【交易生活31日目】
桟橋で骸骨が、船乗りと話し込んでいた。
昨日の今日で受け入れられてしまったのか。同じ職種だと仲良くなりやすいのかもしれない。
「同じ海に生きる男としてお前たちに言っておくけど、お前たちには俺たちが化け物だとか魔物に見えているだろう?」
「そりゃあ、見えるさ。肉がないんだから」
「でもな、考えてもみろ。俺たちはただ、姿かたちが違うだけで船に乗って商売しに来ただけだ。それより、これを見てくれ」
骸骨船長は、岩の欠片を見せていた。俺が岸壁から削った石だ。
「なんだかわかるか?」
「四角い石か?」
「ただの石じゃない。ほらあそこ。岸壁に穴が空いてるだろう? うちのボス、魔境の領主はなんの道具も使わず、ちょっと触れただけで岩をこんな風に穴を空けて、野菜でも切るみたいに指で切っちまうんだ」
「嘘だろ」
「嘘だったら、こんな身なりの奴を雇うと思うか? だいたいおかしいじゃないか。なんで鳥の手紙が届いた翌日にここにいるんだよ」
「こうなることを予測して出発していたわけじゃないのか?」
「いや、俺たちは魔の海域を進んだんだぜ。港に到着する日を予測するのは無理だ。そんなこと船乗りだったらわかるだろ?」
「あの海域の潮も風も予測不能だ。しかもあの濃霧だろう。どうやったんだよ」
「岩礁地帯にいる魔境の民が導いてくれたんだ。そうじゃなかったら、俺たちだって無理だよ」
万年亀の封魔一族が世話してくれたらしい。あとでお礼を言いに行かないとな。
骸骨船長と船乗りが朝の濃霧を見ようと振り返って俺を見つけた。
「あ……!」
「こんな見た目だけど、一回死んでるから優しくしてやってくれ。悪い奴ではあるから、話半分で聞いた方がいいぞ」
「そんなぁ……」
骸骨船長はカタカタと顎を鳴らしていた。
俺はとりあえず噂話は聞かなかったことにして、船乗りに朝飯の美味しい店を教えてもらった。
朝飯はタコ料理で、酒のつまみに合いそうな味だった。この辺りの店は塩分が多いのかもしれない。
会計の時にまたしても金がないことに気づいた。
「皿洗いでも薪割りでもなんでもします!」
裏手にあった丸太をすべて薪に変えておいた。
「あんた、仕事早いね~。この鍋を持てるかい?」
「はい!」
「じゃあ、表に持っていって火にかけておいて。匂いでお客を呼ぶのさ」
そう言って大なべを店先に持って行くと、ちょうどシルビアが通りかかった。
「なにやってんの?」
「無銭飲食」
「っかー」
シルビアは額に手を当てて呆れていた。
「おばちゃん! この人、魔境の領主だから、つけにしておいてくれる? あとで払いに来るから」
「領主様!? あらやだ、あたしったら……」
結局、店主に謝られながら店を出た。
「どうせ今日はここの領主は来ないと思うんだ」
シルビアはタコ足の串焼きを食べながら俺に言ってきた。
「え? なんで?」
「私たちみたいに移動速度は出ないから」
「じゃあ、迎えに行くか?」
「ダメだ。領主を呼び出して、町の人たちに魔境と取引ができるようになったことを報せることが目的なんだから」
「ああ、そうか」
「それにあんまり下手に出てもいけない。貴族同士はプライドが仕事みたいなものだから、王都で『魔境の領主を顎で使った』なんて噂が広がっちゃ困るんだよ」
「いろいろ面倒だな。シルビアがいなかったら、危ないところだった」
「さ、ということで人気取りでもしにいこう」
「人気取りって?」
「町の困りごとを解決するんだよ」
「そんな町の困りごとなんてそこら辺に落ちてないだろ?」
「だから冒険者ギルドに行くんだ」
「なるほど」
冒険者ギルドに行って、掲示板をじっと眺めるも、正直どの仕事を請ければいいのかわからなかった。
「どれもできそうだけど……。全部やるのか?」
「いや、こういう時は他の人がやらなそうな汚れ仕事で、前からあるもの選ぶんだ」
「日に焼けてる依頼書か?」
「その通り」
日に焼けた依頼書は、道の清掃と海の魔物の討伐依頼くらいだ。
「こちらの討伐依頼は、このランクの方にはちょっと……」
