【魔境の冬支度4】
吸血鬼の一族がやっているように血の操作など、一朝一夕でできるものではない。
ただ、魔力による血行促進は割と早く出来るようになった。
これによって自分たちがいかに寝ている間に回復をしているかを実感できた。これがすごい成果で、朝食を食べた後、全員が全身をリラックスさせて、回復に全力を注ぐようになった。
「まさか瞑想を自ら進んでやるとは思いませんでした」
ジェニファーは少女時代に教会でも瞑想をやっていたが、基本的にサボっていたらしい。
瞑想の効果は凄まじく、魔力の質が変わったような気がした。
「ないない、ないヨ! 私もメイジュでやってたけど、こんなに効果があったことない!
「魔力に手触りまであるような気がするな」
「じ、自分の思いをまとめる時間ではなかったのか。身体の状態を整える時間だったのだな」
皆、なんとなく瞑想をしたことはあったが、それほど効果を体感していなかったらしい。
「確かに、これは魔力がぬるぬる動くな」
集中するだけで、水のように動き、形もスムーズに動かすことができた。
形が変えられるのでナイフ状にして、近くの木に向かって投げてみる。
サクッ。
木の幹に持ちてまで刺さってしまった。もっと固くして回転させるとどうなるのか。
「あ! マキョー、ちょっと待て!」
チェルが慌てて、俺を止めに入った。
「また変な技を試そうとしているナ! 森の中でやると被害が出るかもしれないから、簡単に作り変えられるダンジョンの中でやってくれヨ」
「ああ、そうだな。わかった」
「植物園に行きますか。一番近いので……」
仕事もあるはずなのに、全員で植物園のダンジョンに向かった。
鎧にしまってあるダンジョンは、魔力を食わせてから外で待機。魔力量が溜まり過ぎて、腹の中で回転させている。ヌシのようになってきてしまった。大丈夫なのか。
本人は、今日も至って元気に、氷魔法を放ってきたアイスウィーズルを丸呑みにしている。本当に大丈夫なのか。
植物園のダンジョンは、最初の精霊樹の部屋だけはそのままで、奥の実験室はかなり作り替えられていた。ジェニファーとリパが野草の栽培所で実験を繰り返しているようだが、それほど失敗していないらしい。
仮眠室もあるらしく、なかなかホームの洞窟に帰ってこないわけがわかった。
カボチャヘッドと呼ばれるカボチャの頭をした人型の魔物を再現した部屋もあるので、そこを訓練部屋として使っているのだとか。
「根菜マンドラゴラの動きもトレースできるようにはなっているのですが、正直まだまだです。部屋自体は空間魔法で区切られていますし、防御結界も重ねがけしていますので、いくらでも魔法の実験して構いませんよ」
「本当か?」
「ええ」
サクッ! パリンッ!
魔力のナイフを壁に向けて投げてみると、あっさりいくつかの防御結界が割れた。
「なんてことするんですか!?」
「いいって言うから」
「ジェニファー、広い草原を用意して、壁をスライムの壁で囲うといいヨ。この部屋はちょっと私たちには狭いから」
ダンジョンマスターのジェニファーは、急いでダンジョンコアのある部屋へ向かった。
「マキョー、ちょっと教えて欲しいんだけど、魔力の固さって想像を超えるほどは無理なのか?」
ヘリーが聞いてきた。
「無理なんじゃないか。俺は鉄とか鉱物くらいまでしか固くできないと思ってる。固くしたいのか?」
「魔力の回転は出来るようになったんだけど、固さが難しくて」
「え!? ヘリーも回転させられるのカ!?」
チェルは知らなかったようで驚いていた。
「エルフが知っている魔法じゃないからな。魔力の運用まで、制約はされていないのだ。で、マキョー、硬度はどうしている?」
ヘリーは不敵に笑っている。
「普通にギュッと集めると固くなったりしないか? でもここまで形を変えられるなら、剣もいけるし、パイプもいけるのか……?」
俺はナイフと同じように魔力でパイプを作ってみた。どんどん細く小さくしていくと、注射針のようなものができあがる。
「あ、暗器のようなものじゃないか?」
シルビアが聞いてきた。
「誰か水を持ってないか?」
「あるよ。ん」
ヘリーが水袋から水を出した。水を操作するのは魔力を操作するようなものなので、とても相性がいい。
左の手の平に水を垂らし、魔力で移動させ右の注射針から出すという水芸のようなことをしてみた。
プシュッ!
