【魔境生活25日目】
翌日。
「ギャー! ちょっと魔族です! 魔族がいます!」
俺の部屋に駆け込んできたジェニファーが叫んだ。
「ここで見たことは忘れる約束だろ?」
俺は寝癖を直しながら、表に出ると、チェルがパンを焼いていた。
「マキョー、パン!」
チェルは嬉しそうに焼き加減を見ている。
「うん、畑に水やり行ってくる」
「ちょちょちょっと! えっと、マキョーさん?」
ジェニファーが俺に付いてきた。
「なんだ? ジェニファー」
「魔族がいるんですよ」
「だから? 東の海岸に漂流してきたんだよ。船を作って帰してやろうと思ってね。魔境ではチェルのほうが先輩だから敬意を持って仲良くな」
「いや、だって……敵ですよね? 見つかれば、衛兵に連れて行かれますよ」
「敵って100年以上前の話だろ? 今は別に戦争をしてるって聞いたことがない? 困っている人がいたら助けろって教会だって言っているはずだ。何か問題があるか?」
「そうですけど……助けても、なんにも得がないじゃないですか?」
「家賃代わりに魔法を教えてもらってるんだ。これでも結構、うまくなったんだ」
俺はそう言って魔法で沼に水流を作って、畑に水やりをした。オジギ草がまたなにか魔物を食べたらしく、大きくなっている。雑草のカミソリ草も刈り取っておいた。
ジェニファーはその様子を黙って見ていただけ。
「ジェニファー、君もちゃんと家賃を払うようにね。ここは俺の私有地だから。家賃を払えない奴は追い出すよ」
「お金ならあります! ここに金貨10枚あります! 1ヶ月滞在でどうですか?」
家賃を言う前に、店子のほうが金額を言ってきた。金貨5枚で買った土地に1ヶ月滞在させれば金貨10枚もくれるという。
「それでいいよ」
もしかしたらジェニファーはものすごくバカなのかもしれない。
「では、これを」
そう言ってジェニファーが渡してきたのは、小切手と書かれた紙切れだった。
「いや、これは金貨じゃないだろ?」
「でも、金貨10枚の価値はあります」
「こんなんじゃダメだよ」
「はぁ~、これだから田舎の人は……王都ではこれが普通なんです。いちいち金貨を持ち歩く必要はないでしょ? これを持って両替商に言っていただければ、金貨に換えてもらえますから」
「でも、ここは王都じゃないしなぁ。両替商なんか来ないし……」
そういうとジェニファーは「わかりましたよ!」と怒り始めた。
「働けばいいんでしょ? 働けば! 皿洗いですか? 薪拾い? それとも夜伽の相手ですか? こうなったらなんだってやります! いずれここのトップになって、あいつらに復讐してやるんですから!」
自分の意見が通らないとすぐに怒り出すって、やっぱりちょっと危ない奴だな。できれば、出ていってほしい。
「よし、それがいい! ここは君の居場所じゃない。出て行ってくれ」
「え……? どういうことですか?」
「いや、この魔境は俺の土地なんだ。君は危ない奴っぽいし、入り口のスライムにやられているくらいだから、この魔境ではやっていけない。お引取りください」
「な、な、何を怒っているんですか? なにか私が失礼なことでもいいました?」
「うん、君がパーティから追放された理由がよくわかった。君は人の話を聞かない。誰もが自分の思い通りになると思っているだろう? 残念だが、現実はそう甘くないんだ」
ジェニファーは顔を真っ赤にして、洞窟へ戻り自分の荷物をまとめ始めた。
俺は無言で去っていく彼女を見守った。
「マキョー、パン!」
「うん」
チェルはジェニファーが洞窟から去っていくのを見て「カエルノカ?」と聞いてきた。
「ああ、追放されて復讐するためにここに来たそうだ。彼女の居場所はここじゃない。王都でやり直したほうがいいだろう」
「フーン」
俺の説明がわかっているのいないのか、チェルはジェニファーに向かって「ジャ、マタ!」と言って手を振っていた。
