【交易生活43日目】
「マキョーさん!」
昼前にカタンに揺すられ、起こされた。
「なんだ? 寝てたのに。夜中起きてたから眠いんだよ」
「砂漠が大変なことになってるって!」
とりあえず、体を起こして、洞窟の外に出た。皆、眠そうに起き出している。
「なにがあった?」
起きてメモ書きをしているジェニファーに聞いてみる。
「どうやら根菜マンドラゴラを取り込んだ砂漠の植物が巨大化して暴れているようです」
「ああ、魔物には隠れられるけど、植物か」
「直接ダンジョンを狙っているようで……」
「ダンジョン同士の抗争が再燃しているのか」
「行くヨ」
チェルの掛け声で、俺はダンジョンの入った鎧を着て空へと飛んだ。
異常なことになっているのは砂漠に辿り着く前からわかった。
森の端から蔓が砂漠に向かって伸びていた。バラのような花弁を付けた大きな花の群れが、砂漠の上を根と蔓を器用に使って歩いている。
大きさは大型のロッククロコダイルに匹敵するだろう。砂漠に生息するサンドコヨーテやデザートサラマンダーの倍はある。
さらに砂漠の先には、黄色い霧が発生していた。おそらく痺れ粉を出すサボテンが根菜マンドラゴラによって、活性化したのだろう。
砂漠の魔物たちは逃げ惑っているが、サンドワームだけは、大型の花を食いちぎりながら移動していた。
花の群れとはいえ、連携が取れているわけでもなく、散らばって移動している。砂漠の腕は緑色の点が蠢いているだけ。
「軍基地のダンジョン付近で花が燃えている!」
竜に乗ったシルビアが近くまで来て報告してきた。
「じゃあ、ダンジョンだけ守ろう。あとは勝手に枯れるさ」
俺たちは軍基地のダンジョンまで飛んだ。
音がするからか熱気が出ているからか、動く花は軍基地に集まっているようだ。
「マキョー!」
チェルが魔法で炎の槍を出して、動く花を攻撃し始めた。
ブシュッ!
あっさりと花は燃え、炭化して倒れていく。根や蔓は動いているもののバランスが取れなくなるようだ。
俺も火魔法を拳に纏って、大きな花を殴る。甘い香りが辺りに広がった。特に花から出る液体の効果はなさそうだ。
森側を見ればシルビアが竜たちを誘導して、砂漠まで出張してきていた。花は竜が焼いてくれている。
ゴーレムや作業用ガーディアンスパイダーたちが火炎放射器で倒れた花を徹底的に焼いてくれるので、俺たちは倒すだけでよかった。
「おつかれ」
「お疲れ様です! サイズ感がバカみたいに大きくて、用意していた火炎放射器では全然焼けませんでした!」
サッケツが額の汗を拭いながら、報告してきた。
確かに俺たちは感覚が麻痺しているが、ワイルドベアよりも大きな花が襲ってきているのだから、ちょっとやそっとの火力では太刀打ちできないのが普通だ。
火を扱っているのか、火を使った攻撃を仕掛けているのかで違うんだろう。
「回転させたり、炎で貫こうとしたりすると、倒せるんだけど、そのためには改良しないとな」
「そうですね……」
竜の炎から逃げ出した花をチェルが焼いている。
『霧の中でサボテンが花を咲かせた。皆、マスク着用を!』
ヘリーからの連絡が入った。
「了解」
風に吹かれたサボテンの花粉を吸いこめば、俺たちも動けなくなってしまう。
青かった空が徐々に黄色く染まっていく。
砂漠の魔物たちは、身体が痺れて倒れていた。
ボトリ。
目の前に麻痺状態のデザートイーグルが落ちてきた。
「一通り焼いたら、ダンジョンに避難しよう!」
俺は自分のダンジョンを外に出して、焼けた花を食べさせた。サボテンの花粉もスライム状の皮膚から取り込んでいる。いったい、どんなダンジョンに育つのか。
昼過ぎまで、軍基地のダンジョンで仮眠。
外に出ると、すっかり毒の霧は晴れていた。
ヘリーの頭の上を鳥の霊が飛び回っていた。
「海の魔物が大型化して、交易船が来られないらしい」
「砂漠の次は海か」
根菜マンドラゴラの大発生が終わっても、後始末は続く。
晴れているし雲の流れも穏やかだというのに、東の海は波が高かった。
大型の海獣が暴れているらしい。チェルが凍らせて落ち着かせていた。
あったはずの岩場は崩れ、浜辺に海獣の群れが寝転がっている。
ようやく外に出てきたダンジョンの民は、見慣れない大型の魔物に警戒していた。
繁殖期なのか雄叫びのような声も轟いている。
「でも、このままじゃ道作りに支障が出ますよ。ちょっと移動させます」
リパが海獣の群れの中に入っていった。当然と言うべきか、オスの海獣たちがリパを攻撃しようとする。どれだけ強くなってもリパは魔物に狙われる存在だ。
勢いよくのしかかる海獣をリパは、木刀で横に払って切っていく。
ボコーン!
