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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【籠り生活12日目】


 朝からヘリーに起こされて、北部のミルドエルハイウェイ跡地に来ていた。途中からジビエディアの群れが並走し始めていたので、おおよその見当はついた。


「またエルフの国から魔物が来たのか?」

「ああ、たぶん、今回は獣も連れているかもしれない」


 トンネルを塞いでいた岩がズレてしまっていて、隙間から魔物が通れる穴が開いている。ヘリーが通ったままの状態にしておいたのか。


 グルルルル……。


 獣の唸り声がトンネルから聞こえてくる。

 どんな獣が来るのかと思ったら、グリーンタイガーだった。魔境のよりかなり小さく、出てきた瞬間に、デスコンドルににらまれ、グリーンタイガーより3倍ほど大きなジビエディアの群れに怯えて、崖をよじ登り始めた。


 グリーンタイガーを使役していたエルフが狭い隙間をくぐって出てきた。


「あら、ヘリー。お出迎えご苦労様」

「イモコ!」


 ヘリーの知り合いのようだ。


「イムラルダよ!」

 お決まりの掛け合いのようで、お互い笑っている。


「どうして魔境に来たんだ!? 子どもがいるんじゃないのか?」

「子どもと旦那も連れて来た。あ、ほら」


 若いエルフと体ががっしりしているきれいに整えた髭を生やす男性が隙間をくぐってきた。さらにエルフは続いている。総勢7人のエルフが隙間から出てきた。国境線の警備は大丈夫なのか心配だ。


「ヘリー、もしかしてそちらが……?」

 イムラルダが俺の方に開いた手を差した。指を差すより品がいい。


「そうだ。魔境の領主の……」

「マキョーと申します」

「自由を求めて魔境に亡命しに来ました。イムラルダ・サトラ・ネーショニアと申します」

「サトラ?」

「古王国の血と、古代北方の海にあった獣人の国からの移民の血も混ざっています」

 純血のエルフというのはもしかして少ないのか。


「そんなことより自由って!?」

 ヘリーがエルフたちに聞いた。


「私たちはエルフである前に学徒よ。研究もできない国にいるくらいなら、危険を冒してでも学べる場所を求めるのは当然のことじゃありませんか?」

「そう言われると、返す言葉はないけれど……。マキョー、どうするんだ?」

「好きなだけいて構わないよ。ただ、今のままだとほぼ間違いなく死ぬんで、先に生き残る方法を学んでいただけませんか?」

 

 エルフたちを囲むように、魔物たちが集まり、視線が向けられている。弱肉強食は弱いと判断されるとすぐに食べられてしまう。俺たちの獲物だと思っているから、動かないだけだ。


「そのようですね」


 エルフたちは固まってしまっている。


 ちょうどシルビアが寝ぼけ眼でやってきた。斬新な寝癖をしていて、全ての髪が逆立っている。夜型のはずだが、イーストケニア帰りで疲れていたのだろう。


「し、侵入者だって?」

「エルフの亡命者たちだ」

「そう。じゃ、訓練場に行く?」

「ジビエディアを使役して連れていってやってくれ」


 俺は干し肉を渡すと、シルビアは丸ごと口の中に詰め込んだ。


「よし、いいよ」


 シルビアは手のひらの切り傷から、ジビエディアの群れの一頭一頭に血を飲ませ使役していった。


「に、荷物を載せておいてくれ! 7人か?」

「そうです」

「しっかり掴まって!」


 シルビアはエルフの身体をひょいと持ち上げると、ジビエディアの背中に乗せてあげていた。


「皆、ヘリーみたいに身体を鍛えているというわけではないんだろう?」

「そうさ。研究者ってのは、知識ばかり溜め込んで、身体を動かす習慣がない。魔境にいる間に嫌でも身に付くからいい機会だよ」

 

