【籠り生活20日目】
魔族の亡命者たちが乗ってきた船の輸送には、ヘリーを呼んできた。
「空島の作業が全然進んでないと思っているだろう?」
「うん」
「そう。実際、進まないんだよ。寒いし、エルフたちは来るし、魔道具でノミを作ったんだけど上手くいかない。マキョー、後でちょっと試してみてくれ」
「わかった。ハーピーたちは?」
「座学で魔法と魔法陣についてエルフたちに教えてもらってるところ。学者連中はそういう体系を説明するのは上手なんだ」
ヘリーは喋りながら、ペンキで船体や甲板に魔法陣を描いていく。本人は閉じ込められた現象を発現させていくだけだというが、簡単にできる者はそれほどいないと思う。
ペンキには魔石を砕いたものが含まれていて、効果は出ている。
コンコン。
強めに船体を叩いても、ビクともしない。
「マキョーは、あまり試すな。魔法の効果にも限界はある」
「はい」
「カヒマン、荷物は運び出しておいてくれ」
「了解」
カヒマンも働いている。
船に住む赤髪の一族は、現在チェルに鍛えられているところ。年寄り衆も連れていって現実を見せると言っていた。
シルビアは亡命者たちのために、ダンジョンの民と一緒に杖作りで忙しそうだ。
「じゃ、俺はジェニファーに種を貰ってくるか」
「ああ、そうだ。最近、ジェニファーが植物の壁がどうとか言って、ちょっと悩んでいるらしいから相談に乗ってやって」
ヘリーに言われて、ジェニファーも悩むことがあるのかと驚いた。
「悩むことあるのか?」
「あるだろ。人間なんだから」
「そうか。まぁ、いってくる」
「いってらっしゃい」
俺は走りながら、ジェニファーが悩む姿を想像して笑った。ジェニファーに関しては移民や種族の悩みなんてないはずだ。悩んでいるとか言って、どうせまた何かを企んでいるだけだろう。
そう思いながら、いざ植物園のダンジョン前で、途方に暮れているジェニファーを見たら、やっぱり笑ってしまった。
「何を笑ってるんですか?」
「いや、本当にジェニファーが悩んでいると思って。そう悩んでいたって事態は進まない。とりあえず、魔族の亡命者が砂漠に住むから、砂漠に強い植物の種をいくつかくれないか」
「奥の倉庫に入ってますよ」
「俺じゃ、わからない」
ジェニファーは溜息を吐いてから立ち上がり、ダンジョンの奥へと案内してくれた。
外で待つ俺のダンジョンに、大きな木の実を投げて与えている。
俺のダンジョンは大蛇の姿でぺろりと食べていた。味は美味いようで、木の実を探しに出かけていった。
「何を食べさせたんだ?」
「臭くて美味しい木の実です。寒さには弱いクリフガルーダの果物のはずなんですけど、魔境でも見つかってしまって……」
「つまり古代に品種改良をしてたってこと?」
「そういうことです。しかも独特の臭みを強くして果実の棘を鋭くしてあったんですよ」
「魔物を殺す罠になってたってこと?」
「おそらく……。魔境の歴史上、ダンジョン同士の抗争があったじゃないですか?」
「グッセンバッハも言ってたね」
砂漠にいるゴーレムたちは生き字引だ。
「今、壁の棘に毒を仕込めないか試しているんですけど、もっと凶悪なものができてしまって……」
「どんなものができたんだよ」
ジェニファーが凶悪というくらいだから、かなり効果は期待できる。
「被覆植物ってあるじゃないですか。地面を覆う植物」
「あるね。冬になって、結構目立つようになってきたんじゃないか?」
「そうなんですよ。それに棘と毒があるものってどうかと思ったら……」
ジェニファーがドアを開けると、広いホールの真ん中に黒い壁ができていた。真っ黒い棘が幾重にも重なっているらしい。
「時間経過で棘はなくなるんですけど……」
ジェニファーが説明している間に棘が一気に引っ込んで、ただの草原になった。
「ただ、瞬間成長剤と肥料が含まれた水を与えると……」
