【籠り生活17日目】
テーブルの上に松ぼっくりが置かれている。まだ弾けていない魔境産のものだ。
「これが俺の武器か?」
「そうだ。魔力を抜いてある。マキョーが魔力を込めて、ぶん投げれば、当たった場所で弾ける」
シルビアは腕を組んで、話し始めた。
朝っぱらに、沼で顔を洗っていたら、羽交い絞めにされて、畔にある冒険者ギルドに連れてこられたのだ。
「私は随分前から、マキョーの武器について考え続けてきたんだけど、どれも使いにくかったみたいだな」
手甲を作ってもらったが、正直あまり使う機会がない。
「まぁ、うん」
「そこで、戦いの補助となるような道具を考えていたんだ」
シルビアは閃光虫や奇声を上げる乾燥マンドラゴラなどをテーブルに並べる。
「この松ぼっくりはそのうちの一つと考えてもらっていい」
「わかった。ありがとう」
それだけの用だったのか。
「補助武器とは別に、訓練兵たちに杖を作ることになった。魔物を麻痺させたり眠らせたりするものだ。よく使っていただろう?」
「チェルが、使っていたな」
「私だけじゃないだロ」
チェルがやってきて、木製の黒い杖をテーブルに置いた。腰の高さくらいある普通の杖だが、先に魔石が嵌っているわけではなく、握りやすそうな魔物の骨がついている。
「訓練兵の杖を作りながら、マキョー用にも新しい杖は作れないかと思って作ったのがこれだ。ヘイズタートルの骨にキングアナコンダの革とトレントの樹皮を巻いている。魔力の伝導性を考えて、魔力が骨に集中するように作った」
「つまりどういうこと?」
「圧縮した魔法を放てるってことだヨ」
魔力の絶縁体であるキングアナコンダの革を使って、魔力を圧縮できるらしい。そんなこと本当に出来るのか。
「実験は?」
「今からだ」
つまり俺が実験をやるのか。
外に出て、適当な魔物を探したが、冬眠している魔物が多くて凶暴な魔物は見つけられない。
「海まで出るカ?」
「よし、走るぞ。筋肉落ちちゃうからな」
見知った森は走りやすく、東海岸までそれほど時間はかからなかった。冬の風は乾燥していて、汗が一瞬で乾いてしまう。
寝起きのダンジョンの民が俺たちに気づいて、挨拶してきた。
「おはよう」
「何をしてるんですか?」
「シルビアが武器を作ったって言うから、実験だ。危ないから、ちょっと離れて見てな。食べたい魚はいるかい?」
「いやぁ、まだ海獣の干し肉が残っているから大丈夫ですよ」
「そうか。じゃあ、小魚でも獲るか」
「あ、でも、今日はメイジュの交易船が来るからサメでも獲っておいてください」
「了解」
ハーピーが仲間がいる倉庫の方へ飛んでいった。
クリフガルーダから来たハーピーもダンジョンの民として順応しているようだ。
浜には潮風が吹いていた。
チェルとシルビアは遠くを見ながら、サメの影を探している。
「おびき寄せればいいんじゃないか?」
「どうやって?」
俺は浜に落ちている流木を拾って、魔力を込めた。魔力によって、プスプスと煙が立ち上る。
焦げ付いた流木の中に十分、魔力が入っていることを確認して海へと放り投げた。魔物であれば、飛びつくだろう。
波に浮かぶ流木を目印に、俺は杖を構える。右手で骨に魔力を込めて、左手で方向を合わせる。
寄せては返す波の音を聞きながら、じっと揺れ続ける流木を見つめる。
高波が流木を一瞬、海の中に沈める。浮き上がる流木と共に大きな魚影が見えた。
チュイン。
杖から、熱線が放たれる。
熱線はサメの鼻を突き抜けて、目の後ろから飛び出していった。
「これは、危険な武器だな」
杖は傷一つない。
チェルが飛んで行って、サメの死体を担いで戻ってきた。大きさは、大人3人分ほど。交易船が襲われたらと考えると、結構ヤバかったかもしれない。
「見て。これ」
親指ほどの穴がサメの頭を貫いている。
「い、いやぁ、距離も結構あったはずだが、よく当てられたな」
シルビアが杖を見ながら、どこかヒビが入っていないか確認していた。
「左手の調節が重要なんだ。腕を膝で固定して指先で合わせるだけでいい」
「なるほど。一発しか撃ってないのによくわかるな」
「なによりヤバいのは、魔力が少なくていいから連射できるって点だ」
「連射できるのか?」
「たぶん、できる。ゴーレムとかガーディアンスパイダーの熱線を連射できると思ったらどうだ?」
「かなりマズいな。しかも遠距離だろ」
「マキョーが使える対巨大魔獣用の武器と思って作ったんだけど、やり過ぎたカ?」
「うん、やり過ぎだろうな。空島が出来たとして、どこの国にも行けるようになったら、町を壊さずに町人全員を撃ち殺せるようになるってわけだろう? 使用者の倫理観を試されてるような気がするよ」
「そうか。魔境を守るための武器と思っていたけど、もちろん攻撃する方にも使えるんだよな」
シルビアは頷いていたけど、チェルは「そりゃそうだロ」とわかって作っていたらしい。
「武器とはそもそもそう言うものだヨ。これで、少しは魔境にいた天才魔道具師に近づけたかな?」
