【籠り生活21日目】
クリフガルーダとの国境線にある崖が見える砂地に船を置いて、昨夜は一泊。朝から、リパとカヒマンと一緒に滝が風で吹き飛ばされている崖の壁面に、被覆植物の種を植えていた。
「成長剤はどんどん使っていいですから。実験で使うからって作り過ぎちゃったんで」
リパは瓶に入った成長剤を、何本も使っていた。
「水があるんで成長はすると思うんですよ。あとは魔物に食べられるかどうかです。実は辛味成分が多いので、食べないと思うんですけどね」
リパは被覆植物に関して、それほど気にしていないらしい。むしろ船の影に置いたキノコの原木から生えるのかどうかの方が大切だという。
「キノコはそのまま罠で使えますからね。麻痺の杖がなくなった後でも、食べていくには必要ですよ。あと、砂漠に強い豆と果物の苗木です」
指示された通りに俺もカヒマンも固い砂の地面に植えていく。
「固い地面ですね。蟻か何かがいるといいんですけど……」
「砂漠だからな。落ちてくるのを待とう」
「鳥の糞とかは集めて肥料にしましょう」
「了解」
俺もカヒマンも、糞集めに忌避感はない。麻の汚れた袋にスコップで拾い集めていく。
わざわざこちらまで飛んできて糞を落とす鳥は、二人とも串に刺して獲っていった。獲れた鳥の魔物は突き刺した穴から紐を通して、まとめておく。素潜り猟師が銛で突いた魚をまとめるのと同じだ。
毟った羽は果物の苗の周りに埋めておく。食べない骨や内臓も種の周りにばら撒いた。
「これだけ固い砂だと水が弾いてしまうんで、虫が来て穴を掘ってくれるといいんですけどね」
「砂漠じゃ、ゴミも使い方次第だな」
焼き鳥を食べて、だらだら崖を見ながら魔族の亡命者たちを待っていたが一向に来ない。
チェルに音光機で連絡してみると、『数日かかる』とのこと。
「じゃあ、真っすぐ森まで帰るか」
「ん~……」
「仕事はしましたからね」
植物の記録もつけて、船内に残した。船は運んだし、植物も植えたし、ミッションは終了。帰るだけなのに、昼近くになると砂漠の日差しが強すぎて動きたくない。
「急ぎの仕事ってあったっけ?」
「キノコの研究くらいです」
「俺は、戦闘訓練」
カヒマンはエルフの亡命者の戦闘訓練があるらしいが、森にいる誰かでもいい。
俺たちは何か動かなくていいような理由を捜し始めていた。
「あれ? そろそろ巨大魔獣が来る頃か?」
「あ、本当だ。あと8日ですかね」
「ヤバいなぁ……」
すでに食料はホームの奥にある魔法陣部屋に大量に置いてある。巨大魔獣がルートを変えたことで、岩石地帯を移動するため、森への被害は少ない。
問題は、巨大魔獣に乗っている「時の難民」がこの時代に納得するかどうかだ。
「古代人と交渉ってうまくいくと思うか?」
「断られると面倒ですよね」
「鉄鉱山の開発が遅れるから面倒だよなぁ」
「クリフガルーダの大穴に持ってく?」
カヒマンが計画を聞いてきた。
「そのつもりだけど……。ダンジョン都市で生きてきた人が魔境に住めると思うか?」
「いや……、ん~……。中は荒廃してるんですよね?」
「たぶんな」
「全員、クリフガルーダに住めない?」
「獣魔病対策しないとなぁ」
「そもそも大穴の魔物に食べられるんじゃ……?」
「時の神様が出てきたら終わりだしなぁ」
白い鹿が出てきたら、俺も逃げよう。
「自然の摂理に逆らうってそう言うことなんですかね」
「時の難民は逃げ続けるしかないのか。まぁ、どうなるかはわからないけど、とりあえずクリフガルーダの北部、魔境側は一旦封鎖してもらおう」
「ああ、そうですね」
良い仕事をサボる理由ができた。
崖を駆け上がり、クリフガルーダに侵入。森を突っ切って街道まで出た。リパもカヒマンも余裕で付いてくるので、問題はない。
「前は必死で走ってた気がする」
カヒマンも汗もかかないし、魔物の対処もそつなくこなしている。
「身体が強くなったし、体力も上がって、スピードもついてきたんじゃないか」
「最近、訓練手伝ってて、マキョーさんもこんな感じだったのかと思う」
「どうだ?」
「ん~、大変」
「だよな。でも面白かったよ。できなかったことができる瞬間に立ち会うって、人生でもあんまりないんじゃないかな。カヒマンが走り始めた瞬間とか、リパが突きを覚えた瞬間とか覚えてるよ」
「俺も覚えてますよ。マキョーさんが魔力のキューブを使い始めた時とか」
「俺の場合はあんまり感動がないんだよ」
「確かに。『やったらできたよ』って言ってやるんだけど、他の人はできないっていう……」
「練習すればできると思うよ。交易村の姐さんたちはできてたし」
「いや。できない。ヌシとか無理。チェルさんが魔人になった時大変だった」
「そうそう! 俺とカヒマンはあの時、思い知りましたよ。呪法家の里まで行って魔人のミイラまで見たのになぁ!」
「うん。『あ、たん壺ある?』って言って呪い解く人いない」
