【籠り生活18日目】
朝、顔を洗いに沼に行ったら、水面からちょうど樹上の高さくらいの位置に岩が浮いていた。ヘリーが空島の実験をしているらしい。
霧が立ち込めてきて、岩が徐々に空に向かって上昇していく。
「マキョー! 助けてくれ!」
岩の上にいるヘリーが手を振った。
タッ!
岸から跳んで、岩に着地。岩には魔力が充填しすぎていたようだ。
岩から魔力を弾き飛ばして、沼に落とした。
「ああっ! せっかく彫ったのに」
「大丈夫だ。水の浮力を使えば……」
岩を、水面から腰の高さくらいでふわりと浮かせた。
「ほらな」
「マキョーじゃないんだから、そう簡単にできないよ」
「浮力と重力の調節だ。難しいよな」
まだ、沈没船を引き上げるのは先になりそうだ。
「どうすればいいかな……」
ハーピーたちが飛んできて、岩と一緒にヘリーを掴んで岸に下ろしていた。
「このように私には才能というものが備わっていない。皆、私の失敗から学ぶように」
ハーピーたちはヘリーの教え子のようになっていた。
「それを言うなら、俺にも才能はないよ。ただ量をこなすんだ。何度も何度も、実験を繰り返すしかない。幸い、魔境は何度でも失敗できる場所だから、怖がらずにやってみることだ」
それだけ言って、ホームへと戻る。
朝飯を作ってくれたカタンはすでにエルフの亡命者たちと採取へと出かけていた。冬は草木が少ないと言っても、魔境には乾燥して弾ける木の実やまだまだ動いている草もあるし、植物園のダンジョンもある。
根菜マンドラゴラの芋煮が作り置きされていたので、食べた。冷めても美味い。
東海岸の沈没船のサルベージはまだかかりそうだ。ただ、砂漠の拠点は早めに作っておきたい。クリフガルーダとの交易を進めて、「大穴」に巨大魔獣を輸送しないといけないからだ。
ダンジョンの民を引き連れて、砂漠の開発をしようか考えていたら、訓練兵たちがやってきた。
「おはよう。どうかした? 芋煮、食う?」
「おはようございます。食事は大丈夫です。それより、あのぅ……」
言いにくいことでもあるのか。
「寒波が東に移動してきているらしくて……」
「追加で燃料を送るかい?」
「はい。王都だけじゃなくて北部のホワイトオックスや山岳地帯なんかも大雪で街道は通行止めになったりしていると報告が来ました」
「そもそも薪や魔石を送れないのか……」
ちょうど魔石鉱山から、チェルとシルビアが戻ってきた。
「なに? どうかしたカ?」
「街道が大雪で封鎖されているんだってさ」
「ドラゴン出そうカ。火炎ブレスで溶かせるけど」
「いや、溶けた水で道が凍っちゃうだろ。結局、馬車が通れないとどうにもならないんじゃないか」
「一応、冒険者の魔物使いたちや魔法使いが協力はしているはずですが……」
魔境の魔物だけが炎を吐けるだけじゃないし、魔法使いも火の玉くらいは出せるだろう。それでも、街道が封鎖してしまうくらいだから、今年の寒波はそれだけ厳しいということだ。
「マ、マキョーならどうする?」
「魔力のキューブで雪を退かす」
「それが出来ればいいんだけど……。雪を集めて固めることができればネ」
「そう言えば、できる人たち居るわ」
「え? 誰です?」
「いや、ちょっと待って。できるのかな? 聞いてくるよ」
「あ、自分たちも行きます!」
俺はチェルとシルビアに燃料を用意しておくように言って、訓練兵たちと一緒に交易村へ走った。
森には道もできているし、訓練兵たちも格段に走るスピードは早くなっているものの、まだ魔力操作がうまくいかないのかすぐに疲労で止まってしまう。
「まぁ、ゆっくり来るといい。交易村で待ってるよ」
訓練施設を通り過ぎて、交易村へ走った。街道には薄っすら雪が積もっているが、走れないほどではない。
ズルッ!
