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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【魔境の冬支度3】


 木を切り倒し枝を払ってから、木材を砂漠の軍基地へ運んだ。冒険者ギルド用の家具を頼み、シルビアが描いた設計図も渡した。


 次に、東海岸へと向かい、道路作りをしているダンジョンの民に簡易的なストーブを持って行く。ヘリーが作った魔道具だ。ストーブの上で魚の干物を焼いたりできるので、身体も腹も温まるだろう。


 北東の鉄の採掘場はフル稼働をしていて、作業用のスパイダーガーディアンが動き続けている。メンテナンスをしているサッケツもゴーレムも「終わらない」と汗を拭いていたが充実しているようだ。


 午前中に言われた作業を終えて、チェルの作った北西にある魔石のダンジョンへと向かう。中には実験用で作った魔物を模したモンスターがいるので、軽くスパーリング。魔物を再現しているものの、防御力が異常に弱いので勝手にダンジョンコアの設定を弄り、防御力を最高まで上げてみた。


 ダンジョンマスターではないのに、やってみるとできるのだから、ダンジョンも協力してくれたのだろう。

 ただ、防御力が上がったところで、俺への攻撃が上がるわけではないので緊張感がない。さらに、モンスターは表面上しか魔物再現できていないことがわかり、スライムと同じ攻略法も見えてしまった。


「コラァ! 何をやってるんだヨ!」


 そこでダンジョンマスターが帰ってきてしまい、そそくさと退散。自分のダンジョンと共に、ホームの洞窟へと戻りカタンと、食事について注文をした。肉を多目にしてもらい、鉄分が多い野菜とミルクや小魚などを取り入れてもらうよう頼んだ。


「栄養が必要なのね」

「そうだ」

「わかったわ」


 そのまま南下して、不死者の町へと向かう。

 午前中の間にぐるっと魔境の外周を巡っていたことになる。


 不死者の町では、港に来ている万年亀に住む封魔一族から、身体の鍛え方を教えてもらう。すでに隠居しているミノタウロスの爺さんは、暇そうにしているので声をかけやすい。


「ちょっと体を鍛えようと思ってるんですけど、限界まで体力を追い込む方法を知りませんか?」

「領主殿。まだ強くなるつもりか?」

「魔物と植物に対応できる程度には強くなったと思うんですけど、その能力をどうやって洗練したり伸ばしたりすればいいのかわからなくて」

「普通は逆なんだけどな……。そうか」


 ミノタウロスの爺さんが言うには、通常は自分の能力を引き上げてから魔物に対応できないことを覚え、技術を洗練させていくという。

 俺の場合は魔物の対応はできるが、能力が魔境の環境特化になっていて、今から基本を覚えると無駄な癖がついてしまうことになるのではないかと心配された。


「何度も練習する訓練は、癖をつけることだからな。領主殿には合わないかもしれないぞ」

「自分の身体の使い方を伸ばす訓練はないということですか?」

「いや、ないことはない。ちょっと待っててくれ」

 そう言うと、爺さんは万年亀の上に建つ塔の地下から巻物を持ってきた。


「我が封魔一族は、魔法陣の一族だった。それが、ここ1000年の間、万年亀に引きこもり対人戦の武術鍛錬もしてきたから、ちゃんと鍛え方は残してあるのだ。あ、ほら」


 巻物を広げると、意識的に戦術として相手を倒す方法もあれば、無意識を使い相手の虚をつく方法もあると書いてあった。


「無意識で倒せるんですか?」

「殺気を消す方法だとか、反射を使う方法があるんだ。例えば、手首から少し下を押さえると自然と指が反応して握ってしまうだろう? あとは思い込みで筋肉が止めていることもある。振り返った時に限界まで振り返ったと思っても、頭をこすると、もっと捩じれる」


