【籠り生活23日目】
環状道路工事が、ホームの近くまでやってきた。
「こんなに早いとは思わなかった」
「それは私たちも同じ。こんなに進むとは思ってなかったよ」
朝飯をアラクネやラミアと一緒に食べているところだ。
環状道路の工事が北西に入った段階で、チェルとシルビアが手伝い、ドラゴンたちも騎竜隊と一緒にブレスの訓練をしていたため、邪魔な木々は一掃されたという。さらに物資を運ぶのもドラゴンたちが担い、チェルの光魔法で夜間でも作業を続けられたと感謝していた。
「ずっとやっていたことだから、作業自体はわかってるんだけど、こんなに進むと休む暇がないよ」
作業効率が上がり過ぎて休憩するより、早く終わらせることを優先しているらしい。
「別に悪いことじゃないから、単純に作業時間を縮めればいいんじゃないか」
「そう思ってるんだけど、長いことダンジョン生活をし続けて急に外で暮らしていると、どうしていいやら……」
北部の岩石地帯で工事していた時は、水源を探したり、食料を運んだりと生活していても何かしていたが、今はホームの洞窟か冒険者ギルドの建物に移動してきた。
「当然のように食べ物は出てくるし、水はきれいだし、魔物の討伐訓練をしようと思えば出来るんだけど……」
「なにしていいかわからなくなったのか?」
「そう。そんな感じ」
道路工事をしていたアラクネとラミアたちはぼーっと沼の水面を見ていた。
「ダンジョンに戻りたいか?」
「それはない」
「外を知ってしまったら、もうダンジョンには住めないよ。星空も見えないし、風もないし、臭いだってないし……」
「岩石地帯の夜ほど静かじゃないからね。魔境でもあんなに静かになるんだね」
ラミアは魔境は騒々しい物だと思っていたらしい。常に弱肉強食で生存競争を迫られると俺も思っていた。
「冬だから、それほど魔物も活動的じゃないんだよ。季節を感じるというのも生活を楽しむ一つだ。栗パン食べて、ジャムやピクルスなんかの保存食を美味しく食べるのもいいし、冬ならではの薬草や毒草を採りに行くのもいい。時間があるなら、新しい趣味を見つけたっていいんだ。食器作りや鍛冶仕事なんかもね」
道路工事は一日の作業が決まっている。成果主義だから、時間で拘束されない。
「私と一緒に麵作りする?」
カタンはパンではない主食があると知って、俄然やる気になっている。
「魔石灯を作りたいんだけど、できるかな?」
「そりゃできるよ。ヘリーに聞けばいい。というか、たぶんエルフの亡命者も作り方は知っているんじゃないか?」
音光機でヘリーに聞いてみると、やっぱりエルフの『イモコに教えてもらえ』と返事が返ってきた。
「でも、なんで魔石灯なんか作りたいんだ?」
魔境で使ったら魔物に居場所がバレるだけだ。
「道路ができたら夜でも使えるようにした方がいいと思って」
「それに夜、仕事終わりに明かりがあるところに帰るって落ち着くのよ」
どうやって魔境に街灯を設置するかは置いといて、明かりの心理的安心感は理解できる。
「エルフって、ダンジョンの民を怖がらない?」
「アラクネは俺が怖いか?」
「マキョーさんは怖い時がある」
「同じじゃないか。それぞれ機嫌が悪い時もあれば機嫌がいい時もあるさ」
とはいえ、コミュニケーションをとるまでに時間はかかるものだ。
「一緒に行くか」
「うん」
ホームから西にちょっと行った森の中に集合住宅がある。
今はエルフの亡命者一家と騎竜隊の一家が住んでいる。騎竜隊は北西にあるドラゴンがいる魔石鉱山に出張しているが、奥さんたちはここで織物の工房を作っているところだ。騎竜隊は封魔一族なので、皆ゴブリンやオークなんかの身体をしている。それほど、アラクネたちと変わらない。
「おはようございまーす」
「あ、おはようございます。なにか、やらかしましたか?」
イモコことヘリーの親友のイムラルダは突然俺たちが来たから驚いている。
染料の実験をしているらしく、集合住宅にいる全員で外の焚火に鍋をかけていた。酸っぱい臭いがきついので、マスクをしている。
「いや、何も。道路工事をやっているアラクネたちが、仕事のオフに魔石灯を作りたいって言うんだけど、教えてあげてくれないか」
「ええ、構わないですよ。後でもいいですか?」
「もちろん、作業を続けて。見ててもいいかい?」
「どうぞ……」
エルフたちと封魔一族は黙々とアラクネの糸を染料に浸している。毒でも弾いてしまう素材なので色を付けるのは難しいのだろう。
普通の糸とアラクネの糸を交互に編み込んだり、吸魔材を染み込ませてから布を染めてたりしているらしい。温めた鍋に布を入れて、鍋ごと運んで冷やし、それを洗濯紐に引っかけて乾かしている。大変そうなので俺も手伝った。
ベリベリベリベリ……。
肘から先にはヤシの樹液とミツアリの蜜、アイスウィーズルの魔石の粉末を合わせて手袋のようなものを使っているらしい。人肌に温めた混合液に肘まで突っ込むと、コーティングされて剥がしやすいゴム手袋のようなものができる。これだけでもかなり実験を繰り返していたようだ。
「マキョーさんたちはいつ休んでいるんです?」
イムラルダが唐突に聞いてきた。
「ん? 夜?」
「そうじゃなくて休暇というか……」
「今が休暇中みたいなもんだよ」
「でも、訓練兵の風呂を世話したり、東海岸から砂漠まで船を運んだりしていると聞いたんですけど」
