていくと誤解されると思うので」
シルビアが作ってくれる武器は魔物の骨を使った大きい物も多い。
訓練兵たちに任せてよさそうだ。兵士なのだから当たり前か。
街道を回っていくか、森を突っ切るか迷っていたので、俺が後ろから着いていくと言った。
「じゃあ真っすぐ突っ切るのでヤバそうになったら叫びます」
「わかった」
冬の森は静かで気持ちがいい。ジビエディアの群れが木の皮を食べていた。食糧が減ってきたか。植物園のダンジョンからピーナッツのような種を持ってきて与えておいた。
冬眠から覚めてしまって凍えているヘイズタートルを穴に戻したり、ケガしたゴールデンバットを洞窟に治して返したり、歩いているだけなのにやることが出てくる。
その度に訓練兵たちは小休止を入れていた。
「止まってないで先に行っていていいんだぞ」
「いえ、こういうのも魔境の生活です。夏には俺たちを襲ってくる魔物を冬にはマキョーさんが保護している。滅多に見れない光景なんで目に焼き付けてるんですよ」
「そうか? 俺だって助けられるのは目についた魔物だけだよ。その辺で死んでる魔物も多いだろ?」
「そうですね」
雪の塊かと思ったら魔物の死体の上に雪が積もっていることも多い。病気が怖いので、燃やして土に埋めてはいるが、春になって出てくる魔物もいるかもしれない。
「植物が枯れているからな、見つけやすいのかもしれないけど」
「特に助ける基準は決めないんですか?」
「ああ、基準を作った方が環境が荒れることがあるからな。なんとなく助けて、春になったら確かめよう。お、ワイルドベアだ。寝ぼけているから音を出して追い返してやってくれ」
訓練兵たちが鍋やフライパンを叩いて熊の魔物を追い返していた。無駄な戦闘をして体力を削られる方がマズい。
いつの間にか訓練兵たちも魔境に順応している。
入口にいるエルフの番人たちに挨拶をして、訓練兵を見送った。
「いってらっしゃい」
「「「「いってきます!」」」」