【交易生活36日目】
朝から黒ムカデがいた洞窟の石材を切りだしていく。正確には魔力のキューブで抜き出していっている。だいたい、小屋一つ分くらいの立方体にして、それぞれの面に魔法陣を描いていくらしい。
「封魔一族のダンジョンと、伝わっている技術をもってすればほぼ落ちない島ができるはずだ」
そう意気込んでいるヘリーだったが、計画では3年はかかる見込みだとか。砂漠にいる整備士のゴーレムと封魔一族からオークが共同で空島プロジェクトに参加することになった。
切り出した石材を作業場である砂漠に運ぶためには道があると便利だが、まだそれは出来ていない。固いだけでなく、重くて大きいため、川に筏を浮かべてまずは東海岸へと運び、さらに海岸線を南下。封魔一族の谷があった場所へと送る。そこから再び、砂漠を西へ向かうという、なんともめんどくさい運搬法を取った。
竜で運んでもよかったのだが、重すぎて竜が嫌がったのだ。貧弱な奴らだ。
「マキョーが運んでもいいんじゃないの?」
「だったら、浮遊魔法の魔法陣を石切り場で描いてしまった方が早くないか」
「そうなると森の木々を退かさないといけなくなるから。島となると量が量だからさ。マキョーの仕事にするよりも公共事業にして、仕事を回した方がいいんだよ。仕事してないダンジョンの民だっているんだし」
なるべくダンジョンの民には、ダンジョンの外で仕事をしてほしい。あと、魔境コインを報酬として渡すことによって流通させたいという狙いがある。
住民が多くなり、分業ができるようになって、俺の仕事も変わってきた。
・地図を作っているハーピーたちをまとめて、危なそうな魔物への対処。
・東海岸の道路作りをしているアラクネとラミアから指示を受けて地均し。
・黒ムカデの洞窟から石材を切りだしていく。
今の俺はこの3つの仕事を掛け持ちしている。
女性陣たちもいくつか仕事をしているし、手が足りなくなったら音光機で連絡を取り合い、手伝いに行くようになっていた。
もちろん唐突に時間が空いた時は、掲示板の依頼書を見てダンジョンの民やカタンの手伝いをするようになった。
「マキョーさんは、依頼を請けてないで、魔境の魔物図鑑と植物図鑑を作ってください」
依頼書に合った栗を大量に持って行くとカタンには怒られた。
「言葉で説明するのが難しいんだよ」
「落書きみたいな絵でもいいんだよ。魔境の冒険者ギルドには、マキョーさんしかいないんだからね」
「はい」
胃袋を掴まれているので、文句は言うまい。
魔物図鑑の参考資料として、P・Jの手帳を引っ張り出してきた。とりあえず、P・Jが見つけた魔物くらいは書いておきたい。
「よく魔石の効果がわかったな」
今は、魔石をほとんど魔力の塊くらいの価値しか見出していないが、前は効果を実感できていた。せいぜい体調不良に効くインプの魔石くらいだ。いろいろと出来るようになると感度が下がるのかもしれない。魔力で診断した方が早いし。
とりあえず、沼にいるヘイズタートル、キングアナコンダ、ワイバーン、ロッククロコダイルなど爬虫類系の魔物の特徴を書いていった。ただ、「鱗の模様がきれい」「甲羅はなんにでも使えそう。あと肉を汁にするとめっちゃ美味い」「突進で吹っ飛ばされたのはいい思い出」「寝ていたら、餌と間違われて連れて行かれちゃうぞ」など印象や経験談になってしまう。
「立ち向かう方法とかの方がいいのか。でも、そうすると『後ろに回って殴れ』ばっかりになっちゃうなぁ」
前は近づくのも怖かったはずなのに、今は弱点だらけで、どこが弱点なんだかわからなくなってくる。性格はどいつもこいつも温厚に見えるが、以前は違ったはずだ。
あの騒がしかったインプなんか、近づくだけで黙って逃げ出す始末。トレントは枝を折っても動かない。
「気配を殺して、訓練兵についていくしかないか……」
入口近くに演習場にいる訓練兵を観察していると、ゴールデンバットですら苦戦して取り逃がしていた。
「どこが難しかった?」
汗を拭う訓練兵に聞いてみた。
「わぁ! マキョーさん! 何をしてるんですか?」
「今、魔物図鑑を作っていて、戦う時に気をつけることを書いていこうと思ってるんだけど、自然とやっているからわからなくなっちゃってるんだよね。だから、ゴールデンバットを初めて倒すときってどうだったかなぁ、と思ってさ。今、逃がしたゴールデンバットはどうして狩れなかったんだと思う?」
「いや、飛んでいる軌道が読みづらく、攻撃しても当たらなかったからですかね?」
「なるほど……、興味深いこと言うね」
俺はメモ書きを走らせた。
「どうやったら攻撃が当たると思う?」
「それがわかればやっています」
「あ、そうか」
自分が何の力も使わずに倒す方法か。
「罠は仕掛けてる?」
「はい。落とし穴は複数仕掛けてますが、まだかかってませんね」
「俺たちが落とし穴を掘り過ぎて、魔物がかからなくなっちゃってるのかもしれない。すまん」
「いえ、そんな……」
「新しい罠を考えよう。テグスみたいなものってないか?」
「ありますよ。一通り持ってきましたから」
「それを木と木の間に、はしごみたいに4本くらい張ってくれるか」
「はい」
訓練生たちは一斉に動き出した。統率が取れているのか、純粋なのか、言ったことに対してはの動き出しは早い。チェルなら、「なんで?」とか文句を言ってから動くだろう。
「こんな感じでいいですか?」
どの訓練生もきれいにテグスを木々の間に張っていた。
「じゃ、鍋でもなんでもいいから叩いてゴールデンバットを呼んでみよう」
「来ますか?」
「来る。あいつら音には敏感なはずだから」
習性も図鑑には書いておこう。
カンカンカンカン!