「できることをやるだけなんだよ。そうなると成長って、なかなか難しいぞ。身体は思うように動かせるのに無意識までは動かせないっていうかさ。ほら、今から行くのもこちらの思い通りにはいかないだろ? クリフガルーダの人たちにちゃんと説明できるか、相手が理解できるか、理解したうえで動けるのか、なんも考えてないんだから」
「そうですかねぇ……」
「難しいことはわからない」
とりあえず一番近くの町にある冒険者ギルドで、魔境の領主として、8日後には出歩かずに大穴から遠いところに避難するように依頼を出した。
「巨大な魔獣を大穴に運ぶから、落下物があると大変だからさ」
「巨大な魔獣ってどれくらいですか?」
「山くらいかな。中で人が住めるくらい大きい魔獣さ」
「そこまで大きいと大穴が塞がってしまうのでは?」
「そう。塞ぐつもりだよ。王都にも言っておいた方がいいかな?」
「そうですね。一応、避難はさせますけど、王都にも言っておいた方がいいかもしれません。あと一週間ほどなので、急がないと……」
そうだった。普通の人はフットワークが重いのか。
冒険者たちは逆にフットワークが軽く、俺たちが依頼を出している最中に商品の棚がなくなるくらい買い占め、出る頃にはいなくなっていた。
「俺たちも顔が割れてるのかな?」
「割れていますね。ほら、似顔絵の貼り紙がしてある」
魔境付近の町には俺たちが出没するかもしれないから、俺の似顔絵が配られているらしい。
だた、俺よりリパの似顔絵が緻密に描かれている。「死刑から生還し今は魔境の特使につき、無暗に関わらないこと」とされている。呪法家たちが広めているのか。
王都ヴァーラキリヤまで走っていく道すがら通った町の冒険者ギルドにも8日後には避難するようにと依頼を出しておいた。
「災害級魔獣の移送ですか?」
職員たちは皆、「本当にいるんですね」とこちらを見ながら、同じようなセリフで聞いてくる。
「そうだね。本人たちの意向もあるからないかもしれないけど、大穴に運ぶつもりだ。あそこの魔力を使いこなせてないから、使えるようにした方がいいと思うんだよ」
「そうですけど……、急ですね」
「うん。まぁ、火事場泥棒には気をつけて」
「わかりました」
王都でも同じように冒険者ギルドで依頼を出したら、衛兵たちがやってきて取り囲まれてしまった。
衛兵をかき分けて「暴力を振るうな! 何もするんじゃない! 攻撃するなよ!」と言いながらいつか見たクリフガルーダ王家の端くれが現れた。
口髭を蓄え、古文書ばかりを読んでいるという……、名前は何だったかな。
「お久しぶりです。魔境の地主よ。シュナーベルでございます」
「ああ、そう! シュナーベルさん」
「魔境に現れる魔獣を大穴に移送したいとのことですが……」
「その通り。ユグドラシールのミッドガードを移送した先がその巨大魔獣なんだけど、ちょっと限界らしいんです。周辺で最も魔力が充実しているのは大穴だから、そこに運ぼうと思ってましてね」
「しかし、周辺への影響はどの程度を考えていますか?」
「周辺はそもそも森になっているし、山に囲まれているからどうにもならないんじゃないかなと思いますよ。そもそも大穴に住む魔物たちをどうにもできていないでしょう?」
「それはそうなんですが……」
「何かあれば、凍らせたりはすると思います。大穴の魔物と古代のダンジョンにいるモンスターが戦い始めるかもしれないけど、大穴にいる魔物の方が強いと思うのですが、しばらく様子を見るために滞在したほうがいいですかね?」
「その方がよろしいかと。こちらとしても全く対処できないものが増えるというのは国を維持するうえでリスクの増加でしかありませんから」
「確かにそうですね」
「ちなみに、その魔獣を倒すわけにはいかないんですか?」
「ああ、倒れているんです。すでに魔獣自体は死んで頭もない状態です。死にながら時を旅していて、まさに遺物なんだけど、まだどうなるか遺物に住む人たちもいるので、とりあえず安全のために避難だけしておいて欲しいということです」
「わかりました。ご先祖からの宿題ということですかね」
「そうですね。だいぶ宿題が溜まってますけど」
「我々に手伝えることはありませんか?」
「避難の誘導と火事場泥棒の逮捕ですかね」
「魔道具なんかはいりませんか?」
いらないと言おうとしたけど、絨毯だけ貰っておくことにした。
「空飛ぶ絨毯だけレンタルできますか?」
「それくらいならお安い御用です」
俺たちは用意された空飛ぶ絨毯を受け取り、外に出て飛び乗った。
魔道具なので乗り心地はいい。
「それでは、8日後、頼みます」
「承知しました!」
シュナーベルや衛兵たちが見送る中、俺たち3人は一気に上空へと飛んだ。
すでに夕方近くになり、日差しも和らいでいた。
「じゃ、掴まっていてくれ」
風魔法を付与した拳を魔境に向けて放つ。
「イイイイイッ!!」
「速度エグい!!」
空飛ぶ絨毯にしがみついている二人を追い、俺も魔境へと戻った。




