【籠り生活14日目】
訓練兵たちがゴールデンバット狩りをするため、いよいよ俺は暇になってしまった。
騎竜隊の手伝いに行こうか、ジェニファーの研究を手伝いに行こうか、考えていたら、ヘリーに「暇なら手伝え」と言われてしまった。
とりあえず、黒ムカデの棲み処だった岩を切り出せというので、魔力のキューブで要望通りの大きさに切り出していく。
「ちょっと作業が早いから、休憩していろ。ハーピーたちが間に合っていないから」
ハーピーたちは、切り出した四角いキューブ状の岩に紙を貼り付け、魔法陣を写していた。空島は、こういう地味な作業の積み重ねの上に成り立っているのだろう。改めて大変な事業をやっている。
『暇なら、手伝うか? それともまだ不死者が怖いか?』
音光機でカリューに呼ばれた。
「不死者の町を手伝ってくる」
「ああ、いってらっしゃい」
俺は空へと飛び上がり、風魔法を放って一気に移動する。鳥が風魔法を避けるので、ぶつかるようなことはない。鳥には風の流れが見えているのだろうか。
デザートイーグルが高く飛んでいた。いつの間にか森が途絶え、砂漠が広がっている。
山脈を越えて、大カラスの群れを追い立てながら、不死者の町へと向かった。
倒壊していた建物が徐々に形ができてきているが、不死者たちが減っているような気がする。灯台はもうすぐ完成というところだろうか。形はもう立派な灯台だ。
「おう、来たか」
ゴーレムのカリューは手を広げて歓迎してくれた。
「やあ、立派な灯台だね。もうすぐ完成か?」
「そう思っていたんだけど、メンテナンスのために、階段や取っ手を付けないといけないし、魔法陣の技術者も足りない。外装だけできても今のままだと台風で吹き飛ばされてしまうよ」
「そうか。町の不死者たちが減っているように見えるんだけど……」
「実際に減っているよ。自分が住みたかった家を建てたら、昇天する者たちが多い。マキョーよ。家というのは、それほど大事なものなんだ」
「しっかりした家が多いな」
石造りのきれいな家が多い。ベランダで花の栽培をしている家や、柱に色を塗っている家などそれぞれにこだわりもあるようだ。
「欲しかった家、建てたかった家、住みたかった家、思い思いの家を建てて、翌日には消えている」
「一生のうちで一番大きい買い物っていうもんな」
「今でもそうか?」
「まぁ、その日暮らしの俺みたいな冒険者にとっては引退するときに田舎の土地でも買って、家を建てようと思うんじゃないか。実際、俺がそう思って魔境の土地を買ったわけだし」
「最近、国境線の要所に集合住宅を作っていると聞いたが?」
「作っているよ。こういう家じゃないけどね。丘をくりぬいて作ってるんだ」
「そうか。災害が多い魔境ならではだな……」
俺は、結局何を手伝えばいいのか。カリューは、何かを言いたいようだが、まだわからない。
「どうした? 何か言いにくいことでもあるのかい?」
「まぁ、そうだ。自分たちの失敗を話すのは辛いことを思い出すことでもあるからね」
「別に今言わなくても、ゆっくりでいいぞ。最近の俺は、割と暇なんだ」
万年亀が浜に頭をのせて眠っている。その甲羅に住む封魔一族たちは、不死者たちを手伝い、岩などの建材を切り出しているようだ。
波は穏やかで遠くの霧が見えていた。もうすぐ幽霊船こと交易船が港に帰ってくる頃だろうか。
俺はただカリューの言葉を待っていただけ。
「グッセンバッハとも話したんだ」
沈黙を破り、カリューが口を開いた。
「何を?」
「手に触れてみてくれ」
俺は言われるがまま、カリューの手と自分の手を合わせた。魔力の練習でもするのか。
サラサラサラサラ……。
カリューは何を思ったのか、砂で形を作っていた手を崩した。後には木で作った骨だけが残っている。
「骨を作ったんだよな。すごいよ。本物の骨よりも固そうだ」
「そうだろ。でも話したいのは、砂のことだ」
「砂?」
「砂は砂利やサンゴなんかを混ぜて建材にすることがあるだろ?」
「ああ、コンクリートな」
「そうだ。砂漠の砂は、丸いし細かいから、コンクリートの材料には向いていないんだ」
「へぇ~、そうなんだ」
「ただ、その砂を強固な建材にできれば、いくらでも家を建てることができるだろう?」
「うん。……え? もしかして古代の人たちは、建材にできたのか?」
カリューは大きく頷いて、東の砂漠の方を見た。
「砂漠の軍基地に連れて行ってくれるか」
「いいよ」
カリューは作業をしている不死者たちに一言声をかけてから、「頼む」と両腕を広げた。
俺は後ろからカリューを抱きかかえて、一気に空へと飛ぶ。
「重くないか?」
「ぜんぜん。ちょっとスピードを上げるぞ」
「わかった」
カリューは、身体を回転させて俺にしがみついてきた。
そのまま一気に山脈を越えて、砂漠へ入る。眼下でサンドワームがうねりながら移動している。砂埃が舞っていたが、風魔法は使わなかった。無暗に使うと砂嵐が発生するかもしれない。
革の鎧からダンジョンを取り出して、大きな傘のように姿を変えさせ滑空しながら、砂漠に着地。ダンジョンは、砂漠に生えている多肉植物を探しに出かけていった。
