【魔境生活30日目】
早朝、チェルの焼いたパンを食べ、フォレストラットへのエサやりと、畑の水撒きを済ませる。
その後、船作りに使う木を選び、工具を使ってみることに。
いい感じで乾いたと思っていた木を鋸で切ってみたが、中はあまり乾いていなかった。木の乾燥はもっと時間がかかるらしい。
結局、午前中はP・Jの武器や防具を鑑定していくことにした。鑑定と言っても、初心者用の魔法の本を片手に魔法陣の種類別に分けていくだけだ。
火、水、土、風などの魔法陣についてはわかったが、そんなに数は多くない。ほとんどの魔法陣が鑑定不明という感じだった。今後のために描いてある魔法陣は紙に写しとっていく。その紙の束だけでも、薄い初心者用の魔法の本よりも厚くなってしまった。
そのうちにジェニファーが起きてきて、俺たちが残した朝飯を食べ、杖を片手に単独で森に入っていった。
「とにかく迷惑がかからないくらいには強くならないと」
そう言っていたが、オジギ草に噛まれ大怪我を負って帰ってきた。
「ア~、モットミロ」
チェルは回復魔法をかけてやりながら、「周囲に注意しながら歩け」ということを教えていた。
「でも! 魔物の動きを見ようと身を潜めば植物に噛まれるじゃないですか!」
この魔境は、他の地域と違う植生や魔物がいるので、遭遇したらその都度覚えていくしかない。チェルは面倒見がいいのか、ジェニファーと一緒に森に入り、危険な植物を教えてあげていた。もしかしたら、兄弟がいるのかもしれない。
俺は、相変わらずペーパーワーク。隊長からもらった簡単な初心者向けの教本だというが、結構目からウロコなことが書いてあった。俺が使っている魔法拳は自分の肉体を強化する強化魔法の一種らしいが、使い手はどこかの山中で修行している僧侶にしか受け継がれていないらしい。
「俺は修行僧みたいな生活をしていたのか」
他にも、基本的に魔法は丸い球体にすると楽に放てるなど、便利な技術も書いてあった。少しずつしか進まないが、そもそもちゃんとした教育を受けてこなかったのだからしかたがない。
周辺の森で魔物を狩っていたチェルとジェニファーが帰ってきたので、昼飯にする。
ジビエディアを狩ったらしく、チェルはほくほく顔だ。ジェニファーは顔がこわばっていた。
木に吊るして、一気に解体していく。内臓や血も無駄なく桶やバケツに溜め、チェルとあとでソーセージでも作ろうという話をした。ジェニファーは「ウッ」と言いながら、耐えていた。
「冒険者だったんだから、解体くらい見ていただろ?」
俺がジェニファーに聞いた。
「王都では肉屋がありますから。討伐した魔物は討伐部位を切り取るか、そのまま冒険者ギルド納品するかしか……」
「田舎と都会では違うのか。ここにいる気ならいずれやることになるから、見て覚えておいたほうがいいぞ」
「はい……」
目を丸くしながらジェニファーが解体を見ていた。
燻製肉や熟成肉なども増えたが、やはり新鮮な肉は美味い。
昼食を食べながら、船作りに時間がかかることをチェルに言うと、手を振って、
「キニシナイ、ジカンカカッテヨシ!」
と、言っていた。そんなんで、良いのか。俺としては自分が帰るわけではないので良いのだが。
昼寝の後、砂漠での失敗などを思い出しながら、再びペーパーワーク。
今度はP・Jの手帳を読み込む。自分の能力を上げたいが、何をどうすれば良いのかわからないので、先人の知恵に頼ることにした。
魔物に関する情報を暗記し、描いてあった魔法陣の試し打ちを隅から隅まで、紙に書いて試していく。すると、幾つかの魔法陣で効果のわからないものが出てきた。
魔法陣を描いて魔力を込めるのだが、何も起きない。試しに、葉っぱを魔法陣の上において魔力を込めると、突然葉っぱが消えた。石を置いても岩を置いても、やはり消えた。
転移の魔法陣だろうか? それとも空間魔法の一種か?消失という魔法陣という可能性もある? スゴく怖い。
とにかく危険なので、☓印をつけておいた。
時魔法の魔法陣も見つかった。どうして時魔法とわかったのかというと、魔法陣の上の緑の葉っぱが黄色く変色して枯れたのだ。
その魔法陣に似ている魔法陣を探していき、時魔法に分類する。
時空魔法への第一歩だ。
「マキョー!」
沼に行っていたチェルが帰ってきた。見れば、服が血だらけである。元気なので、チェルの血ではないようだ。
「その血、どうしたんだ?」
「エ? ああ、ヘイズタートル」
ヘイズタートルを倒したらしい。それよりも見てくれと、雷紋が施されたドーナツ状の石を見せてきた。
「コレ、ナンダ?」
俺はチェルから石を受け取って、よく見てみる。人工物であることは間違いないが、魔力を込めても何も起こらない。
ただのペンダントだろうか。ん~、ん? どこかで、この雷紋を見たような気がする。
俺はP・Jの手帳の遺跡のページを見てみると、遺跡の一部に同じような雷紋が描かれている。
チェルにどこで拾ったのか聞くと、沼の底にあったという。透明度の低いあんな沼でよく見つけたものだ。
「ジェニファーニ、オヨギカタオシエテタ」
ジェニファーは、疲労で立てないらしい。少し休んでいるのだとか。
沼に遺跡が埋まっている可能性が出てきた。明日にでも沼に行って、俺も調査しよう。
チェルが洗濯をしていたので、夕飯は俺が作ることに。ジェニファーが帰ってこないので、呼びに行くと、人一人と同じくらいの大きさがある蛾の魔物ことビッグモスと戦っていた。
「どうして? 麻痺が効かないの!?」
杖を振り回しているが、魔力がないのか魔法が放てていない。魔物にいいように遊ばれている。いずれ疲れて倒れれば、襲いかかってくるだろう。
俺はその辺に落ちていた小石で、ビッグモスに投げて追い払った。
「はぁっ! ありがとうございます!」
「飯だぞ。魔力の管理は気をつけたほうがいい。魔力切れを起こして気絶すれば魔物に食われる。俺もこの前死にかけたからな」
「マキョーさんでも、死にかけるんですか?」
「ああ、ここではよく死にかける。さ、飯が冷める前に食おう」
「はい!」
元気よく返事をしたジェニファーだったが、足がプルプル震えていた。王都でも有名な冒険者のパーティにいたんじゃないのか。
夕飯はジビエディアの肉をふんだんに使った肉野菜炒めである。味付けは塩と山椒だけだったが、とても美味しかった。
「ウマイ!」
チェルも気に入ったようだ。ジェニファーにも好評だった。
食後に軽くチェルと組手。今日はずっとジェニファーの面倒を見ていたので、身体がなまっているらしい。ジェニファーは疲れたのか飯を食べてすぐに寝ていた。
俺たちも程よく運動して就寝。ペーパーワークが多い日だったように思う。