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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~

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【籠り生活10日目】


 朝から交易村に食材を届けていた。

 ハムが熟成したから持って行けと、魔境料理長のカタンに言われると断れない。


 背負子でフィールドボアのハムを積み上げると、結構な大きさになる。生活が便利になっても背負子を使っている。僻地の運搬技術はなかなか発展しない。


 ちょっとだけサバイバル演習場を見て、訓練生に挨拶をしておく。訓練兵たちは意外にいい物を食べていた。冬だから味が濃いものを食べないと体が冷えて動けないという。


「マキョーさんは寒くないんですか?」

「外気温を受けないように皮膚の周りだけ魔力を流してるといいよ」

 自然とやっていることだが、魔境に来たばかりの訓練兵にとっては新しい技術なのだろう。


「あと、毛皮が余ってるはずだから、倉庫から持って行っていいからね」

 常連の訓練兵にも言っておく。

「ありがとうございます。あの、マキョーさん」

「どうした?」

「常連組がこっちに戻ってきて、熟睡しちゃってるんですけど大丈夫ですかね?」

「いいことなんじゃないか? 強くなっている証拠かもしれないぞ。そう言うことじゃなくて?」

「そうだといいんですけど……」

 魔境だから、魔物か植物が眠らせているという可能性は否定できない。


「今日は、沼地の方まで行って冒険者ギルドの横で眠らせてもらったら?」

「ああ、そうします。すみません」

「いや、ちょっとした変化にも気づいてくれるとありがたいよ。急激に魔物が繁殖する場合もあるから」

「そうですよね」


 常連組は立派な魔境の住人らしくなってしまった。


「よろしく頼む」

 自然と言葉が出た。


 小川を越えて、エルフの番人にも挨拶。ハムを切ってお裾分けしておく。


「魔境の中はどうですか? 冷えます?」

「冷えているんだと思うけど、俺たちは気温でパフォーマンスに影響しなくなってるからな」


 魔境の自然を感じにくくなっているかもしれない。


「鍛え過ぎかな?」

「俺たちからすれば、魔境の人たちは鍛え過ぎですよ。でも鍛えないと生きていけないですからね」

「そうなんだけどなぁ」

 感覚まで失うと、俺たちに合うものしか観測できないんじゃないかという不安がある。


「生活が成り立っているなら、いいんじゃないですか? 魔物や植物の氾濫があったら教えてください」

「わかった」


 ひとまず、俺は交易村へと飛ぶ。


 交易村に行くと、すぐに姐さんたちがやってきた。


「これ、ハムです。食べてください」

「ああ、うん。タロちゃん、痩せた?」

「え? そりゃあ、昔よりも痩せましたけど……」

「そう言うんじゃなくて、ちょっとこっちに来て」


 俺は酒場の奥にある衣裳部屋に連れていかれ、鏡の前に立たされた。

 見れば確かに、若干痩せているように見える。ズボンをたくし上げると、足が以前よりも細くなっている気がする。栄養に関してはカタンがちゃんと作ってくれているものを食べているので、問題はないはず。


「動かしてない……」


 ここ最近、飛んで移動しすぎて、足の筋肉が衰えているらしい。

冬になってずっと考えている自分自身の不安の正体がわかった。


「やべぇ!」


 変化する魔境に住んでいると、魔物や植物に合わせた強さになっていくから、自分を鍛えられていないんじゃないかと思って、鍛えようと言っていたが、実際に俺の身体から筋肉が落ちていたのか。


「身体からサインが出ていたのか」

「大丈夫?」

 姐さんがこちらを見ていた。


「全然大丈夫じゃない! 魔境にいて魔力に頼りすぎた生活をしていたみたいだ」

 俺が深刻な顔をしていたらしく、姐さんは「お、おっぱい揉む?」と魔力でおっぱいを作っていた。


「なんか重い物を運ぶ仕事ってある?」

「あるよ。まだまだ建設途中の家があるから手伝ってく?」

「お願いします」


 新人のつもりで、建設作業場に向かい、革鎧とダンジョンを森へ放り投げる。


「すみません! 荷運びを手伝わせてください!」

「お、おう。タロちゃんか」


 もう化粧もしていないガタイのいい女性現場監督が、指示を出してくれた。


 全く魔力を使わないように気を付けながら、建材の板や石を運ぶ。ただ、どうしても初動に使ってしまう。日常生活使わない場面がなかったからか、意識して使わないようにしないと漏れ出てしまう。


「無理すると怪我するよ。身体に引き付けながら運んだ方が楽だよ」

「確かに」

 現場監督に教えてもらいながら、荷物を運ぶ。

 屋根作りも手伝ったが、高所は落ちたら危険だという感覚が皆にはある。俺にはない。

 人とは違う感覚を身につけてしまっていることに驚いた。


「怪我したら、すぐに治せるわけじゃないんだよな」

「今は、魔境の回復薬があるから治せるけどね。もったいないし、そもそも痛いでしょ」

「そうだよね」


 今の俺は痛い思いをする前に自然と防いでしまっている。屋根から大の字になって落ちてみたが、地面に着く直前で浮遊魔法を使っていた。


「危ないから止めてね」

「はい」


 荷物をゆっくり持ち上げて、どういう重力がかかっているのか、自分の身体をどうやって使うと楽なのか、下半身の使い方や腰を意識していった。負担をかけないようにすると、骨が揃っているように感じる。

