【籠り生活27日目】
ヘリーが、死霊術を使ってダンジョンマスターから話を聞き出している間、とにかく本が邪魔で眠れもしない。
浮遊魔法で本を宙に浮かせて、適当に回転させておく。
「上に積み重なっているのは破れた本だろ?」
「そうだな。マキョー、壁をくりぬいて本棚を作ってしまえばいいんじゃないか」
「ああ、そうする」
魔力のキューブで即席の本棚を作ろうと思ったが、壁はかなり固い素材でくり抜けない。
「ああ、白亜の塔は時魔法で守られているんだったか……」
「面倒なことだ」
仕方がないので魔力のキューブをそのまま本棚にしてしまう。どうせヘリーが話を聞き終えたら、この部屋に来る者もいない。束の間、整理できればそれでいい。
俺とシルビアは自分が寝るスペースを確保するため、本を片付け始めた。下の方は、独特な装丁の本が多い。ダンジョンには置いておきたくない本と言うことだろうか。
何の本なのかもわからないし、古代のエルフの言語で書かれている本もある。文化的には面白そうなのに、読めないのは歯がゆい。なにかの呪いなのかページがめくれない本もある。蜂蜜でも塗ったのかと思うほど甘い香りのする本もある。誰かの手形の血痕が表紙の本もある。
ほとんど呪われているのだろうが、これが読めない状態で保管されているというのも、もったいない。
シルビアも本をぱらぱらとめくりながら、自分に合いそうな本を探し始めている。
お茶でも沸かそうかと思った矢先だった。
「マキョー! 本を全部宙に浮かせてくれ!」
突如、ヘリーが叫んだ。周りにある本から黒い鎖が飛び出してきて、ヘリーに襲い掛かる。呪いにただ拘束されるような鍛え方はしていないので、ヘリーは壁を走ってこちらに逃げてきた。
「呪いか?」
「ああ。ダンジョンマスターは聖騎士の信奉者だ!」
シルビアが黒い鎖を鉈で弾き返した。
かつてユグドラシールにいた差別撤廃運動をしたのが聖騎士だ。ユグドラシール崩壊とともに魂だけでもミッドガードへ帰ろうとして、信者を虐殺した者たちでもある。
本をすべて天井付近まで浮かせていく。
「あれか……」
ダンジョンマスターの死体の前に、真っ黒な騎士が横たわっている。
跳ね返した鎖がジャラジャラと音を立てながら、騎士の中に取り込まれていった。宙に浮いた本からも黒い煙が噴き出して、騎士の周りを取り囲む。
「ボスのお出ましか」
黒騎士が起き上がり、剣をこちらに向けた。
『約束の地、ミッドガードへ帰ろう……』
くぐもった声が聞こえた。ダンジョンマスターの声だろうか。
「くそっ。血が勝手に……!」
シルビアの身体が赤く染まっていく。
「精神魔法の一種だ。耳を塞いで!」
ヘリーの言葉で、シルビアは耳栓をしていた。
「マキョーは気にならないのか?」
「今のところはね。感覚が鈍いのさ。それよりもあの騎士、ミッドガードへ帰らせようとしているぞ」
煙が渦を巻き剣に取り込まれると、黒い刃にはっきりと魔力が宿った。渦の回転数はヌシと同程度だろうか。
「取り込まれるなよ」
俺は二人に注意を促す。
「誰に言ってる? 魔境から逃げ出し過去にすがって生きている者に取り込まれると思うか?」
「私たちが信奉しているのは、かつての聖騎士より今の開拓者だよ」
臆面もなく言われると照れるな。
先に動いたのは俺だった。
真っすぐ黒騎士に飛び掛かる。鉈を振り下ろせば、必ず相手は剣を切り上げると思ったからだ。
キンッ!
案の定、黒騎士が俺に合わせる形になった。
相手の誤算は、俺が同じように鉈に高速で回転させた魔力を込めていたこと。
回転した魔力がぶつかり、弾け飛ぶ。
ヌシたちとの戦いで予想出来ていた俺は、さらに追撃して、黒い煙ごと渦巻いた魔力を削り取る。回転に身を任せて、さらに魔力を狙って削る。
ダンッ、ダンッ、ダンッ!
