【籠り生活7日目】
今日は朝から、北部の環状道路作りを手伝っている。
アラクネやラーミアが働いている横で、指示を聞きながらサポートするだけだ。
「石を切ってくれ」と言われれば切るし、「泥を固めてくれ」と言われれば固める。
久しぶりに他人の指示を聞くだけの仕事に、こんな楽だったかなと思ってしまった。計画も工程も知っているので、次に何をやるのかわかる。あと俺のやることと言えば、工事に使う魔道具の用意をするだけでいい。
身体が冷えるので、休憩所には風除けとストーブ、お茶の用意もしておいた。お茶はイーストケニアから交易村に来たのを使っている。
「仕事がしやすい」
「サボるより小まめに休憩時間を取り入れた方が良いのね」
職場の環境がよくなってダンジョンの民も喜んでいる。
「そのために交易しているんだから、お菓子とかも交易品の要望に出しておけよ」
カム実の干したものを食べている。冬になると、魔境では食料が豊富だ。
巨大魔獣に住む古代人への支援物資を貯めていたというのもあるが、保存食を作りすぎたのかもしれない。
東海岸や岩石地帯は道を通すだけでいいが、砂漠や森になると魔物や砂嵐の対策が必要だ。
森に関して言えば、冬になって草木が枯れ、魔物の活動が減ったため、今まで使っていた獣道がはっきり見えるようになった。その道をそのまま広げればいい。
カーブが多いところを調査し、老樹のトレントを移動させ、鹿の魔物が飛び越えている崖を迂回させないといけない。道に木の枝を刺して目印としてリボンを付けておいた。
森の西側は竜にさえ気をつければどうにかなる。魔物対策も多い。
「問題は砂漠だ」
砂嵐は防ぎようがない。砂嵐を止める手段は思いつかないし、すべての道をトンネルにするわけにもいかないだろう。
のん気に考えることもなくアラクネたちにお茶を淹れて休憩をしていたら、ハーピーたちがやってきた。
「砂漠の道をどうするのか考えて来たんだ」
「本当か? じゃあ、それを採用しよう」
「え!? 聞いてもいないうちに採用するの?」
ハーピーは驚いていた。
「いや、結局のところ、物資を運ぶのはハーピーや使役した魔物だからね。楽な方法を見つけてくれたらいいと思ってたんだ」
浮遊植物などを見せたり、砂嵐の対策に作った水球テントなどを見せていた。
砂漠の軍基地にも移動手段を考えてもらっていたが、どうなっていたかな。
「グッセンバッハとも相談して、砂漠を走る船を作ったらどうだろうって話になったんだよ。そもそも山から吹き下ろしてくる風によって砂嵐もできるわけだから、その風を利用して船を作ったらいいんじゃないかって」
「ああ、それが出来ればいいね!」
「試しに作ってみてもいいか?」
「もちろん、基本的に人を傷つけないことなら何でもやっていい。物資が必要なら言ってくれ。皆、協力してくれるはずだ」
魔境は挑戦する者には優しい。
ハーピーたちは、休憩してから砂漠の軍基地に向かうという。
「本当言うと、砂漠にいくつか塔があったらいいと思うんだけど、そう言うのは無理だよね?」
控えめなハーピーが、俺にお茶を持ってきて聞いてきた。
「いや、俺もあった方がいいと思うよ。ただ、砂嵐で埋まったり、塔が倒れたりするんじゃないかっていう予測は出来るだろ?」
「うん、そうなの。だから浮遊植物を大きくしたらどうかと思ったんだけど、一定の大きさ以上にはならないんだって」
ハーピーたちも考えている。
「大きくなると浮遊能力を失うのか?」
「たぶん、そう。重いとバランスを取るのも難しくなるから……」
「でも、古代の魔境では島ごと浮かせていたらしいからなぁ」
砂漠の環状道路について考えているうちに、空島作りに繋がってしまう。
「方法はあるってこと?」
「ああ、たぶんな。諦めきれないなら、空島作りの方を手伝ってみないか?」
「いいの?」
「一応、仲間とは別に生活することになるから許可してくれるかどうか聞いてみてくれ」
ハーピーたちは「別に会えなくなるわけじゃないし、魔境にいるならいい」と言っていた。他にも砂漠に塔を建てたいと考えていたハーピーたちもいて、結局4名のハーピーたちが空島作りに参加することになった。
