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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~

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【籠り生活22日目】


 朝から外が騒がしかった。

 雪かきに行っていた訓練兵たちが帰ってきたようだ。エルフの亡命者と騎竜隊の奥さんたちが労っている。


「おかえり。早かったな」

 寝起きの俺も訓練兵たちに挨拶をすると、きれいに整列して敬礼してきた。


「北方と中央山岳街道の除雪作業完了いたしました!」

 髭面の訓練兵が報告してくる。

「お疲れさまでした。ゆっくり休んでください。交易村の姐さんたちはどうした?」

「服の買い付けと鉄なべ等の料理器具を補充したいそうで、居残っています」

「大丈夫なのか? その、警護的には……」

「中級の冒険者並みには体が動きますし、一応、交易村のサーシャ隊長がついているので、我々は帰還していいとのことでした」

「そうか。安全なら何よりだ」

「これ、皆にお土産なんですが……」


 入れ墨だらけの女性訓練兵が北部の甘い菓子と織物を渡そうとしてきた。


「皆に分けてあげてくれ。エスティニアの甘味は食べてないはずだから。沼の風呂を沸かしておくよ。準備出来たら入ってくれ」


 俺は沼まで坂道を下りていき、汚れていた風呂をきれいに掃除して水を入れ、魔法で温めていく。インプの魔石と乾燥した薬草を砕いたものを湯に入れれば、魔境式薬湯の完成だ。


「入っていいですか?」

「もう来たのか」


 訓練兵たちがインナー姿で待っていた。

インナーはアラクネの糸で作った布だから、丈夫で洗えば汚れもすぐに落ちる。混浴で入れるようにしているのだろう。


「入っていいぞ。この棚にタオルは置いておいていいからな」

「ありがとうございます」


 結構大きい風呂を作っておいてよかった。


「あ~、緊張が解けていきますね」

「朝日を見ながら、風呂に入れるとは思いませんでした」

「土産は大丈夫でしたかね」

 

 沼で顔を洗っていたら、訓練兵たちがやたらと話しかけてくる。


「どうした? 本当は仕事がうまくいかなかったのか?」

 風呂の縁に腰かけて聞いた。足だけでも風呂に入れると、じんわりと温かくなってくる。


「いや、逆です。移動も含めて作業自体が遅く感じてしまって……」

「私たちしか働いてないんじゃないかと思うほどでした。魔物がどうとか、いない魔物を怖がり、無駄な冒険者たちを集めたり、強くもない魔物に時間をかけて安全の確保を優先したり……」

「交易村の姐さんたちも呆れて、とっとと仕事を済ませて観光でもしようと……」


 話している3人だけではなく、風呂に浸かっている訓練兵たちは皆、頷いていた。


「西側だったというのもあるのでしょうが、自分たちが弱い魔物と対峙している自覚がないんです」

「そのくせ、なぜか人種差別だけはあって、エルフはズル賢いとか、獣人は筋肉しか取り柄がないみたいな思い込みが激しくて、本当に一刻も早く魔境に帰ってきたかったですよ」

「我々は軍の中じゃ半端者です。元山賊や元夜盗なんてのもいます。貧困が原因でそうしないと生きられなかったという者も多い。でも、軍に入って兵士になり、『他の国民はまともに働いている。真面目な者の邪魔をするな』と散々教えられてきたし、そう思ってきたんです」

「現実はそうじゃなかったということか?」

「いや、もちろん真面目に働いている人は大勢いますよ。大半の国民がまともに働いているし、ちゃんと生活を成り立たせている。それはわかるんです。それはわかるんですけど……」

「仕事をサボっている奴を見つけた、と思ってしまった?」

「「「そうです」」」


 今まで黙っていた訓練兵たちまで口を開いた。


「しかもサボっているのが一人じゃないんです。組織全体というか……」

「町全体が騙されているような気がして。でも、俺たちは軍の半端者だから、そう思うだけかもしれません」

「でも、皆がそう思うんなら、ちょっと事情が違うんじゃないか。事実を確認しよう」


 俺は、訓練兵たちの考え方を否定しないことにした。訓練兵たちの違和感は魔境にいた者なら誰でも感じることかもしれない。


「思いがどうとか、その地方住民の意識に合わないとかは置いといて、俺たちは魔境で事実を観察してきたじゃないか」

「例えば、戦い方一つとってもそうです。魔物の観察なんてほとんどしていないし、ギルドの判断も遅い上に、古い戦術を今の魔物に当てはめようとしているんです。もっと合理的な戦い方もあるのに。誰かがかわいそうだとか、先人が考えたことだからと、机上でしか物を見ない職員だらけで……」

