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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【籠り生活16日目】


 翌日の朝には、魔石と薪、木炭の輸送が始まっていた。訓練兵たちも演習は一時中断し、王都の危機を救うために働いている。


「それが軍の役割ですからね」


 汗臭い訓練兵たちは爽やかだった。


 俺は朝っぱらから魔石鉱山に来ていた。


「なにしに来た?」

 魔石鉱山のダンジョンマスターは、朝は機嫌が悪そうだ。普段の訛りもない。


「正直どう思ってる?」

「なにが? 結婚でもしたいのか?」

「それじゃなくて魔法の話だ」

「研究すればするほど、知識は広がり可能性も広くなる。私の一生程度では、計り知れない現象が起こり、後世の魔法使いたちはそれを言語化しながら、詠唱や魔力を用いて再現していくのだろう」

「もっと簡単に言ってくれ」

「魔法の研究は底がない沼って感じ」

「わかりやすい」

「こんなことを聞くために来たのか?」

「いや。チェルはダンジョンを魔法の研究のために使っているだろう?」

「実験するにはちょうどいいからね」


 俺もチェルも針葉樹の倒木に座って、魔石鉱山の入り口を眺めている。近くにはドラゴンの巣があり、後で騎竜隊が世話をしに来るという。


「ここにドラゴンの発着場が作られるだろう?」

「うん、騒がしくなるだろうね」

「その横に魔法の学校を建てたい」

「へ……?」

「自由な魔法の中心地をここに作ろう」

「いや、そりゃあ建物だけなら作れるだろうけど、教師だって必要だし、研究者だって……」

「メイジュ王国、エルフの国、クリフガルーダ、もちろんエスティニア王国からも魔法を追求したいと思う学生を募るんだ」

「言うは易しだ」

「言わないと出来ないもんさ。それとも、元魔王候補には魔法学校も作れないか?」

「魔境は分散型にするんじゃないのか?」

「あくまで魔法の中心地だ。チェルにとっての魔境は魔法だけの場所か?」

「じゃあ別の場所にも……」

「ああ、北東は鉄工業を発展させたい。一々砂漠まで運ぶのは面倒だろ。東海岸はそのまま貿易港でいいし、南西の不死者の町は体術と霊媒術の総本山にしたい」

「砂漠は? 南部の砂漠はどうする?」

 昨日からずっと考えていたことだ。


「考古学と気候変動対策研究の中心地にしようと思っている。考古学は軍基地のゴーレムから魔道機械の仕組みやグッセンバッハから歴史を学べるようにしたい。気候的には悪い環境だと思われているけど、今後、寒波みたいな避けられない気候もやってくる。魔境なんか災害だらけなんだからな。どんな悪環境でも育つ果樹や栄養が豊富な植物の栽培の実験にはぴったりだろう?」

 話している途中でチェルがくすくす笑い始めた。


「何かおかしいか?」

「マキョー、自信がないから私にだけ話しているだろう?」

「バレたか」

「理想を語るのはいいと思うし、きっとマキョーなら可能だ」

「そうか!」


 俺は喜んだが、チェルの表情は渋い。


「魔境がどんな領地になったとしても、それは失敗じゃない。すでに人が住めるようになっているんだからな。でも、もし失敗があるとすれば……?」

「獣魔病の差別を広げる、か」

「簡単じゃない。人は見た目で判断するし、移民が全員理解してくれるとは限らないし、獣魔病の人だって、いい奴ばかりとは限らない」

「それでも……! それでも俺は理想を追うんだろうな」

 こんなへっぽこ領主でも譲れないところがあるもんだ。


「建物を建てるよりも、人と人との関係を築くことの方が難しい。それは、どんな領地を治める領主でも悩むことだ」

「そうだな……」

「一端の領主みたいにマキョーも悩み始めたか」


 チェルは俺を見て笑っていた。


「正直、魔物と戦っているより面倒だな」

「だろうね。ただ、元魔王候補として一言言うと、教育や支援は個別の方がいいけど、大枠はおおざっぱな方がうまく回るヨ」

「そういうもんか?」

「今のメイジュ王国は、そこら中に『王の目』と呼ばれる潜入捜査官がいるんだ」

「監視社会ってやつか」

 夢で見たことがある。犯罪を監視することが目的のはずだったのに、政権に反対する者たちまで逮捕される社会があった。


「そうやって権力を集中させると、どんどん民衆の声が届かなくなっていくヨ」

「人権か……」

「主体性や自由意志を持つには、教育がどうしても必要になってくるヨ。魔境は迫害されたり、追放されてきた者たちが多いからネ。人に命令されてきたことしかできないと、魔境じゃ楽しめない」