ジェニファーは魔境の入口に向かって去っていった。
「もしかしたら、リビングデッドになっているかもしれない」
「ウン」
「もしかしたら、チェルがここにいることがバレて衛兵が来るかもしれない。衛兵がきたら逃げろよ」
「ウン」
不思議だ。言葉が通じない魔族の方が意思が通じるなんてな。
多めの朝飯を食べて、昨日に引き続き砂漠で方角を知るため「魔物を捕まえては放す」を繰り返すことに。
巣に帰らず、こちらに向かってきた魔物は倒していった。
倒した魔物の魔石がちょっとした小山ほど溜まった頃、小鳥の魔物であるリーフバードを捕まえて放すと、一旦高く飛んで、自分の巣に帰ることを確認した。今まで襲ってこなかったため、あまり気にしていなかった魔物だ。
どのくらいの距離までリーフバードが帰って来るのか実験をすることに。
「大きさもいいし、生態もピッタリだな」
リーフバードは非常に小さく、ポケットに入れられるサイズで、暗いところに入れるとすぐに眠ってしまう。
砂漠近くの森まで行って放すと、高く飛んで北へと向かった。
「実験成功だな」
「セイコウ」
家の洞窟の上に、リーフバードの巣を作り、リーフバードをたくさん捕まえることにした。リーフバードだからと言って、葉っぱを食べているわけではなく、虫系の魔物の幼虫を好んで食べているようだ。
自分の体と同じくらいの大きさの獲物を食べるリーフバードに、どうなっているんだ? と思うが、食べるのだから仕方がない。しかも、食べるとすぐに眠ってしまう。捕まえるのも簡単だった。
昼食後、リーフバードを懐にしまい、砂漠へ。
砂漠ではサンドワームをひたすら倒しながら、進んだ。魔境の森が見えなくなると、まったく方向がわからなくなった。
「「ハァハァ」」
方向がわからなくなると、途端に疲れる。わからないことがこんなにも疲れることだなんて。
とにかく走り続けたが、砂嵐がひどく、なかなか進めない。
砂嵐が起こると、とりあえず、土魔法で地面を固め、簡易的な砂のかまくらを作る。収まるのをかまくらの中で待ってから、天井に穴に開け、再び辺りを走り回った。
何十体目かのサンドワームを倒した時、遠くの空に動かない雲を見つけた。
「あれはなんだろう?」
「ンー…トリ?」
チェルは首をかしげながら言う。近くに行くと、雲から鎖が地面へと伸びているのがわかった。雲もしっかりと実体があるようだ。
「こんなの見たことあるか?」
「ナイ…ナイナイ。ミタコトナシ!」
俺もチェルも上を見ながら言う。
薄い雲に囲まれた空に浮かぶ島。鎖は一つのパーツがサンドワーム程もあり、しっかりと地面につながっていた。
P・Jの手帳に描いてある遺跡はあそこにありそうだ。
鎖を登れば、島まで辿り着けそうだが、今日はすでに日が傾き始めている。
「一旦帰ろう」
「ウン」
懐からリーフバードを取り出して放す。
空高く飛んだリーフバードが旋回して、北に向かって飛んで行く。俺たちはリーフバードを見失わないように追いかけた。
ちゃんと家には帰れたのだが、空に浮かぶ島が存在することに、ずーっと驚いている感覚だった。
チェルも、どこか上の空で珍しく夕飯のパンを焦がしていた。
明日はしっかりと準備をして、空に浮かぶ島に挑戦しようと、チェルと相談していると、チェルが森の中を指さした。
「アレ!」
暗い森の中に魔石灯の明かりが見えた。
明かりの方に近寄ってみると、ズタボロになったジェニファーが倒れていた。服は破け、髪も乱れ、魔物に引っかかれたのか傷が多く、右足はあらぬ方に曲がっていたが息はしている。
「はぁ、もう一泊させてやるか」
そう言って、俺はジェニファーを抱きかかえた。
「ウシシシ。エライ」
「偉かねぇよ。このまま死なれたら困るだけさ」
ジェニファーをベッドに寝かせて、再び明日の打ち合わせをしてから就寝。
寝る間際にP・Jの手帳を読んだが、空に浮かぶ島などの記述はなかった。