再び、棘が一気に伸びて黒い壁が出来上がった。植物には効果は薄いかもしれないが、魔物だったら棘に刺さったら死ぬだろうし、壁ができたら迂回しないといけないほどまとまった棘は固い。
「結構、硬度が高いですよね?」
「うん、かなり固い」
先ほど触った甲板より固いかもしれない。
「毒は?」
「出血毒です。回復を遅らせるような毒ですね」
「これ、夜の地面に仕掛けられたら気づかないんじゃないか?」
「視認は難しいと思います。しかも仕掛けるのは難しくないんですよ。だから、国境線に仕掛けておくと防衛が楽になります」
「でも、これ地面を這わせればいいだけなんだろ? 罪人が牢から脱出するときに使えるんじゃないか?」
「そうなんですよね……。やっぱり売れないですよね?」
「ああ、魔境指定の植物になるな」
「効果を薄めても……、やっぱり無理かぁ。いいと思ったんですけどねぇ……」
危険すぎる植物を作って売れないということに悩んでいたようだ。
「あ、でも、わかったのは砂漠において棘って結構重要で、水分が飛んでいかないようにする役割があるんですよ」
「なるほど、乾燥してる上に日差しも強い環境だと、表面から蒸発しちゃうのを防いでるのか」
「そうです。だから、砂漠の薬草は中に水分が大量に溜まっていることがあってぬるぬるしているんですよね」
ぬるぬるにも理由があったのか。
「すぐに育つのか?」
「結構水さえしっかり与えていれば、ちゃんと育ちますよ。表面が枯れたように見えても新芽が出てくることもありますし」
奥の部屋まで行き、棚にあった種の箱から、砂漠の植物をいくつかピックアップしてもらった。
「食べられる方がいいんですよね?」
「そう。あんまり植物を育ててこなかった人たちが育てるってことを考えてやってくれ」
「わかりました。水はクリフガルーダから引っ張ってくるんですか?」
「え? そんなことできるのかな?」
クリフガルーダの崖を思い出すと、崖から流れ出た水は滝になるが、ほとんど下まで落ちることなく強風で吹き飛ばされていた。
「そっちからやります? 崖に被覆植物を這わせて水を下まで運ぶ方が先ですかね?」
「そうだな」
「あの崖は空を飛んでる魔物も多いですよね?」
「強くはないはずだけど、実がなる植物だと食べられちゃうかもな」
「じゃ、こっちかな」
ジェニファーが選んでくれた。かなり実験を繰り返して作っていたらしい。
そう言えば、植物園のダンジョンにはもう一人いるよな。
「そういや、リパは何してるんだ?」
「キノコを育ててますよ。今、いるんじゃないかな。西側の部屋にいますから、マスクだけして会いに行ってあげてください。その間に用意しておきますから」
一度ホールに行き、西側の通路へ向かった。明かりが灯っている部屋は一つしかないのでわかりやすい。
マスクをしてドアを開けると、湿気の臭いで鼻がツンとした。
「よう。おつかれ」
「おつかれっす」
リパはフォレストラットでキノコの効果を確かめていた。部屋には原木がいくつもあり、キノコが生えていた。正直、この部屋にあるキノコが食べられるなら冬は乗り越えられそうだ。
「あ、そこにある手袋とエプロンしてください。マキョーさんなら、大丈夫だとは思いますが、麻痺系の毒キノコが多いんで」
「お、了解」
壁に肘まである手袋がかかっていた。ヤシか何かの樹脂でコーティングされていて、中に水が入らないようになっている。
エプロンは革製だが、使い込んでいるのか表面がテカテカだ。毒を洗うのにちょうどいいのだろう。いつの間にこんな道具まで開発していたんだ。
「すごい量だな」
「魔境の空気が一気に育ててくれるので、成長が早いんですよ。部屋の隅にある赤いキノコは、エルフの亡命者たちが持ち込んだ毒キノコです。毒性を上げたら、魔物にもかなり効いてます」