「パークか……」
100年前にいたP・Jのうちの一人だ。今でもP・Jの手帳はホームの俺の部屋にある。
ただ、俺たちはP・Jたちよりもすでに多くの冒険をしているはずだ。砂漠の軍基地を見つけ、ダンジョンの民たちと交流し、不死者の町を復興させている。
なのに魔道具の武器や防具は天才・パークが作ったものより劣る気がする。チェルはずっと気にしていたのか。
「威力だけを追い求めた先に、100年前の天才が立ちはだかるのか。魔境の魔道具屋はどう思ってるんだろうな」
「ヘリーは……」
音光機で聞いてみた。
『その時代の人間が使いやすい道具が最高だ。現代に必要ないものは作らなくてもいいんじゃないか』
ヘリーの返信は的を射ていた。
「現実的だなぁ」
「マキョーが使える長距離武器があってもいいと思ったんだけどネ」
別に評価していないわけじゃないけど、チェルは肩を落としていた。
「でも、これ使える場面もあると思う。単純な威力だけじゃなくて……」
「例えば?」
どういう場面で使えるか考えていたら、ちょうどよくヘリーから連絡が入った。
『一応、報告しておくけど、地底湖の大蛇が地上に出てきている。ワイバーンを狙っているみたいだから、こちらに被害はない』
先ほどの返信のついでに報告してきた。
「ということは地下が、がら空きだな……。ちょうどいい。試してみよう」
サメをダンジョンの民に渡して燻製にしてもらい、俺たちはホームに戻った。
「地底湖に行くんだよな?」
「そう」
俺は倉庫からエメラルド色に光る魔石を持ち出した。
「エメラルドモンキーの魔石を使うのか?」
「そう。効果は混乱だったよな?」
「そうだけど……」
「とりあえず、必要なものは準備しておいてくれ」
二人とも毛皮のコートを着て、寒さ対策をしていた。地底湖は寒い。ハンマーなどの武器を背負い、閃光虫なんかも袋に詰め込んでいた。
「よし。一旦、大蛇のヌシを見てから、地底湖に向かおう」
「走ってカ?」
「少しは鍛えておいた方がいい。春になって泣くことになるぞ」
「泣きゃあしないヨ」
まだチェルは、飛んでいく方が早いと思っているようだ。
「行くぞ」
走り始めれば、身体も温まる。
久しぶりにアイスウィーズルに氷魔法で攻撃されたが、軽く弾き返せた。攻撃の初動も見えていたし、通りすがりに干し肉を口に詰め込んでやった。冬になって餌も見つけにくくなって腹が減ってるのだろう。
途中で、ジビエディアの親子も一緒に付いてきたが、岩石地帯まで辿り着くとどこかへ去っていってしまった。なにかあったことをわかっているらしい。
岩石地帯に入ると、すぐにガーゴイルやワイバーンが空を飛んでいるのが見えた。大蛇のヌシから逃げているのだろう。
空を飛ぶ魔物を辿っていけば、山の崖壁を這い上る大蛇のヌシが見えた。遠くからでも、真っ白い蛇の鱗が見える。寒い地底湖に棲むヌシからすれば、動きやすい季節だ。
ワイバーンの鳴き声を聞きながら、俺たちは古井戸に入った。
中は光るキノコで薄ぼんやりと明るい。
前は、ここを北部の拠点と言っていたこともある。足を折ったり、P・Jのメンバーのポールを呼び起こしたり、思い出のある場所だ。
先に進むと地底湖があり、魔物やヌシが古井戸の方までやってこないように氷の壁を張っていたが、今は壁は完全に崩されて湖も完全に凍っている。
「じゃあ、黒ムカデを見つけたら教えてくれ」
「やっぱり中央と繋がっているのか?」
「繋がっているだろ」
「一応、忠告しておくけど、この先に地下墓所があるからネ」
「ああ、そうだったか」
ゴーストは苦手だが、不死者の町にいた人魂たちのお陰で近づけるようにはなっているはずだ。
「うわっ! 酷いな!」
チェルの声で、地底湖の先にある通路に半透明のエルフたちが彷徨っているのが見えた。今だ昇天できない1000年前のエルフたちか。怖くないと思っていても、足が止まってしまう。背筋もゾクゾクとしてくる。
カシャン!
シルビアが聖水の瓶を投げつけて、幽霊を追い払ってくれた。
「正直、助かるよ」
「弱点がわかっているだけいい」
「幽霊でもいないと手に負えないからナ」
キシャアア!!
通路の先から、奇声が聞こえてきた。
黒ムカデだろう。
俺は杖を構えて、エメラルドモンキーの魔石に魔力を込めた。真っ暗で姿は見えないが、魔力は感じている。
通路の曲がり角に黒ムカデの頭が見えた瞬間、杖から熱線を放つ。
チュイン。
黒ムカデの頭部に穴が開いた。仲間の黒ムカデが一斉に集まって、穴を修復していく。
次の瞬間、混乱した黒ムカデが修復していた仲間を襲い始めた。ちゃんと混乱の効果を頭に叩き込めたようだ。
「やっぱり、ただ威力があるよりも、こっちの方が同士討ちを誘えるんじゃないか?」
「再生能力がある魔物には効果的だな」
「いろいろ魔石を試した方がよさそうだネ」
同士討ちをしている黒ムカデを置いて、俺たちは地下から出た。
遠く崖壁では白い大蛇は、ワイバーンの巣でとぐろを巻いて眠っている。




