【籠り生活28日目】
眠い目をこすりながら、俺は空を飛んでいた。
失敗作と言われる空を浮かびすぎてしまう岩に乗って、エルフの国を出て魔境を渡りクリフガルーダへ向かっているところ。
音光機で魔境の民とは連絡をしていたからか、北部ではドラゴンと騎竜隊が護衛をしてくれる。
「訓練の一環です」
夜も明けきれないうちから大変そうだ。すぐに俺たちの速度にドラゴンたちが付いて来れず、魔境とエルフの国境線にある山脈付近へ警備に向かった。
ホームに立ち寄り、カタンが作った弁当が詰まったお重をピックアップ。
イモコことイムラルダは白亜の塔からサトラの本を回収してきたことに驚きを隠せず、興奮していた。
「これで間違いないよね?」
「うん。魔法陣の形状、時魔法と空間魔法の特徴をとらえているわ。間違いない……。ヘリー、あんたって本当にすごいのね!?」
「いや、白亜の塔にある図書館はもう限界だった。崩壊してた。いずれ公になるわ」
「そうなの?」
イモコが信じられないと、俺を見た。
「ダンジョンマスターは死んでたね」
「ダンジョンマスターにならないといけないんだけど、適役はいるの?」
「いるわけないじゃない。エルフの知恵は流出しっぱなしよ。私もヘリーもいないんだから」
「それもそうね」
エルフたちは笑っていた。
「サッケツたちが砂漠で待ってます」
魔境に入ってからの案内役はリパだ。自分一人で巨大魔獣に対応しないといけないかもしれなかったので、身体が仕上がっている。倉庫の奥にあったP・Jのナイフを使いこなせるようになったらしい。
「まだ、4、5回しか振れませんけどね。マキョーさん、今度魔力を吸収する方法を教えてください」
「寝ろ」
無意識が一番、魔力を吸収できる。余計な意識で魔力を動かすから、その分吸収率が悪くなるんだ、という意味で言ったがあまり伝わらなかった。
「マキョーさん!」
飛ぼうとしたらカタンに止められた。
「ん? どうした?」
「巨大魔獣が止まった時のために北部で待機していていい?」
被害があるとすれば北部だが、俺たちの手が届く範囲にいた方が安全という考えもある。
「いいぞ。岸壁に住居があるはずだ。道路工事をしていたアラクネたちに教えてもらってくれ」
「わかった。嵐があったら、どこに逃げても同じだからね。出てくるところの近くが一番安全なんじゃないかと思って」
「そういうことか。ダンジョンの民にも声をかけてやってくれ」
「うん。いってらっしゃい」
「いってきまーす」
俺たちは岩に乗り、空へと飛んだ。
砂漠ではサッケツとゴーレムたちから、魔力で動かす工具を借りる。
「マキョーさんの魔力を抑え込めるようにはしたつもりなんですけど、こればっかりは使ってみないとわかりません」
「それから、魔法陣の転写用にインクと布、それからこの液体を岩に塗ってください」
布に特殊なインクで書いて、魔石灯を当てると液体を塗った岩にきれいに転写されるらしい。布は何度も間違えられるように、わざわざ古い布織機を引っ張り出してきて、素材を運んで一から作ったそうだ。ゴーレムたちはいろいろやっている。
「ジェニファーさんの研究成果ですよ。あとで称号でも上げてください」
「そうだな」
「巨大魔獣の転移、期待しています!」
「ん。いってくる」
「いってらっしゃい!」
サッケツとゴーレムたちに見送られ、俺たちはクリフガルーダへ飛んだ。
砂漠の廃墟を越え、廃船を通過し、崖を見ながらクリフガルーダへ入る。
特に見上げる者はいない。街道に馬車もいなければ、行商人が野営している姿も見えなかった。
「ちゃんと避難してくれているのか?」
「とりあえず飛行船はいないからいいんじゃないか」
「見ろ! これだからっ……。チェルとジェニファーは組ませない方がいいんだ」
ヘリーが『大穴』を指さした。
東から昇る朝日を受けて、『大穴』には大きな蔓の塊が照らされていた。遠くからだと、巨大な皿にパスタのジェノベーゼでも乗っているように見える。
「なんだ、あれは!?」
蔓が縦横無尽に伸び、『大穴』に住む魔物たちを捕らえている。ただ、魔物たちは一心不乱に樽のように大きな種を食べていて、まるで動こうとしない。
ひとまず『大穴』の中心地へと向かう。
中心には地脈へと続く穴が開いているが、その傍に大きな黒い直方体の岩が突き刺さっている。チェルとジェニファーは、そのすぐ近くでのん気に野営していた。
「何をやってるんだ?」
野営地に降り立ち、すぐに問い質す。
「あ、来たカ」
「サトラの本は見つかりましたか?」
「見つかったよ。ポータルの魔法陣もちゃんと記載されている」
「そ、それより、これはいったい……?」
「どうです? 対魔境の魔物用、酩酊捕獲植物『お蔓ちゃん18号』です」
ジェニファーは自信満々に胸を張った。この植物を作るのに17回も失敗したのか。
「酩酊ってことは、『大穴』の魔物は酔っぱらってるのか?」
「ええ。初めはベトベトにして動きを遅くするだけの予定だったんですけど、思った以上に甘い実になってしまいました」
「魔物は種も食べているようだけど」
