【籠り生活15日目】
カリューたちと話し、なんとなく魔境に緩いユグドラシールを復活させればいいと思っていた俺の考えが浅はかだったことがわかった。
かといって全領民を平等にやろうとすると発展もしないし、領主の周りだけ特権階級が生まれてしまうのは前世の記憶の通りだ。
「すべての事業が失敗しないなんてことはないさ」
ヘリーは朝飯の、根菜コロッケを食べながら笑っていた。
「まったくその通り。冒険者として成功できなかったから、今の自分がいるからな」
今日は朝から、定例会議のようなものを開き、古株たちとドワーフ、ダンジョンの所長に来てもらって、昨日知ったユグドラシールの最後について共有しておいた。
「競争もあれば停滞もある。メイジュ王国はその繰り返しだヨ」
「エスティニア王国が石造りの立派な家が多いのはユグドラシールでの失敗の反動か」
シルビアは疲れているのか、空を見上げながらリラックスしていた。
「俺としては今の生活が充実しているし、面白いんですけどね」
リパは現状に満足しているらしい。
「私も、魔境に来てずっと楽しいというか、打たれたりしないから気にせずに採取できるし料理もこんなに試せるから、夜になるとすぐに寝てしまうのよ」
カタンみたいな挑戦する人にとって、今の魔境はいい環境なのだろう。
「ジェニファーは?」
静かに朝飯を食べている魔境の総務に聞いた。
「私はマキョーさんがどうしたいかだと思いますよ。まぁ、ミッドガード跡地とかは『渡り』の魔物が来るから、どうしても自然保護区には指定した方がいいと思いますけどね。個人的には健康でいたい欲が強いので、ちょうどいい感じで便利になればいいなと思ってます」
「そりゃあ、皆、健康がいいヨ。魔境は資源が豊富だから、魔石を売ったり、建材になる植物を育てたり、魔物の肉を加工したりするだけで、財政難になるなんてことはないと思う」
「チェルの意見に同感だ。食糧も小麦粉は大量に倉庫に蓄えられているし、武具の材料も豊富だ。例え、どこかの国と戦争が起こったとしても、資源が枯渇するということはない」
シルビアはあくびをしながら話していた。よほど眠いのだろう。
「でも、充実しすぎて発展もできなくなるとな……」
「大丈夫だ。それはない。先日魔境にやって来たエルフもそうだし、訓練兵たちもそうだけど、何かを習得したいとか、学べるチャンスがあると思ってやってくる者たちにとって魔境はこの上ない環境だ」
ヘリーはそう断言した。
「確かに、自分の興味あることに関して追求できる自由度という面では、素晴らしく高いですね」
サッケツもそう思っているらしい。
「カヒマンは?」
「え~? 俺は……、皆で作っているのが面白い、です。あと、魔境のいろんなところが発展していって、道路で繋がっていけばいいと思ってる」
「分散型か……。それがいいよな。でも……」
「ダンジョン同士の抗争が起きなければいい、ダロ?」
「ああ、懸念はそれなんだよ。歴史は繰り返すというだろう?」
「こ、抗争は起こらないと思うぞ。魔境は災害が多いし、ヌシもいる。全員で対応していたから、死人も出さずにやってこれたんだ」
シルビアが真面目な顔で俺を諭すように言った。
災害は被害だけでなく結束することにも繋がるか。
「確かになぁ。発展させるところは発展させて、残すところは残す。それぞれの地域が発展することによって、魔石鉱山は発展しているのに、砂漠は全く発展していないってことは起こるだろう。これによって分断することってないかな?」
「それはあるだろう。でも、だからこそ環状道路が重要なんじゃないか。交易そのものが技術の交流や情報の伝達になるから。あと、領主のマキョーがどこにでも行けるというのが強い」
「巨大魔獣にも対応して、ヌシも倒せて、それぞれの技術もある程度理解し、誰とでも気兼ねなく話せるというのは領主として異常だ」
ヘリーとシルビアは、貴族の経験があるから羨ましいと言う。ただ、領主としての責任感がないとも言える。
「まぁ、仕方ない。今さら性分は変えられない。面白いものは面白いし、武器開発なんかに協力できないのは、これでも心苦しくは思っているよ。でも自分の領地のイメージは固まってきたな」
俺は、この時から環境特化型の分散型領地を目指すことになる。
問題はどうやって砂漠を活かすのか。
「会議中すみません!」
エルフの番人が森を抜けてホームまでやってきた。
「どうした?」
「これを……」
エルフの番人は魔境の領主宛の手紙を持ってきた。
その場で中を確認すると、「王都が寒波に襲われていて燃料の支援を求めている」とのこと。
「チェル、魔石はあるか?」
「もちろん、ある。まとめておくヨ」
そう言って、チェルが北へ飛んでいった。動き出しは早い。
