【籠り生活25日目】
図書館で眠るというのも不思議な体験だ。
ヘリーとシルビアは何の躊躇もなく、魔物の残骸である本を焚火に放り込んでいたが、俺にはなぜかできなかった。
「だって、魔物だよ」
「いや、そうなんだけどな。言霊信仰というのが前世であって、言葉には魂がこもってしまうから、文化ごと消し去っているような気がして、どうしても手が離れないな」
焚火を見ながら、本の残骸を手に俺はぼーっとしてしまった。
「ちゃんと中身を見てみろ。本じゃなくて、インクと紙だ。ページすらない」
ヘリーに言われて、中身を見ると、確かに何かが書かれているわけではなく、ロールシャッハテストで見るようなシミが付いているだけだった。
「姿かたちが本なだけか……」
そう思い直して、焚火にくべようとしたが、やっぱり手が離れない。
「呪いか?」
シルビアが心配そうにこちらを見てきた。
「そうかもな。装丁が凝っていて、こだわりのある魔物だったんじゃないかとか、文化そのものを殺しているような気分になるんだよ」
「倒せるのに燃やせないなんてことあるのか?」
「バラバラにしていたじゃないか?」
「あれは魔物だと思えるんだよな。物の役割かな……」
「なんだよ、役割って」
ヘリーもシルビアも本の魔物ではなく、椅子の魔物や本棚の残骸を焼き始めていた。
「本に擬態している魔物なら焼ける。魔物を封印するために作られた本なら倒せるし、焼ける。でも、本来的な後世に情報を残そうとしている本は焼けない。それが例え魔物化していても」
「いや、その本はもう後世に残す意思はないだろ?」
「そうなのかな? シルビアは使役できない?」
「本人に聞いてみろと言うことか? やってみるか……」
「シルビアは生きている魔物しか使役できないだろ?」
「じゃ、ヘリーが霊媒術で……」
「あまり意味はないと思うが、マキョーの頼みだ」
ヘリーが死んだ本の魔物を呼び出して問い質してみたが、やはり擬態しているだけだった。装丁を気にしている魔物はいないとも……。
「気が済んだか?」
「ああ、気が済んだ。すまん。ただ、どうしても焚書ってのが苦手だ。文化ごと潰しているような気がしてならないんだ」
「マキョーは本当に変わっているよ」
「そうだろうな。でも、これは俺の夢の中、つまり前世の記憶だから、別に気にしなくていいことなのかもしれないけれど、時の政権に都合の悪い本を燃やした国はだいたい滅びている」
「ん……」
ヘリーは眉を寄せて渋い顔をしていた。
「ヘリー?」
心配そうにシルビアがヘリーを見た。
「マキョーの言ったことはどの世界でも起こることなのか。サトラが滅んだ理由は、まさにそれだろう。情報統制、中央集権、過度な階級社会構造、シビリアンコントロール。文化を殺せばクーデターが起こるのは当然だ。マキョーが、時々本質的なことを言う理由がわかったよ」
「そうか?」
「ああ、前世の記憶を大事にしているんだな」
「そうだな。前世の記憶では自分がどうしてそう行動しているのかわからないけど、後からこういう意味だったんじゃないかと思うことがある。今回も勝手に手が止まった。かなり俺は前世の記憶に振り回されているんだな」
バカバカしいので、俺は本を焚火に入れようとした。
「やめとけ。思い込みは形になってしまうことがある。マキョーは本を燃やすな」
「マキョーがバラバラにしていいのは魔力がこもっている本だけにしよう」
「そうしてくれると助かる」
「文化かぁ」
ヘリーは独り言のようにつぶやいた。
仮眠して暗い図書館の中を走り回る。いくつもの仕掛けや罠が張り巡らされていたが、魔物化した本や棚にはちゃんと気配があった。
「気配もなく蔓に足を取られたり、粘液を飛ばしてくる植物がいたりするわけじゃないから楽だな」
「あと、霊媒術を使ったからか封印されている魔物が動き始めているな」
確かに、昨日よりも本が飛び交っている。封印されている魔物が『本から出せ』と言っているのか。
「ちょっと突けば出てくるか?」
「わからん。やってみろ」
俺は、飛んでいる本に触れてみた。
パンッ、ペラペラペラペラ……。
床に落下したかと思うと、本はページがめくれ、魔法陣が描かれたページで止まった。
すると煙が立ち上り、いかつい大きな魔物が出てくる。
もちろん、俺たち魔境の住人は、出てくるのを黙ってみてるわけがなく、煙の段階で魔力のキューブに閉じ込めてしまう。
「グハハハッ……、召喚してしま……」
魔物が喋り切る前には、魔力のキューブごと凍らせる。
「なんか言ってたな」
「どうせ悪いことしているから封印されてるんだ」
シルビアは凍った魔物をきれいに輪切りにしていた。封印していた本は煙の煤を払ってから本棚に戻しておく。