「訓練場ってどこにあるんです!?」

 必死にしがみついているイムラルダが聞いてきた。


「魔境の入り口です。ここの魔物より、優しいのが揃っていますから」

「エスティニアの兵士たちもいるから一緒に訓練するといい」

「じゃじゃじゃじゃじゃあ、行くよ!」


 シルビアの掛け声で、エルフたちを乗せたジビエディアの群れが一斉に動き出した。

 俺とヘリーは、トンネルの補修作業をする。


「研究者たちがこんなに早く動き出すとは思わなかった」

「ヘリーを追いかけて来たんじゃないか」

「そんなはずないじゃないか! そんなはず……」


 ヘリーは自分のタトゥーを見ながら、顔をしかめていた。牢の中で何年か無駄にしたと思っているのかもしれない。


「人が見ているのは経歴だけじゃないさ。ヘリーは一番初めにエルフの国から山を越えてやってきた。しかも裸足で」

「それを言うな」

「魔境の特使として帰り、犯罪歴も抹消された。その行動力が、エルフたちを奮い立たせたんじゃないか」

「マキョーがそう言うなら、そうしておこうか……」


 ヘリーはわざわざ崩しやすいようにトンネルに岩を設置して、霊媒術の呪文を唱えていた。少し時間をかけて補修するそうだ。同族が来たことは、素直にうれしいのだろう。


 まだエルフが来る可能性があるということか。俺は崖によじ登っていたグリーンタイガーを回収。小脇に抱えて、環状道路を作っているアラクネたちのもとへと飛んだ。


「あら? どうしたの、子猫ちゃん?」

「エルフの国から亡命してきた人が使役していた魔物だよ。なんか食べさせられるものある?」

「干し魚ならありますよ」


 ラミアに干し魚を渡され、小さなグリーンタイガーは喜んで食べていた。

 

「これからエルフの移民がたくさん来るかもしれない」

「そうですか」

「見かけたら、古参の誰かに言ってくれ。獣魔病とかダンジョンの民とかわかっていないから攻撃してくるかもしれないけど、戦わずに逃げてくれ」

「その前に魔物たちが対処してしまいますよ」

「そうなんだよなぁ。だから古代の人はガーディアンスパイダーを置いていたんだよな」

 何事も計画より現実の方が早く動いてしまうのは世の常か。


「今、南西の海にいた封魔一族の中で、ワイバーンに乗っている騎竜隊にドラゴンの世話をしてもらって国境の警備に当たってもらおうとしているところなんだ」

「移民の方が早かったのね。でも、まぁ、逃げ出したくなるような国の政策の方が悪いんじゃない?」

 ダンジョンの民は辛辣だ。


「そうだな。とりあえず、侵入者は放っておいてくれ」

「わかりました。このグリーンタイガーは飼っていいの?」

「いずれエルフたちに返してやってくれ」

「やった! 仕事の休憩中にモフモフできる!」


 外の魔物は、魔境では愛玩動物になってしまう。

 工事作業員たちに挨拶をしてから、北西のドラゴンの棲み処へ向かった。



 ちょうど引っ越してきた封魔一族たちがチェルからドラゴンの扱いを習っているところだった。


「怖がらなくてもいいヨ! 優しく接して観察していたら、火を噴くタイミングもわかってくるからネ!」


 ドラゴンは今朝食べた魔物の骨が喉に引っかかっているのか、カハッ! と言いながら地面を焼いていた。騎竜隊の面々は、汗を拭いながら目を丸くして見ている。


 ようやく騎竜隊が来てくれたか。

 騎竜隊は家族と一緒に、近場でテントで寝たようだ。


「魔石鉱山のダンジョンもあるんだよ」

「あら? 領主様。おはようございます」

 オークの中年女性たちは俺を見て、すぐに領主だと気づいていた。


「おはよう。いつ、来たんだい?」

「昨晩、リパさんとカヒマンさんに連れられてやってきました」

「森深くなると、見たことがない魔物や植物ばかりで生きた心地がしませんでしたよ」


 ジャングルの南の方は主亀の植生とそれほど変わらないが、少し北上すると、針葉樹林が増えて一気に植生も変わる。リパとカヒマンは疲れたのか、テントの中で鼾をかいていた。


