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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【魔境の冬支度2】


 風の強い日だった。

 冷たい空気が流れ込んできて、色づいていた葉が吹かれて飛んでいる。

 洞窟の出口に、修理したばかりの俺の鎧が置いてあった。シルビアが置いといてくれたのだろう。サイズはぴったりで、ダンジョンも喜んでいる。


 冒険者ギルドの煙突から煙が上がっていた。暖炉が出来上ったのだろう。

 とりあえず、沼で顔を洗うと、水温が冷たい。眠気も吹き飛んだ。


 見渡せば、あれほど多かったヘイズタートルもいないし、フィールドボアも姿が見えない。トレントの側にいたインプの声もしなくなっていた。


 でっぷりと太った鳥が木の根元で寝ているが、他の魔物に食べられないのが不思議だ。フォレストラットの家族が、勝手に風呂に入っているが、中型犬ほどの大きさになっていた。あの身体では木の上を走り回ることはできないだろう。


「ああ、おはようございます」

 カタンが冒険者ギルドから出てきた。

「おはよう。暖炉ができたみたいだな」

「うん。鍋を煮ているんだけど、椅子とテーブルがまだないの」

「そうか。洞窟にあるのを運ぶか?」

「あるの?」

「倉庫になかったか?」

「倉庫には保存食と魔物の皮だけしかないのよね」


 俺は大きな丸太を魔力で切り倒し、丸椅子を作り、切り株で小さなテーブルを作った。切っただけとも言う。


「足りるか?」

「足りると思う。カヒマン! 枝払い手伝って!」

 カヒマンがイスやテーブルの端を回転する魔力で削っていた。相変わらず器用な奴だ。


 切り出したテーブルと椅子を冒険者ギルドの建物の中に運ぶ。中はとても暖かい。天井から魔石灯を吊るしているので窓がなくても明るい。

 中ではシルビアとヘリーが話をしながら、配置を決めているらしい。


「あれ? もう朝か?」

 シルビアは疲れているのか緊張していない。

「ああ、おはよう」


 チェルとジェニファーは、暖炉前の床で寝ている。二人とも夜通し作業を手伝っていたらしい。隙間風はないから、頑張ったのだろう。


「そう。西側にカウンターとギルドの作業スペースにして、東側を酒場というか食事処にしようかと思ってね」

「南側に入口があるから、明り取りの窓も必要かなと思うんだけど……」

「窓ガラスはどうする?」

「メイジュ王国から安く輸入できるらしい」


 二人とも棚と机をどうするか悩んでいるようだ。


「私たちが作ったものが悪いっていうんじゃないけど、砂漠にいるゴーレムたちに作ってもらうのも悪くないんじゃないかと思って」

「組み立て式の家具作りは性格が出るからね」

「確かにな」


 俺は自分が持っている丸太の椅子とテーブルを見ながら頷いた。いつまでもキャンプのような生活をしているわけにもいかない。


「インク、書類、ペンは交易村で用意できるか?」

「時間はかかるけど、用意はできるさ。それまで軍の訓練施設で取引しよう」

「酒場に木製のコップが必要だし、食器類もないってわけにもいかない。不死者の村で発掘してもいいけど、エルフの国でも交易できると思うけど、どうする?」

「エルフの国からのものにしよう。思い出の品は残しておいてやろうよ」

「そうだな。わかった」

 魔境の財務がどうなっているのか、すでに俺にはわからないが、魔石が豊富な土地なので借金をするということはなさそうだ。


「さ、朝食にしましょう」


 火にかけてあった鍋には、ほろほろに崩れた肉と野菜がたくさん入っていた。塩加減も最高だし、添えてある焼き立てのパンも美味い。


「メイジュ王国の小麦なんだけど、美味しいのよ」

「口に入れた時に、小麦のいい香りがするな」

「魔境で作れないのがね……。いや、作るのだった。マキョー、空島の石材を切り出すから、夕方手伝ってくれ」

「わかった。今日の俺の予定はあるか?」

「木材を砂漠に運んで。設計図も描いたけど、ゴーレムたちが描いた方がいいかもしれないって言っておいてくれ」

 シルビアは、すでに棚や椅子などの設計図を書いていた。


「まだ人はいないのに、なんだか物だけ増えていく……、だろ?」

 ヘリーがそう言って俺を見た。

「いや、そんな風には思ってないよ。もし人手が足りなかったら、ダンジョンの民でも不死者でも連れてきたらいい。封魔一族だっている。食糧の準備は万全だし、服や鎧も用意している。住宅もエルフの国から教えてもらうんだろ?」