「それ、ヤバいな」
ヘリーはすぐに気付いた。
「水を移動させただけじゃないカ?」
「ち、違う。水がいけるなら、毒もいけるってこと。魔境はいくらでも毒を作れるから……」
シルビアがチェルに説明していた。
「証拠も残らず、毒だけを体内に残せるとなると、ヌシ以外なら暗殺し放題だ」
「しかも、いつでもどこでも、ちょっと離れた場所からでもだな」
俺は水の入った魔力の注射針を、防御結界が張られた壁に突き刺した。じゅわっと壁に水が広がっていく。
「これ、魔力感知と魔力の回転は必須能力なのかもな」
そんなことを言っている間に、ジェニファーが戻ってきた。
「できましたよ! どうしたんですか? 暗い顔をしちゃって」
「マキョーが、簡単に暗殺ができるような魔力の運用を思いついたのだ」
「いや、試しただけだ。魔力の使い方次第だからね。でも、まぁ、皆、瞑想は生活に取り入れよう」
「そ、そうだ。アンガーマネジメントは大事だ」
「とりあえず、出来立てほやほやの訓練場に行こうヨ!」
ジェニファーに案内されて、訓練部屋に通された。
地平線が見えるくらい広い草原で、遠くて見えない壁はスライム壁を採用しているという。
「ここまで広ければ文句ないでしょう!」
「はい」
「草原の中にカボチャヘッドの群れが潜んでますからお気をつけて!」
腰ほどの草むらの中に黄色いカボチャの頭が見えている。これがわからない魔境の住人はいない。
「チェルさ、水球をたくさん浮かばせる魔法って、相手の行動を制限させるためにやってるんだろ?」
早速、訓練相手に話しかける。
「そうだヨ。結局、魔法って当たらないと意味がないっていうか、効果がないでショ?」
「ああ、だからか。殺気を放った一撃を当てるというよりも逃げた先にある水球で狩るってことか」
「そうなんだけど、後ろにある水球は、ほとんど無駄になるんだけどネ」
「投擲のスキルとか上げれば速度が速くなるのかな?」
「それは考えたことがなかったな……」
チェルの素が出始めていた。二人で、魔法の水球を使い、逃げ惑うカボチャヘッドにぶつける投擲の練習を繰り返す。体重移動を考えたり、リリースポイントを変えたり、指の形だけで回転の仕方が変わるから不思議だ。
チュドッ!
それにしても、俺より球速の遅いチェルの方が当たっている。どうやらチェルは魔法が手から離れていても操作できるらしい。そう言えば、炎の槍を操作していた。
「どうやってるんだ?」
「凧あげの要領だよ。細い紐みたいな魔力で操ってるんだ。練習すればできるようになるよ」
「なるほど」
簡単にやっているようで、かなり難しい。
ついでに、ヘリーやシルビアからも攻撃をしてもらって、弾く練習もしておく。力の加減が難しい。
足まで攻撃の威力を流して、地面からの反発を利用した方がいいのか。
攻撃の流れを読んで、いなした方がいいのか。
流れを知ってしまったせいで、やり方が溢れてきてしまう。
思いついた方法を次々試していくと、いつの間にか時間は経っているし、連動している筋肉が炎症を起こしていた。
結局、この日は朝のうちに訓練を止め、干し肉とドライフルーツを食べて、仕事へと向かった。
瞑想をしたからか、訓練の影響なのか、砂漠のゴーレムを見ても、東海岸のダンジョンの民を見ても、力の流れを見てしまうようになっていた。見方が変わっただけなのに、世界が一変したような思いだった。
ケガをしそうな者はすぐにわかるし、身体の動きで、力が止まってしまう箇所もわかる。
自然とハーピーたちの肩やアラクネの腰の痛みを聞きながら、詰まりを解消していっていた。
骨格に無理があるように見えるのに、大きな筋肉で支えたりしていると、どうしても血の巡りが悪くなるらしい。
魔物の身体も面白い。
「体が痛かったら、食事をとってちゃんと休めよ。痛くなる前より強くなれるかもしれないから」
ダンジョンの民たちは、とりあえず領主がそう言うので聞いている感じだった。後で成長を実感できればいい。
その後、北東の鉱山から鉄鉱石を砂漠へと運び、砂漠で作った家具をホーム近くの冒険者ギルドへと運ぶ。
「全然、魔物が攻撃してこないな」
根菜マンドラゴラの大発生以降、魔物の姿や気配はあるのに、争っている姿を見ていない。
移動だけなので身体も鈍ってしまい、空島用の石材を切り出す作業に集中できた。
「ちょっと作業が早いな」
ヘリーが文句を言っていた。
「コツを掴んだからな」
「今日は、もう上がってくれ」
ヘリーに追い返されたのが、日が傾き始めた頃だ。全然、筋肉が疲労している感じがしないので、今度はシルビアを手伝う。
ロッククロコダイルがいる池の掃除だ。水魔法を回転させながら、どんどん苔とカビを落としていく。寝ているロッククロコダイルの歯も磨いてやった。
いよいよやることがなくなると、砂漠まで行って鎧からダンジョンを取り出して、組み手を始める。魔物もいないし植物もいないなか、透明の大蛇と使っていない筋肉を確認するようにゆっくりと体を動かす。
砂なので地面は不安定だったが、封魔一族の巻物に書いてあったように、骨を揃えてる動きを何度も繰り返す。上半身と下半身の連動を切らないようにするのが難しい。
大蛇のダンジョンは、全身でぶつかってくるので重みがあった。なるべく魔力を使わないようにしようと思っても、漏れ出てしまう。魔力が漏れないように動くと、骨が揃っていく。
「武術って理に適ってるんだな」
日が暮れて、空気が冷えてきたので、森へ帰る。
この日は森に帰ってもまだ気温が下がっていった。
夜中。
ふと目覚めて外に出てみると、雪がちらついていた。
「冬来たる、か」