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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【籠り生活29日目】


 朝から暗い雲が立ち込めて、冷たい霧雨が降っていた。

「巨大魔獣日和だな!」


 俺たちはやることがわかっているからか、特に打ち合わせもせず淡々とレインコートを着て、北部へ向かう。まだ、巨大魔獣は来ないはずなのでゆっくり地上を移動。魔物もほとんど冬眠しているか、地下に潜っているようだ。

 そのうちに雨が雪へと変わり、岩石地帯は一面雪景色に変わっていた。


「大蛇だヨ」


 白い大蛇のヌシが空を見上げていた。地底湖から出てきたのか。ヌシもそろそろ巨大魔獣が出てくる頃と考えていたらしい。


 ガーゴイルや岩トカゲは雪の中に潜り、姿が見えない。ワイバーンは崖の棲み処に戻っているらしい。

 降り積もる雪を見ながら、一年前には想像もできない自分がいることに気が付いた。


「何を笑ってる?」

 チェルが走りながら笑う俺を見た。


「一年が濃密すぎてな」

「濃密にしているのはマキョーだゾ」

「そうか? めぐり合わせだろ」

「どうして私たちが集まってきてしまったのかと思うことはありますよ」

「ま、魔境に呼ばれたから?」

「呼ばれたとしてもこうはならん」

「誰かに選ばれたんですかね?」

 リパの視点は面白い。


「ユグドラシールの神々か」

「邪神かもしれないヨ」

「時の神ですかね」

「そ、祖先の血か」

「魔境の地脈か」

「ミッドガードの人たちかもしれませんよ」

 

 巨大魔獣の中に住んでいる者たちが呼んだと考えると、なぜ俺たちを選んだのか。


「はぐれ者たちだからな。亡命した魔族に、パーティーから追放された僧侶、捨てられた吸血鬼、牢破りのエルフ、処刑されたはずの鳥人族」

「うだつのあがらない冒険者もダロ?」

「社会的に考えると、いつ死んでもいいような人たちですね。私たちって」

「つ、都合がよかったのか」

「なんだったら死んだと思われている者たちだ」

「実際、俺は死んでるのかもしれないと思うことがあります。夢なんじゃないかって」

「だったら、悪夢だな。とっとと起きて現実を生きた方がいい」

「確かに。お腹すいてきたヨ」


 ちょうど崖の避難所に辿り着いた。中から湯気が立ち上っている。


「そろそろ来る頃だと思った」

 カタンはダンジョンのラミアやアラクネたちと一緒に、俺たちを待っていたらしい。


「芋のスープとパンね。あとイーストケニアから届いていた果物ね。肉はなし。今から筋肉をつけても遅いでしょ」

 寒くても動ける栄養を考えてくれていたらしい。


「ありがとう。いただきます」

 食べながら外を見ると、徐々に吹雪になっていった。温かいスープとパンで身体は温まっていく。味もいつもと変わらず美味しい。


「今日はまだ転移してきてもクリフガルーダまで行くかどうかわからないんだロ?」

「まぁ、そうだな。ミッドガードの中の人たちで話し合いでもするんじゃないか」

「そうなんですか」

「じゃ、じゃあ、鉄鉱山で魔力を貯めて終わりか」

「はた迷惑な古代人だ」

「ポータルに気づいてくれるといいんですけどね」


 なんとなく気づいてはくれるんじゃないかと思っている。使うかどうかはわからないが。


「これじゃあ、巨大魔獣が来ても見えないかねぇ?」

 カタンが吹雪を見つめた。


「見えなくてもわかるヨ」

「そうなの?」

「これ目に巻いとけば、カタンにも見える」

 チェルは魔力が見える包帯を渡していた。


 ジェニファーたちも巨大魔獣へ乗り込むための準備を始めた。飛べなくても巨大な足から駆け上がるつもりらしい。以前なら止めていたかもしれないが、今のジェニファーたちならできるだろう。


