【交易生活35日目】
今日も黒ムカデの駆除から始める。
いくら社会性があろうが、敵対行為や魔境の民への被害があれば、魔物は殺傷処分する他ない。徹底的につぶしていく。
ヤシの木を燃やして、煙を黒ムカデの気管に詰め、動かなくなったところを熱線の銃で菌ごと頭部を焼き切る。独特の昆虫を燃やした臭いがするが仕方ない。
後はチェルとジェニファーが侵攻を止めるだけ。穴を掘って別の通り道を作るのかとも思ったが、地下通路の岩は固く掘るのも時間がかかるようだ。
「魔力のキューブで掘り出せるカ?」
「それは、できるんじゃないか? ほら」
チェルに言われて、キューブ状の黒い岩を取り出してみせた。確かに固いが魔力で構造を重ねれば、それほど難しいことではなかった。
「魔法の多重展開かヨ」
「チェルも水球を飛ばしているだろ?」
「あれは威力までは上げてない。どうやるんだ?」
「ハチの巣状は変えない。ハチの巣自体、層になってるだろ? あれを6面でやればいい」
「そんなこと思ってもやれないヨ!」
「ちょ、ちょっと待て。先に進む前に、ここら辺に菌がいないか? 壁と天井の色が少し違う」
シルビアに止められた。
「じゃあ、燃やしておくか。空気を送り込んでおいてくれ~!」
洞窟の外に声をかけて、風を送ってもらう。
拳に火魔法を付与して回転させながら、天井も壁も焼いていった。意外にこういう地味な作業をしていると、新たな発見をするものだ。
天井を焼いていると、黒い炭の中から魔石が落ちてきた。
「ああ、やっぱり黒いスライムがいるんじゃないですか?」
「気づく前に殺してしまったか」
「うわぁ、見てごらん。こっちの部屋に黒ムカデの卵がぎっしりある……!」
黒ムカデの卵はチェルが特大の火球で焼き尽くしていた。
焼いている間、俺たちは外に出て豆パンを食べて休憩だ。ヘリーが「毒消しのお茶だ」とお茶まで出てきた。
いつになくのんびりとしているが、黒ムカデの次は菌の正体を突き止めないといけないし、まだ根菜マンドラゴラの脅威は去っていない。
「俺たちはピンチと共生してるのかな」
「それが魔境とも言います。せめて、人類は協力していきたいですね」
唯一、魔境で罪に問われたジェニファーがなんか言ってる。
「そう言えば、昨日来てた手紙はなんだったのだ?」
お茶のお代わりを入れながらヘリーが聞いてきた。
「なんか地方の貴族から婚姻のお誘い。会うだけ会ってくれませんか? っていうから、忙しいからごめんって返しておいた。俺が魔境にいる限り、ある程度魔境でも暮らしていけるくらいの能力がないと無理だよな」
「そうなってくると、限られてきませんか?」
リパも悩んでいるようだ。
「リパは好きな人と結婚するのがいいと思うぞ。ダンジョンの民やハーピーたち、封魔一族なんかも視野に入れて、探してみるといい。ただ、俺は辺境伯っていう立場になっちゃったからなぁ。対外的なことを考えて……」
「なるほど、貴族になると血縁関係が難しくなるのですね」
ジェニファーも騎士になるつもりでいる。
「い、いや! やめておけ!」
「一度結婚した身から言わせてもらうと、好きでもない上に興味もない相手と結婚すると、ひねりつぶしたくなるし、家系ごと滅んでしまえばいいのにと思うことだってある。人生にとって、これほど無駄な時間はない」
元貴族二人から反対の声が上がっている。
「はぁ、しばらくは出てこないと思いたいネ」
洞窟からチェルが出てきた。きっちり周辺にある菌糸もすべて焼いたとのこと。確認しないといけない。
とりあえず、チェルに菌が付着していないか女性陣で念入りに診断し確認。風呂に沈めて、汚いローブは焼いて捨ててしまった。
「どうして!? 私のローブがなくなっちゃったよ!」
「エルフの国から持ってきたものがあるから、これを着な」
「あ、なんだ。用意してくれていたのカ」
ヘリーに用意してもらったローブを着ると、機嫌は直っていた。単純でわかりやすいところがチェルのいいところだ。
「マキョーはチェルと結婚すればいいのではないか?」
「はぁ!?」
ヘリーの言葉に、チェルも思わず引いていた。
とりあえず、誤解がないように俺が昨日、手紙で婚姻を誘われた話を説明した。
「ああ、そうなの。マキョーの好きにすれば? あ、でも……!」
チェルは急に考え込むように腕を組んでしまった。
「なにか俺にぴったりの結婚相手でも思い出したか?」
「いや、全然そうじゃなくて、メイジュ王国で愚王がね。ユグドラシールの誰かに未練がありそうだったのを思い出した」
「愚王って1000年も前の人だろう? 考えてみれば、不死者の町や砂漠のゴーレムたちもそうだけど、生きている間に自分の思ったことをやりきらないと未練が残るんだよな。そう考えると、結婚するなら惚れぬいた人がいいよなぁ」