 よほど鬱憤を溜めて来たのか、一気にしゃべり始める訓練兵もいる。


「つまり魔物が出たという情報だけで動いてしまっているということかい?」

「そうです。大きさもわからなければ、鳴き声もわからないのに……。あれでは、猫を見て豹が来ると言ってるようなもんです。足跡も見ずに依頼書をかき上げるんですよ」

「それが彼らのやり口なんだよ。どんどん報酬額を上げて、討伐部位だけ持ってくるとかさ……。そうだ。マキョーさん、討伐部位だけ売りに行きましょうよ。北部の奴らは本当にくだらないことで儲けてるんですよ」

 呆れて詐欺の方法を考える訓練兵までいる。


「そうやって冒険者の価値を上げてるんだろう。でも、街道の雪かきもできないっていうのはどういうことなんだ? 街道って人で言うと血管みたいなものだろう。雪かきもできなくて困ったじゃ話にならないじゃないか。北部住民、全員死んじゃうだろう」

「ああ、そうなんですよ。それについて話してなかった。行ってみたら、土砂崩れのところに雪が積もってたんです。まぁ、姐さんたちは関係なく全部きれいにしてしまったんですがね」

「そうなんだ。じゃあ、報酬は多めに貰ったのかな?」

「ええ。それは、さすがに貰ってました。姐さんたちは冒険者ギルドでちゃんと怒ってましたから。自分たちは護衛なんで、グリーンタイガーとワイルドベア、それからポイズンスパイダーと剣さえ振れれば倒せるような魔物ばっかりでした。魔境の魔物とは比べ物にはならないですけどね」

「後半はもう皆武器を持たずにスコップで倒してましたから。なんというか、魔物の実力と報酬の差が開きすぎているというか。魔物ならなんでも危険になっているし、かと思えば、あんまり見ない魔物はそもそも倒したところで薬にも武器にもできないから価値は低くなっていたりと、わけがわからないですね」

「ミノウは北部出身だったよな?」


 ホワイトオックスのダンジョンで修業していたミノウという訓練兵に、聞いてみた。外から見るからおかしいのかもしれない。


「皆が言っているのはものすごいわかるんですよ。でも、北部では魔物の強さで、報酬は決まらないんですよね。ダンジョンのモンスターの強さに合わせて価格設定されているし、ダンジョンの外にいる魔物に関しては本当に危険なものとして扱われています。要は、ダンジョンのルールに冒険者ギルドも合わせているというか……」

「でも、それって本当の実力が付かないんじゃない? ダンジョンを攻略するのが上手くなるだけで」

「その通りなんです。しかも、あんなに差別意識が残っているとは……。もちろん都市部ではほとんどないんですけど、ちょっと離れるともう酷かったですね」

「中央の山岳地帯は、山間部にあるからか、排他的なんですよね。ちょうど魔境にエルフたちが侵攻したというのが広まっていて、エルフには厳しかったです」

「半年以上前の話なんだけどなぁ。今じゃ亡命者を受け入れているくらいだし……」


 情報の伝播も遅く、利権も絡んで、差別もあるって、他の領地はちゃんと運営されているのか。しかも、自分たちで大雪にも対処できないって、どういうことなのか。

 ただ、これも訓練兵たちの思いが強い気がする。


「もう一度、事実だけを思い出してくれ。雪かき業務や魔物の討伐っていう実務をやったのは、姐さんたちと皆なんだよな?」

「そうです」

「ただ、仕事内容と報酬に違和感があるし、他の領地によって評価軸が違う。これが事実だよな?」

「その通りです」

「それって商売をするうえでかなりヤバいよな? 商品の価格が違うし、北部の冒険者は魔境では絶対に通じないでしょ?」

「そうですね……」

「それから、魔境は全く人種差別がない。男尊女卑もなければ、種族差別もない。獣魔病患者だろうが、1000年前に一度死んでいようが、人としての権利は誰しもある。奴隷はいない。これがエスティニアで特殊なルールでも、領主である俺は変える気がない。もっと言えば、人種の差別している者は当然領地への侵入も拒む。もちろん、移民の中で窃盗や強姦するような奴は徹底的に罰するつもりだ。宗教団体が来て誰かから財産を奪うことも許さない」