黒騎士の半分を削り取り、魔力でスライムの口を再現して食った。
「使命」「救済」「焦燥感」などの思いが一気に身体中に駆け巡ったが、粘着性のある魔力で回転を止めた。
「壺!」
シルビアがいつの間にか壺を用意してくれていた。
俺の腕から、どろりとした黒い液体が壺の中に収まっていく。
身体が半分になった黒騎士は、一本足でも倒れずに、再びこちらを向いた。
宙に浮いた本から、黒い煙が供給され、黒騎士の身体が再生していく。
終わらない戦いを続けるつもりか。
「それは、できない相談だ」
ヘリーの矢が浮いている本を貫く。時が止まったかのように、黒い煙まで止まる。
「呪法家たちのグッズが役に立ったね」
クリフガルーダからリパたちが持ってきたものだろう。
再生が止まった黒騎士の身体がぐらりと揺れる。
山羊頭のダンジョンマスターの死体が、立ち上がって黒騎士を支えた。そのまま、死体は黒く変色していき、かつて生きていた頃のようにローブの裾を翻した。
「死体と呪いか。やっていいのか?」
「ああ。聞きたいことは聞けた」
ヘリーの言葉を聞いた直後、宙に浮いている本から黒い鎖が飛び出し、俺たちに襲い掛かってきた。
「面倒だ。いいか?」
「うん」
時魔法がかかっている本なら魔力の攻撃は耐えられるだろう。
ダンジョンマスターの部屋全体に向けて魔力を飛ばす。小さなボールが、一気に膨らんだような魔力の衝撃波を生み出した。
身構えていたヘリーとシルビアは耐えられたが、黒騎士は壁に叩きつけられ、本は浮遊魔法で浮かんでいた本は弾き飛ばされる。
「悪いけど、ミッドガードには向こうから来てもらうことにしたんだ」
叩きつけられた黒騎士の首を鉈で飛ばした。
光り輝いていたダンジョンコアは、急速に明度を失い、赤い魔石の塊と化していく。
死体から黒い煙が立ち上り、本の中へと戻っていった。
「本のタイトルは『聖騎士物語』か」
「焼いとこうか?」
「いや、持って帰ろう。ミッドガードに帰れば、ちゃんと昇天するかもしれない」
壺の中身は燃やしておいた。
「で、時空魔法の本はあるのか?」
「青い革の本だ。あった、あった」
ヘリーがダンジョンコアの真下にあった本を拾い上げた。表紙には鹿の紋章が刻印されている。紐で結ばれていたが、あっさり解いていた。
中身にはホームの奥の部屋に描かれていた魔法陣と同じものが描かれ、石柱に描く魔法陣も載っている。これがポータルなのだろう。
「よし、帰ろう。間に合ったな」
「帰るまでが冒険さ」
「彫るにも時間はかかるんだぞ」
俺たちは本を二冊抱えて、ダンジョンマスターの部屋を出た。
行きは長い通路を滑ってきたからわからなかったが、帰りは登らないといけないのですごい大変だ。
ダンジョンコアが止まってしまったからか、印刷機もブックトラックも止まり、廃墟と化している。
「図書館はどうするんだ?」
「司書の中から新しいダンジョンマスターを決めるさ。それも教えないとな」
ヘリーの仕事はまだあるのか。
「適任はいるのか」
「しばらく出ないかもしれない。マスターはダンジョンが選ぶ、だろ? 古いダンジョンだからサトラの血を引く者がまだ生存していれば選出も楽なんだろうけど……」
「聖騎士がミッドガードに送ってしまっている可能性もあるなぁ」
シルビアは、聖騎士に縁がある家系だったから思うところはあるのだろう。
「教祖と教義は分けて考えないと、後の世代で面倒なことになるんだな。あ、信奉してくれるのはいいんだけど、俺は死んでから褒められたいとか思わないから、生きている間に頼むね」
「銅像とか建てられたいとか思わないか? 伝説として語り継がれたいとか……」
「いらないよ。どうせ死んだら違う世界に飛ばされてるんだから、知ったこっちゃない」
「マキョーは前世の記憶があるんだったな」
「そっちの方がマキョーらしい」
「あと、お供え物とか要らないから、それぞれ働いた方がいい。人生は短いようで長いから、祈るよりも実る作物を育て、狩った魔物に感謝しながら命を頂くことを魔境の方針にしたいね」
俺が、そう言うと二人は笑っていた。
図書館の閲覧禁止区域ことダンジョンを出ると、カヒマンと俺のダンジョンが飯を食べながら待っていた。
「あれ? 早い」
「ああ、ちゃんとサトラの本を見つけてきたぞ。帰ろう」
ヘリーは司書たちにダンジョンマスターが死んでいたことを報告していた。これからどうするのか知識を守る者たちの仕事だ。