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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【籠り生活35日目】


 ダンジョンの住民たちは冬になって異常なくらい働いていた。魔物も少なくて、動きやすいのだろう。


「食べ物がこんなにある冬なんてこれまでなかったから」

「いかにダンジョンの中で魔力を使わずにやり過ごすのかってことばかり考えていて、こんなに遠くまで魔境が広がっているなんて全然知らなかったよ」

 北部を回る環状道路はできて大きな荷物も東海岸から運べるようになっていた。砂漠の軍基地でゴーレムたちが荷台を作ってくれたのが大きい。


 北西に建設予定の魔法学校にも建材が着々と届き始めていた。


「うう……。まだ設計図だって完成していないのに……」

 チェルはそれでも魔法を使い、ヘリーやシルビアの助けを借りながら小屋を作っていた。真面目にやっているから訛りが出ない。


「マキョー、あれ教えてくれ。スポンッて岩をくり抜くやつ」

「いいよ」


 俺は魔力のキューブを見せながら解説する。

「要は6面の防御魔法なんだよ。だからキューブをイメージしてあとは面の構造を強くしていけばいい」

「うわ、なんだ。すごい簡単じゃないか……。簡単じゃないな。魔力を使い過ぎるな。どうしてるんだ?」

「対象の岩や土に流れてる魔力まで使えばいい」

「そんなものはないだろ!」

「最初から否定しているうちはできない。魔法はイメージだろ? チェルが教えてくれたんじゃないか」

「くそったれ! どうしてマキョーにできて私にできないんだ!? 私は魔族だぞ!?」

 チェルは悔しがりながらも練習していた。


 俺はチェルたちを北西において、ダンジョンの民と一緒に南下する。ホームの洞窟で昼飯を食べて、さらに進む。魔物も冬なのでかなり少ないし、引っ越しにはぴったりだ。


「本当に大丈夫ですかね?」

 アラクネとラミアは心配している。

「大丈夫だと思うよ。昇天した者の家は誰も住んでないから廃れる一方だから」


 ダンジョンの民は南東の不死者の町へ移住するつもりだ。不死者の中には、自分の家を作り満足したように昇天する者が増えてきている。

 ダンジョンにずっと住んで東海岸との往復だけだった獣魔病患者の子孫もクリフガルーダからのハーピーや万年亀からの騎竜隊の家族、エルフの亡命一家などを見ているうちに自分たちが住む場所は自分たちで決められると気づいたらしい。

 もちろん魔境の外で自分たちがどう見られているかは魔族との交易でも知っているため、魔境内で引っ越したい。運よく空き家が数軒南西にあることを知って、引っ越せないかと頼んできた。


 もちろん、俺としては問題ないし、カリューもその方が家は保つといい、万年亀の封魔一族も数百年前に分かれたユグドラシールの生き残りなので文句などない。


 俺からすればぴったりだ。ただ、本人たちが不死者を生活の中で受け入れられるかどうか。とりあえず、行ってみて、住んでみて、生活してみてからでも遅くない。魔境はまだまだ発展中だから。


 枯れ葉を踏みしめ凍った崖を下りて、眠っている魔物の脇を通り過ぎていく。不思議とアラクネもラミアも足取りは軽い。


「一応、私たちも魔境で暮らしているからね」

「ゴールデンバットだってほら……。あれ?」


 麻痺の杖でゴールデンバットを倒そうとしていたが、まだ的に当てるのは難しかったようだ。俺は向かってくるゴールデンバットを掴んで遠くへ放り投げた。


「飯は足りてるだろ?」

「うん。魔物は春になったら増えるの?」

「わからん。増えると思うけど、俺も魔境は一年目だからさ」

「そうか……。去年まではダンジョンから出られなかったんだ……」

「魔王と所長の話を聞いて怯えてただけなんだよね? 信じられないけれど」

「サティに感謝してくれ。あいつがいなかったら、もっと発見が遅れていたかもしれない」

「楽器の練習しているだけじゃなかったんだね」


 ゴールデンバットの洞窟や野生のアラクネがいた森などを説明しながら森を抜けて、砂漠の端まで辿り着いた。

 砂漠に掘っ立て小屋が立っていて、大きな黒い岩が砂地に埋まっている。看板には「空島運輸」と文字が書かれていた。黒い岩にはヘリーが彫っている空島の魔法陣らしき幾何学模様が見える。


「なにこれ?」

「あ、来た。来るって聞いていたから、試運転としてね」


 岩の後ろからハーピーたちが現れた。ヘリーに空島について教わっている者たちだ。


「岩の上に乗れる?」


 総勢6名のダンジョンの民は皆、アラクネかラミア、下半身が二股の蛇になっているエキドナなので岩くらいなら乗れる。しっかりとした座椅子が取り付けられていて、座れるようになっていた。


