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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~

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【籠り生活19日目】


 東海岸の倉庫で起きると、自分が一瞬今どこにいるのかわからなかった。


 隣で寝ているのが、ダンジョンの民のラミアで、寒いからか俺の身体に下半身を巻きつけてくる。蛇の尻尾は寒いのだろう。擦って温めてると、寝ぼけながらあっさり放してくれる。


 外に出ると冬の潮風が吹いていて、すごい寒かった。

 魔物も寝ていて、反応が鈍い。砂浜で砂岩に擬態しているカニを獲り、朝飯のカニ汁を作った。魔境に来た頃は、東海岸で塩を作っていたこと思い出す。


 大きなトドの魔物が襲ってきたので、きれいに解体して串焼きにしておく。


「マキョーが料理しているのか?」

 シルビアがハーブを大量に背負って森から出てきた。

「カタンがまだいなかった時は、それぞれ作っていただろ?」


 ブハッ!


 海面に水しぶきが上がり、カヒマンが海から上がってきた。腰に樽のようなエビをぶら下げている。沈没船の探索をしていたら、海に潜れるようになったのか。


「カヒマン、寒くないのか?」

「魔力で温めてる。マキョーさん、それカニ汁?」

「そうだ。エビも入れる?」

「いや、シルビアが採ってきたハーブと一緒に焼こう」

「お、お茶の分も残しておいて」

 シルビアのハーブは、寒さに弱いダンジョンの民のためだったらしい。


 俺たちは浜辺で、ぼーっと朝飯を食べながら、沖合の移民船を眺めていた。

 チェルが昨夜から交渉中で、かなり長引いている。船の周りにはチェルの魔法が打ちあがっていて、海から魔物が襲撃する度に撃退していた。


「あれって自動?」

 カヒマンが聞いてきた。


「魔力で魔物を感知してるんじゃないか?」

「血の臭いに釣られて、海鳥の魔物が騒いでるよ」

 浜の岩場では海鳥の魔物がずらりと並び、声を上げている。


「魔法が怖くて近づけないのか?」

 シルビアが海鳥の群れを見た。くちばしからギザギザとした歯が見えていて、群れならサメの魔物でも狩れそうだが、相手を威嚇するような鳴き声には聞こえない。


「たぶん、危険を知らせる声だよ」

「よく見てみろ。船の周りに薄い魔力の膜が張ってる。たぶん、精神魔法か何か使ってるんだ」

「ま、まったくチェルはいったいいくつ魔法を使ってるんだ?」


 大量に魔法を展開しながら、船の中で交渉しているのか。よくそんなに気が回るものだ。


「そろそろ休ませてやった方がいいんじゃないか」

「そうだよな。飯、ダンジョンの民にも分けておいてくれ」

「わかった」


 カヒマンに朝飯を頼み、俺は海面を歩き出した。波があるからバランスが取れないが、体幹を鍛えるにはちょうどいい。


 海中から魔物が近づいてくるが、魔力で海流を巻き上げてやるとぐるぐるとその場で回っていた。

 船の周りにはやっぱり幻惑魔法の一種がかかっていて、近づくとちょっとゾクッと背筋が固まるような感覚があった。

 わかっていれば解けるが、わからずに触れれば、なにか危険なものがいると思う。


「おーい、チェル! 大丈夫かぁ?」

 

 海面から呼んでみると、チェルが甲板まで出てきた。

 目の下にクマを作り、心底精神的に疲れてしまっている。それでも手を上げて「やあ」と言っていた。


「あの……マキョー、悪いんだけど、この船を浜に連れて行ってくれる?」

「お安い御用だ」


 船の錨を引っ張った。船が動いても、チェルは甲板の柵に頬杖をついて、遠く魔境を眺めるだけ。船員たちが動く様子はない。


「船員たちは何をしてるんだ?」

「伸びてるよ。クーデターを起こしかねないから、追放されてきた一族でね。元は近衛兵だったのに今の魔王が気に入らないらしくて傭兵になったんだけど居場所がもうないらしい」

「面倒だな」

「そう。近衛兵だったプライドを捨てきれないから、ものすごく面倒だ。その上、縄張り意識や仲間意識が強いから、全員眠らせてから、一人ずつ話を聞いていたんだ」

 仲間に流されて、魔境に来たくない者もいるのか。


「おつかれさん」

「うん、疲れたね。選別は済んでるから、交易船が付いたら乗せて行ってあげて」

 訛りもなく、本当に疲れた表情をしている。


 ザスッ!