鈍い音が鳴り、海獣は波の高い海へと飛ばされていく。
リパの実力なら魔力でも切れたと思うが、弾くことにしたようだ。ジェニファーのスライム壁を木刀に付与したようなものだろう。
オスの海獣を一通り弾き飛ばすと、後には大人しいメスが寝転がっているだけ。道作りには支障が出ない。
「サイズで警戒することがなくなりました。それよりも動きや性質を見た方がいいですね」
海鳥に襲われながらリパが言うと、妙な説得力がある。海鳥はリパに傷一つつけられないでいる。
俺たちは大型のサメを狩り、浜辺で解体。ついでに、根菜マンドラゴラへの対応の慰労会も行った。
「終わってからも大変だけど、とりあえずお疲れ様だ」
森の中ではジビエディアとワイルドベアが戦っているが、大発生を経た後だと、いつものことだと思って気にならない。
サメの淡白な身に塩とハーブで味付けをして、ダンジョンの民にも振る舞う。カタンは豪快に大きく肉を切り取り葉で包み、砂の中で蒸し焼きにしていた。
サバイバル演習をしていた訓練兵たちも喜んで食べていた。避難中にダンジョンの民たちとすっかり打ち解けている。
「カタン、これから冬になるだろう? 食料は足りるかな?」
火加減をチェルに指示を出しているカタンに聞いてみた。
「ああ、大丈夫よ。ピクルスも干し肉もあるし、ジャムだってもう壺が足りないくらいあるから。ジェニファーさん、食料の在庫をマキョーさんに教えてあげてください」
「えーっと、今のままの消費速度でも、来年の夏までは十分に食べられるくらいはあります。むしろ、腐ってしまいそうなんで、早く交易村に持っていって、小麦や他の保存食に換えましょう。食糧だけじゃなくて、毒も結構ありますからね。リパくんが植物園のダンジョンで頑張ったんで」
「そうなのか!?」
リパを見ると、サメ肉のステーキを食べながら頷いていた。
「他に出来ることがなくなってきました。回復薬を作っていても毒になってしまいますし、魔力量も上がったのに、魔法は難しくて覚えられないし、どうすればいいですかね?」
「リパは、カヒマンと違って不器用貧乏だからな」
ヘリーは、そう言った。突然振られたカヒマンは、サメ肉をのどに詰まらせていた。
「リパ先輩はすごい。魔物が自然と寄ってくる。鍛えたい放題」
カヒマンはリパを評価している。チェルが魔人化したときに、一緒にクリフガルーダの呪法家のところに行ったらしい。
「鍛えてる感覚はないよ。出来ることが少ないから、同じことを繰り返しているだけだからどんどん楽になっていくんですよ。観察して判断して、実行するってマキョーさん言ってたじゃないですか?」
「ああ、言ってたかもしれない」
「最近はさっきの海獣もそうですけど、観察した段階で、弱点というかどこに打てばいいのか光って見えてくるようになって、いよいよ頭を使わなくなってきてるんですよ。雑用のし過ぎですかね?」
リパは、魔物への対応を単純化しすぎて、異常にレベルが上がっているのかもしれない。
「リパ。ちょっと一回魔境の外に出たほうがいいヨ。必死でマキョーについていこうとしているだろう?」
チェルが諭すように、リパに言った。
「いや、マキョーさんについていくのは無理ですよ。早い段階で諦めてます。でも自分が出来ることを極めていった方がいいような気がしてるんですけど、何をしたらいいのか」