 逆に、魔境の強さを追及していたら、飛べて、燃やせて、掴むということに特化し、竜のような形になっていくんじゃないか。考えすぎか。


 とにかく、あんな走りが下手な魔物にはなりたくないので、緊急事態でもない限りこれからは歩くことにした。


「じゃ、今日は終わりね。日当、これ」

 銀貨3枚まで貰ってしまった。ほとんど魔石と交換することがない魔境コインはこちらでは使われていない。


「他に仕事ないかな?」

「ああ、だったら兵士にも聞いてみてごらん」


 常駐している兵士に聞いてみると、近くに魔物が出ているらしい。


「ただ、冒険者たちが生け捕りにして、王都のコロシアムに持って行きたいみたいで……」

「殺せないってこと?」

「そこまで被害が出ているわけではないので、今のところ冒険者に任せています」


 国の東側は魔物が強いので、コロシアムに持って行くと盛り上がるようだ。

 森に入って、冒険者の気配を探りながら痕跡を辿っていくと、小柄な冒険者がグリーンタイガーの子に餌付けをしていた。


「魔物使いか」

「誰?」

 振り返ると、中年の女冒険者だった。


「この先の魔境で領主をやっている者です」

「魔境の領主がこんなところに来るわけないでしょ」

「信じなくてもいいけど、その子の親が後ろから来てるけど……」

「え!?」


 魔物使いが立ち上がった。

 それが威嚇に見えたのか、親のグリーンタイガーが飛び掛かる。

 俺は親グリーンタイガーの尻尾を引っ張って、地面に叩きつけた。死ぬことはないが、気絶はしている。


「生け捕りはなかなか難しいのか」

 グリーンタイガーの子はどこかへ逃げ去っていった。

「あんた、強いんだね」

「魔物にだけな。それより子と親を引き離すなよ。後で被害に遭うのは村の人たちだ。捕まえるなら一家で捕まえた方がいい」

「そんなことを言ったって、親のグリーンタイガーを閉じ込めておく檻がないと無理よ」

「だったら、使役すればいいじゃないか」

「そんな簡単に……。今ならいけるか」


 気絶しているグリーンタイガーに首輪をつけて何か唱えていた。グリーンタイガーは猫のようにゴロゴロと言いながら眠っている。

 これで、使役できたらしい。本当かどうかわからないが。


「ねぇ、魔境って行ったことある?」

「だから、魔境に住んでるんだって」

「やっぱり、魔境の魔物って強いの?」

「強いよ。生態もよくわかってないしね」

「そうなんだ。でも、行けるってことでしょ?」

「来たいのか?」

「そりゃあ、魔物使いなら一生で一回は魔境に行ってみたいよ」

 魔境ってそういう場所なのか。


「魔境にも魔物使いっているの?」

「いるよ。吸血鬼の一族だけどね」

「なんだ。イーストケニアの化け物か。だったら、私には無理だ」

「どうして?」

「私は、そんな特殊な能力はないから」

「俺も魔境に住み始めた頃はなかったよ」

「今は?」

「今は……」


 俺は親グリーンタイガーを背負った。それほど重くはない。ただ、やはり膝の負担を軽くするために魔力を使っている。重心の位置を感じ取り、自分の身体とバランスを取る。山道を歩くときは足の指先まで使った方がいい。腰が痛いのは背骨が曲がっているからだろう。

 封魔一族に習った姿勢を試してみると、すっと楽になった。


「あんたって力持ちなのね」

「いや、全然だ」


 物を運ぶ動作一つとっても、今の俺には難しく感じる。魔力を使わないようにするだけで、これほど大変なのか。


「村まで持って行くんだろ?」

「うん」

「子もちゃんと捕まえてくれ」

「わかった」


 俺は村にグリーンタイガーを運んだ。兵士たちはギョッとしていたが、できたばかりの牢を使わせてもらうことにした。


 兵士と魔物使いに「よろしく頼む」と言って、魔境へと戻ることにした。


「タロちゃん、帰るの?」

 姐さんたちが声をかけてきた。

「ああ、領主だからこれで忙しいんだ」

「これ、鹿肉のパイ包みね。いつも貰ってばかりで悪いから」

「いいのに」

 そう言いながら、俺はパイ包みの紙袋を渡してきた姐さんに、仕事で得た銀貨3枚を渡した。


「こんなに要らないよ」

「魔境じゃ使えないからさ」

「じゃ、出来立てのソーセージ、持ってって」

 結局ワインを二本とソーセージまで貰って、魔境に歩いて帰った。


「歩いて帰ってくるなんて珍しいネ」


 すでに夕飯の時間で、チェルが口の周りを脂まみれにしながら、ステーキを食べていた。


「飛んでばかりいて足が細くなっていた。チェルも足が細くなっているかもしれないぞ」

「え? そうかナ」


 ローブから出して、真っ白い足を見せていた。


「俺たちは自然と魔力を使い過ぎなんだ。筋力も体の使い方も鍛えた方がいい」

「それはそうかもネ」


 夕飯前に、集合住宅の作業を進めた。歩いて身体が思うように動くうちに感覚を養っておきたい。

 魔境で魔力を使えるのは当然としても、集合住宅は魔力が使えない時でも使えるようにした方がよさそうだ。柱を持つのも、杭を打つのもなるべく魔力を使わないようにして作業を進めた。


 その夜、ようやくヘリーから「帰る」と連絡があった。あまり交易は芳しくなかったようだ。


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― 新着の感想 ―
[良い点] あ〜、そういう弊害が来たかあ…強くなって(科学が発達して)楽になると…みたいな。 そんで、次回はヘリーさんの話かな?
[一言] 魔力で加重加圧負荷生活をするとか?
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