「せっかくだからダンジョンに潜ってみようか」

「確かに、参考になるかもしれないネ」


 食後のお茶を飲みながら、待ち続ける。岩石地帯に雹が降り始め、雷と竜巻が起こった頃、近くに大きな魔力の塊が出現した。


「来た……」

「来たゾー!」


 俺とチェル、リパは飛び出した。

 ジェニファーたちは崖から飛び降りて、走り始めている。

 目指すは巨大魔獣。轟音と共に、雪と岩石が舞い上がる。


 以前は煽られていた強風も今では受け流しながら飛べた。


 ひとまずリュートがいる巨大魔獣の首へ向かう。


 ズンッ……。


 巨大魔獣が一歩踏みしめる。雷が落ちてくるが魔力で弾き返した。雹も降っているが、一切気にしない。レインコートはロッククロコダイルの革でできている上に、ヘリーが魔法陣を仕込んでいるので雹にぶつかっても土魔法の砂が衝撃を吸収してくれる。



「こんにちはー!」


 小屋からリュートが出てくるのが見えた。先に挨拶をして位置を知らせておく。

 振り返ったリュートが驚いている。


「やあ、よかった。まだ生きていてくれて」

 俺たちはリュートの前に着地。強風にあおられていたリパもどうにか着地している。


「なかなか死にませんよ」

「ミッドガードはまだ会議の最中カ?」

 チェルは時の番人のリュートにも物怖じしない。

「ああ、そのようだけど……」

「どうも、リパです。鳥人族の」

「やあ、どうも……、時の番人のリュート……」

 自己紹介をしている最中にリュートが何か異変に気付いた。


「なにかあったかい?」

「いろいろありすぎて何を言えばいいか。とりあえず、引っ越し先に時空魔法のポータルを置いておきました」

「なんだって!?」

 リュートが驚いている間に、ジェニファーたちも足から駆け上ってきた。


「カリューから噂はかねがね聞いている。エルフのヘリーだ」

「シ、シルビアだ。吸血鬼の一族」

「ジェニファーと申します。巨大魔獣の上はこんなことになってるんですねぇ」

「ちょっと待て。君たちは、たった2回……、半年前でどれだけ成長を遂げているんだい!?」

「魔境に揉まれました」

「ついてはダンジョンに潜ってもいいカ? 魔境でダンジョンを作っているから参考に……」

「いや、そんな場合じゃない。巨大魔獣の足音が……していない」

「雹が降っているから凍りましたかね?」

「悪いことは言わない……。小屋にしがみついてくれ」


 俺たちはリュートに言われるがまま、小屋にしがみついた。


 音はしなかった。ただ落ちてきた雹が煙に変わっただけ。

 景色が一変。


 昨日見た枯れない蔓が巨大魔獣の周囲を覆っていた。


「転移したのか?」

「ポータルを置いてくれたお陰で判断が早まったようだ」

 

『大穴』の魔物たちが青い空を旋回している。嵐が消えた。


 キィエエエエ!!


 飛んでいた魔物たちが一斉に巨大魔獣に着地。地面を……、いや巨大魔獣の肉片をついばみ始めた。巨大魔獣は意思を持たない巨大な肉塊だ。


 遺跡の入り口からダンジョンの魔物が飛び出してくる。いずれも岩や泥、水などで構成されているゴーレムだ。肉塊を食べる魔物と戦っているが、ダンジョンから出てくる数には限りがある。


 キュインッ。

 パシィ……。


 ゴーレムが口を開けて熱線を放とうとした瞬間、チェルが凍らせていた。


「ダンジョンの魔物が……、一撃で?」

「こちらも3ヶ月寝ていたわけではないからネ」


 ズ、ズンッ!!