「そういう手筈になっているな」

「衣食住が揃って、魔物と植物の動きも鈍くなるみたいだ。つまり、冬は魔境探索と建設には、すごいチャンスなんだよ」

「ああ、だから冬支度をしているのだぞ」

「そう。人もたくさん魔境に呼び込めるってことだよな?」

「まぁ、そうだけど、冬季限定の季節労働者でも呼ぶのか?」

「それいいな。冬季限定で冒険者を呼び込んで魔境の隅々まで探索してもらうのもいいんじゃないか?」

「ただ、予測不能な事態が起きるのが魔境だぞ」

「マキョーは、魔境の探索を冒険者に任せて、なにかするつもりか?」

「いい加減、鍛えようかなって思って……」

「「「はあっ!?」」」


 いろんな方向から、呆れた声が聞こえてきた。


「まだ、強くなるつもりカ?」

「これ以上、強くなって何がしたいのです?」


 寝ていたはずのチェルとジェニファーが起きてきた。


「別に強くなっていないとは言わないよ。でも、俺の場合は必要に迫られたり、魔物からヒントを得てできることが増えていった結果、レベルも上がっているんだと思うんだよ。でも、所詮は魔物への対応でしかないと思うんだ」

「いや、対応できるなら、それが強さだロ!」

「でも、対応できない強さってのがあるだろう? 例えば3ヶ月に一回現れる巨大魔獣なんかはわかりやすいけど、『大穴』の下でマグマを塞いでいた竜とか、ヌシを飲み込む呪いの沼とかも、結局のところ対応は出来ていないわけだ」

「そんなのに対抗できたら人間じゃないですよ」

 ジェニファーは、鍋にスプーンを突っ込んでそのままほろほろになった肉を食べていた。


「でも、魔境には現れるだろう。だから、ちゃんと威力を上げたり、自分の身体の使い方を限界まで上げたり、魔力をもっと自由に使いこなせたり、したいんだ。自分のできることに向き合うっていうか……。そもそも魔境の運営は向いてない気はしてるし」

「向いてなくてもやるんだヨ! 辺境伯だロ!」

「そうなんだけど、結局、何かあるたびに対応していくだけの場所になってしまうんじゃないか?」

「そうですよ。それでいいじゃないですか」

「技術が進歩しすぎたから、ミッドガードは移送されて、ユグドラシールは対応できなくなって滅んだだろう。それをもう一度繰り返すだけになってしまわないか?」

「一国の辺境にいる領主がユグドラシールくらい繫栄させれば、十分成功と言えるのではないか?」

 ヘリーが、それ以上何を望むのか聞いてきた。


「今のままじゃ古代ユグドラシールを目指すだけで、俺の人生は終わるよ」

「そ、それの、ど、どこがダメなんだ!?」

「滅びることが見えている領地を作るわけにはいかない。方向性だけでも、見せておかないと、続かないんじゃないかな。せっかく開拓して、俺がいなくなるとまたなくなるっていうのも辛いだろ」

「魔境のコンセプト……」

「魔境のビジョンか……」

 チェルとヘリーはそれぞれ違うことを言っていた。


「マキョーはどうしたいんだ?」

 シルビアは、ちゃんと聞いてくれる。

「魔境を楽園にしたい」

「シンプルですね……、でも現実は、ほとんど地獄ですよ」

 ジェニファーは辛辣だった。


「そうか? カヒマンとカタンは、今の魔境についてどう思ってる?」

 サッケツはいないので、ドワーフの二人に聞いてみた。

「いいところ」

「刺激的かな」

「それはなんでだ?」

 もう少し聞いてみる。

「自由」

「そうね。何をやっても叩かれたことはないわ」

「でも、危険」

「うん、自由な地獄って感じかな」

 二人とも、気持ち的には自由を得られているけど、現実の魔境の環境はしっかり危ないと叩き込まれている。


「帰りたいか?」

「それはない」

「エルフの国に帰るくらいなら、魔境に一生いた方がいいよね」


 二人とも、だいたい俺と考えていることは同じだ。


「初めは皆、追放されてきた人たちだったんだ。できれば魔境で力をつけたら、追い返そうと思ってた。というか、勝手に帰るもんだと思ってたんだ。カリューは昇天するみたいだし」

「私はいつか帰るヨ」

 チェルはいつかメイジュ王国の魔王になるつもりだろう。


「私は帰ったところで、やることは変わらないだろうから、残ると思う」

「わ、私はまだ決めてない。まだ、しばらくはいるつもりだ」


 ヘリーとシルビアは残るのだろう。皆、それぞれ将来設計を語る流れになっていた。


「あの……、私は魔境で実力が付いたと自信を持てたら、実は世界を旅しようかと思ってます!」

 ジェニファーが唐突に宣言した。


「俺を引きずり降ろして魔境の領主になる計画じゃなかったのか?」

「それをちゃんと考えたんですけど、マキョーさんを引きずり下ろすのも、マキョーさんみたいな魔境の領主になるのも、一生かかっても無理そうなので、自分の道を探そうかと思ってます。違う国の人の話を聞くうちに、自分がいかに井の中の蛙だったかを知って、大海を知る必要があるんじゃないかと思い始めているところです。まぁ、まだわからないですけど……」