「ああ、そうね。あんまり仕事と思ってないかな。来週、巨大魔獣が来るから、それの対処は仕事だと思ってる。それ以外はだいたい誰かを手伝っているだけだ。だから俺の仕事じゃなくて、手が空いているからやってる」
「他の古参の方々も同じですか?」
「たぶんね。魔境が変化する時はどうやっても仕事しないといけないけど、それ以外は好きな研究したり、空島を作ったりしていると思うよ。でも、そろそろ準備をしていかないといけないな」
「巨大魔獣に向けての準備ですか?」
「魔獣を浮かばせないといけないから……。ああ、そうだ。忘れてた。悪いけど、アラクネたちは人見知りだから、イムラルダから話しかけてやってくれ。話せば気のいい奴らだ」
「わかりました!」
俺は、ようやく自分の仕事に気が付いた。
領主の役割なんか、領民の生活を維持することだけでいい。ある程度ルールを決めて、特産品を作って売り、インフラを整備する。
今目の前に迫っている問題は、災害への対処だ。領民の生活が壊れないために、できる限り手を尽くす。
空島を作っている最中のヘリーに会いに行く。ヘリーは空中に何か魔法陣でも書いているような動きをしながら、考え事をしていた。
「仕事中か」
「そうだよ。見てわからない?」
「巨大魔獣に浮遊魔法の魔法陣って描けないか?」
「無理だね。巨大魔獣の甲羅を削らないといけないし、一日でできる作業量じゃない」
「他の魔法はどうだ?」
そう言うと、ヘリーは目を開いて、抗議するように俺を見た。
「マキョー、私、仕事中なんだけど」
「わかってる。でも、その空中に浮かぶ岩をたくさん作れば、巨大魔獣も浮かばせられるんじゃないか?」
「そうだね。なに? 手伝ってくれるのかい?」
「俺は巨大魔獣を移動させるため、ヘリーは空島を作るための仕事をしていて協力できるところがあるんじゃないかなと思ってさ」
「あるだろうね。なんだ、あの岩に魔法陣を削ってくれるのかい?」
「必要なら削るよ」
「必要だ。頼むよ。結構固いんだから」
そう言って、ノミと鉄鎚を渡してきた。魔法陣でかなり強化してある。
「ヘリー、またしても元も子もないようなことを言っていいか?」
「え~? それは勘弁だ。今、浮遊魔法の魔法陣を描いた岩を動かし続ければ、安定するんじゃないかって気づいたところなんだから」
「そうか。なら、後でいいや」
俺はノミと鉄鎚を持って、黒い岩の前に立った。たぶん、チョークで描いたような白い線に沿って彫っていけばいいのだろう。
「わかった。作業開始前にちょっと聞いてやるよ」
「え? 聞くの。結構長くなるよ」
「いいから、ちょっとお茶でも沸かしながら喋りなよ」
聞く代わりにお茶を要求しているらしい。
「ハーブでいいか?」
「ああ」
ヘリーの作業場には、ポータブルのティーセットが置いてある。俺は、ハーブティーを用意しながら、ポットでお湯を沸かした。
お茶を淹れる時間を大切にしているらしい。わからなくはない。
「ああ、落ち着いた。で、なに? 元も子もない長い話って」
「古代ユグドラシールの都市・ミッドガードは丸ごと巨大魔獣のダンジョンに転移したよね?」
「うん」
「ホームの洞窟奥には、転移魔法の魔法陣が描かれた部屋がある」
「そうだ。皆、知っているよ」
「つまり、巨大魔獣も転移先を作れば、浮遊魔法の魔法陣をわざわざ巨大魔獣の甲羅に描いて運ばなくても勝手に転移してくれるんじゃない?」
「あ」
ヘリーがアホの子のような顔でこちらを見てから、急いでお茶を飲んでいた。
「……いや、そうだけどクリフガルーダの大穴には渡りの魔物たちの棲み処だ。一瞬で引き倒されないか? そもそも『封印の楔』だって倒れそうだったのに」
「でも、俺たちには今、これがあるじゃない」
黒く固い岩がある。魔物の爪や牙では到底傷を付けられそうにない。
「転移魔法は理解できなくても、この黒岩を削って転移先自体は作れたりしないかな? そもそも音や光は送れるわけだろう?」
俺は自分の音光機をヘリーに見せた。
「ポータルさえあればいいと……」
「そう」
「んん……、可能性がありそうなことを言うなよな」
「やっぱりダメだったか」
ヘリーはお茶を飲み干して、音光機で古参全員を呼び出していた。
「悪いけど、巨大魔獣に関する緊急会議だ。マキョーの呼び出しと思ってくれ」
ヘリーが音光機にそう言うと、地面に罵詈雑言が映し出されていた。
「どちらにせよ、転移先のポータルに使われる魔法陣は今のところ出土していないはずだ。知っているとすれば、時の魔法を扱っていたサトラの技術者さ。転移とは時魔法と空間魔法を組み合わせたものだからだ」
「なるほど、そうなのか」
「なるほどじゃないよ! 記録が残っているとすれば、エルフの国にある白亜の塔。その地下にある図書館のダンジョンだ。巨大魔獣出現まで、あと6日と考えると、行って帰ってこられるのはマキョー他、古参だけだ」
「その図書館のダンジョンに行けたとしても、俺にはサトラの本かどうかはわからないぞ」
「私かイムラルダが行く必要がある。イモコは亡命してきたばかりだ。はぁ……」
ヘリーは大きく溜息を吐いてから立ち上がった。
「私はエルフの国史上、最も偉大な犯罪者になりそうだよ」
「なによりじゃないか」
「言ってくれるね!」




