【籠り生活8日目】
植物園のダンジョンで、浮遊植物を育て始めた。
基本的には砂漠の西側、山脈辺りでも見た転がる植物のように、地面にしがみついて、水や栄養を吸収して成長するらしい。
「イチジクの仲間に、こういう宿主を絞め殺しながら栄養を吸収する木というのがあるんですけど、浮遊植物は宿主に取りついて殺さずに必要な分だけ吸収して、身体を軽くしているらしいんです」
ジェニファーはダンジョンコアに入っていた情報から勉強したらしい。
「南西の封魔一族の島じゃ、岩が宿主になっていたけど、岩から染み出るような栄養でいいのか?」
「そうですね。栄養がそれほどなくても休眠状態にもなれるらしいので。逆に栄養を与えすぎてしまうと、生育が止まってしまったり、葉が枯れたりするようです」
すでに実験を始めていたリパもやってきた。
「たぶん、宿主を締める力は岩を持ち上げるくらいですから、かなり強いですよ。活性化させて実験したら、ほら」
リパは割れた木箱を見せてきた。
「じゃあ、馬車の荷台のような形にまで成長させるのは無理かな?」
「魔境の植物なので、無理ってことはないんじゃないですかね」
「むしろ、どうやって浮遊植物を誘導するかではないですか?」
二人の話を聞くと、技術的に出来ないというよりも運用をどうするかを考えてしまう。
「浮遊しているだけなんだから、引っ張ればいいんだよな? だったら、紐を付けたエメラルドモンキーでも、フォレストディアでも、崖さえ越えられる魔物なら何でもいいというか……」
「あ、そうか」
「砂漠はどうするんです?」
「いや、砂漠に入ったら、砂漠の魔物に切り替えればいい。サンドコヨーテとか、デザートサラマンダーでもいい。砂嵐が来たら、浮遊植物も地面に逃げるだろうから、塔は必要だろうけどね」
北部の環状道路を作っているダンジョンの民にも報告しないといけない。荷台が変われば、牽く魔物も変わる。魔境の流通網が一気に動きだせば、交易も変わってくるだろう。
「竜の仕事がなくなりますね」
「そうなんだよなぁ……」
そんな会話をしていたら、ちょうどシルビアが植物園のダンジョンにやってきた。
「く、訓練兵たちの教育で使う薬草と毒草各種を取りに来た」
「ああ、はい。用意してあります」
ジェニファーがシルビアに、薬草と毒草各種渡していた。すべて干していたものだ。
「どうかしたのか?」
シルビアが俺に聞いてきた。
「いや、交通網ができた後、竜の役割をどうするか考えてたんだ」
「思ったより早く道路は完成するのか?」
「冬の間に工事が終わってしまうかもしれない」
「そうか。マキョー、竜はいるだけでも武力として象徴的な存在だ」
「そうだな」
「私も竜を気に入っているが、ロッククロコダイルもいる。それにそもそも私は魔境の武具屋だ」
「役割が多いか?」
「ああ、少し時間が足りなくなってきた。そこで、封魔一族のワイバーンの騎竜隊と引き合わせてみてはどうだろうか?」
シルビアはしっかり竜たちのことを考えていたようだ。
「ワイバーンの世話は出来るわけだから、竜は少し餌を大きくするだけだ。あとは、国境の警備に当たらせるのが、いいんじゃないかな」
「たぶん、それが一番いいと思う」
適材適所。できる者がやるのが一番いい。
「実はカリューには、それとなく言ってある」
「そうか」
俺は、ジェニファーたちに「実験の方、よろしく頼む」と言って、シルビアと一緒にダンジョンの外に出た。
相変わらず、俺のダンジョンは大蛇スライムの姿で待っていた。俺がダンジョンから出るとすぐに足元にまとわりついてきて、そのまま鎧の中に入っていく。大きな自分の身体を一瞬で格納できるほどに空間魔法は上手くなっていた。
「訓練兵たちが、早く集合住宅を作ってほしそうにしているぞ」
「それで演習になるのか? 冬になったからって甘やかしていると死ぬから気をつけてくれ。俺は道路を作っているダンジョンの民に報告がある」
「わかった。不死者の町に行くときは、一声かけてくれ」
「了解」
俺は、そのまま工事現場のある北へ飛んだ。
ラーミアやアラクネは、道路を作り続けている。時々、ハイギョの魔物やガーゴイルが岩の中から現れるらしく、道路の脇で焼かれている。
「食べるのか?」
焼いているアラクネに聞いてみた。
「ん? ああ、マキョーさん。これ? どうなのかと思って、捌いて焼いてるところ」
「そうか」
「あんまり美味しそうじゃないけど、魔石はゴーレムに上げて、肉は東海岸で魚の餌にすればいいから」
「それならいいな」
「何か用?」
「ああ、だいたい荷台をどうするか決まったんだ」
「ああ、どこかの職人に頼むの?」
「いや、浮遊植物にしようかと思って」
「浮かぶ植物を荷台にするってこと?」
「そう。南西の海で見つかったんだけど、今、植物園のダンジョンで育てている。大きな岩程度なら運べるから、荷物を運ぶには十分だ」
「へぇ~。誰が牽くかは決まった?」
「いや、それが浮いているから、風に煽られない場所なら誰でもいいだろ? 崖さえ越えられればいいからフォレストディアでもいいかなって」
「でも、言うことを聞いてくれるかなぁ」
「使役できればいいかと思うんだけれど……」
「実は私たちも考えてたんだけど、荷台と牽き手はどんな形になるのかな?」