 話を聞きながら、やってみると、確かに爺さんの言った通りにそうなる。


「人体の不思議ですか?」

「そうだな。使ってなかった筋肉の鍛え方とか、いろいろとある。ワイバーン乗りたちに言って、各万年亀の老人たちにも聞いてやろう」

「ありがとうございます」


 とりあえず、ナイフを地面に突き刺して、逆立ちをする訓練を始めた。とにかくバランスを取る筋肉というのを使っていなかったので、逆立ちは出来ても維持するのがとても難しい。だいたいのことを力技でこなしてきたから仕方がないが、もう少し自分の身体を自由に扱えていると思っていた。


 意識をくみ取るということをやり過ぎたせいか、無意識で飛んでくる反射の攻撃には、対応しきれていないこともわかった。


「自分のことが一番わからないってことがあるんだなぁ」

「なぁにをやっているんだ?」

 カリューが港で変わった訓練をしている俺の様子を見に来た。


「自分の身体を鍛えようかと思って」

 逆立ちしながら答えた。

「まだ強くなるつもりか?」

「魔物に対応できているだけで、自分の身体は全然鍛えられていなかったんだよ」

「わからんなぁ」


 カリューは、俺の傍の地面に座り込んだ。

 もうゴーレムの姿ではなく、すっかり女性騎士だ。


「今を生きている者が羨ましいよ」

「カリューも生きているだろう?」

「いや、私たちは過去の生活を再現しているだけさ。生きているということは変われるということだ。マキョーも自分の鍛え方がわかったら、皆にも伝えてやってくれ。それが未来を作っていくと思えるから」

 カリューはゴーレムとしての限界を見つけたのかもしれない。


 俺は魔境に来てから何度も限界を経験しているつもりだったが、体力的なものから、どんどん精神的な限界に変わってきている気がしている。


「わかった」


 今の自分の限界がどこまでなのか知る必要がある。

 身体の可動域も含めて、自分の思い込みを一旦なくして己を見つめる。自分の限界を勝手に自分で決めている。以前、俺は誰かに人の3倍働いていると言われたが、その言葉のせいで3つタスクを済ませたら満足していた。


 でも、現実はそうではない。魔境の濃い魔力を吸収して楽をしているから、ほとんど疲労はないのだ。鍛えられるところはほとんど鍛えてしまったと思っていたが、魔力の吸収を極端に減らすと、筋肉への補助もなくなり途端に素の実力を見てしまう。


 誤魔化すのは簡単だが、魔境の現実は常に想像を上回る。思い込みだけでどうにかなる場所ではない。鍛えられるところはすべて鍛えよう。


 カリューに剣の振り方を習い、ミノタウロスの爺さんから抜き手を教わった。二人とも筋肉よりも骨を揃えることを重要視している。筋肉へのアプローチが少ない分、明らかに楽だ。

 骨を起点に筋肉と魔力を足していくことで、威力は絶大だ。

 押し寄せる波くらいなら真っ二つにもできる。


 ひたすら使っていなかった筋肉を使ったせいで、久しぶりに筋肉痛になった。回復魔法を使えばすぐに回復できるが、筋肥大が起きないので弁当を食べて仮眠した。


 起きると、音光機でヘリーに呼ばれていた。


「しまった! 空島の石を忘れていた」


 急いで真水で体を洗い、カリューとミノタウロスの爺さんにお礼を言ってから、魔境の森へと飛んだ。


 骨を揃えた状態で魔法を使うと、とてつもない威力が出るので一気に風魔法で進む。砂漠の景色を見たのは一瞬だけだった。


 黒ムカデの洞窟に辿り着くと、ヘリーが驚いていた。


「早かったな」

「筋肉の回復のために仮眠してたんだ。それで、どこを切りだす?」

「とりあえず、岩が変色しているところは全部掘り出してくれ。寝起きでできるか?」

「弁当は食べた」


 黒い岩肌が見えている場所はすべて魔力のキューブで掘り出す。大きさもヘリーが測ってくれたサイズ通りに寸分の狂いもなく切っていく。骨の魔力伝導率を上げるため、鎧を脱ぎ捨てた。


