【交易生活34日目】
どうして空島が傾いているのかよくわからないが風や魔物の影響ではなさそうだ。ただ、鎖に引っ張られて傾いてしまっている。
「チェルはどう思う?」
「どう考えてもマキョーが地脈を変えたせいだロ」
「ん~、そうか。ジェニファーは?」
「空島が鎖の重さをすべて受け止めてしまっているようですね。軍基地のゴーレムたちは大丈夫なんですか?」
「そっちは大丈夫みたいなんだよな」
「じゃあ、やっぱりマキョーさんが変えた地脈の流れのせいでは?」
「ん~、俺はそうは思わないんだけど……。他の意見は?」
「マキョー、言い訳をする前に、鎖に魔力を込めて傾きを直したらいいじゃないか!?」
「そうだ。こんなこと今までなかったんだからマキョーの影響であることは明白だろう?」
ヘリーとシルビアに叱られた。
「ちょっと待てよ。変なことは全部俺のせいにするなよ」
そう言いつつも、俺は鎖に思い切り魔力を込めて、空島の傾きを直した。
大穴から『渡り』の魔物も来るので、傾いたままでは休憩所がなくなってしまう。
「地脈が変わったのであれば、新たな対策が必要になってくるよ」
「確かにそうだな。新しく空島を飛ばすか、『渡り』の魔物のために休憩所を作るか」
「ついに空島を浮かばせるか……、感慨深いな」
ヘリーはすっかり空島を浮かばせるつもりでいるらしい。
「できないかな?」
「いや、たぶんできるのだ。魔法陣は知っているし、魔石も十分にある」
「あ、あとは、飛ばす土地だけか」
「下に固い岩盤、上には柔らかい土の層を作っていかないとね。固い層だけだと魔物の糞が分解されないから、悲惨なことになるし、柔らかい層だけだと崩れて土が降るような羽目になる。そんで、柔らかい土は森にいくらでもあるし、固い層には心当たりがあるな」
黒ムカデがいる地下は相当固い岩がある。
「地下か。もうそろそろ黒ムカデの討伐方法は思いついてるんじゃないカ?」
「うん。一番簡単な方法でいいと思うんだけど、地下だと他の魔物への影響もあるんだよなぁ。あとは地底湖の大蛇のヌシを信用するしかないか」
「で、どうやるんですか?」
リパが聞いてきた。
「魔境産のヤシを燃やせばいい。樹液が気化して黒ムカデの気管に入り込み、いずれ塞がるだろ。仲間を治そうとしても酸は液体だし、外傷はない」
「菌が脳に入り込んで動き出す可能性は?」
「十分にある。ただ、俺たちにも技術のある仲間がいるだろ。ということで下りよう」
俺たちは砂漠の軍基地へと向かった。ダンジョンには外で待っててもらって中に入り、ゴーレムたちに会う。
「すまん。グッセンバッハは、魔境でいろいろとあり過ぎたから、石板に記録している最中だ。サッケツはまだ鉄鉱山にいるし……」
ゴーレムの整備士たちは、黒ムカデに溶かされたガーディアンスパイダーを運びこみ、部品を取り出していた。
「いや、誰でもいいんだ。それよりもその壊れているガーディアンスパイダーの熱線攻撃ってどのくらい再現できる?」
「動力の魔力さえあれば、いくらでも再現はできるが……。何かあったか?」
「黒ムカデの駆除で使いたい。頭に菌がいて、死ぬとそいつが死体を動かすんだ。その菌を焼き殺すのに使いたいと思ってね」
「それで、勢ぞろいしてるのか?」
振り返れば、古株が勢ぞろいしている。
「ああ、いや、空島が傾いてね。どうやら地脈の流れが変わったことが原因らしい」
「空島が!? いや、それはない」
「実際に傾いてたんだよ」
「そっちじゃなくて、地脈の流れが変わったから、空島が傾くなんてことはないはずだ。空島は空にあるから、大気にある魔力の流れが変わったのならわかるが、地脈の影響はそれほどないはずだ」
ゴーレムの言うことは納得できる。
「じゃあ、なにが……?」
「砂漠には魔力を吸収するサボテンがあるんだ。かつては吸魔剤に使われていたのだが、そのサボテンの周囲は、極端に魔力が少ないということはある。ただ、空島までは飛んでいかないと思うが……」
ゴーレムの整備士たちにも、記憶を確かめて行ってもらった。
結局、奥からグッセンバッハが出てきた。
「ああ、そういう現象はミッドガード移送後に度々ある。無魔力状態の空間が唐突に現れるのだ。おそらく、時魔法の影響ではないかと思うが……、確かなことは言えん」
「俺たちが来た時には、ミッドガードの跡地が無魔力状態だったんだ」