「応援するよ。ジェニファーは冒険者だし向上心があるから、魔境で旅を終えない方がいい。その選択はあってると思うよ」

「そうですかね?」


 そういうジェニファーを見て、女性陣は黙ったまま見ていた。


「あれ? 皆、どうした? あ、ジェニファー、また俺を騙しているのか!?」

「いや、そんなことないです! だいたい、私はマキョーさんを騙しても、すぐにバレますから!」

「じゃあ何で皆、こんなリアクションなんだよ」

「驚いてるんだヨ」

「知らなかった。一人で考えていたのだな」

「さ、最近、それぞれの仕事をしているから、あまり話す機会がなかった」

「私は皆さんみたいに、別の国から来たわけでもないし、特別な地位に生まれたわけではないので、詳しく知りたい欲求よりも、おおざっぱでもいいから広く知りたいと思う方なのかもしれません」

 自己分析までして、決めたことのようだ。


「だから、マキョーさんは私を思う存分追い出してください」

「そうだな。送り出すよ」

「でも、冬は寒いので、春になってからですけどね」


 バタン。


 突然、ヘリーが丸椅子に座ったまま、床にひっくり返った。


「どうした? 大丈夫か?」

「いや、まいった。ダメだ」

「食あたりか?」

「違う。皆、それぞれライフプランを決めているのに、私ときたら、だらだらと空島を作ればいいかくらいにしか思っていなかったのだ。エルフで寿命が長いというのに……。今さらながら、自分の人生のいい加減さに呆れてしまったわけさ」

 天井を見上げながらヘリーが笑っている。


「そ、それを言うなら、私だって決まっていないよ」

 ひっくり返ったヘリーを見ながら、シルビアが言った。

「シルビアはだいたい決まっている。その優しさが進路を決めているようなものだ」

「え? そ、そうなの? 私は何になるの?」


 なんとなく俺もシルビアが次の魔境の領主になるんじゃないかと思っている。魔物も、人の服も放っておけない優しさを持ち、貴族の血を引く彼女なら誰も異論はないだろう。


「とにかくシルビアの今後については自分で気づいてもらうとして、俺は魔境を楽園にしたい。だからと言って、何もせずに根菜マンドラゴラの煮物だけ食べていればいいという生活になると、雨の日の娼婦の溜まり場みたいになぜか不満だけが溜まっていく。あれは心の健康に良くない」

「だったら、何をするのだ? まさか何もしていない自分たちを励まし合おうとでもいうのか?」

 倒れていたヘリーが起き上がった。


「それはただのバカじゃないか」

「でも、楽園って、バカみたいにカム実みたいな甘い果物を食べているイメージだヨ」

「自分と他人を尊重して、好きなことをしていく楽園だ。差別と迫害はなし。ただし、魔境は他の地域から比べると過酷だから、新しく入ってきた人には、皆で気を配ろう。慣れれば、こんなにいい土地はないだろ」

「まぁ、次々と天災が降りかかるし、魔物の大発生もあるから慣れないんだけどネ」

「そう。今までは魔境について知らないことだらけだったから、受け身になることが多かったんだけど、魔物や植物がおとなしい冬からは、こちらから動いていく。ユグドラシールを追うだけじゃなくて、俺たちの思う魔境の形にしていくんだ」

「うん、よし、マキョーに勢いがあることはわかった。それで道路を作って、空島を作って、集合住宅は作るのだろう?」

「そう!」

「一歩ずつ着実にいこうヨ」

「領主がやる気になっているうちに動きますよ!」

「能動的に動けって、ずっと好きなことをさせておいて、今更何を言っているのだか」

「え? 私、何になるの?」

「攻めの冬にしよう!」


 立ち上がって、拳を振り上げてみたが、皆、朝食の皿を片付け始め、それぞれの作業に向かっていた。


「おーい、マキョー、表にある木材、砂漠に持っていってネ」

「道路作りも見に行ってあげてくださいね!」


 チェルとジェニファーに指示を出されたので、拳を下ろして俺も作業を開始。とりあえず限界まで働いてみようと思う。


 


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― 新着の感想 ―
[一言] おおぅ 何か最終回みたいだw (*´ω`*)
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