「いや、もうやってるんじゃないか? 毒作りとか木刀とか」
「それは失敗したり、それ以外の武器を扱えなかったりするだけで……」
「考えてもみろ。魔境の魔物と木刀で戦ってるのお前だけだぞ。それは他に誰もやっていないし、出来ないことなんだ」
「マキョーさんは出来るんじゃ……」
「俺は木刀より指の方がいい。やってみようか?」
俺は浜辺に流れ着いた流木を拾い上げて、振ってみる。
「振るくらいはできるけど、身体の一部のように魔力を込めると……」
バリバリバリ……。
流木が雷にでも当たったかのように砕け散ってしまった。
「ほら、な。あれ? ちょっと待て。俺ってもう武器持てなくなってない?」
「ようやく気付いたのか? マキョーにとって武器は魔力を制御する道具でしかないぞ」
ヘリーが辛辣なことを言う。
「手甲だって作ったのに、使ってないだろ?」
「確かにな」
「今日だって、殴ってばかり。鎧に至ってはダンジョンの容れ物でしかないだろ!?」
「はい……、そうかもしれません」
思えば、俺は武具に関してまるで必要のない人間になってしまったのかもしれない。
「でも、荷物をひもで結んだり、魔物の解体でナイフを使ったりはするぞ」
「それは荷物によるし、本来はナイフを使わなくても魔力のキューブで済ませられるだろう?」
ヘリーとシルビアに詰められると、言い返す言葉がなくなる。
「だから、リパ。基準をこれにしちゃダメなんだ。こんなのばっかり見てると、自分が出来ることを見失う。だから、普通の生活を確認した方がいいんだヨ」
チェルがもう一度、リパを諭していた。「これ」というのは俺のことだ。
「えぇ? じゃあ、マキョーさん、戦ってもらえますか?」
「なんでだ? あ、里帰りか。どうしてお前たちは俺と戦ってから里帰りするんだよ。別にいいんだぞ。黙って帰ったって」
「でも、一応、俺で止めて、後で何か言われたくないので……」
「はぁ」
俺は、砂浜でリパの攻撃を受け止めることにした。
「準備はいいですか?」
「いつでもいいよ」
タンッ。
リパが砂浜を蹴り、木刀を手に俺に迫ってきた。狙いはすべて人体の急所だが、回転した魔力で弾いてしまう。
体重と技の威力で、魔力の回転を突破しようとしてくるが、魔力の性質を変えてしまうと、あっさり跳ね返せる。
それでもなおリパは愚直に、木刀で付きを繰り出してくる。
愚直で単純。リパの短所で長所だ。
不意にリパの目線が遠くの海に外れた。俺も一瞬、リパから視線が外れる。
繰り返すことによってフェイントは効果を発揮するが、さすがに俺もそこまでお人よしではない。
魔力を切った俺の頬をリパの木刀がかすめた。
俺の右拳は、リパの顎を正確に捉えていた。
リパは回転しながら、砂浜に落下。勝負は決着となった。
「ダメだ。なんにも光が見えない。マキョーさんには隙がありません。いや、隙に見えるところでさえ、攻撃が効かないと言った方がいいでしょうか」
顎を殴ったのに、リパは寝ながら喋った。打たれ強さ。リパの長所だ。
「よいしょ。いてぇ~!」
リパは回復薬を顎にぶっかけて、立ち上がった。
「マキョーさん、少しの間、休暇を頂きます!」
「うん。元気に帰ってこい!」
リパは空飛ぶ箒を手に、南へと飛んでいった。
「お土産持たせなくてよかったかな」
「大丈夫です。たくさん持って行きましたよ」
ジェニファーは母親のような目で、空を飛ぶリパを見ていた。