「今は空島作りの責任者がエルフの国に密貿易に行っているから、冒険者ギルドで休んでいていいぞ」
冒険者ギルドにハーピーたちを連れて行くと、チェルが「うんうん」と唸っていた。
「空島作りをしたいっていうハーピーたちに宿を与えてやってくれ」
「ん~、その辺に寝床作っていいよ」
どうせ雑魚寝にはなる。
「ベッドが欲しければ、自分で作ってくれ。材料は結構ある」
「我々は手先が羽で器用じゃないから……」
「ああ、そうか」
俺が乾いている木を切りだして、簡単なベッドを作ってやることにした。
「俺たちのホームの倉庫から、毛皮をいくつか見繕ってきてくれ。天日干しにしてノミや虱を払って虫除けの薬を振りかけておくといい」
「わかった」
ハーピーたちは坂を上っていった。
木材は外にあるギルド作りで余っていたものを使った。
魔力を指から出して調節しながら切る。結構面倒なので、その辺にあったナイフを使って魔力の調節をしていく。釘のないベッドを目指してみたが、そう上手くはいかない。
4本の足に枠をつけて、板を張っていくだけだと思ったが、足に枠を付けるだけでもくり抜かないと重さで釘が曲がってしまう。凸凹を付けるように、くり抜く作業も魔力のキューブを調節しないといけない。
「何をやってんだヨ?」
うんうん唸っていたチェルが表に出てきた。
「4人のベッドを作ってるんだ。調節が難しい。嵌らなかったり、広く開けすぎたり、結構大変なんだ。なにか調節するような道具はないか?」
「船造りの時に交換したノミがあったはずだヨ。あと、ギルド作りの時にシルビアが作ってくれたのもある」
チェルはそう言って、手伝ってくれた。
ノミを手に拳骨を金槌に見立ててやっていると、チェルがノミを奪って代わりにやってくれた。俺には力加減が難しすぎた。
「マキョーは木材の切り出しをやってくれ」
チェルは魔法陣も描けるし、意外に器用なのでそつなくこなしてしまう。
「はい」
やはり俺にはおおざっぱな作業の方が向いている。
「なんか悩んでたのか?」
一応、チェルに聞いてみる。
「遠距離魔法の限界について考えてただけ」
二人なので、別に訛りは必要ないと思ったのか、チェルが本音で話し始めた。
「遠距離かぁ」
「マキョーは武術に魔力をのせているように見えるんだけど、私の場合はいかに魔法の威力を上げるのかを考えて来たんだ。それで、冬まで魔物の観察を続けてきて対処法も見つけただろ。だから魔物を見た瞬間に、どこをどう攻撃すれば討伐できるのか、だいたいわかるよね?」
「まぁ、個体別でも違うけど、注意するところは同じか」
「ということは、弱点に威力のある一発を当てればいいだけになっている」
「確かに、未知の魔物以外にはなかなか攻撃自体が当たらなくなってきた」
「つまり視野だけ広くして、遠くの魔物を感知できれば、ほぼ対処可能ってことじゃない?」
「そうだけど、何が言いたいんだ? 望遠鏡でも作るつもりか?」
「それが出来ると、ヘリーの弓の威力さえ上げてしまえばよくなると思って」
「ああ、ヘリーの弓矢は正確だからな。でも遠距離なら、罠を張っていればいいんじゃないか?」
「やっぱりマキョーもそう思うか?」
遠距離の正確性よりも、罠に嵌めた方が正確だと思ってしまう。
「違うのか?」
「突発的に対処するなら遠距離でいい。実際、そう言う魔力探知の魔道具も作った。でも、結局、魔物を環状道路から排除しようと思ったら、罠がいいんじゃないかと思ってね」
「ずっと環状道路のことを考えていたのか?」
「そうだヨ。なんだと思ってたの?」
「新しい兵器でも考えたのかと思ったよ」
「そんなこと……。考えても見てくれ。隣国の首脳陣を暗殺すれば簡単だけど、何を目的にするんだ? 混乱させて領土を奪うのか? 領民はついて行かないぞ」
「確かに。魔境だけでも面倒なのに」
「そんなことよりも、どうやって発展させるかの方が大事だと思わないか」
「その通りだな。あれ? でも、遠距離魔法を考えていたっていうのは?」
