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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
305/372

【籠り生活30日目】


 深夜に青白い光が『大穴』を覆った。光は一瞬で消えたが、巨大魔獣はそのまま地脈からの魔力を吸い続け、ダンジョンへと送り込んでいる。


 巨大な質量を持つ生物は心臓が動いている限り、魔力を吸収し続けるのだろうか。いや、不死者の町にいる住民たちを見ると、心臓なんか動いていなくても骨さえなくても魔力を吸収できているように思う。

 だとしたら、魔力とは……。


「意思か」


 魔境の南東にある魔力が枯渇した地帯と魔力過多になっている『大穴』では何が違うのか。過去にあった人々や魔物の意思が燃え尽きたり、燃え盛ったりしているだけ、と考えると都合がいい。

 ただ、地脈という流れがある。あれは意思などではなく、力そのもののようにも思う。星の意思などと解釈できるかもしれないが、いよいよ宗教染みてくる。

 

 俺のダンジョンは革の鎧から出て、巨大魔獣をずっと眺めていた。


「魔力は意思ではないだろう」

 夜も明けきらない時分にヘリーに聞いてみると、あっさり否定された。


「そうだよな」

「ただ、魔力と意思は関係しているとは思う。原初魔法やヌシを見たりするとわかるが、意思と魔力は相関関係にある。そもそも自分で魔法を作っているようなマキョーならわかるんじゃないか?」

「強い思いが魔力を引き寄せる……、か?」

「そうなんじゃ」

「俺にそんな強い思いなんてないぞ。あ……」

「何か思い当たる節があるんじゃないか?」

「生きたいという思いというか、生きる意思か。だとしたら、皆が強くなった理由も説明がつくなぁ」


 魔境に来た誰もが、何度も死にかけている。


「でも、そんな人間、いくらでもいるだろう?」

 貧困、奴隷、病に臥せった者たち、死ねないと思う人間はたくさんいるはずだ。

「古いエルフの説だが、意思が魔力を引き寄せるように、魔力もまた意思ある者を引き寄せるという考えもある。私は魔境に来てから、よくその説を思い出すよ。魔境には地脈が通っているからな」

「魔力の意思ねぇ」

 俺は自分のダンジョンを見上げた。

 大量の魔力を持っているダンジョンは未だに居場所を作れずに迷っているようにも見える。


「ダンジョンが魔力を必要としていることは確かだ。巨大魔獣の肉が食べつくされればダンジョンも安定するんじゃないか」


 未だにダンジョンの入り口から異形のゴーレムが出てきて『大穴』の魔物たちと戦っている。巨大魔獣の血肉が散らばっていくが、腐臭はしない。時が止まっていたからなのか、微生物の動きも鈍いのか。


 東の空に太陽が昇り日が差し込むと、死んでいたはずの異形のゴーレムたちが復活。周囲で肉をむさぼっていた魔物を泥水で襲い始めた。やはりコアを壊さないと完全には死なないのか。


 ダンジョンのゴーレムが魔物を取り込み黒く変色。黒いキメラとなってこちらを窺っている。


「お、強くなったのかな?」

「ちょっとしたヌシみたいになったナ!」

「あれは倒す方向でいいのでしょうか?」

「ゴーレムのコアを狙いでいいだろう」

「マキョー、これ試し切り用だ」

 シルビアにキングアナコンダのサーベルを渡された。魔境に来た当初から使っているが、魔力ごと切り裂ける。


「リパとカリューはまだ来なさそうだな」

「先にやってヨー」

「大丈夫ですかね?」

「あの動きだぞ」

「問題なし!」


 黒いキメラがこちらに泥水を吐き出しながら飛んできた。身体に馴染んでいないのか、中の魔物が抵抗しているのか。


 飛び上がった黒いキメラの腹を駆け抜けながらサーベルで切り裂く。



 ドバドバドバドバ……。


 泥と血が混ざった黒い液体が飛び出し、割れたゴーレムのコアが地面に落ちた。特に呪われたような痕も毒も喰らっていない。


「よし、そろそろ時の難民に会いに行こうか」

「了解」

「根菜マンドラゴラ以来ですか」

「ゴーレムに古代の霊が入り込んでいるかもしれんが、気にしなくていい。聖騎士の信奉者たちだ」

「血が沸く……」



 俺たちは周囲から襲い掛かる黒いキメラを一撃で倒し、遺跡の入り口からダンジョンへ侵入した。


 ダンジョン内は石造りの通路で、苔や光るキノコが生えている。通路の先には部屋があり、通常のダンジョンとそれほど変わらない。


 巨人のサイクロプスやサーベルタイガー、ワイルドベアなどの形をしたゴーレムがいたが、いずれも骨格がないのでよろめいている。スライムを相手しているような感じだった。

 表面を取り繕っても、中身に芯がないと攻撃が当たっても、簡単に弾くことができる。


 中は迷路のようになっていて、先日エルフの国で白亜の塔に潜っていた俺からすればしらみつぶしに回るよりも、裏道を探した方がいいのかと思ってしまう。とりあえず一階層をすべて回り床や壁も叩き割れないか試した。