「その通りだ。それが一番の理想だよ。チェルに相談してよかった。学校を作ってくれ。教育が大事なんだろ?」

「私は魔法の研究しているだけだヨ。学生が来なけりゃ教えることなんてないんだからネ。いや、そもそも学生が来ても、一般的な魔法の概念をぶち壊すところから始めないといけない。まずは、魔境に来た人たちに、マキョーを見せてショックを与えた方が早い」

「そうかなぁ」

「そうだヨ。試しに先日亡命して来たエルフたちと一緒に過ごしてみればいい……」


 魔境の魔法使いに言われたので、早速エルフたちと行動を共にすることにした。領民に従順な領主というのも悪くないだろう。



「はい、ということで皆さん、準備はいいですかぁ? なんでマキョーさんがいるんですかぁ?」


 エルフたちの後ろでこっそり立っていた俺を見て、カタンが聞いてきた。エルフたちは今日も騎竜隊の奥さんたちと一緒に採集に出かけるらしい。


「まぁ、俺のことは気にしないで。皆、冬は植物が少ないというのに熱心だね」

「いや、そんなことはない。冬で寒波も来ているというのに、これほど花が咲いている地域はほかにないんじゃないかな」

 こっそりイムラルダに話したら、魔境は冬でも緑が多いと興奮していた。エルフの国では雪が積もっているし、ほとんど枯れてしまうらしい。


「じゃあ、ワニ園の北側を探しに行きますので、はぐれないようについてきてくださーい。あと、マキョーさんは魔物が出たら追い返してくれよな!」

「そうよな」


 ぞろぞろと森の中に入っていくのを見ながら、俺は周囲に目を向ける。冬眠していない魔物はたくさんいるが、いずれも動きは鈍い。素早く動けている魔物でも、小石をぶつければ方向転換してくれる。

 インプや歯が発達したハクチョウの魔物が飛んでくることがあるが、水球をぶつければ驚いて飛び去っていく。

 

 カタンは、小さな花が咲いている場所で立ち止まった。木々が少なく丸い円形だ。巨大魔獣の足跡だろう。


「よーし! それじゃあ、とりあえず軍手をして、採取していきましょう。毒草もあるから気をつけてね」

 カタンから籠いっぱいにするように言われたエルフや封魔一族の女性たちは、散らばっていった。ワイルドベアが冬眠している区域で、アイスウィーズルなんかもよく見かける。


 ビシャッ!


 早速エルフが、植物に水を吹きかけられて腕を凍らされていた。


「ハッ!」

「大丈夫だよ。ちょっと動かないでね」


 俺は魔力で温めて、すぐに氷を溶かした。


「魔境の植物は攻撃してくるから、よく観察してから手を付けた方がいいよ」

「ありがとうございます」

 エルフたちが、こちらを見て止まっている。


「大したことじゃないから、続けて」


 そう言っている傍から、封魔一族の女性が紫色の花を摘んで酔っぱらったように千鳥足になっている。


「マスクはしておいた方がいいよ。カタン、お茶!」

「はいはい」


 カタンは毒消しのお茶は用意している。当然、アルコールや毒消し薬も準備しているが、そもそも予防として軍手とマスクくらいはしておいてもらわないと困る。

 

 カシャン!


 イムラルダが、花弁で攻撃してくる赤い花に苦戦していた。


「こういうのは、固い干し肉を花弁の中に放り込んで、消化している間に摘み取っちゃうといい」


 やって見せると、「おおっ!」と驚いていた。他にも、魔力を吸収するオレンジの花や魔物の死体に取りついて根から吸収するキノコのような植物など、確かに冬なのに植物の種類は豊富だ。あとで種類を分けて、薬や染料を作るのだという。

 

 グアオウッ!