「時の神のみぞ知ることなのかもしれん。ただ、無魔力状態は繰り返すようだ」
いよいよ原因がわからないようなことまで対処しないといけなくなったか。
「とにかく、もう一つくらい空島は打ち上げた方がいいということか」
「まぁ、そうだが……。お主らはすでに出来そうだな」
「出来るさ」
ヘリーは作ることに不安はなさそうだが、俺たちはどうしても作った後のことまで考えてしまっていた。
「ほら、熱線の銃だ。射出口の反対側に魔石を嵌めて、トリガーを引くと熱線が出る」
ゴーレムの整備士が説明してくれた。
この熱線の銃も俺たちの不安を搔き立てる一端だろう。
「なんだ? 何を不安そうな顔をしているんだ。皆。なにか問題があるか?」
「問題はユグドラシールが滅びているってことだ。たぶん、俺たちはようやくユグドラシールに住んでいた古代人たちに共感できるような位置まで来たんだと思う」
「まぁ、マキョーがいる限り、こうなることは初めから予想はできたヨ」
「ただ、こう。これから一国を落とせる武力を明確に持つことになるんだと思うと、ちょっと気が引けますね」
ジェニファーも空島で、どの国も落とせると想像したようだ。
「なにを言っているんだ? 皆、そもそもマキョーがいれば、そんなものとっくにできるじゃないか。ただ、マキョーは国を滅ぼしても統治できるような男ではないし、そんな意味のないことはやらないってことは、一緒に生活している皆が知るところだろう?」
ヘリーは俺を絶大に信用してくれているらしい。
「それはそうなんだけど、俺が死んだ後のことさ。魔境にどんな独裁者が現れるかわからない。空島を『渡り』の魔物の中継地点以外で使うことをいくら法律を作って縛っても、破る者が現れるかもしれないだろ?」
「だからこそ、我々は対抗措置を取ったのだぞ」
グッセンバッハは答えた。
「ゴーレムもそうだし、遺伝子改良した植物も魔物もそうだ。空島は多くの他のものも発展させたのだ。ダンジョンはその最たるものだ」
「それを発展させた先に、ミッドガードが時の難民になって、魔境が誰も住めないような環境になっていたと思うと、不安になりませんか?」
「で、でも、だからと言ってテクノロジーを発展させることに及び腰になっているなんて……、いや、歴史は繰り返すものだが、我々にはどうすることも……、いや、とにかく変じゃないか?」
シルビアもこの言い知れぬ不安を説明できないでいる。
「こういう時に、神にすがるんだろうな。でも、やってみよう。少なくとも俺が目の黒いうちは、戦争は起こさないし、侵略もしないし、させない。それと同時に、技術を理解して、なおかつ未来を託せる者たちを探さないとな」
俺たちは、熱線の銃を受け取り、一旦ホームへと戻る。
カタンとカヒマンにも、空島を作ろうと思っていることを説明した。それによる危険性も話しておいた。
「でも、じゃあ、私たちが、魔境に住んでいろいろ知ったり調べたりして学んでいくことが空島に対抗できることになるんじゃないの?」
「よくぞ言った! それでこそ技術の先駆者たるドワーフよ!」
ヘリーはカタンを褒めちぎっていた。
「俺は、魔境、好きだ。初めは怖いし危ないけど、面白い」
カヒマンもそう言ってくれた。
「そうだな。俺も勉強は嫌いだったけど、魔境のことを知るのは好きだから。きっと住んでいれば好きになっていくんだろう。こんな変な土地は他にないからな」
こうして、俺は死ぬまでの間に、魔境のことを広めることになった。それが魔境の領主の使命なのだろう。
俺たちは、古株たちとドワーフで、入口付近のヤシの木を切り、地下への入り口へと向かった。
少しだけ穴を空けて、ヤシの木を燃やしていく。煙を穴の中に送り込んでいけば、自然と黒ムカデたちがチェルの作った氷の壁や、ジェニファーが建てた防御魔法の壁を壊そうとしてくる。
壊れてもいくらでも直せるので、当然、黒ムカデが倒れていく。ソナー魔法で確認後、熱線の銃で頭を焼いていけば、黒ムカデと菌の討伐は完了だ。
「ゆっくりやっていこう! 地下は長いから!」
ある程度の距離まで進んだら、再び氷と防御魔法の壁を作り、その日は終了。
ホームに戻ると、地方の貴族の娘から俺に『婚姻のお願い』という手紙が届いていた。
「未来に託すってそう言うことなのか?」
割と真剣に悩んだが、普通にお断りをしておいた。