「遠距離魔法の罠を作れないかと思って」
「魔法陣か?」
「そう。別に魔物を殺さなくてもいいんだ。道から離れてくれればいいわけだから、植物も根を張って道を壊さなければいいでしょ? 人が増えれば、そのくらい対処できるようになるかもしれないんだけどね」
「ちなみに、どんなものを考えてたんだ?」
「例えば、浮遊植物を魔境の各地に飛ばして、危ない魔物に遠距離魔法を飛ばせないかと考えてた」
「チェルは魔境を管理したいのか?」
「え? ああ、そう言うことになるのか。でも開拓して発展させたいと考えると……」
「たぶん、魔境自体はずっと発展してきたんだよ。ただ、俺たちが開拓を始めたっていうだけさ。ダンジョンの争いがあったり、根菜マンドラゴラの大発生を繰り返したりしながら、ずっと発展はしていったから今の豊富な森や過酷な砂漠が生まれてるんだ」
いつの間にかベッドは一つ出来上がっていた。木材も切りだし、穴も開いている。あとは3つ組むだけだ。
「俺たちはどうやって共生していくかを考えればいい」
「そうなんだけどね……。じゃあ、どうやって環状道路を維持していく」
「今日は、獣道をそのまま使えばいいんじゃないかって考えてた」
「それじゃあ、目的地に辿り着かないじゃないか」
「まぁ、そうなんだよな」
「なぁんだ。全然考えてなかったのか?」
「考えてなくはないぞ。そもそも魔境は特殊な環境なんだから、外の当たり前とされている馬車の概念を壊してもいい。そうだろ?」
「そうだけど、例えばどんな?」
「馬が馬車を牽くために道路が必要だと思っているけど、馬が押してもいいんじゃないか?」
「押す馬車か?」
「荷台の先に土魔法の魔法陣を仕掛けておいて、荷台の先からずっと石の壁が地面に出続けたら、その時限りの道ができるんじゃないか、とか……」
「道を作りながら走るってことか?」
「そう」
チェルはベッドの足を持って、「頭おかしいんじゃないか」と直接言ってきた。
「でもさ。単純な話で、浮遊植物を馬車の荷台の形に育てれば車輪は要らなくなるんじゃないか?」
「はぁ!?」
「荷台さえできてしまえば、どんな魔物が牽いてもいいだろ」
「そうだけど、人や荷物を乗せたりするなら重くなるよ」
「石くらいなら運べるんだから、大きく育てることができれば行けるだろう」
「そうかもしれないけど……」
「魔境はよく地形も変わるんだ。環状道路の側にある木の枝に紐を引っ張っていってガイドラインにしておけば、急に崖ができたとしても浮遊植物に乗った荷物がどんどん行き交うようになるんじゃないかと思ったりもした」
「じゃあ、今、ダンジョンの民たちがやっている作業はなんなんだ?」
「安全な道の確保で間違ってはいないよ。でも、どうやって使われていくのか、領主としてはいくつか想像しているんだ。地上だけでなく、川にしてもいいし、空中を使ってもいい」
チェルは呆れていた。
「そんなことを考えていたんだ……?」
ハーピーたちは毛皮を抱えて戻ってきて話を聞いていたらしい。
「だから、空飛ぶ塔がひっくり返らないようにするとかは重要なんだよ。荷物や人にも応用できるからね」
「わかったカ? マキョーという男はこういう奴なんだ。ちゃんと覚悟をして仕事に臨んだ方がいいヨ」
チェルがそう言うと、ハーピーたちは何度も頷いていた。
「難しく考える必要はない。単なるアイディアだ」
「その単なるアイディアで、こっちの想定がひっくり返るんだから、付き合わされる方は溜まったもんじゃないって言ってるノ!」
怒ってはいるが、チェルはベッドを冒険者ギルドの中に入れて、ハーピーたちを迎えてあげていた。
魔物と植物の動きが鈍くなったお陰で、試せることが増えた。選択肢が増えれば増えるほど、動き出すことが難しくなっていくような気がした。関わる人が増えれば、無駄がなく実現可能で、時間も工程も少ないものに寄っていってしまうだろう。
無駄がないものほど面白味はなくなる。遊びがあった方が生活は楽しくなる。
古代ユグドラシールは、どうやって両立していたのか。
俺は空を見上げながら、考える時間が増えた。