訓練生たちの鍋を叩く音で、ゴールデンバットが飛んできた。羽にテグスが引っかかり、墜落。ただ、すぐに起き上がって飛んでいこうとする。
「今! 仕留めないと!」
「あ! はい!」
訓練兵の一人が近づいて剣を振り下ろしたが攻撃は外れ、剣が地面に突き刺さる。訓練兵はそのまま千鳥足になって倒れてしまった。
近づいたタイミングで、混乱効果のある音波にやられたのか。
俺は耳栓をしてからゴールデンバットの首を切り落とし、訓練兵を助け出した。
「大丈夫か? すまん。あんな音の攻撃があるのを忘れてたんだ」
何度か訓練兵の頬を叩いて、混乱を解いた。
「あ、だ、大丈夫です」
「もしかして、皆、警戒しすぎてタイミングを失ったりすることが多いのか?」
周りの訓練兵たちにも聞いてみると、大きく頷いている。
「警戒しないと魔境じゃ死ぬから仕方ないんだけど……。なんて言えばいいかな。観察していると、下顎を閉じるタイミングがあるだろ? その時に攻撃すればいいんだけど、意味わかる?」
「いや、ちょっと……」
「ゴールデンバットが音の攻撃を使うってことは、口から出てる攻撃なんだよ」
「あ! なるほど! そういうことか! わかりました!」
素直だ。
「前から言ってた観察しろってそういうことだったんですね?」
「そうだよ。これも書いておくか。あの対人戦とかでもそうだと思うけど、攻撃に入る時とか、初動とか、攻撃の意図とか、ちゃんと見て、判断しないと攻撃食らっちゃうだろ?」
「そうですね」
「で、魔境だと一撃でも当たれば命取りになるから、観察は真剣にやらないと生き残れないぞ」
「「「はい」」」
「次、行ってみるか?」
「お願いします」
その後、エメラルドモンキーと対峙させる。
「これも挙動が読めなくて、逃がすことが多いんですよね」
「ああ、そうか。足の動きだけ見てみろ。ジャンプするタイミングを見て、空中にいる時に距離を詰めるんだ。ジャンプしているときに動ける魔物ってそれほどいない。だから、頭上の枝にさえ気をつければ、あっさり、ほら……」
エメラルドモンキーを捕まえて見せた。
「はい、やってみて」
訓練兵にエメラルドモンキーの相手をさせている最中に、メモ書きを残していく。
続いてロッククロコダイルだ。
「これはもう距離感だ。尻尾の可動域を見ながら、魔法の範囲も測っていけばいい。見てくれ。あれだけ尻尾を回転させると、もうあれ以上はこちらに向けた攻撃ってできないんだよ。来るとすれば、土の魔法だ」
岩が地面からニョキっと生えた。ロッククロコダイルの魔法攻撃だ。
「で、この岩が死角になるから、後ろに回り込んで口を押さえちまえばいい。こいつは噛む力はあるのに、開ける力が弱いんだよ」
これも図鑑に書いておこう。
「魔境にいる爬虫類系の魔物って刃物が通らないんですけど……、いい方法ってありますか?」
訓練兵も身を乗り出して、メモを取っている。
「ああ、それは魔力を使うしかないんじゃないか。幸い、俺の時は過去の人が残した遺物の中に魔道具のナイフがあったんだよ」
今思うと、本当に魔境に来た最初の頃は運がいいだけだった。ヌシに遭遇していたら死んでいたな。
「今はもう魔力で切っちゃうけど……」
「魔法じゃダメなんですか?」
「いや、切れれば何でもいいんだよ。肉が崩れたりするともったいないっていうだけだ」
指でスッとロッククロコダイルの腹に切れ目を入れて、内臓を取り出していった。
「そんなに切れ味がいいんですか……」
「前も訓練施設で言ったかと思うけど、骨に魔力を流すイメージをすると魔力とか魔法の威力が変わってくるよ。背骨から肩甲骨を通って、指先まで魔力を通すイメージを繰り返すんだ。だから丹田とかが大事になってくるんだけどね。腹の下で魔力を練り上げるから」
身体操作や魔力の練り方なんかも、魔境に来る冒険者の手引書には書いておいた方がいいのか。
結局、夕方近くまで、訓練兵と一緒に魔境の入り口付近を回った。
早めに夕飯を食べて、地図作りを終えたハーピーたちを迎えて、カタンが作った夕飯弁当を渡していった。
あとは、作りかけの冒険者ギルドの床で、メモ書きを羊皮紙に清書していくだけ。今日はほとんど、訓練兵とばかり話していた気がする。
深夜になり眠ろうとしたタイミングで、北の方から叫び声がいくつも聞こえてきた。
北西のダンジョンにいるチェルと、北東の鉄鉱山にいるサッケツから、同時に『根菜マンドラゴラ発生』との報せが音光機で届いた。
「来たか」
晩秋の夜に吹く風は冷たく、吐く息は白い。俺は握った手に息を吐きかけて、準備を始めた。