 覚醒する効果のある実を食べたロッククロコダイルが、眠っていた穴から飛び出してきた。

 カタンがいざという時の杖を構えたが、その前に俺が殴って気絶させた。

 エルフや封魔一族たちは驚いて腰が抜けている人たちもいるが、魔境なのでこれくらいのことは起こると思っていてほしい。


「未開発の土地じゃ、こういうことはある。落ち着いて対処すればいいからね」


 鎮静剤代わりにスイミン花の薬剤を飲ませて、冬眠していた穴に戻しておいた。


 俺とカタンは慣れているので、すぐに籠がいっぱいになったが、訓練生たちはまだまだ時間がかかりそうだ。


「え!? 終わったんですか?」

 イムラルダが汗を拭きながら驚いていた。空気は冷えているのに、皆、汗だくだ。


「慣れると、そんなにかからないのよ」

「そうなんだ……。てっきり自分一人の力ではできないことを教えるための訓練かと思いました」

 教会では、新人僧侶に清掃の仕事を与えて、自分の力の限界を教える訓練があると聞いたことがある。


「魔境でそういう精神的な訓練は、あんまりないよ」

「そうなんですか。でも、たぶんエルフの中には、自分には向いていないと思い始めた者がいると思いますよ」

「どういうこと?」

 まだ、亡命してきて何日も経っていない。向いているかどうかを判断するのは早すぎるんじゃないか。


「魔境にいると、花を摘んでいるはずなのに、自分の中の好奇心とか情熱がはっきりと暴かれていくような気がするんです。自分はただ他人から褒められたいだけなんじゃないか、というか……」


 冬になって魔物の鳴き声もすっかり減った。寒い中、作業をしていると、自分の心の声が大きくなってしまうのだろうか。


「気力が削られる?」

「そんな感じです!」

「カタンはあった?」

「ないわ! 新しい食材があると思ったら楽しくてしょうがなかったし。全身はバキバキに筋肉痛になったけどね」

「やっぱり好きの総量が人それぞれで違うんだと思うんですよ」

 イムラルダはそう言うが、魔境に来ると皆、動けなくなるくらいの筋肉痛は経験する。当たり前だと思っていたけど、冬の寒さは気力を削るのか。ただ、これに関しては持論がある。


「ちょっと皆、作業を止めて聞いてくれ! 休みたかったら休んでいいからね。それからもしかして、自分がやりたかったことはこういうことじゃないんじゃないかとか、それほど植物の研究がしたかったわけじゃないんじゃないかとか、そこまで好きじゃなかったのかもしれないなんて思っているかもしれない……」


 皆、ちゃんと作業を止めて聞いてくれた。


「そう思うんだから、確かに気力が落ちているんだ。でも、たぶん、その気力は体力だ。魔境に来る前に、こんなに動いてなかったんじゃないか? 寒くて辛いとか、汗だくになっているのに成果が上がらないとか思っているかもしれないけど、ただ単純に魔境で生きていく体力になっていないだけかもしれない。新しい環境に身体がついていっていないのさ。だから、まずは動きまくって飯を食べて、たくさん寝てみてくれ。体力が付いてきても興味がなくなっていたら、それはやめた方がいいと思うけど、ここで諦めるにはちょっと早いと思うぞ」


 俺たちのような古参は、皆、魔境に住む理由があった。ほとんど追放されて居場所がないような者たちばかりだった。でも、これからは、どこに住むのか選べる者たちがやってくる。少なくとも、魔境に入れるだけの体力は付けていってもらいたい。


 なんとなくだが、俺が言いたいことは伝わったようだ。

「お茶でも飲んで、干し肉を食べつつ、休憩しながら作業を続けよう」

「お茶、入りましたよー」


 カタンの声が森の谷に木霊する。どこからともなくヘリーとハーピーたちもやってきて、一緒に休んだ。

 お茶うけは、ミツアリの蜜壺に浸したクッキーだった。


「だからカタンは好きさ!」

 

 入れ墨だらけのヘリーが美味しそうに食べているのを見て、皆、クッキーに手が伸びる。寒いはずなのに人が集まれば、そこに暖かい空気が生まれる。


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