「薪なら失敗して枯れた木材が大量に余っていますけど、必要ですか?」
植物園のダンジョンから薪も調達できる。
「木炭でいいなら、遺伝子学研究所のダンジョンにも余っていたはずですけど……」
リパが確認を取ってくれるという。
「両方、頼んだ」
「に、西の王都で寒波ということは、エスティニア王国全体に広がるんじゃないか?」
シルビアが予測した。
「各地に貸しを作っておくのはいいな」
ヘリーが悪い顔をしている。儲かるサインだ。
「リパ、ダンジョンの民に炭作りを頼んでおいてくれ」
「了解です」
「サッケツ、作業用のガーディアンスパイダーは使えるか?」
「そこの沼地に待機しています!」
「ジェニファーの薪運びを手伝ってやってくれ」
「わかりました」
「とりあえず、燃料は入口の小川に運んでくれ。俺は隊長に馬車の都合をつけてもらいに行ってくる」
「「了解」」
ヘリーとシルビアに見送られ、俺は森の中を走り抜けた。
昨日は空を飛んで移動したので、今日は地上を走る。冬の間は、筋力の強化が課題だ。負荷と休息をバランスよく取っていく。ミノウ曰く、あまり回復魔法は使わずに自然に食事と睡眠で回復する方がいいらしい。
小川を飛び越えて、さらに森を抜けて訓練施設へ向かう。筋肉に負荷をかけようとし過ぎたからか、ほとんど時間がかからなかった。
「お疲れ様です」
挨拶をすると、一瞬俺が誰だかわからなかったのか、門兵はぽかんとした顔でこちらを見てきた。
「ああ、魔境の領主様ですね。すみません、新人なもので。ご用件は?」
「王都が寒波に襲われているらしくて、薪や木炭を運ぶための馬車を貸していただけないかと思って」
「わかりました。すぐに聞いてきます。どうぞ、寒いので中でお待ちください」
そう言われて初めて、寒さに気が付いた。無意識で身体の周りに魔力を展開させていたようだ。無意識を意識するのは難しい。
訓練施設の入り口横にあるベンチに腰を掛けて待っていると、すぐに隊長がやってきた。
「燃料を運ぶ馬車が必要だって?」
「そうなんです。魔道機械かドラゴンに運ばせてもいいんですけど混乱が広がってしまうんじゃないかと思うんで」
「それはそうだな。でも、それほどうちの施設にも馬車はないんだ。交易村から商会連盟に連絡した方がたくさん用意できると思うよ」
「ああ、そうですよね。すみません、頼ってばかりで」
「いやいや、こちらの方こそ、訓練兵たちが帰ってこないところを見ると、よほど充実した訓練を送れているようで助かっている。軍の中でも爪弾きにされた者たちだ。送り出したこちらとしては元気にやっているかだけが心配でね」
「元気ですよ。いろいろと俺にも教えてくれて、こちらも助かっているところです」
「マキョーくんが!?」
「基礎を知らない俺からすると、身体の動かし方や無意識でやっていることの言語化は、彼らがいなければできません」
「なるほど、お互いにためになるならいい関係だ。いつか国境警備が出来るようになるまで鍛え上げてやってくれ」
「わかりました」
「魔境の入り口から、交易村までの輸送と警護に関してはこちらでやっておくよ」
「頼みます」
相変わらず隊長には世話になる。馬車は訓練施設でも使っているから、貸し出せる範囲も決まっているのだろう。大人の対応だ。
俺は、交易村まで走った。
鳥小屋のある建物に行き、商会連盟に燃料輸送のための馬車の手配をしてもらった。
「あら? 太郎ちゃん、来てたの?」
通りすがりの姐さんが声をかけてきた。
「うん。王都が寒波だって。薪や木炭を運ぶから、置いておくスペースはあるかな?」
「だったら、砦跡に置いておくといいよ。建材があったんだけど、ほら建てちゃったから」
いつの間にか、交易村には家が立ち並んでいる。
「薪は足りてる?」
「足りてるよ。周りは森に囲まれているからね」
「そうか。特に村で不満はない?」
「不満っていうか……、これ」
姐さんは、掌の上に魔力で作ったおっぱいを展開した。
「魔力のおっぱいが、どうかした?」
「魔法がこれだけじゃ、ちょっと……。冒険者たちが来るようになったんだけど、なかなか使いどころもないし恥ずかしくて……。別に立派な魔法使いになりたいってわけじゃないんだけどさ」
「ああ、俺も魔法に関しては別らしいからね。魔境の魔法使いに聞いてみるよ。あと初心者向けの教材があるはずだから、頼んでみたら?」
「あ、そうする! 結構、簡単に取り寄せられることもわかったから。まさか私たちが魔法書を読む日が来るとはね」
「いつか魔境に魔法の学校ができる日が来るかもしれないよ」
俺がそう言うと、姐さんは笑っていた。
その後、手合わせをして魔力の使い方を教えているうちに、近くの商会連盟から返事が届いた。なるべく早めに馬車を数台、送ってくれるという。