「何階層まであると思う?」

「さあ。そのうち見つかるんじゃない? それにしても宝箱はあるのに中身がないなんてね」

「魔物を倒すとお金じゃなくて指輪が出てきますよ」

「こっちは腕輪だ。ダンジョン製作まで資金不足か」

「こ、この指輪呪われてる」


 都市が崩壊するってことはこういうことなんだろう。いろんな思いが溜まり、ぐずぐず崩れていく。ゴーレムのコアもまがい物なのか、砂漠のゴーレムたちと違い完全なキューブ上ではなく欠けていたり凹んだりしている。

 天井からぶら下がっている魔石灯にはカビが生え、光ることもない。


 2階層は特にひどくゴミの山が大量に捨てられていた。食べ残し、残飯、衣類、糞尿、すべてミッドガード内で処理しきれないものが焼かれもせず、土に還ることもなくそのままの状態で保存されてしまっていた。

 

「こりゃひでぇな」

「ダンジョンマスターなら、循環を考えるのは当然です。どうなっちゃってるんでしょうか。滅びるに任せているように見えます」

 ジェニファーは憤慨していた。


「このゴミの一部がそのままゴーレムの素材になっている」

「ダ、ダンジョンを維持するつもりがないのか」

「階段の先にあったヨ!」

「3階層か」


 チェルが先行して、ミッドガードを見つけた。

 3階層は巨大魔獣の内部よりも大きな空間があり、都市がそのまま保存されているらしい。魔石灯の街灯はあるものの明りが点いておらず、真っ暗な建物がいくつも見える。大きな建物が多いが、整備はされていないらしく街路樹などは倒されていた。


「あ、あれは城か……?」

 シルビアが指さした方向に城のように大きな建物が2つ見える。

「王が二人いたのかな?」

「二王制だったってこと? 聞いたことがないヨ」


 ダンジョンとミッドガードの間には石の橋が渡されていて、門には薄い透明な膜が張られている。


「ここからは立ち入り禁止か」

「ああ、書かれているぞ」

 橋の袂に看板があり、『外部者は三日待機したのちに入るべし』と書かれていた。


「疫病対策だな」

「入るカ?」

「いや、メッセージを残しておこう。『外は危険だから、出てくるときは一報を』って。音光機を置いておこう」

「使いこなせるか?」

「魔法陣が読める者がいればいいけどな」


 立ち去ろうとしたら、真っ暗な建物の間から白いフィンリルが飛び出してきて、こちらに向かってきた。


 ウォオオオオン!


 門の内側で遠吠えをしている。目が爬虫類のように鋭く、白い毛の間から鱗のようなものが見えた。


「何かを伝えようとしているのか?」


 ぎゅるん。


 突然フィンリルの身体が内側から裏返ったように変形し、白い毛皮を着た細身の中年男性に変わった。襟には金糸の刺繡が入った仕立てのいい服を着て、紺色のスラックスにはアイロンがかかっているようだ。なのに、足下は裸足。革靴がなかったのか。

 白髪の頭を深々と下げていた。王家の血筋なのか、爵位式であった王に似ている。よく見れば首筋と目元に鱗のような肌が覗いている。


「食料とポータル、感謝する! しばし待っていていただきたい」


 男は、はっきりと喋った。


「ああ、わかった。話し合いが終わったら、そこにある音光機に魔力を込めて喋ってくれ。迎えに来るから」

「承知した」


「俺はマキョー。かつてユグドラシールがあった場所には魔境が広がっている。俺はそこの領主だ」

「フィリップ・ジェスター。道化の家系に生まれた男だ」

 彼もP・Jか。


「よろしく」


 俺は手をあげただけで挨拶を済ませ、そのまま外へと向かった。


「フィリップもP・Jだヨ」

 チェルが笑いながら言っていた。


「ああ、魔境と縁があるのかもな」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] P・Jか…そういえば、100年前の彼らは、知っていたから調べ出したんだっけ…
[一言] ついに住人と出会えましたね。
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