「マキョーさんの考えは素晴らしいと思います」

「それでこそ、魔境の領主です」

 風呂に入りながら、訓練兵たちがこちらを向いた。


「でも、そうなると、魔境はそんな差別主義者がいる北部と中央山岳地帯とは交易できなくなるんだけど……」

「え? あ、そうか」

「あと、場所によって魔物の討伐報酬が変わると、魔境の魔物の強さから考えると、グリーンタイガーを倒したところで、大した額は渡せないよな?」

「そうっすね」

「そんな場所、冒険者が来ないんじゃないか?」

「そうかもしれません。でも魔石の大きさだって違うし、毛皮の質も、全然違いますよ」

「いや、そうなると俺たち魔境の住人にとっては解体の方に価値が生まれないか。討伐なんて誰でもできることには価値がなくなるんじゃ……?」

「ええっ? 討伐しただけじゃお金を貰えないのかぁ……。マキョーさん、バレないうちにエスティニア中の魔物を討伐して回りませんか?」

「それがな。実は魔境流の魔物討伐法は、すでにジェニファーが売りに行って失敗して帰ってきたんだ。いや、お陰で交易村とかできたからいいんだけどさ」

「じゃあ、魔境って強くなれるだけじゃないですか!?」

「そうだな。強くなれるだけだ」


 訓練兵たちと話していて結論に達してしまった。


「強くなれるだけか……。めちゃくちゃ応用が利くってことじゃないですか?」

「そうだな。少なくとも、食えなくなるってことはないんじゃないかな」

「誰か守りたいときに守れるよな」

「嫌な仕事は断れるか。誰かに媚びる必要もないのか」

「差別主義者と商売なんてしなくていいんですもんね」

「利権争いをしなくて済むのか」

 訓練兵たちは、魔境で過ごす理由をそれぞれ見つけて納得していた。


「おーい! ふやけちゃうぞーい!」


 カタンが迎えに来た。


「あの甘いお菓子を、魔境のお茶と一緒に食べよう!」

「魔境にいると美味い飯が食えるぞ」

「そうっすね」


 訓練兵たちは風呂から上がって、そのまま坂を上っていった。


「何の話してたの?」

「魔境にいる理由かな。カタンはどう思ってる?」

「誰も誰かの足を引っ張らないからじゃない? 誰かの食べ物を盗むような人もいないし、悪口言ったりもしない。っていうか、魔境の人たちって喧嘩したりするの?」

「昔はあったよ。ジェニファーが酔っぱらってシルビアを傷つけたから、空島に流刑にしたことがある。それも1週間くらいだったかな」

「へぇ~、妬みとか嫉みとかないんだと思ってた」

「今はないんじゃない。誰かを妬んでもしょうがないだろ。魔境って、なあ!」

 

 ちょうど冒険者ギルドから出てきたヘリーに声をかけた。


「へ? 妬み? 私はずっとマキョーが妬ましいよ」

「そうか?」

「ほら、見ろ。マキョーは何にも考えてない。船を砂漠に運んだらしいな。早いところ沈没船をサルベージしろっていう私へのプレッシャーだろ! こっちだって仕事してるんだよ。空島製作を手伝えよ!」

「いいよ」

「いや、やっぱやめてくれ。どうせ、思ってもみない方法で土を持ち上げようとか言うんだから。空島は私がやるよ。それよりハーピーたちが頑張ってるから労ってやってくれ」

「わかった」

「そろそろ環状道路もこちらに来る頃だ」

「ダンジョンの民にも勲章をやらないとな」

「領主だからな。領民を褒めてやってくれ」

「わかった……。あ、ヘリー、あと7日で巨大魔獣だから、よろしくな」

「うわぁ、もうそんな時期か。長いようで短いな」


 その日は環状道路を手伝い、鉄鉱山にいるサッケツとスケジュールをすり合わせた。


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