【籠り生活9日目】
万年亀の上でワイバーンに乗る騎竜隊に、竜の世話をしないかと聞いてみると、ポカンとした顔でこちらを見ていた。
「竜が復活したのはいいんだけど、役割がなくなってきている。エルフが来ると討伐されかねないから、ある程度鍛えて国境の警備にでも回そうかと思っているんだ」
「竜を鍛えるんですか!?」
騎竜隊の隊長が、不死者の町で大きな声を上げた。
「復活してわかったんですけど、竜ってそれほど強くはないんですよね」
「いや、それは領主殿が強いからであって、我々からすれば竜は強さの象徴ですよ。しかもワイバーンでも手こずっているというのに、本物の竜の世話など……」
「や、やはりダメか……」
他に適材がいるのか。ゴーレムたちに頼んでもいいが、竜が食べちゃうんじゃないかという不安がある。不死者たちに頼んだら昇天してしまいそうだ。
「しかし、このようなチャンスは二度とないかもしれんぞ」
話を聞いていた塔の主ことミノタウロスが言った。
「ですが、竜を鍛えると言ってもどうやったらいいのか皆目見当もつかないというか」
「竜って走るのが苦手なんだよ。それから、魔力量が多いのに、まるで使い方もわかってないようだし、炎のブレスも今のところほとんど意味がない。力が強いのに、その力を活かしきれてないんだ。その点、封魔一族は僅かな力を活かすことに長けてるだろ?」
「ちょ、ちょうど良いと思うのだがな……」
シルビアも何度も頷いている。
「魔境の森のことを聞くと……、どうにも二の足を踏んでしまうというか……」
「とりあえず、冬の間だけでもいいぞ。魔物も植物も動きが鈍い今なら、過ごしやすいはずだ」
「い、今は訓練兵もいるし、集合住宅もできつつある」
「食事は自分で獲ってこないといけませんか?」
「いや、秋の間に保存食を作ったんだ。十分、交易に回せるほどあるよ」
不死者の町だと、食事は限られているのかもしれない。
「皆と相談しても?」
「もちろん、いいよ」
騎竜隊の隊長は、慎重な男だ。隊員の中には家族がいる者も多い。ただし、せっかく魔境の住人になって海から離れるチャンスでもある。封魔一族にとっては、過去に住んでいた故郷だ。
「別に、ずっと警備に従事しろというわけではないのかい?」
隊員の奥さんらしき額から角が生えた女性が話しかけてきた。
「違うよ。これから森には道ができるし、砂漠にも空に道を通すつもりなんだ。だから、いつでも帰ってこられる。ただ、仕事は仕事だし、1日、2日は移動で取られてしまうかもしれない。一応、東西南北に拠点となる交易所は作るつもりだ」
「そう。交易所の近くに住宅はありますか?」
別のオークの女性が話しかけてきた。
「今のところ、西側に作っている最中だ。北西に竜の棲み処はある。魔石の鉱山があってね。どうやら気に入っているようなんだ」
「魔石の鉱山があるのね?」
「あるよ」
「前にアラクネの糸もあると聞いたんだけど、本当ですか?」
「東にダンジョンがあって、アラクネやハーピーの姿の住民も住んでいるんだ」
「染色に使う草花はありますか?」
「ん~、俺は知らないけど、あるはずだ。シルビア、知ってるか?」
シルビアに振ると、「無論、ある」と答えていた。
「染色だけでいいなら、植物園のダンジョンで育てることもできるし、乾燥したものが倉庫の奥に眠っているはずだ。虫除けの薬として使っている毒草は藍色だよ」
シルビアの言葉に、封魔一族たちは顔を見合わせて、頷いていた。
「領主様、たとえ旦那たちが行かないと言っても、私たちだけでも連れて行ってもらえないかい?」
「構わないけど、説明してくれ」
「他の主亀にいる一族もそうだけど、私たちは封魔の技術を伝えてきたんだ。ただ、もちろん時代とともに変化しているし、失伝している魔法もあると思う。それを復活させたいんです」
「それには織物が必要で、アラクネの糸みたいな丈夫な糸と、魔石、染料が必要だったんだけど、なかなか集められなかったんだわ」
「なるほど、じゃあ、封魔の研究所が欲しいということか?」
「研究所なんて、立派なものじゃなくてもいいんだ」
「小さくてもいいから織物の工房があれば、私たちが働くよ」
オークやゴブリンの女性たちは、民族の文化を伝えたいのか。魔境独自の文化になる。
「わかった。工房は作るから、何が必要なのか教えてくれ」
「本当かい!? 道具はあるんだ」
「後は旦那たちが近くで働いてくれれば……」
俺たちは奥さんたちと騎竜隊の話し合いをしている様子を見た。
議論は白熱しているようだ。
「しばらく時間がかかりそうだな」
「こっちは準備して待っていようかね」
「俺たちも受け入れの準備をしておくよ。もしかしたら、ダンジョン住まいになるかもしれない」
「安全ならどこでもいいよ」
俺とシルビアは、灯台を工事しているカリューに挨拶をしてホームの洞窟に戻った。話し合いが終われば、連絡が来るだろう。
ホームには訓練兵たちが来ていて、カタンの料理を食べていた。
「今日はカタン嬢から採取の仕方を学んだんです」
髭面の訓練兵が言っていた。