「西に集合住宅はあるんだけどな。ちょっと行って見てみるか」

「いいんですか?」

「荷物は置いていっても?」

「魔境で盗む奴はいないよ。大事なものだけ身につけて。案内しよう」


 俺はオークの奥さんたちを連れて、作りかけの集合住宅に案内した。

 封魔一族にとっては見るものすべてが新しく脅威に感じるらしい。ソードウルフや角をぶつけ合っているヤギの対処はわかりやすいが、植物の対応が難しいらしい。

 毬栗が飛んでくるのは、どうしても魔力で弾かないといけない。とりあえず、群生地では、なるべく毛皮を頭からかぶるように言っておいた。

 竜胆モドキは火を吐いてくるし、小さな青い花は水を吐き出して凍らせてくる。


「わかっていれば、そんなに怖くないでしょ。ケガしても回復薬はあるし、回復魔法だってチェルもジェニファーも教えてくれるから」

「たくさんケガをするんですか?」

「魔境はどうしてもケガはする。だから自分の一番正しい姿勢でいる時の体の状態を覚えておく必要があるんだよ。じゃないと、変な骨のつき方をしたり、筋がねじれてしまったりするからね」

「急所だけは守っておいた方がいいんですよね?」

「そうだね。封魔一族も、塔主とかから身体の使い方は教えられているでしょ」

「ええ、先代からはよく修行をさせられました。こんなところでも生きてくるんですね」

「俺も忘れがちだけど、魔法や魔力に頼りすぎると、筋肉量が落ちてくるから痩せちゃうんだよね。筋肉量が落ちると、普段やっていた動きができなくなっちゃうから、筋トレを今頑張ってるところなんだ」

「領主様でもそんなことあるんですか?」

「あるよ。魔境は魔力が充実しているから、普段生活していると筋肉が落ちていくのに気付きにくいんだ。こうやってアイスウィーズルなんかが出てくると、なるべく魔力を使わないように……」



 森の中から出てきたアイスウィーズルを捕まえて、ごろごろ取っ組み合いをする。どう考えても筋肉量で言えば魔物の方が多いが、こちらも魔力を使って負荷をかけていく。封魔一族の爺さんに教えてもらった骨を揃えるというのがここで活きた。


 グゥ……。


 腹が鳴っているアイスウィーズルは体力も気力もすぐに尽きてしまう。俺は自分のダンジョンから保存していた干し肉を取り出して、口の中に入れてやった。


 ホンフー……。


 よほど美味かったのかアイスウィーズルは鼻息を大きく吐いた。


 ドドドドド……。


 近くをジビエディアの足音が聞こえた。

 アイスウィーズルは空高く跳び上がって、滑空するように音のする方へと消えていった。


「これが魔境の日常だ」

「大丈夫かしら……?」

「私、自信なくなってきたわ」

「俺も初めはそうだった」


 ジビエディアの足音が聞こえたということはエルフは訓練場に届けたのかな。


 集合住宅の予定地に行くと、シルビアがエルフたちに説明している。


「き、基本的にはここに住んでいいはずだ。あまり遠くに行くと命の保証はできないが、少し南に行くと訓練場だから……。あ、マキョーが来た」

「オーク!?」


 エルフのイムラルダは、封魔一族を見てギョッとしている。

 説明をしておかないといけないな。


「古代ユグドラシールの生き残りで、南西の海にいる島のように大きな万年亀に住んでいた封魔一族だ。俺たちよりも荒っぽくはないから怖がらなくていい」

「魔族なんですか?」

「魔族ではないな。1000年前に流行った獣魔病患者の子孫としているけど、姿かたちが違うだけで、普通にコミュニケーションは取れるし礼節もあるから、特別扱いはせずに一般的な魔境の住民になっている。今、ドラゴンで騎竜隊が警備訓練をしているところで、家族に家を案内しているところなんだ」

「つまり、魔境では服さえ着ていれば、どんな種族でも受け入れるということですか?」

「そうだね。文化の違いはあると思うけど、互いにそれぞれの文化を尊重することが大事だと思っている。よほど困ったことがあれば、俺でも古参の者にでも言ってほしい。差別したりすると、魔境から追放されると思ってくれ」

「わかりました」

「よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします」

 

 封魔一族の方がちょっと憧れの目で見てしまっている。本物のエルフに会ったのは初めてだろう。「肌が真っ白だよ」「やっぱりベジタリアンなのかしら」などと話し合っている。


