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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【交易生活33日目】


 昨夜は交易村まで飛んで、寝床を姐さんたちに世話してもらっていた。

 まだ呪われたり怪我をした者たちが魔境の交易村に押し寄せてくることはない。そもそも各地には教会もあるし、困っていないのか。

 

 姐さんたちは朝だというのに、ずっと胸を揉んでいる。

「何してんの?」

「太郎ちゃんが魔法のおっぱいを作れっていうから、皆でやってるんでしょ」


 そう言えば、そんなことを言った気がするが、何か違う。


「いや、俺が言ったのは、魔力でおっぱいを再現できるようになると使い方がわかるって話だよ」

「だから、ほら、見て。『Jの衝撃』」


 姐さんたちは大きさをランク分けまでして魔力でおっぱいを作り、自分たちの掌の上に乗せていた。色も付いていないが、確かに魔力のボールが再現されている。


「乳首を再現するのは難しいんだけどね」

 誰がどのくらいの大きさになったのかリストまで作って練習していたらしい。

 回し読みができるように冊子になっていて全員で日誌を書いていたようだ。


「ほら、太郎ちゃんとサイコロの遊びや的当ても、ノートに付けていたでしょ」

「ああ、そうか」


 仕事はある程度どうでもいいが、遊びとなると皆真面目にやっていた気がする。お金じゃなくて、お菓子やお客から貰ったアクセサリーなんかまで賭けていた。


「どう? 爆乳洗体パイ娘って店が出せそうじゃない?」

「出せそうだけど、魔力でしょ」

「そうなのよ。なかなか形は再現できても質感まではね……。今のところ、弾む偽乳みたいなものよ。当たったら割れちゃうし、仕事中に皆、投げ合って遊んでるわ」


 簡単に割れるらしい。よく見せてもらうと、シャボン玉のようなものだった。


「これ、使い方次第でめちゃくちゃ便利かもしれないよ」

「え? そうなの?」

「うん。魔境の眠り薬や麻痺薬は強力だし、魔物寄せの花まで見つかってるからね。街角に薬樽を置いておいて、泥棒とか魔物が現れたら、魔力で包んでぶつければいいでしょ」

「皆でやれば魔物でも追い返せるかな?」

「うん、仕留められるよ」

「でも、おっぱいだからあんまり投げられないのよ」


 確かに、姐さんたちが魔力のおっぱいを投げていたが、ふんわりとしか飛んでいかないようだ。


「もうちょっと投げやすい大きさにすればいいんじゃないの」

「ええ? 大きい方が好きでしょ?」

「好きだけど、投げる時は別でしょ」

「人のおっぱいを投げるな」

 突然後ろからシルビアが現れて、ツッコまれた。


「皆、ちょっと天然物を触らせてもらった方がいいかもよ」

「そうね。シルビアさん、ちょっといいかしら……」

 姐さんたちに囲まれるシルビアを置いて、俺は村の入り口を見に行った。


 女性兵士たちが警備をしているが、小鳥が鳴いているくらいで長閑そのものだ。


「もしかしたら、これから魔境に来ようという人たちがいるかもしれない。回復薬の用意とかしているかな?」

 サーシャという女性兵士長に話しかけた。以前は香水をつけ、濃い化粧をしていたが、今はおしゃれに関しては何もしていないようだ。


「回復薬も毒消し薬も樽で十分に確保していますよ」

「よかった。もし死体がやってきたら、何をしていたのか聞いて、仕事をさせてやってくれ」

「え? あ、はい……」

「これから、いろんな奴がやってくるから、この村が玄関口になる。他の領地では弱者だった者も魔境では強者になるかもしれない。死にたいという者だけは追い返して、後は受け入れてくれ」