俺の冒険者カードを見せたら、職員に断られてしまった。
「こんなことなら、上げておけばよかった」
「今から上げればいい。この海の魔物はシーサーペントだろ? この男が討伐して持ってきたら、ランクを上げてくれるか?」
シルビアがギルド職員に交渉を始めた。
「できるものならどうぞ。ですが、ギルドでは止めましたからね」
言質は取れた。
「できるかなぁ?」
「大型のウミヘビだ。簡単な依頼だよ」
「ヌシ級の魔物だったらどうする?」
「だったら、もっとこの港町は寂れているよ」
依頼者は船乗りを引退した爺さんで、東の濃霧の中で岩場にいるシーサーペントを見たらしい。発見してから2年経っているが、他の船も被害に遭い、今では迂回しているという。
「行くなら船を貸そうか?」
「いや、大丈夫だ。走っていくから」
「はぁ?」
爺さんが呆けた顔をしている間に、俺は海を走り始めた。急に飛んでも驚くと思ったが、海を走っても驚くか。
岩場はすぐに見つかり、海に向けてソナー魔法を放つ。
「あれかな?」
シーサーペントは何体か海底の岩場に隠れている。指から魔力を出してつついてみると、海底の穴から出てきた。
あとは海流に干渉して、海面へと運ぶだけ。
ブシャッ!
海面から顔を出したときに毒液のようなものを口から出してきたので、魔境コインで防いだ。指で頭を一突きして、締めておいた。
「これ、食えるのかな? まぁ、いいか」
結果、4体ほど狩り、持ち運びにくいのでまとめて結んで冒険者ギルドに持って行った。
「だから言っただろ? これが魔境の領主の実力だ」
シルビアはなぜか俺よりも誇らしくギルド職員に説教を垂れていた。
「報酬とランク上げをお願いします」
「わかりました!」
ギルド職員は奥へとすっ飛んでいった。
「ま、待て待て! あんな男にランク上げの試験なんて意味ないぞ」
シルビアも奥へと説明しに行ってしまった。
表ではシーサーペントの死体は大きいので、町の人たちも冒険者ギルドに集まってきてしまっている。
「どうやって倒したんだ?」
依頼者の爺さんも杖を放り投げて小走りで走ってきた。
「頭に穴が空いたような痕があるな……、銛か?」
「いや、指だよ。これ食えるのか?」
とりあえず、結んでいたシーサーペントを解いて、冒険者ギルドがある通りに広げて並べてみた。4体並べると道幅ギリギリなので馬車二台分はある。
幸い、通りは人が集まってきてしまって馬車が通ることはなさそうだ。
「食えるかどうかわからんが、漁師を呼んでくる!」
そう言って、爺さんは走り去ってしまった。
「こんな量の魚肉をどうするんだい?」
先ほどタコ料理を出してくれた店主も寄ってきた。
「どうするんだろうね。ギルドが決めるんじゃないかな?」
「町中で宴でも開催しないと、食べきれないよ。きっと……」
「そうしてくれるとありがたいね。とりあえず、俺はもう一件仕事があるから、そっちに行くから見ておいて」
「わかったよ」
俺はもう一つの依頼である道掃除に向かった。
依頼者は薬屋の老婆だ。数年前に通りに魚の内臓をぶちまけた奴がいるらしく、石畳の隙間に入って匂いがこびりついているのだとか。
「ここは薬屋なのに、通りが魚臭くて敵わないよ!」
「すみません」
通りに魚を広げて来たばかりなので、謝ってしまった。
とりあえず、通りに置いてある樽を店の中に入れて回った。
「すみませんが、ちょっと通りをきれいにするんで樽を退かしてもらいます」
通りの店を一軒一軒回って、樽や植木鉢を退かせてもらった。通りの臭いが消えるならと皆、快く承諾してくれる。むしろ「重いのに悪いわね」と言って、砂糖菓子までくれようとする。この通りの老人に優しくすると、飴をくれるらしい。
薬屋で売っている洗剤を入れた水魔法を回転させて、通りを念入りに掃除していく。
長年こびりついた汚れも消えて、臭いも洗剤の臭いしかしなくなった。
「ご協力ありがとうございます!」
樽や植木鉢を戻して、依頼は終了。
「思ったよりもきれいになったね」