「それも予想外でした。種には酩酊する効果がある毒もあるというのに魔物は食べるようになり今では食べずにはいられないような状態でして」
「中毒じゃないか?」
「まぁ、一週間もしないうちに枯れる植物ですよ」
「昨日は『明日には枯れる植物ですよ』と言っていたヨ」
チェルに告げ口されていた。
「思った以上に『大穴』には魔力が豊富だっただけですよ」
ジェニファーの目は泳いでいた。
「本当は?」
「私だけレベルアップできないかと思って……」
「できた?」
「ちょっとわからないです」
「私たちのレベルが上がっても、なんか意味あるノ? マキョーに対する下克上?」
チェルが不思議そうな目でジェニファーを見た。
「魔境の戦力にはなりますよ」
「もうなってるだろ」
「魔境の発展のために」
「貢献してくれてるよな。称号は何がいい? 準男爵の爵位とかでいいか?」
「え~、男爵とかはちょっと……」
「じゃあ、騎士?」
「聖騎士が空いてるぞ。黒騎士ってのも昨日見た」
「ひ、姫君はどう?」
ヘリーとシルビアが揶揄っている。
「そう言われると要らないというか」
「欲しいものとかないのか?」
「ダンジョンとか……」
「もう植物園のダンジョンはジェニファーのだろう?」
「リパくんとの共同経営ですよ。でも、別に……。貴族って何を目指して領地の運営をしてるんですか?」
「そりゃ、領民の幸せだヨ」
チェルは時々、政治家のようなことを真面目に言う。貴族に向いているんだろうな。
「えぇ……、私は自分がよければいいですからねぇ」
「ジェニファーは、清々しいほどの利己主義でいいな」
「そうですか?」
「うん。変わらないでくれ」
「わかりました。とりあえず、宝石をください」
「魔境で出たらね」
後にたくさん宝石が出てきたらジェニファーに権利があることになった。
「さて、彫るか。皆、手伝ってくれ」
ジェニファーの巨大蔓によって、魔物がやってこないので、滞りなく作業は進んだ。魔法陣を描くのが上手いヘリーが布に描き、岩に溶液を塗り、魔石灯でしばらく転写。岩に転写した魔法陣を元に彫っていく。工具は砂漠で貰って来たので人数分ある。
「気が遠くなりそうだ」
「私は結構好きかもしれないワ」
「四面あるから気長にやっていこう」
ポータルの上下は平らでなければいけないらしい。
「巨大魔獣がやってくるのは明日ですよ」
「し、仕上げはマキョーがやってほしい」
「俺とカヒマンは魔物の相手をしていればいいんですよね?」
リパは不器用なので、自分から魔物の相手を買って出ていた。
「そう」
「よし」
一面終わらせるのに、昼までかかった。
「ヤバい。スピード上げていこう」
「うん」
「やるぞー」
魔境の古参たちが集まって、共同作業をする機会がなかったので、妙な一体感がある。元々、仕事はできる古参たちなので、黙々とやっていた。
食事休憩や昼寝を挟み、二面を終わらせると、作業にも慣れ夕方には出来上がった。やることが決まっていると何も考える余地がない。
地面に窪みを作って、真っ黒な直方体のポータルを設置。地味な作業に思っていたが、皆でやると結構楽しいことがわかった。
「難しかったのは魔力の調節だけだったな」
「これちゃんと起動するのかな?」
チェルが魔力を込めていた。
ブンッ……。
青白く光るものの特に何かがやってくるわけでもない。
「あくまでこれはポータルだからね。目印みたいなもんさ」
「誰かが時空を彷徨ったら、これを目指して飛べばいいってことですか?」
「そうだな。今のところその予定はないけど……」
「死んで、生き返らせてほしい時とかじゃない?」
「ああ、そうかもね。とりあえず、時の難民が飛んできてくれることを願って。とりあえず今日は帰るか」
「いいんですか!?」
リパは来る魔物を木刀で追い返していたので、不完全燃焼なのかもしれない。
「だって、もうやることはないだろ。あと、ジェニファーの巨大蔓が枯れなかったときに刈りに来るだけだ。まぁ、その前にミッドガードが収まってほしいんだけどな」
「巨大魔獣襲来の前日に、こんな穏やかに過ごすって今までなかったんじゃない?」
チェルは伸びをしながら、首をボキボキと鳴らしていた。
「確かにそうですね」
「それだけ対応できるようになったってことだろう」
「と、時を渡る万年亀の旅も終わらせてあげたい」
「1000年か……。千年後の俺たちはどう見えるんでしょうね」
古参たちがそれぞれの思いを語る中、カヒマンは『大穴』に残ると言い始めた。
「もし、巨大魔獣のダンジョンにいるモンスターが大穴を越えた時のために見張っておく」
「お前は偉いな。クリフガルーダの英雄になれるぞ」
カヒマンに残りの弁当を預けた。
「無理するなよ」
「うん。危なかったら逃げる。呪法家の里もあるし」
「死んだらポータルの近くにいるんだよ。私が呼び寄せるからね」
ヘリーが縁起でもないことを言って、カヒマンを笑わせていた。
日が沈んで星が出てき始めた頃、俺たちは魔境に戻った。
明日は巨大魔獣襲来の日。初めて冒険者ギルドに行く前日のような気分だった。