「マキョーさんは自分で飛べるから自分で飛んでね。むしろ魔力の調節をしてほしい」

「自分たちの立ち上げた運輸会社だろう? やってみろ。笑う奴はいないよ」

「わかった」


 ハーピーたちは自分たちで岩に魔力を送り込み、空中に浮かせていた。魔力が少ないのか、人の高さほどしか浮いていないが砂漠を移動するならこれくらいで十分かもしれない。


「皆さま、日焼け防止の傘をさして水分補給をしっかりして、休憩しながらまいりましょう」

 案内人のハーピーがダンジョンの民に注意事項を教えて、移動を開始。行先は不死者の町とわかっているようだ。


「よく引っ越しがわかったな」

 黒岩の後ろを飛びながら、押しているハーピーに聞いた。


「ヘリーさんが、北西に魔法学校を作りに行くから、ちょっと引っ越しを手伝ってあげてくれって。マキョーさん、私たちこのまま真っ黒に日焼けしない?」

 客の分の日傘は用意しているのに、自分たちの分は用意していなかったらしい。

「傘は用意してないのか?」

「回復薬を塗れば問題ないって言われたんだけど、砂がすごいんだけど……」

「だろうな。あんまり古株たちの言うことは信じるな。いろんな失敗を経て言っているだけだから。自分たちで考えて、体力に合わせた装備をしような」

 俺は自分のダンジョンから布切れを取り出し、人数分切って渡した。ただの手拭いだが、ないよりはましだろう。


「マキョーさんは何回も砂漠を往復しているんでしょ?」

 引っ越しに不安を感じているラミアが聞いてきた。

「そうだな。初めは大変だったぞ。サンドワームは出るし、方向はわからなくなるしな」

「地図もなかったんだ」

「ないない。どこまで魔境の領地かもわからなかった。崖までとは教わっていたけど、どこの崖だよって感じだった。クリフガルーダの崖を見て、これは崖だとは思ったけど……」

「よくゴーレムたちも見つけたね?」

「初めは何体か襲ってきたんだぞ。結構大変だったんだ。でもその頃には結構魔境に順応していたのかもな。空島を見つけて登って寒かったぁ」

「今は寒くない?」

「魔力で温度調節できるようになったから。あ、お前らちゃんと魔力とかの練習しているか? 封魔一族は体術のプロだけど、魔力での戦い方もすごいからな」

「そうなの? やっぱり戦いは続くのかぁ」

 アラクネはもう戦わなくてもいいのかと思っていたらしい。


「魔境にいる限りある程度は仕方ないと思って諦めてくれ。でも、そこくらいを抜けると夏でも楽しめると思うぞ。カヒマンとかも砂漠を旅しているうちに強くなっていったと思うから」


 黒岩の下を変な顔をしたしかの群れが走り抜けていく。高度が低い上にスピードも遅いので大迫力だ。


「なにあの魔物? 変な顔」

「まだ名前が付いていないから名前を付けてくれ。肉を食べたら感想を聞かせて」

「いいの?」

「魔境は変な魔物だらけさ。一番流行った名前がその魔物の名前になると思う。100年前には大きなトカゲの魔物にマエアシツカワズとか言う酷い名前を付けた奴がいたくらいだ」

「確かに。あのお肉美味しいのにね。あ! 道だ!」


 前方に山へ続く道が見えてきた。以前ゴーレムたちが舗装した町への山道だが、ちゃんと工事を続けていたらしい。


「ここからは歩きだ。大きい鳥の魔物に気をつけて進もう」

 ハーピーたちの空島運輸は休憩して、森へ戻るという。一応、空の道はできたのかもしれない。


 真っすぐ山道を駆け上がり、オオフクロウやカラスの魔物の鳴き声に怯えながらダンジョンの民は進んでいった。

 山の岩間を通って抜ければ、不死者の町が見えてくる。

 ちょうどミッドガードの住人たちを待ちくたびれたカリューが後輩の時の番人・リュートを連れてやってきていた。


「おう! 引っ越しか」

「そうだ。リュートはどうだ? 調子は」

「調子はだいぶいい。飯も十分すぎるほど頂いている。しかし、本当に滅びたのだな。ユグドラシールは」

 道中で砂漠と不死者の町の様子を見て感じたのだろう。


「ああ、ようやく復興一年目だ」

「そうか……。俺には不思議に見える。滅びているのに活気がある。ユグドラシールとは別の町ができるのだな」

「そうさ」


 骸骨や幽霊船の船員たちがダンジョンの民を歓迎していた。この町の港からも魔境の商品が輸出される。


 ミッドガードの住人からはまだ連絡なし。リパは飽きて、クリフガルーダの王都に領事館を建てないかと聞いてきた。


「ゆっくりでいいぞ」

『わかりました』


 音光機の文字が砂に消えていく。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 良い領主が居ると 死んだ国でも 人が周り新たに芽吹く (*´∀`*)
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