 ズンッ。


 小さな小屋のようなサイズの岩を切り出す。正確にキューブ状だと思っていたが、巻き尺で計ってみると若干、直方体になってしまった。


「失敗だな」

「いや、このくらいで十分だろう?」

「魔力の精度を上げたいんだよ。もう一回やらせてくれ」


 自分でキューブを作っていたつもりでも、いつの間にか無意識のうちにズレが生まれる。

 周りの景色を意識してしまっているのかもしれない。

 ヘリーには悪いが、自分が納得できるまで練習させてもらった。


 谷には黒いキューブが大量に積まれていく。ヘリーは小さな黒い岩に魔法陣をチョークで描いて、浮かぶかどうか試していた。キューブが一つだけなら浮かぶのに、二つとなると、反発してしまうらしい。その修正が必要なのだとか。


「むしろ空島本体を容れ物にしないといけないのかもしれん。痛い!」


 俺と喋りながら作業をしていたから、地面についた手首をひねったらしい。

 骨がちょっとズレている。そのズレを治して魔力の流れを見ていると、ヘリーの腕の筋肉が少しだけねじれていた。


「まだ痛いだろ?」

「筋をやったらしい」

「この筋肉の流れを変えてやれば……」

 指先を持って、軽く引っ張ってやると、筋肉の流れも正常に戻る。


「リパみたいなことをやるな」

「リパほど目はよくないよ。ただ、魔力の流れと同じように筋肉にも流れがあることがわかっただけだ。その思い込みも外さないとな」


 カサカサ……。


 どこかから黒ムカデの足音が聞こえてくる。耳を澄まして、風の流れを読めば、あっさりと姿を見せた。虫系の魔物は動きが特殊だ。筋肉というよりもほとんど外骨格で動いているように見える。


 コツン。


 あれほど固いと思っていた黒ムカデの外骨格にも流れがあり、隙間を抜き手で通すと神経が分断されて、頭部しか動かなくなった。ズルリと頭部を取ると、菌糸が胸部へと伸び始めているところだった。

 ゾンビになる直前で燃やしてしまう。


「どうやった?」

 ヘリーが聞いてきた。


「抜き手で外骨格の流れを断ち切ったんだ。これは誰でもできるかもしれない。教えようか?」

「ああ、頼む」


 結局、教わったばかりの抜き手をヘリーにも教えることになり、後からやってきたチェルとジェニファーにも教える羽目になった。


「なんだヨ。流れって!」

 不満そうにしていたチェルも、封魔一族の老人に教えてもらったと言ったら、素直に聞いていた。


「筋肉が炎症を起こして、筋肉痛になるだろう? 今まで回復薬とかで治していたけど、たぶん自然に食事で治した方が、超回復は起こると思うんだよ。だから太くしたい部位をちゃんと考えて回復薬を使っていこう」

「シルビアに血の流れについても教えてもらった方がいいんじゃないか?」

「そうだな。そうしよう!」


 冬眠を始めたロッククロコダイルがいる池を掃除していたシルビアを引っ張り上げて、血の流れや栄養について学ぶ。


「な、な、なんだよぅ。突然すぎやしないか?」

「どうせまたマキョーが変なことを言いだしたと思ってるんだろう? その通りだ! 教えてくれ!」

「わ、わかった。わかったから、近いぞ。皆!」


 俺たちはその日、吸血鬼の一族の異常な回復速度について教わった。


「ただのチートじゃないか!」

「違う! 一族の技術だ!」


 その日を境に、俺たちは流れの重要性に気づき始めていた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 鍛える事 [気になる点] 流れ [一言] とっても為になるなぁ (*´∀`*)
[気になる点] 血の流れ・・・一族の技術・・・秘術?体に染みついてる遺伝?いやもう凄い話だなあ~
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