軍基地のダンジョンには、歩哨としてゴーレムが一人、砂山に埋まっていたが、俺たちを見て砂から出てきた。
「どうかされましたか?」
「グッセンバッハと話がしたい。ユグドラシールの住宅開発について、マキョーに教えないといけないと思ってね」
カリューがそう言うと、ゴーレムは「話す時が来ましたか」と言って、ダンジョンの中に案内してくれた。
中では相変わらず、ゴーレムたちがガーディアンスパイダーなどの魔道機械の整備をしていた。今では、鉄鉱石を運ぶために使っているので、無意味な作業ではなく役に立っている。炉に火もついているようだ。
しばらく作業風景を見ながら、椅子に座って待っているとグッセンバッハがやってきた。
「こんにちは。マキョー殿がユグドラシールの住宅事情について知りたいということだが……?」
挨拶もそこそこにグッセンバッハが聞いてきた。
「砂漠の砂で作った建材について教えてくれないか?」
「承知した。こちらにどうぞ」
グッセンバッハが先に歩き始めて、奥の部屋に案内してくれた。通路にはいくつも部屋があり、魔道機械などの実験が行われている。
「もともと砂漠の砂は建材には向いていないというのは……?」
「私が説明した」
カリューがフォローしてくれる。
「そう。建材には向かない砂だが、アルコールとある薬品を混ぜ高温で熱すると固まるのだ」
グッセンバッハは部屋の扉を開いて、俺たちを招き入れた。
部屋には木材や石材、加工に使う鉄鎚や杭が棚に置かれている。同じように瓶もたくさん置かれているがほとんど埃が積もっていて、使い物になるのかわからない。
その中でも埃がかぶっていない壺を取り出して、蓋を開けた。
腐臭が部屋に充満する。
「その薬品がこれ?」
「その通り。これは大鰐のヌシの沼から採取したものだ。あの沼は工場の跡地で、あの鰐は環境に馴染んでしまった魔物だ」
グッセンバッハは、アルコールと薬品を混ぜ合わせ、砂が入ったバケツに入れた。
棒でよくかき混ぜて、グッセンバッハがこちらを見てきた。
「マキョー殿、バケツの中身を温められるか?」
「わかった」
魔力のキューブで取り出して、一気に熱した。魔力のキューブのなかが曇り、中の砂が固まっていくのがわかる。
「砂だから、どんな形にでも加工しやすい。材料は砂漠にいくらでもあるから、板状にして壁や床を作って現地で組み立てると、1日2日で家が完成する。水道と下水のパイプを通せば、すぐに住み始められる優れもの。例え壁が壊れても、修復も簡単だった」
「そんな優れものの建材なのに、どうして残ってないんだ?」
「多少の破損には対応できるが、大雨、洪水、地震には弱かった」
「それってつまり、巨大魔獣じゃ……?」
「その通り。かつて広がっていた住宅街は、一瞬で見る影もなくなってしまった」
グッセンバッハは「ああ、やっと言えた」と喉に呪いでも罹っていたかのように、大きく息を吐いた。
「砂上の楼閣ではなく、砂の楼閣だった。1000年前のユグドラシールは人種の坩堝で、人が集まっていた。ミッドガードの地価は上がり続け、土地神話とまで言われた。その土地を担保に銀行が融資をして、商業も技術研究も花開いていく。ユグドラシールの民は誰しもミッドガード周辺の家に住みたいと願っていた。豊かさの象徴だったのだ。そうして住宅は徐々に縦に伸びていった」
「今いるトレントよりも高い建物が立ち並んでいたと想像できるか」
グッセンバッハとカリューは昔を思い出しているようだ。
「でも崩壊した……。嵐にでもあったのか?」
「いや、古代ユグドラシールは気象すら操ることができた。獣魔病や種族差別による争い、権力の集中があって経済は破綻することになる。ミッドガード周辺はゴーストタウンと化し、貴族街を貧民たちが壊し始めた。衛兵が足りず、我々も駆り出されたが、ガーディアンスパイダーによる貧民街の掃討作戦が行われた……」
「あの頃には、もう国としての形を成していなかったのだろう。巨大魔獣に逃げるしか選択肢が残されていなかったというのが、時の番人としての言い訳だ」
「砂で作った建物が倒壊していく姿は見ていないが、あの跡地の風景は今も記憶から消せないでいる……。その後だ。ダンジョン同士が抗争を始め、聖騎士たちが各地の神殿に現れたのは……」
不死者たちが家を建てて昇天する理由も、カリューたちが今まで隠していた理由もなんとなくわかった気がした。
「嫌な思い出を話してくれてありがとう」
「今この魔境はマキョー殿の土地だ。どういう領地にするのかあなた次第だが、我々の失敗を知ってほしい」
「グッセンバッハや軍基地にいるゴーレムたちは、どこで間違えたのか、何がいけなかったのか、ずっと考え続けている。この者たちにも救いを与えてやって欲しい」
「難しいことを言うね。でも、わかった。忘れないよ」
俺が頷くと、グッセンバッハは椅子に座って、天井を見上げていた。俺は夢で見た前世の記憶を辿りながら、部屋を出た。
「なにをもって豊かというのか、か……」
掌の上で固くなった砂の塊を見ながら、ひとり呟いた。