「紐で結んで運ぶのがいいと思ってるよ。もし風に煽られたり、浮遊植物に運ばれそうになったら近くの岩に結べるようにさ」
ラーミアやアラクネたちは「やっぱり、そうか」などと話している。
「なんか考えてたのか?」
「サテュロス族がね。ほら、あいつら角笛ばっかり吹いてるだけだろ?」
「でも、足が山羊だから、崖なんかを登るのは得意なんだ」
「だから、マキョーさんやカヒマンが走り方を教えてくれたら、仕事になるんじゃないかと思ってね」
「でも、砂漠がね……」
「砂漠はまた砂嵐とかあるから、環境が変わるだろ。だからサンドコヨーテとかを採用しようかと思ってたんだ」
「そうか」
「そうだよね。中継地点があるなら、運び手も変わっていいのか」
「ハーピーたちも空に道を作れないか試しているだろう?」
「彼女たちが風魔法を使えるようになると楽だよな」
「魔力が少ないみたいなのよね」
クリフガルーダ出身のハーピーたちは、まだ魔法が得意じゃないらしい。
「だったら、サンドコヨーテとか使役して、馬車の御者のような役割をしてくれればいいんだけどね」
「乗り手ってこと?」
「そう」
「そうなれば、環状道路ができるね」
「いや、私たちも話し合いながら道路を作ってはいたんだけどね。結局カヒマンに話しても『マキョーさんに聞くのがいい』って言われちゃって、どうしようか迷ってたんだけど、話しておいてよかった」
「別に失敗してもいいんだぞ。魔境なんて新しい領地なんだから、試してみて失敗しても怒るようなことはない。他人を傷つけたりすれば怒るけどな」
「私たちも、できることは少ないし、できないと思ってることが多いから、勝手にそれは無理って思うんだけど……ね?」
「マキョーさんに相談すると、たいていのことができちゃうんだよね」
「俺にもできないことはあるぞ。巨大魔獣が現れた時の嵐を止めたいと思っても今のところできないし。でも悩んでいるより試した方が、魔境では早いんだと思う。魔物とか植物の対応で、鍛えられているから」
「なるほどね」
「それで言うと、カヒマンが悩んでいるらしいんだよ。行ってなんか言ってあげてくれない?」
「あいつは今、どこにいるんだ?」
「たぶん、東海岸だと思う」
「わかった。行ってみるか。とりあえず、荷台に関しては浮く植物にする予定だから、そのつもりで道路を作ってくれ」
「りょーかーい!」
「わかったー」
意外と皆、考えながら仕事をしている。現場が考えてくれるなら、領主としては任せた方がいい。俺よりも、道路を利用する者たちと近いだろう。
道路ができているところを走ると、とても走りやすい。魔物を弾いたり、飛んでくる植物の種を気にすることなく、走ることだけしか考えなくていい。
冬の海岸線には冷たい風が吹いているが、動いているのでそれほど寒さは感じない。
相変わらず海獣の魔物や海鳥の魔物が多く、波から大きなサメが跳び上がって食べようとしていた。海の中まで魔境だ。
いつの間にか作業用ゴーレムたちを追い越して、東海岸の港まで辿り着いた。
カヒマンは倉庫の番をしていたダンジョンの民と一緒に昼飯を食べていた。
「別に悩んでいるわけじゃないのか?」
「あ、マキョーさん」
「俺にも飯を食わせてくれ」
「海獣の肉」
海獣の肉のシチューだそうだ。
独特の癖はあるが、香草も入っていて美味しい。塩気もあり、パンに合う。
「悩んでいるって聞いたけど、そうでもないのか?」
直接、カヒマン本人に聞いてみた。
「ああ……、うん。マキョーさんならできる」
「何を?」
「この肉の海獣、小舟に乗って捕ってきたんだけど……」
カヒマンは訥々と語り始めた。
「海の中に、難破船が結構ある」
「あるだろうな。メイジュ王国からも密航してきた船もあるだろうし、魔境近くを通りかかって大きなサメにやられた船もあるんじゃないか」
「それを引き上げて、砂漠の駅にできない?」
「ああ、そうか。砂漠に塔を建てたら、どうせ倒れるからどうしようかと思っていたけど、砂に流されたり埋もれても、その場所に戻せる船なら、いいのか……。頭いいな」
「へっ。でも俺には海から引き上げるの無理」
「いや、俺だって無理じゃないか。大きな船を壊さずにサルベージするってかなり大変だからな」
「マキョーさんでも無理?」
「でも、難破船を砂漠の駅にするっていう案は面白いから、考えてみよう。ヘリーが作ってる空島の石を借りて、何本もロープを使えば全部引き上げられるかもしれない」
「魔物は?」
「海の魔物は狩ればいい。もしくは作業中だけ気絶しておいてもらうとか……」
「できる?」
「やってみよう。どこに沈んでいるのか地図を描けるか?」
「うん」
そのタイミングで、シルビアから「そろそろ、不死者の町に」と連絡があった。
「カヒマン、地図を描いて計画を練っておいてくれ。ちょっと騎竜隊に本物の竜を見せに行かないといけないんだ」
「わかった」
俺はとりあえず、訓練兵のサバイバル演習場へ飛び、シルビアをピックアップ。そのまま不死者の町へと飛んだ。
砂漠へと南下し、山脈を越えて、町へと向かう。
冬は籠っているだけかと思ったら、忙しい。
「マキョーに触発されて、皆、考えるようになったからだ」
シルビアは笑っていた。