でも、坂道はやっぱり滑る。
転びながらも前転して飛び上がり、一気に進んだ。
泥だらけになるが、転んでもなにごともなく進んでしまう。痛みもそれほど感じない。
擦り傷程度なら走りながら回復魔法で再生できる。
ハーピーたちには思い切りやってみろと言ったが、回復薬の作り方や自分のコンディションの確認をアドバイスしておくべきだったか。
交易村の入り口には、魔除けのまじないなのかヒイラギなど棘のある植物が飾られていた。
「あら、タローちゃん。どうしたの、そんな泥だらけで」
村は雪かきが必要ないくらい熱気があった。
冒険者たちが魔境の魔石や毛皮を求めてやってきているらしい。姐さんたちは煮物やパイを焼いている。
「ちょっと雪で転んで。それより、魔力の操作ってどれくらいできるようになりました?」
「なに? 揉みたくなったの?」
「そうじゃなくて、街道がストップしているみたいでどうにか応援に行けないかと思って」
「他のところはそんなに降ってるの」
「だから毛皮とか買いに来てるのか」
「え? タロちゃん、どうしたの?」
「雪で街道が止まってるんだって」
泥だらけの俺を見て、どんどん元娼婦の姐さんたちが集まってきた。心配してくれているらしいが傷はない。
「雪で止まってるのは山間部とかでしょ?」
「北部も寒波に見舞われてるらしいんです」
「そう言えば、サーシャがそんなことを言っていたな」
サーシャとは交易村の秩序を守る兵士長だ。
「皆さん、球体を大きくしたり小さくしたりは出来るようになりました?」
「出来るけど、乳輪とか難しいのよ!」
「乳輪まで求めてないです」
「でも、魔物とかはまだ倒せないわ。突進してきたのを防げはするんだけどね」
「雪をギュッと圧縮して雪かきできないかと思って……」
「ああ、それくらいならできるんじゃない? 要は街道の雪かきに協力すればいいんでしょ?」
「そうです。皆さんでやれば、すぐに終わるんじゃないかと思って」
「すぐ終わるけど、移動もしないといけないし……。面倒なのよ」
「そうそう。元娼婦っていうだけで、役所はいい顔しないしね」
「じゃあ、冒険者登録して、魔石の輸送についていけばいいんじゃないですか?」
「え~……。できそうなこと言わないでくれる?」
「こっちは煮物食べて、パイ食べていい暮らししてるんだからさ」
「結構、楽しいのよ。領主の友達ってことで、皆偉そうにしてこないしさ」
「魔法使えるようになったって言ったら一目置かれるしね」
確かに、散々田舎で働いてきた人たちだ。楽しんでもいいだろう。
「まぁ、それならいいか。でも、村に溜め込めるだけ溜め込んで、魔境に回してないってことないですよね?」
「え? なにが?」
「なんのこと?」
どうも煮物もパイもいい食材を使っているような気がする。木材だって、見たことないくらい立派なのが倉庫に置かれていた。
「ここは魔境の交易村ですからね?」
「わかってるわよ!」
「最近、皆でお風呂に入ったのはいつですか?」
魔境に来る前は、よく公衆浴場に行っていた。
「交易村にはお風呂がないからね」
「近くの泉に行ったのは?」
「今は冬よ。凍えちゃうわ」
「皆、お互いの身体は確認してないんですね?」
「そうね」
一斉にお腹を凹ましていた。
「自分でお腹の肉をつまんで、ちょっとヤバいかもなと思う人だけでいいんで街道の雪かき手伝ってください」
「そんなのズルいじゃないか!」
「聞いてないよ!」
「領主に訴えてやる!」
「領主は俺です!」
「横暴だ!」
「違います。ヤバいと思ってなければいいわけです」
「ち、ちくしょー!」
「私はヤバくないわよね?」
「お前が一番ヤバいよ!」
「ふざけんな、糞デブ!」
「なにおう! 自分たちこそ、食って寝ていいと思ってるの!?」
「私は、ちゃんと小屋の建設をやっているもの!」
「仕事量に比べて食べる量が多すぎるんだよ!」
「まぁまぁ、喧嘩は止して。俺も最近気が付いたんですけど、魔法ばっかり使っていて、筋肉量が減ってたんです。そういうのは他人から言われないと気づかないんで、気づいたときに適切な自分の身体に取り戻すのが大事です」
「つまり、もうエロくなくなっちゃったってこと?」
「あんた、自分の身体を見てみな。前はあんなにくびれてたのに今は樽みたいになってるよ」
「あんたはドレスに謝った方がいいよ。ムチムチ言ってるよ」
「ということで籠り生活もいいんですけど、時々体を動かさないと健康を害するので……。ちょうどやってきた」
魔境の訓練兵たちがゼイゼイと荒い息をしながら走ってきた。
「魔境で訓練してきた兵士たちだから、魔物の相手は彼らに頼んで、姐さんたちは街道の雪かきをしてくれませんか」
「報酬は納税するの?」
「いや、自分たちで好きなもの買ってきてください」
「タローちゃんは行かないの?」
「あんた、わかってないね。私たちの評判を上げるために地方巡業をくれてるんじゃない。そうでしょ?」
「まぁ、そうです」
都合よく解釈してくれた。
「じゃあ、この姐さんたちを雪かきに連れていってくれ。魔力操作は結構できるはずだから」
「ちょっと待っててね。準備してくっから」
訓練兵たちは「わかりました」と酸欠になりながら答えていた。
姐さんたちを訓練兵に任せて、魔境に戻る。雪道は面倒なので空を飛んでしまった。
冬の風は冷たいのに、気持ちよくもある。風に乗っていけば、それほど時間はかからず魔境に辿り着いてしまった。途中、訓練施設では大きなワイルドベアを相手に闘技場で訓練を行っていた。
寒波が来ても動いているところは暑いのか。
「街道の雪かきは訓練兵と交易村の姐さんたちに任せてきた。魔石が足りなそうだったら、補充しに行こう」
「わかった」
「在庫は、5年は消費できないくらいあるからネ」
遅めの朝飯を食べていたら、リパから連絡があった。
『メイジュ王国から魔族の移民の方が来ています』
「勝手に来たのか。知らんけど……」
チェルは音光機を確認して頭を抱えていた。
一応、東海岸に行ってみると、移民は沖合で停泊中とのこと。チェルが交渉しに行った。