薬屋の婆さんから、報酬以外の心付けまで貰ってしまった。
「それにしても、今日は町の方が騒がしいね。何かあったのかい?」
「宴をやるかどうか決めかねてるんじゃないですかね」
「宴って?」
「シーサーペントの魚肉を使った宴です」
「え!? シーサーペントが浜に打ちあがったのかい?」
「いや、狩ってきたんです」
「冒険者が!? いや、それは事件だよ!」
婆さんは近所の店にいた婆さんたちを呼んで、冒険者ギルドへと走っていった。
「元気だな」
心付けの銅貨で、屋台のタコ足の串焼きを買い、食べながら冒険者ギルドに戻ると、人だかりができていた。
「あ! 戻ってきた! な、何をやってたんだ!?」
シルビアが血相を変えて、走ってきた。
「なにって依頼を片付けてたんだよ。ほら、道の掃除だよ」
「シーサーペントを道に広げておいて?」
「大丈夫だよ。まだ内臓は出てないし、血だってそれほど流れてないから」
「そ、そう言うことじゃなくて……」
「あ、邪魔だった?」
振り返ってみたが、特に馬車が止まっているということはなさそうだ。
「兄ちゃん、宴を開くことに決まったぞ!」
依頼者の爺さんが大声で俺を呼んだ。
「あ、そう。そりゃあ、よかった!」
「ただなぁ、こんな魔物を切る包丁がないんだと! 今、鍛冶屋で作ってもらっちゃいるが、冒険者の中に大剣を持っている奴はいないか?」
たぶん、大剣を持っていてもシーサーペントを捌くのに使わせてくれと言って貸してくれる冒険者はいなそうだ。
「俺が切り分けましょうか。誰か、空樽持っている人いませんかぁ!?」
「おいおい、シーサーペントの解体ショーを始めるつもりか?」
シルビアが戸惑っている。
「別にいつも魔境でやってるだろう? シルビアは血抜きお願いね。通りでバラすと後で臭いがこびりついちゃうんだって」
「ま、まったく……。で、でも魔境の宣伝にはなるか」
結局、シルビアを呆れさせてしまったが、腕まくりをしているのでやる気にはなってくれたらしい。
「空樽が来たぞー! 兄ちゃん、包丁がなくてもいいのかい?」
空の樽が4体分、漁師たちが転がしてきた。
「ああ、いらない」
「誰か、この男に武器でも道具でも使わせてみてくれ」
シルビアはぼやきながら、冒険者ギルドの軒先の柱にシーサーペントを括り付けていた。
吸血鬼の一族なので血の操作はお手の物。触っただけで血管の位置を把握し、ピッとナイフで血管を切り、一滴も道端に垂らさず血を樽に入れていた。
頭と毒袋は冒険者ギルドが壺に入れて回収。内臓を別の樽に入れて、あとは身を切り分けていくだけだ。
魔力のキューブで、部位を分けていった。町の人には触っただけで魚肉のブロックができる様が珍しいらしく、「わあっ!」と拍手までもらえた。
「骨があるんで気をつけて!」
そう言いながら、大きなトレーを持った町の人たちに渡していく。背骨だけが残った。
切り分けていたら、町のそこら中でバーベキューが始まり、煙が上がっていた。
「あんた、魔境の領主様なんだって!?」
切り終えたら、爺さんが頭を下げに来た。
「あ、そうですよ」
「いやぁ、すみません。とんだ失礼を……」
「別に、失礼なことなんてありません。それより美味しいですか? シーサーペントの肉は」
「ええ、どうぞ。町を回って食べて行ってください!」
爺さんは町でも偉い人だったらしい。
その後、俺とシルビアは町を回って、シーサーペントの炭火焼を町中の人からお裾分けしてもらった。幽霊船の骸骨たちにも振る舞われたらしい。
宿に帰ると、俺の冒険者カードは新しい銀色の物に代わっていて、ランク試験は不要と手紙まで添えられていた。
「明日は町の広場で、領主と対面することになったから」
窓の外でやっている宴の風景を眺めていたら、シルビアが声をかけてきた。
「うん」
「そこで魔境は差別をしないっていう宣言を考えておいてくれ」
「うん」
「聞いているのか?」
「聞いてるよ。魔境でもこういう宴ができるようになるといいな」
星が瞬き、海に広がる霧は消えていた。




