【魔境生活27日目】
あたり一面、白い霧。いや、雲の中。気温は低い。
「寒い」
「ウン」
手をこすり合わせながら、朝食を食べた。少しでも体があたたまるよう歩きながら、固いパンを無理やり飲み込む。チェルの歯がカタカタと鳴っている。俺も手が震える。
動けなくなっては意味がないので少しだけ魔法を使い、焚き火で身体を温めた。
あまり食料も持ってこなかったし、昼ごろには島を出たほうがいいだろう、とチェルと話し合った。
視界が悪い中、浮かぶ島を少しだけ探索。P・Jの手帳に描いてあった遺跡を探したが、一向に見つからない。集落には争いの痕や人の骨などはなく、錆びた鍋や金槌などが残されていた。
「忽然と消えたってことか」
「キエタ?」
住んでいた人たちは逃げ出したのかもしれない。島の端まで行ったが、雲で地上は見えなかった。
「逃げ出すって言ったって、鎖から以外ないよなぁ」
ただ、あの鎖は島を固定するだけのように思える。
「トベタノカモ?」
風魔法で少しは飛べるらしい。しかし、そんな飛行能力のある民族がどこへ?
聞いたことがない。もっと歴史上でも有名になっていていいと思うんだけど。
島の端を周るように進むと、墓石があった。
平たい大きな岩に、文字が彫ってある。
『ピーター・ジェファーソン ここに眠る』
「え!? P・Jじゃん!」
俺は手帳の文字を見ながら、固まってしまった。
P・Jがここに眠っているのだとしたら、洞窟にいた白骨死体は一体誰なんだ? もしかして盗賊?
よくわからないが、とにかくP・Jという人物はこの浮いた島に住んでいたということがわかった。できるだけ、集落の道具をカバンに詰め、とにかく地上に降りることに。
どの道具も魔法陣が描いてあるようには見えない。魔道具の剣やナイフを作った人物とP・Jは違うのだろうか。だとすれば、P・Jの手帳は2人の人物が共同で書いたということか。いや、P・Jの手帳を、魔法陣を使いこなす盗賊がこの島から発掘したということか。
謎は深まるばかりだ。
昼ごろになり、鎖を降りる。来るときには感じなかったが、鎖がとんでもなく冷たい。
息を手にかけつつ、魔力で身体を暖めながら、鎖を慎重に降りていく。
「ハァハァ……」
体力も魔力も使っているので、神経を使う。気力の消耗が激しい。
何度も休憩をはさみながら、地面に降りた時には夕方になっていた。
懐に入れていたリーフバードは虫の息で、回復魔法をかけて、どうにか息を吹き返させた。
「ピーヨ!」
地上に降りたことで、落ちるという心配がなくなった俺たちにも気力だけは戻ってきた。
リーフバードは体が冷えすぎてすぐには動けなかったようだ。
「少し休もう」
チェルは地面に座って、自分の手を見つめていた。力の無さを痛感しているらしい。
俺の手の中でしばらく温めたあと、リーフバードが飛び上がって、北へ向けて飛んで行くのを見て、脚に魔力を込めた。
正直、家まで魔力が持つかどうかわからないが、とにかく夜までに砂漠からは脱出しないと、死んでしまう気がする。砂漠の夜は氷点下になるとまで言われている。2日連続で、凍えて眠るのは、気力が持たない。俺はただ自分の土地になにがあるのか調べているだけだ。死んでどうする。
「よっしゃ! 行くぞ!」
うずくまっているチェルを励まし、走る。砂に足を取られるが、進まなければならない。
サンドワームが弱っている俺たちを襲ってきた。できれば躱したかったが、倒さなければ、どこまでもついてきそうだった。
「行け!」
チェルにリーフバードを追わせ、サンドワームを魔道具の剣で切り裂く。
距離が取れればそれでいい。
そう思っていたのだが、しつこかったので結局頭を切り落とし、時間を食ってしまった。
素材や魔石、肉などは置いていく。早くチェルに追いつかなければ。
空が暗くなってきていた。
薄闇の中、チェルが走る砂煙を目印に、全力で走る。
森の入口に辿り着いた時には、魔力切れを起こしており、意識が朦朧としていたが、動かなくては。チェルがポイズンスコーピオンを倒しながら、俺を引きずって北へと向かう。
少し休んで、魔力を少し回復させ、すぐに北へと走る。
真っ暗な森にはどんな魔物がいるかわからない。
ガサゴソガサゴソ!!!
大型の魔物の群れが追ってきているのがわかる。
逃げ切るのは無理そうだ。
どんな魔物かもわからないのに、戦って勝てるとは思えない。俺は、地面に魔力を流し、地面を隆起させ、土魔法で穴を開けた。即席の洞窟に入り、土魔法で入り口を埋める。
空気穴は少しだけ開けてあるが、その穴に虫の脚がせわしなく突っ込まれている。
チェルが、火の魔法で応戦していたので、風魔法にするように言った。
狭い空間の中で、酸素は貴重だ。
しばらく、脚が飛び出してきていたが、出てこない俺達に何処かへ行ったのか、戦略を変えたのか、わからないが、その後、脚が空気穴から飛び出してくることはなかった。
少しだけ安心したと思ったら、急激に眠気が襲ってきた。
チェルによりかかりながら、俺は意識を手放した。