「わかりました。死にたくない人は受け入れる……、ですか……」


 サーシャは遠くの森を見つめていた。


「どうかしたか?」

「いや、たくさん人が来そうですね」

 そう言って笑った顔が寂しそうだ。


「なんだ? 大丈夫か?」

「だ、大丈夫ですよぅ!」

 サーシャは頭を抱えながら甘えた声を出していた。

 ああ、これは自分の仕草がかわいいと思っている仕草だ。こりゃ、かなり大丈夫じゃなさそうだぞ。


「おーい! 姐さーん!」

「なーに?」

「サーシャが飲みたいってさ」

「よし、きた。どうせまたどうやったら偉くなれるのか考えてたんだろう!」

「やめてくださいよ!」

「太郎ちゃんに媚びを売っても意味ないんだからね!」

「そうそう、演技なんて通用しないんだから。落ち込んでる時ほど、しつこいよ~」


 姐さんたちがどぶろくの酒瓶を持って入口まで走ってきた。彼女たちは飲む理由さえあればいい酒豪たちなので、人生の楽しみ方を心得ている。


「私にだって仕事があるんですよ!」

 サーシャは口をとがらせて頬を膨らませていた。同僚すら若干引いている。


「ありゃりゃ、こりゃ重症だね」

「ダメだ。太郎ちゃん、あたしら、この兵長に守られているのかい?」

「私たちが飲み方と失敗の仕方を教えてあげるよ」


 やはりこの村は姐さんたちに任せるのがいいような気がする。


「マキョー、帰ろう!」

 疲れ果てたシルビアが村の外へと駆け抜けていった。


「それじゃ、姐さんたちよろしく!」


 俺はそう言ってシルビアと共に走って魔境に帰った。


 小川にいたエルフの番人と演習中の兵士たちに挨拶をして留守だった時の様子を聞いて見た。


「それが、なんかおかしいんですよ」

「なにが?」

「風が少ないというか……。音がしない……」

「え……?」


 言われてみると、魔境なのに魔物の鳴き声が聞こえてこない。

 交易村とは打って変わって静かだ。オジギ草もカム実も動いていない。


「何かを警戒しているのか?」

「我々には、わかりません。特に入り口付近では異常は見られませんよ。グリーンタイガーもずっと棲み処の奥で眠っているようです」

「演習は順調なんですけどね」


 兵士たちはこの機会に植物採取を済ませている。


「わかった。ちょっと調べてみる」


 俺たちはホームの洞窟へと戻った。

 すぐにダンジョンがやってきて俺の周りにまとわりついてくる。革の鎧の裏面に、ダンジョンの入り口にあるような魔法陣をヘリーに描いてもらって棲み処にしていたらしい。


「ただいま」

「おかえりなさい」

 煮込み料理の仕込みをしていたカタンが出迎えてくれた。


「やけに静かだけど、なにかあったか?」

「そうなのよね。それがわからなくて、皆、調査に向かったわ」

「急に静かになったのか?」

「そう。昨日から急に……」


 音光機で連絡してみると、魔境のどこも静からしい。

魔物たちも争いを避けているようで、狩りすらしていないようだ。

 砂漠の軍基地にいるグッセンバッハも「この時期はどうしても静かになるのだ」と理由を教えてくれない。ダンジョンの民もよくわからないが、食欲がないらしく、念入りに身を清めていた。


「1日2日は食べなくてもいいけど、狂っちゃうよな」


 チェルから『封魔一族』とだけ連絡が来た。


「ああ、万年亀に聞いてみろってことか」


 シルビアにどうするか聞くと「竜を見てくる」と着替えてすぐに北へ駆けていった。


 俺は一人、南西の不死者の町へと飛んだ。

 山脈を超えて、町を見渡せるところまで来ると、不死者たちが楽器を手に持ち踊っているのが見えた。ヘリーやチェルも踊っている。

 港には万年亀が到着していた。


「チェル、お祭りか?」

「ああ、マキョー、ようやく来たカ」


 チェルは完全に酔っぱらっている。

 ミノタウロスやゴブリンたちが不死者たちと談笑しながら、飲んでいるらしい。クリフガルーダから来た廃墟のハーピーたちも呼ばれてきている。


「収穫祭と遷都送りだそうだ」

 ヘリーがコップを持ってやってきた。

「今年は魔境領に加わって、ついにユグドラシールの復活が見えてきた。是非に陸で祝いたいと思って万年亀にお願いして連れて来てもらったのだ」

 塔の当主であるミノタウロスが島で作ったという酒を注いでくれた。ジェニファーがいない理由がちょっとわかった。


「なるほど、それなら貰おう。ところで魔物たちが狩りをしないのはなんで?」

 飲みながら、ミノタウロスに聞いてみた。

「狩りをしない? それは……」


 ンン……。


 眠っていた万年亀の目が開いた。


「え? ああ、はい。わかったよ。伝えればいいのだな」


笑って不死者たちを見ていたカリューが口を開いた。どうやらゴーレムと万年亀は意思疎通ができるらしい。


「万年亀からの伝言だと思って聞いてほしい。1000年前の今日、ミッドガードが万年亀の兄弟のダンジョンに移送され、時を旅し始めた。今では封魔一族は収穫祭をしているが、本来は神々が会議をする日で、誰もが身を清め、心を静める日……。そうか、今日は神無の日か……」

 カリューは最後にぽつりと呟いた。


「カリューも覚えているのか?」

「ああ、スラムでは、ふかし芋を食べる日だった。滅多にちゃんとした芋など食べていなかったから、嬉しかったな。コロシアムでは、不殺の日で試合ではなく演劇が披露されていたはずだ。まさか、今でも魔物たちが守っているとは思っていなかったけど……」

「魔境は魔力が多いからな。過去の思念と魔力が結びついて、魔物が影響を受けているのかもしれない」


 俺は、過去に思いを馳せながら酒を呷った。


 不死者たちのお祭りを見ていたら、リパから連絡が入った。


『マキョーさん、空島が傾いています』


 また、何かが起こっているらしい。



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― 新着の感想 ―
[一言] お盆みたいな物かな?
[良い点] 神無の日かあ…なるほどな
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