 船を砂浜まで運んだ。


「ああ、カヒマン。この船、砂漠の駅に使っていいよ」

「え?」

「その代わり中の人を運ぶの手伝って。あ、悪いね。シルビアも」


 シルビアはさっそく船の中に入って船員たちを運んでいる。とりあえず浜に並べて寝かせておけばいいのかな。

 船を砂浜まで上げたので、ダンジョンの民も起き出していた。


 総勢30人の魔族が浜辺で寝ている。全員、赤髪で前に来たセキトという青年もいた。


「年寄りは帰してあげてくれ。魔境の速度についていけない」

「そうなのか」

「うん。魔力がこの先、上がることはない。経験知が多すぎて、新しい知識や魔法を覚えるつもりがないんだ。このまま逃げ切れると思ってる。魔境で、一番やってはいけないことは試さないことだろ?」

「でも、わざわざ魔境まで渡ってくるなんて、自分の人生を試しているんじゃないのか」

「いや、私に寄生しようとしてるだけ。武具の整備をするだけなら、少しは手伝えるけど、魔境で生き残れはしない」

「だったら、交易村に回すか? どっちにしろ魔族の国に帰っても捕まるだけなんじゃないの?」

「そうだけど……。魔族は敵だろう?」

 エスティニア王国では魔族は敵ということになっている。


「ん~、だったら訓練施設の隊長なら上手く使ってくれるかもな。チェルとも顔見知りだ。それほど魔族に忌避感はないと思う」

「頼んでみてくれるならありがたいよ」

「年寄り以外は魔境でもやっていけるのか?」

「いや……ああ……」


 言葉に詰まっている。


「すぐに適応しろとは言わないけど、どうなんだ?」

「国境警備をやりたいらしいんだけど、実力はないんだヨー。どーしヨー!」

「目標があるならいいんじゃないか」

「でも、海の警備なんて無理だ。自分たちを沈めてしまうからネ」

 赤髪の一族は、魔力で重さを扱うんだったかな。

「じゃ、南部の砂漠か北部の山脈だな」

「エルフとはすぐに争うから無理だヨ」

「だったら、砂漠かぁ」

「船ごと持って行く?」

 カヒマンがアイディアを出した。船を砂漠に運ぶならわざわざ家を建てる必要もない。建物として各種魔法陣で補強して、砂漠に住んでもらえばいい。


「ジェニファーに砂漠に強い植物を貰ってくるか」

「いいのカ?」

「いいんじゃないか」

 魔族がいようがいまいが気象の研究と考古学の研究をしないといけない。

「あとは本人たちに決めてもらおう。無理強いはしたくない」


 チェルは寝ている魔族たちの前で腕を振った。魔法で眠らせていたのだろう。すぐに魔族の一族が起き上がった。


「選択肢は2つだ。このまま帰るか残るか。残るなら、仕事をしてもらう。いいか?」

 

 チェルが選択肢を与えていた。帰らないなら、こちらの言うことは聞いてもらうということだろう。

 赤髪の一族は皆、チェルの話を聞いて頷いていた。


「じゃあ、年寄りは別だ。どちらにしろ魔境では生きていけない」

 そう言うと、年寄りたちの顔が真っ青になった。すぐに殺されると思ったのか。


「別の仕事をやってもらうだけです。たぶん武具の手入れとかだと思います」

「心得た」


 髭面の爺さんは大きく頷いている。


「じゃ、仕事の交渉をしてくるから、待っててくれ」


 俺は西へと飛んだ。

 特に急ぐ必要もないが、わざと遅らせることもないので風魔法で空に道を作って一気に魔境を飛び越える。


 訓練施設まではそれほどかからなかった。地上を走っていたら、訓練施設まで夕方になっていたと考えると、長距離を移動するときはやはり空だ。


 訓練施設の闘技場では相変わらず魔物と兵士たちが戦っている。今日はフィンリルと呼ばれる狼の魔物との個人戦を順番にやっているようだ。兵士たちはいとも簡単に吹っ飛ばされている。