「寒くて、全然採れないけどね。夏はもっとキノコ類が豊富だし、植物も攻撃してくるから今と全然違う」
カタンは自分が苦労していた頃を思い出して、文句を言っていた。
「じゃあ、冬は楽か?」
「そんなことは……」
カタンが、急に黙り込んでしまった。
「どうかしたか?」
「いや、冬眠している魔物が凍ってたんだけど……、魔境ではよくあること?」
「どこで?」
「ミッドガード跡地の北の方」
冬眠しているはずの魔物が凍っていたなら、死んでいる。冬には冬の魔物が発生したか。
通りかかったハーピーたちにも聞いてみると、やはり凍っている魔物を見たという。
「冬だからかなぁ」
「そんなわけあるか!」
身体の周囲に展開している魔力を切り、シルビアが作ったコートを着て凍った魔物を見に行った。
ちょうどチェルも辺りを調査中だ。
「凍った魔物の報告を聞いたのか?」
「そう。これ付けてみてヨ」
魔力が見える包帯を渡してきた。
包帯を目に巻いて後頭部で結べば、辺りの魔力が可視化される。
冬ではあるが枯れていない植物は何種類かあり、未だに緑の葉を伸ばしていた。地中の中もよく見える。
小さな青い花をたくさんつけた草が、地中で他の植物の根に寄生して魔力と一緒に養分を吸い上げているらしい。
「根から吸収した養分は水分だから、そのまま花から水分を拡散しているんだヨ」
「その水分を浴びた魔物が凍っているのか?」
「たぶんネ。その凍って死んだ死体にも別の植物が寄生しているヨ」
「魔境は死体の処理が早いからな」
「ほら、ここら辺は窪地で南側が崖になってるだロ?」
「陰になってるところを好む寄生植物か」
「魔物も植物も動かない冬の方が、寄生する植物からすれば動きやすいヨ」
「確かに、そうだな。寝てたら襲われるかもな」
「冬に外で寝るのはマキョーくらいだヨ」
「このままにしておくと、辺り一帯の植物も魔物もやられるか?」
「燃やすカ?」
寄生植物を燃やすのは一瞬だった。一応、数株採取して植物園のダンジョンに持って行く。
本来は砂漠の植物だったらしい。ただ『渡り』の魔物も飛んでくる魔境だと、どこに何が生えていてもおかしくはない。
「あ、そうだ。チェル、カヒマンの話聞いたか?」
「え? なに?」
「海底にある難破船をサルベージして、砂漠の駅に使えないかって。塔と違って船なら砂嵐で埋まっても掘り出せる。カヒマンも、よく考えてるよ」
「砂漠の駅は建物じゃない方がいいと思っていたけど、難破船かぁ。いいかもネ」
「水球で覆って引き上げられるか」
「うーん。大きさにもよる。たぶん、メイジュ王国の船が多いはずだから、何が出てくるのか見ものだヨ」
魔族の歴史を知っている分、チェルは難破船に詳しいかもしれない。
一緒に東海岸へと向かい、カヒマンが描いた地図を見る。
「小さい船か壊れてる船はあるカ?」
「これと、これも」
小舟に乗って案内してもらった。
ドップン!
チェルが光魔法で周囲を照らすと、大型のサメが寄ってきた。チェルは水流を起こしてサメを回転させていた。
そうやればいいのか。
回転した魔力を当てれば、サメはあっさり水流に沿って泳いでいた。
海底には胴体が完全に真っ二つにされている船があった。
チェルは船体の前部を水球に閉じ込め、俺は魔力のキューブで覆う。水圧の影響で、キューブの大きさを調節するのが難しい。
持ち上げるのは、それほど難しくはないが、チェルは大変そうだった。少しでも浮き上がれば、浮力に干渉して一気に引き上げる。
サメに噛まれたり、大型のイカに邪魔されたりしたが、俺もチェルも船以外は雑でいいと思っているから、吹っ飛ばしたり、焼いたりして対応する。
ザッパァーン!
海面に割れた船が浮いた。
俺とチェルは、カヒマンの小舟に乗り込む。
「すげぇ!」
カヒマンが割れた船を見て驚いていた。
「よし、浜まで行ってくれ」
「なんか疲れたヨ」
海の中は突然海流が現れたりするから、結構大変だ。安全な方法があるならそれに越したことはない。
浜に難破船の残骸を打ち上げてみると、倉庫くらいの大きさがある。
「昔の人はよくこんな船を運んだな」
「やっぱりメイジュ王国の船だヨ。風魔法を使う家系のだ。樽にわざわざ商会の名前まで書いてる。昔は名門だったんだけどネ」
チェルは海水の入った樽を見ていた。
どうやら船は岩礁にぶつかったのか、魔物にやられたのか、後部の船底に穴を空けて、船が傾き、真っ二つに折れたらしい。船体にはフジツボが付き、カニなどがたくさん入っていた。死体は残っていないので、食べられたのだろう。
ワインの瓶や大量の金貨や銀貨もあった。交易品はメイジュ王国の魔道具だったらしく、目新しいものは見つかっていない。争ったような形跡も見当たらなかった。
ダンジョンの民と一緒に船を掃除する。中から出てきたのは、ほとんどゴミだが、資料としての価値はあるらしい。
俺のダンジョンが、ポイポイと口に詰め込んでいた。大丈夫か。こいつに船ごと運んでもらえないだろうか。
「ヘリーが帰ってきたら、浮遊魔法の魔法陣で残りの船も引き上げようヨ!」
「そうだな。それがいい」
潮風も波も冷たかった。