【魔境生活2日目】
起きたのは早朝、空が白み始めた頃だった。
すぐそばにスライムがにじり寄っていて、俺は起きながら斧でスライムを切りつける。思いの外、素早く動け、核にクリーンヒット。スライムは弾けるように水と欠けた魔石に変わった。
魔石を回収しながら、どうして今日はスライムに攻撃が当たったのか、考えた。
理由はすぐにわかった。森の中で、ラーミアが死んでいたのだ。
上半身は女の身体で、下半身が大蛇という魔物で、かなり強いはずだが、口の中にベスパホネットの毒針が刺さっている。
昨夜、ワイルドベアの肉を持っていったのは、このラーミアだ。
俺が罠を仕掛け倒したというカウントになり、ラーミアの経験値が入ってレベルが上がったのかもしれない。新天地に来て早々にラッキーだ。
ラーミアの腹から石化の魔石と蛇皮を回収し、死体を埋める。上半身だけとはいえ、人間の身体をした死体が放っておかれるのは、なんか嫌だ。
その後、調子に乗って、川に入りスライムを無双していった。昨夜のグリーンタイガーの件もあるし、魔境の環境は計り知れないので、ここでしっかりレベルを上げておきたい。
今日は面白いようにスライムを倒せる。スライムが持つ水魔法の魔石も回収。魔力を込めれば、水がチロチロと出る。スライムの魔石の効果は弱い水魔法だった。
時々、違う魔法が出る魔石もある。これはスライムが違う魔物や魔獣から吸い取った魔力が関係しているらしい。冒険者ギルドの講習で聞いた。
ひとしきりスライムを討伐して運動をした後、腹がなった。
「そういや、肉を焼いていて、食いそこねたんだったな」
カバンの中の食料はラーミアに食べられてしまっている。
食糧危機だ。ラーミアとスライムを倒したところで、魔境でやっていけるか心配。
昨日、血を流して眠ってしまったグリーンタイガーを思い出した。
もし、まだ生きていれば、眠っているはずなので格好の獲物である。昨夜の記憶を頼りに花畑に行くと、少し移動していたが、グリーンタイガーは眠っていた。
口を布で覆いヤシの樹液で足元の花を固め、花粉ごと花を覆ってしまう。慎重にグリーンタイガーまでの道を作った。少しでも眠気が襲ってきたら、退避することにして道を辿り、斧でグリーンタイガーの頭をかち割る。
飛び散った血で、周囲の白い花が赤く染まった。だが、染まったのは一瞬で、スイミン花は花弁を閉じてすぐに血を吸収してしまった。
「恐ろしい!」
思わず声が出てしまったが、花弁を閉じている間なら、スイミン花を採取出来そうだ。
グリーンタイガーの亡骸を引きずって、草むらまで運び、解体を始める。血をスイミン花に含ませて、花弁が閉じた時にタイミングよく採取し、水が入った袋に入れていく。
漬け込まれたスイミン花の睡眠薬ができるかもしれない。
グリーンタイガーの魔石と肉を回収し、川岸に戻る。魔石の種類はわからなかった。
川岸に帰るルートを覚え、頭のなかにジャングルの地図を作っていく。次に町へ行った時に紙と木炭を買おう。
グリーンタイガーの肉をじっくり焼き、腹を満たす。かなり臭かったが、背に腹は代えられない。
食後、オジギ草を避けながら少し魔境の奥に向かう。
「俺の土地なのだから、どこになにがあるかくらいは知っておかなくちゃな」
大木の根元に黄色い鳥の卵のようなキノコを発見。匂いを嗅ぐと一発即死ということも考えられるので、十分に距離を取り、石を投げつけてみた。
卵のようなキノコは傘から、シュッと胞子を噴出。食べられそうにない。タマゴキノコと名付け、避けることに。
木に登り、辺りを見回してみた。
遠くで巨大な猿のような魔物が、木を倒しているのが見える。
「あんなの相手になんかしてられない」
なるべく、あそこには近づかないと心に決めた。
木の上には小さな緑色のネズミの魔物がチョコマカと走り回っていた。進行方向で待っていると簡単に捕まえられた。なぜこんな魔境で生きてこられたのかわからない。
樹洞を寝床にしているらしく、洞の中に手を突っ込むと面白いように獲れた。
フォレストラットと名付け、生け捕りにして、実験に使うことに。スイミン花をつけた睡眠薬を嗅がせると、すぐに眠った。タマゴキノコに投げつけてみると、胞子を吸い込んだフォレストラットは徐々に動かなくなり、体を硬直させてひっくり返った。
タマゴキノコの胞子は麻痺薬のようだ。
フォレストラットによって、いろいろな実験ができそうだ。一応、食料になるかもしれないので、解体して肉を焼いて食べてみたが、肉は葉っぱの味がして、あまりおいしくはない。
今日も川岸でキャンプ。開拓するにも、安全な場所がないことにはどうすることもできない。余っていたグリーンタイガーの肉と、フォレストラットが住処の樹洞に溜め込んでいた木の葉も食べる。
木の葉はくそ不味かったが、体力が回復したようで体にはよさそうだ。薬草の一種かもしれない。
ちなみに、フォレストラットの魔石は真っ青で、効果はこの時わからなかった。
食料が近くにあると襲われる可能性もあるので、川岸の地面に穴を掘り、ヤシの樹液で固め、中に入れて保存した。
穴を掘るときに、棒と固まった樹液で作ったスコップを使ったが、大変使いやすかった。
まだまだ、日も高かったので、ジャングルの中に落とし穴を作ることにした。
3時間ほど掘り続けて、グリーンタイガー一頭が丸々入るくらいの穴ができた。
採ってきたスイミン花とタマゴキノコを穴の底に敷き詰めて、ヤシの葉で穴を覆い隠す。
スイミン花やタマゴキノコを採取する際は、軍手の指先にヤシの樹液を塗り、決して指に付着しないようにした。
もちろんマスク着用だ。
スイミン花採取の時はフォレストラットの血を使い、タマゴキノコ採取の時は湿らせた布をかぶせて胞子が出ないようにしてから採取。川岸に帰る途中、オジギ草の近くで、フォレストラットの足が地面に落ちていた。
オジギ草が食べたのかもしれない。
オジギ草の葉の付け根にフォレストラットの青い魔石があった。他のオジギ草は触れれば、勢いよく葉を閉じるのに対し、青い魔石があるオジギ草はゆっくり閉じている。
フォレストラットの魔石は弱体化か、時を遅くするスロウの魔石なのだろう。
ためしに青い魔石に手を伸ばし、取り払ってみると、勢いよくオジギ草が閉じて腕ごと食べられるところだった。
また、オジギ草は根元を切っても、勢いよく閉じることがわかった。天然のトラバサミのようだ。ちょうどいいので、葉を獣道の地面に仕掛けまくる。
終わった頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
今夜は火も熾さず、フォレストラットの食事である木の葉を食べて眠ることにする。貯蔵庫の周りにはフォレストラットの獲れすぎた小さな魔石をばらまき、魔物が踏めば動きが遅くなるようにしておいた。
「もっとうまい肉が食いてぇ」
食料貯蔵庫から離れたところに、破れたワイルドベアの毛皮を敷き、眠った。
途中何度も魔物のうなり声などに起こされたものの、襲われることなく、次の日を迎えた。