 エルフたちの方は、ここでやっていけるのかものすごく不安そうな顔をしている。


「大丈夫かい?」

「魔境では魔物の身体をしていないと生き残れないのでしょうか?」

「そんなことはない」


 俺は自分の身体を見せた。


「い、いやそのつもりで生活した方がいいかもしれない」


 ゴソゴソ……。


 丘の麓にある藪が揺れたと思ったら、泥だらけの訓練兵たちが現れた。


「ああっ! 人の声がするから、ゴースト系の魔物でも現れたのかと思いましたよ」


 訓練兵たちは白い歯を見せて笑っていた。


「エスティニア王国の訓練兵たちだ。こちらはエルフの国から亡命してきた方々と、こっちは封魔一族の騎竜隊のご家族だ」

「ご近所になりそうですね。よろしくお願いします」

「魔境の環境に少し戸惑っているんだ。教えてやってくれないか?」

「もちろんですよ。皆さんは本当に運がいい。少なくとも、今までよりも濃密な時間を過ごせますよ」

「本当にそうですか? ここでは自由に学べますか?」

 イムラルダが訓練兵に聞いていた。俺もシルビアも魔境の生活を教える立場として、かけ離れ過ぎているのかもしれない。訓練兵たちの方が共感できることも多いだろう。


「学べるというか、植物も魔物もよく観察しないと対処できません。それから食事と睡眠の意識が変わります。どちらも必要ですし、自分の身体はどうやって回復するのか人それぞれ違いますから、タイミングも含めて考えていかないと単純に動けなくなります。魔境で動けないというのは、死に近づくということですから……」

「織物の工房は作れるかい?」

 今度は封魔一族の奥さんから聞かれていた。


「インフラストラクチャーは今、魔境の皆さんが作ってくれているところなので、申請を出せば作るのは可能ですよね?」

「もちろん、作れるよ」

「ただ、今は慣れることを最優先にした方がいいと思います。どんどん環境が変わるし、こうして話していても、実は寝ぼけたワイルドベアにマキョーさんが対応していたりするんです」


 訓練兵が指す方を見ると、ワイルドベアが逃げて行っていた。俺が風に魔力で干渉して、警告したからだ。あまり意識してなかったが、確かに無意識でやっていることは多い。


「織物だと、染色に使う植物を採取したりするんですよね?」

「その予定だけど……」

「だったら、周辺視野を訓練しておかないと、普通に魔物が近づいてきているのに気づきませんから、マキョーさんたちのホームにいるカタン嬢に教えてもらうのが最適です」

「わかったわ!」

「家は自由でいいんですよね?」

「うん、好きに使って」


 エルフも封魔一族も、散らばって好きな丘の洞窟住居を見て回っていた。


「もしかして、俺たちのやっていることって解説が必要になってきた?」

 俺は、すっかり髭が伸びた訓練兵に聞いてみた。

「しょうがないですよ。魔境には、外とは違うレベル差がありますから」

「そうかなぁ」


 俺が首をかしげていると、訓練兵たちが集まってきた。


「詠唱して魔法を使っていた人たちに、魔力ってこういう使い道があるんだって言ってもわからないじゃないですか」

「果物を切るためだけにナイフを使っていた人に、ナイフで大木を10本斬る人がいるって言っても信じませんよ」

「見ている現実が違うんです。実証されている現象に、後からこちらで噛み砕いて理解しないといけないので、現実を理解するのに遅れるんですよね。観察と判断を積み重ねないと混乱して身体が止まってしまうんで、外から来た人は何段階か脳の使い方を変えないといけないんです」

「人間って変わろうと強く思っても、元に戻ろうとする力の方が強いんで、体と心のバランスを取るのが難しいんですよ」


 泥だらけの訓練兵たちは、それぞれで考えていたらしい。訓練だと思って、生活しているから生活を観察する視線が細かい。そして、誰かに語りたいらしい。

 俺の場合は生きないといけないと思っていたから、考えていることが大雑把だ。


「感覚でやっていることを言語化するって難しいな」

 

 もう少し、訓練兵たちと会話をした方がいいかもしれない。


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