「霊媒師からすると、未練が残っていた方が呼び出しやすいから、そのままでもいいのだぞ」
ヘリーはそんなことを言っていたが、とりあえず無視しよう。
「一旦、皆着替えてもう一度洞窟の中にいる菌を燃やしに行こう。黒ムカデの大発生もなさそうだ」
俺の結婚は置いといて、仕事を先に片付ける。ソナー魔法を放っても、黒ムカデの姿はなかった。
午後から、ハーピーたちの地図作りも再開させた。
洞窟の中、地下通路には粘菌や地衣類がそこら中にいた。もちろん、大きさがなければ魔石が入っていることはないが、黒ムカデの燃えカスを取り込もうとしているので、念入りに焼いていった。
地味な作業だが、やらないといつまた死体が動き出すかわからないので長期間にわたってやることになるだろう。岩には隙間もあるので、奥にはちゃんとヌシがいるかもしれない。引き続き注視していくことで落ち着いた。
「冒険者になってから結婚を考えたこともないのか?」
シルビアが夕飯時に聞いてきた。女性陣は俺の結婚に興味があるらしい。
「いや、あるよ。ちょっと困ったときに頼りになる人たちに相談してくる。カタン、少し夕飯を包んでくれるか?」
「いいよ」
フキの葉にワニ肉の香草焼きを大量に包み、交易村へと向かった。
俺が大量にお土産を持ってきたのを見て、すぐに姐さんたちは広場に大きなテーブルと椅子を用意してくれた。
「さて、今日は何かなぁ~?」
「くよくよしてんじゃないよ!」
姐さんたちには、俺の話はもうわかっているのかもしれない。
「太郎ちゃんが、お土産持ってくるときは何か悩んでるときでしょ」
「まぁ、そうです。とりあえず、魔境産のワニ肉の香草焼きを食べながら、聞いてくださいよ」
俺は姐さんたちに、昨日貴族から婚姻の手紙が来たこと、辺境伯という立場を使えば他種族の差別意識を緩和できること、好きでもない人と結婚すると後悔や未練が残ることを包み隠さずに語った。
「太郎ちゃんは、本当に何も気にする必要がないと思うよ」
「私たちが決めてることはね。太郎ちゃんに好きな人ができたら、全力で応援すること」
「だって、私たちの結婚の予行練習に散々付き合ってくれたんだもの。好きな娘がいるなら教えて。私たちからも勧めておくよ」
俺はまだ土地を買うためにお金を貯めていた頃、病気になった娼婦や田舎に帰らざるを得なかった娼婦たちと偽の結婚パーティーを開いていたことがあった。もしかしたら結婚できる可能性が少ないからと優しさのつもりで付き合っていたが、「偽者じゃ嫌だ!」と言う娘が現れてから責任を感じて辞めた。
冒険者は根無し草だ。「いつまで冒険者をやっているのか」という問いは、「責任を取れるようになりな」という言葉に言い換えることもできる。
結婚のような責任を取るようなことから逃げてきたが、俺も辺境伯になってある程度であれば責任を取れる立場にもならせてもらった。
「無責任に好きになることができていたのに、責任を取れる立場になると、人を恋愛感情を持って好きになるのが難しくなってるんだよ」
「うわぁ! クズのような発言!」
「面倒になったら、私たちが結婚してやるから、小さい好きを探してみな!」
「はい。でも、これで急に10歳の魔族と結婚することになったわ、ってなったら姐さんたち殺すでしょ」
「うん。まぁ、殺すけど」
「大丈夫よ。太郎ちゃん、おっぱい熟女好きなんだから」
「それは性癖でしょ」
「いいのよ。最初は性癖だってさ」
「あ、そう?」
「難しく考えないで、付き合ってみればいいのよ。なんか違ったら別れればいいんだし、それくらいはできるんでしょ」
「まぁ、そうっすね。そうします」
姐さんたちにお礼を言ってから、ひとまずホームへと帰った。
「どうだった?」
「相談したんだロ?」
ヘリーとチェルが、真っすぐな好奇心の目で聞いてきた。
「ああ、俺はこれから性癖を頼りに妻を探していくぜ!」
かなり格好悪い宣言であることはわかっているが、他に頼るものがない。
そういう視線で見ると、魔境の古株たちは全く俺の好みではないことがわかった。
チェルは顔が幼すぎるし、ジェニファーは好きになれる取っ掛かりがない。ヘリーは熟女だがスリムすぎる。シルビアは体型はドンピシャだが、若すぎる。 カリューは熟女がすぎる。
ドワーフのカタンは、まぁ、好きな方だと思うが、やはり若い。
だったら、ダンジョンの民やハーピー、封魔一族で探した方がいいか。
「バカなことを言ってないで、結局、誰が一番好きなんだ?」
シルビアが聞いてきた。
「シルビア、早いところ老けてくれないか!」
「無茶を言うな! 吸血鬼の一族は、血の巡りがいいからほとんど老けないと言われているんだぞ」
「じゃ、ちょっと今は難しいな。そんなことより、空島を作る方に専念しよう」
そう言うことになった。
ただ、正直に話しただけなのに、女性陣からは白い目で見られる回数が増えた気がする。