エルフたちはついこの前来たばかりだというのに古参はとっくに実験しているのか。フォレストラットはまともに歩けず倒れて笑っている。笑気系の毒なのか。
他にも、食べたらめちゃくちゃ美味いのに全身が痺れるキノコや、触れると痒さが止まらなくなるキノコなどを育てているらしい。目的はわからないが、魔物で効果を試したいらしい。
「砂漠にはキノコって生えないよな?」
「それが生えるらしいんですよ。発見してないだけで記録としては残っているんです。かなり栄養が豊富みたいなので、食べてみたいんですけどね。魔族の亡命者たちは砂漠に住むんですか?」
「そう。今、ヘリーが船に魔法陣を描いてて運ぶところ。手伝うか?」
「行きますよ。乾燥しても生えてくるのか試していいですかね」
原木を抱えていた。断る理由もない。
「もちろん、いいぞ」
ジェニファーから種の袋を受け取り、リパと一緒に説明を受けてから東海岸へ向かう。
南部ならいつでも被覆植物を植えられるので、崖の滝の側に植えて欲しいとのことだった。激臭のする自分のダンジョンを革の鎧に収めて、走り始めた。
「なんか狩っていきますか?」
「いや、いいだろう。ほら、チェルが教えてるから」
遠くでチェルが、魔族に魔境の狩り方を教えてる。
「じゃあ、本当に船を運ぶだけですかね?」
「だろうな」
東海岸の砂浜では、すでに船が浮いていた。
「すまん、マキョー。水をのせるの忘れていた」
倉庫の入り口に水が入った樽がいくつも置かれている。先に船を浮かばせてしまったのか。食糧は調達するにしても、水は持って行った方がいい。
「ああ、いいよ。運んどく」
リパに甲板で受け取ってもらい、俺が下から樽を投げた。いい筋トレになりそうだったので、なるべく魔力は使わなかった。
「腕力の化け物なのか、体力の化け物なのか……」
見ていた魔族の年寄りがつぶやいていた。早々にチェルの訓練からは脱落したらしい。
「両方だよ。人の国じゃ、静かに暮らした方がいい」
ラミアが忠告していたが、赤髪の年寄りは試しに樽を持とうとしていた。
「昔はもう少し重い荷物も持てていたはずなのだがな……。狩りも荷運びもダメとなると……」
現実を受け止めきれないのかもしれない。
「どんな魔法を使うんです?」
年寄りに聞いてみた。魔族なら得意な魔法がひとつはあるはずだ。
「重さを伝える魔法だ。カジュウ一族と聞いたことはないか? 以前、数人来たことがあるはずだが」
「来ましたね。建築関連を教えてもらおうという時に」
「我々は、その分家でね。相手の重心をずらしたり、自分の重さを伝える武術に長けているんだ。だから近衛兵まで上り詰めたんだが……、あくまでもそれはメイジュ王国のなかだけのようだ。魔境は鹿でも重量がメイジュの倍近くあるから、自分の体重を倍にしても伝わらない」
自重をのせた打撃でも、ジビエディアの毛皮に跳ね返されてしまうのか。
「おお、悪いネ。待たせたか?」
枯れ葉のクズをローブにつけたチェルたちが森の中から出てきた。
「もう、運んでいいヨ。自分たちで行かせるから」
「大丈夫か?」
「うん。大丈夫にしないと、春になったらヤバいからネ」
「冬とそれほど違うんですか?」
セキトという赤髪の魔族が聞いてきた。
「四季で違うけど、冬が一番静かなんじゃないかな。ね?」
ラミアに振ると、「一番、楽」と頷いていた。
「よし、じゃあ、運ぶか。カヒマンも手伝うか?」
「うん、行く」
結局、男たちで運ぶことにした。
帆を張り、ゆっくり風魔法を放ちながら進む。空を飛ぶ魔物が襲ってきても、リパとカヒマンが対応してくれるので、俺は何もしなくていい。船底に水がたっぷり入った樽があるので、安定もしている。
冬晴れのなか、空飛ぶ船で移動していると、なんだか気持ちがいい。
「こんな仕事もあるんだな」
「魔境でも飛行船に乗れるとは思わなかったです」
リパは飛行船の清掃をしていたのを思い出しているようだ。