 しばらく観客席で座って待っていた。


 不意にフィンリルがこちらに気づいて、唸り声をあげた。


「マキョーくん!?」

 隊長にもバレてしまったので、闘技場まで下りてフィンリルの顎を撫でた。涎を垂らしながら喜んでいる。


「最近は、小麦は足りているかい?」

「魔族の国からも調達しているので、十分すぎる程足りています」

「そうか……」

「隊長に折り入って頼みがあるんですけど、いいですか?」

「ああ、構わないよ。よーし、休憩して続けてくれぇ!」


 隊長は、フィンリルを魔物使いに任せて、闘技場の観客席に座った。


「どんな頼みだ? こちらで叶えられることならいいのだけれど」

 隊長は、魔境にいろいろと借りがあると思っているらしい。


「魔族の国から、クーデターの疑いをかけられて魔境に逃亡してきた一族がいるんです。その年寄り衆はおそらく魔境で引き取るのは難しく……」

「訓練施設で預かってくれ、と?」

 隊長は話が早い。

「まぁ、そうです」

「魔境で生活できない理由は?」

「魔境にいる魔族が言うには、適応できないのだとか。魔境で成長するには経験してきた知識を捨てないと難しいんですけど、年寄りになるとその環境に適応しにくくなっていると説明されました」

「なるほど」

「だから、武具の手入れでもいいので、訓練施設で預かってもらえないかということです」

「わかった。それは受け入れられるが、おそらくその年寄り連中はプライドが高いんじゃないか?」

「そうです。一族揃ってプライドは高いようで、かつては近衛兵の一族だったらしいんです」

「そうか。だったら、武具の手入れじゃないほうがいい。それからたぶん、その言い方だと反発されるだろう」


 隊長の話は尤もだ。


「いや、私も王家の遠い親戚だから、端くれとして騎士たちの扱いに関してはそれなりにできると思う。それから、こんな辺境の訓練施設に来る奴らは、こだわりが強いから自分の武具には触らせない者の方が多い」

「そうなんですか! いや、そうか。訓練兵たちは個性強いですもんね」

「その個性を伸ばしてもらっているよ。まさか、あのひねくれ者たちが自分たちから『街道の雪かきをしてきます』なんて言うと思わなかったよ」


 現在、訓練兵たちは交易村の姐さんたちと一緒に街道の清掃に向かっている。


「魔境にいると曲者でも変わっていくのだろうが、なかなか自分を曲げられない者たちもいる。年寄りなら特に変えられない。自分も王都でよく見てきた。ただ、年寄りの知識というのもバカにできないものでね。戦術に関して、もしくは近衛兵であれば、拠点防衛の仕方なんかはかなり豊富な知識があるんじゃないか」

「確かに……。ただ、それを自分たちが学べるかというと……」


 正直、俺も古株たちも拠点を守る意識は薄い。むしろいつでも壊せるので、どうやって復活するかを考えてしまう。


「軍隊同士だと特に停戦まで持って行かないといけないから、それほど被害も出せないんだ。つまり部隊の被害を最小限に抑えながら、相手を殺さずに抑えるということだ。これは軍しか学べない。彼らは反乱軍かい?」

「いえ、今は傭兵だそうです」

「そうか。だったら、戦術教官の傭兵としてこちらで雇うよ」

「いいですか?」

「ああ、それなら構わない」


 教官への道筋まで立ててもらった。きっと隊長も王都で苦労したのだろう。


「一応、相手は魔族ですよ」

「魔境の開発に魔族が絡んでいることは周知の事実だ。何を今さら」

「ありがとうございます。食糧とか物資は大丈夫ですか?」

「問題ない。北方が届いていない分、こちらに多く来ているんだ。各地に魔境の燃料も届けられているから、敵と思っているものはごく少数さ」

「では、よろしくお願いいたします」

「いや、こちらこそ」


 ふわりと飛んで、再び魔境の東海岸へ向かった。

 戻ってみると、赤髪の一族はダンジョンの民と一緒に、カヒマンの演習を受けていた。年寄りたちも加わっているが、目に見えて疲れていた。


「年寄りの仕事とってきたぞ。訓練施設で戦術教官として雇ってくれるそうだ」

「そうか! ありがとう」

「感謝は隊長に伝えてくれ。王都で随分、揉まれたらしい」

「本当に助かるなぁ。よし、皆移動するよ!」


 メイジュ王国からの亡命者受け入れが始まった。


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