 地面が揺れ、見えていた景色が下がった。


「足を食われたな。巨大魔獣はもう動けない」

 ヘリーは首の上から地面を覗いた。

「役割を全うしたんだ。万年亀たちに知らせてやろう」

「その場合、我々はどうなってしまうんだ?」

 時の番人であるリュートは不安そうに俺を見つめた。


「どうなるかはわかりませんが、ダンジョンまでは食べられないはずです」

「しかし、時空魔法の魔法陣が崩れたら……」

「この時代にとどまることになりますね」

「そうか。ではこの旅も終わりでいいんだな?」

「ええ、終わりでいいでしょう」

 転移したということは、ミッドガードも時を旅するのは終わりにしたいはずだ。

「誰かカリューを呼んできてくれないか」

 不死者の町から時の番人の先輩を連れて来た方がいい。

「俺が行きます」


 リパが北西に向けて飛んでいった。


「ほ、本当に終わったのか?」

「時空魔法の魔法陣自体が崩れるまでは旅が続くかもしれないね」

「時空魔法の魔法陣はどこにあるんです?」

 リュートに聞いたが、わからないらしい。


「でも、おそらく甲羅だと思う!」

「時魔法の性質もあるなら、ちょっとやそっとじゃ壊れないんじゃないのでは?」

「ここまで大きいものの時を飛ばすくらいだ。広い範囲に描かれているはずさ。虱潰しに探せば転移する前に見つかるよ。さぁ、探そう!」


 ヘリーの掛け声で、全員一斉に動き始める。


 ゴスッ!


 甲羅ごと魔力のキューブで抜き取ろうとしたが、予想以上に重かった。そもそも巨大魔獣は山のように大きい。


 ボゴッ!


 ジェニファーがバカ力で甲羅を割ろうとしている。


 ズシャッ!


 チェルが土魔法で、甲羅にこびりついた岩や枯れた植物を固めている。


 ズポッ!


 シルビアは巨大魔獣の血流をコントロールして、水道管の工事のように血を噴出させていた。

 ヘリーは死霊術で魔法陣の設計者や作業員を呼び出そうとしている。

 向かってくるダンジョンのゴーレムや「大穴」の魔物は片手間で倒していく。


「な、なんて奴らだ……」

 リュートは驚きすぎて立ちすくんでいる。


「マキョーさーん!」


 ナイスタイミングでカヒマンが巨大魔獣を上ってきた。


「おう。カヒマン、あそこに立っているのが時の番人のリュートさんだ。守ってやってくれ」

「了解」


 カヒマンがリュートに挨拶しに行った。時の番人であるリュートはカヒマンと共に呪法家の集落で休ませることに。


 一通り甲羅を回り、破壊していったが時空魔法の魔法陣は見つからない。


「もう日が暮れるヨ」

「ああ、ごめん。皆、甲羅の下だ! 内側に仕掛けてあるらしい!」


 ヘリーが霊から聞き出していた。


「じゃあ、ひっくり返しますか?」

 ジェニファーは、できもしないことを言う。深夜までに巨大魔獣をひっくり返すなんて無理だろう。

「いや、ちょっと浮かせればいいだろ。チェル!」

「無理だろ! 少し考えて、横から穴を掘ればいいじゃないか!」

 チェルは、俺たちのあまりの頭の悪さに声を荒げていた。


 半分食べられていた巨大魔獣の前足を一旦凍らせて、根元から切断。シルビアの作ったつるはしで掘り進んでいく。血が噴き出してくるので、氷魔法を付与して叩いていった。


 肉片なので魔力のキューブでも掘り進められると思った時には、すでに甲羅の下部が見え始めていた。かつて時空魔法の魔法陣を描いた作業員たちの通路も見つかり、総出で魔法陣を崩す。


 杭を打ち付け、ハンマーを振り下ろし魔法陣を解体。甲羅の破片を運び出した時には、空に星が瞬いていた。


「とりあえず、時は飛ばないはず……」


 俺たちは一度、巨大魔獣から離れて大穴の縁で野営した。


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