「手間が増えたな」
「すまん」
「まぁ、いいさ」
俺たちは本から魔物を召喚しては討伐し、本をきれいに拭き取る作業を開始。理解できれば単純な作業なので、慣れるのは早かった。
わざわざ遠回りをして、宝箱を漁りながら本から飛び出す魔物を討伐していく。本に書いてある魔法陣から出てくるので、それほど巨大な魔物は出てこない。魔法や剣術が強い魔物もいるのだろうが、その前にヘリーやシルビアによって粉砕されている。粉砕された魔物は煙に戻って、床の染みに変わってしまう。
「実態はないんだな」
「呪いに近いのだろう」
ヘリーは本から出てきた蛇の身体を引き裂いて、煙が出てくるのを見ていた。時々、魔石やピアス、腕輪などアクセサリーが魔物の体の中から出てくることはあるが、ほとんど呪具だとシルビアが言っていた。
「クリフガルーダに持って行けば売れるだろうけど、どうする?」
「どうせ呪法家たちには迷惑をかけるから、持って行くか。エルフの図書館にあったものだと言えば、少しは興味を示してくれるだろう」
麻の袋にまとめて突っ込んでおいた。
「一通り終わったか。じゃ、そこの階段を下ろう」
ヘリーに言われて、振り向くと、いつの間にか本棚が移動されていて、階段が現れた。
「ヘリー、階段があるって知ってたの?」
「だから、ダンジョンのようになっているって言っただろう」
俺はシルビアと目を合わせてお互いに頷き、ヘリーに働いてもらうことにした。
地下二階層目は、さらに本に収まっているような魔物は少なく、普通に魔物が本から飛び出していて魔法を使いながら議論をしていた。
「氷魔法こそ至高!」
「炎の限界を突破して見せる!」
「我こそは、割れ物なり!」
「ジャハハハ! 我がかまいたちに切れぬものなし」
過去の冒険者たちが書いた書物なのか、思いが本から飛び出しているようだ。
「雑魚丸出しだな」
そう言って笑っているヘリーに雑巾を渡した。
「ヘリーは本を拭いていってくれ」
「私たちで倒すから」
「え?」
ヘリーが戸惑っているうちに、俺とシルビアは両手のナイフを持って、魔物たちの首を掻っ切っていく。
ブシューッ!
血ではなく煙が天井に向かって飛び出す。煙が身体に良いのか悪いのかわからないが黒いので吸わないようにマスクだけはしておいた。
一階層と違って、魔物が飛び出しているのでわかりやすい。
二階層、すべてのフロアを回るのに半日もかからなかった。
「ヘリー、サトラの本はあったか?」
「ない。二人とも先に行くな。こっちは大変だったんだから」
雑巾はすっかり汚れている。
「それは階段があるって言わなかった罰だよ」
「ほら、布切れはまだある。なんか泣いているダンサーの幽霊みたいな魔物が落としていたから、雑巾サイズに切っておいた」
「それ、結構強い呪霊だったんじゃないか?」
「マキョーが背骨に沿って切れ目を入れていたから、解体は難しくなかったよ」
「で、何階層に行けばサトラの本が出てきそうなんだ?」
「3階層から、エルフは、過去50年は足を踏み入れていないはずだ」
「そうか。最深部は?」
「わからないが、10階層までは記録が残っている」
「じゃあ、今日はそこまで行ってみるか。はい」
布切れから作った雑巾をヘリーに渡し、俺たちは見つけていた階段を下りていった。
「ちょっと待ってくれぇ! 私は本を拭く係か!?」
「今日のところはな」
「今のうちに図書館について言ってないことは言っておいた方がいいよ」
「そんな……。白亜の塔は大理石でできているが、そもそもサトラの技術によってどんな嵐に遭おうと倒れないし、傷をつけることもできない。出てくる魔物は、ほとんど呪われているし、踊り、歌に注意すること。武具などの装備品が出てきても装着しない方がいい。階層を進むと、フロア全体に呪いの効果があるかもしれない。魔法が使えなくなったり、床が突然毒の沼地のようになったりしている可能性もあるらしい。私が知っているのはこんなところだ」
「了解。本棚を足場にすることもあるってことね」
「どちらにせよ、魔境よりは楽そうだ」
俺とシルビアは容赦なく、魔物を討伐し続けていった。
その日は、10階層まで行ったところで、ヘリーが作業をしている6階層まで引き返し、本を拭く作業を手伝った。
「フロアにかかっている呪いはどうしたんだ?」
「食った。壺の中身を焼いておいてくれ」
呪いを魔力で再現したスライムの口で食べ、それを壺に吐き出した。シルビアは『壺焼き』と言ってヘドロ状の呪いを燃える剣で焼いていた。
「呪いは文化じゃないのか!?」
「残らなくていい呪いの方が多い」
ヘリーは、文句を言いながらも本の表紙をきれいに布で拭いていた。




