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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
252/373

【交易生活28日目】


 カランカラン。


 横穴の入り口に仕掛けた鳴子が鳴った。音に反応するかもしれないと思っていたが、鳴子程度の音であれば、無視して這い出してきた。


 見た目は黒いムカデで、多足の魔物のようだ。雨も降って闇に紛れると見失いそうになる。


「チェル!」

「うん。皆、これ目に当てると部位ごとの耐久値が見えるから、参考にして」

 チェルは魔法陣が描かれた包帯を全員に配った。

 クリフガルーダに行き、ダンジョンの中で実験を繰り返した結果、相手の能力を見る魔法はそんなことになっていたのか。


 包帯を目に巻くと、周囲が暗くなる代わりに動く動植物が赤く見えるようになった。さらに色の濃さで耐久値がわかるようになったらしい。これは便利だ。

 木もトレントと普通の木も見分けられるようになったし、潜んでいる魔物も見えるようになった。


「ヤッバ……」

「見ろ。マキョーがヤバい」

「なんですか? その色は……」


 女性陣は俺を見て引いているが、人それぞれで見えてるものが違うのか。


「俺のことはどうでもいいから、向こうを見ろって。カヒマン、当てられるか?」

「これならいける」


 ハーピーたちと一緒に散々投擲をしていたカヒマンは、尖った小石を拾って黒ムカデに投げた。


 小石は正確に黒ムカデの眉間に当たったものの、コツンと弾き返された。耐久値も全然減っていない。


「やっぱり表皮は固いな」

「こちらに気づいたね」

「酸の攻撃が来そうですよ~!」

 

 ジェニファーの掛け声で、全員魔境コインを握りしめた。

 黒ムカデが口から酸を放つ。


 シャッ。


 酸の攻撃は喰らわなかったが、甘酸っぱい香りが周囲に広がった。


「これは夜行性の魔物が寄ってきてしまうぞ。雨が降っているうちに対応しないと……」

 ヘリーの予想はたぶん当たってる。

「チェル、あれを凍らせられるか?」

「もちろん」


 俺が指さした黒ムカデをチェルは一瞬で凍らせた。

 口を開けて固まった黒ムカデが自分の身体を振るわせて、氷魔法を跳ね返す。


「氷魔法も無理ですか?」

 ジェニファーが驚いていたが、俺たちは一瞬でも止められたことを理解した。


「もう一回行くよ」

「了解。タイミング合わせる」


 俺は骨ナイフに思い切り魔力を込めた。


 パキンッ。


 黒ムカデの周辺まで凍った。チェルもちょっとムカついているのだろう。


 ブチャッ。


 俺が投げた骨ナイフが黒ムカデの開いた口に吸いこまれ、内側から外皮を突き破った。

 完全に頭部が割れて、脳を破壊したはずだ。


「おい、あいつら仲間の頭を食べているのか?」

「ち、違う! 酸で治してるんだ……」


 ケガをした黒ムカデに一斉に仲間たちが集まり、破れた頭部を修復している。もちろん、脳が壊れているので、動き出すはずもないが、魔物がケガをした仲間を治すなんて魔境では見たことがない。


「社会性があるな」

「な、なら、リーダーがいるはずだ!」

「全員、各個討伐してくれ。群れで移動しているぞ」

「洞窟内に、まだまだいるぞ」

「ちょっと待ってください!」

 リパが大声で俺たちを止めた。


「死んだはずの黒ムカデが動いてますよ!」


 頭に傷のある黒ムカデが確かに動いていた。


 ボフッ!


 炎の槍が無数に黒ムカデを捕らえて焼かれた。

 炎の光で一瞬黒ムカデたちが立ち止まる。すでに横穴の中から群れがはい出してきたのが見えた。


 警告もせずに動いたチェルを振り返る。


「なんだ?」

「菌だ」

「死んだ仲間は菌で動かすのか。魔物の死霊術は頭に根を張るぞ!」

「作戦に変更は!?」

 ヘリーが動き出した黒ムカデの個体について説明して、シルビアが確認を取ってきた。


「ない! 凍らせて潰した後、こんがり焼いてくれ! 菌で動かされた個体は感覚器官がほとんどないだろう。そっちの方が厄介だ」

「了解! 群れが東に向かいます! 遺伝子学研究所のダンジョンの方です!」

「ダンジョンの民に被害を出すな! 人命最優先!」

 動きながら指示を出していく。どれだけ伝わっているかわからないが、ほとんど皆同じ思いだろう。確認のためでもある。

 

「閃光虫を入れるよ!」


 チェルが放り投げた閃光虫が樹上で光り、周囲が昼のように見えた。


「トレントが邪魔ですね!」


 光に反応してトレントまで動き出してしまう。

 見えているうちにと、チェルが一気に水球に閉じ込め凍らせていた。足止めとしては最高だ。包帯を巻いた俺たちなら、中も見えている。


 ただ、後ろから這い出てきた黒ムカデが氷をあっさり壊していた。


「白い大蛇はどうやってヌシになれたんだ?」


 ヘリーの疑問は、俺の頭にも浮かんでいた。

 酸を鱗で弾き、洞窟の端に追い込んですりつぶしたのか。固い地盤の中でなら可能だが、秋の柔らかい枯れ葉が積もっている地面でできるか。


「シルビア、ハンマーあるか!?」

「あるにはあるけど……」


 シルビアからハンマーを受け取った。


「実験いいか?」

「噓でしょ!? 早すぎない?」

「この速度で対応策を考えるのか? うちの領主はおかしいぞ」


 ハンマーの先にヤシの樹液の性質を付与。さらに回転させる。身体から離れる分だけ威力は落ちるが、魔力を供給すれば、それほど回転の速度は落ちないはずだ。


「本当に投げますよ?」

「頼む」


 リパが放り投げた閃光虫が3体、小雨の降る夜の魔境で光り輝いた。

 動きが止まる一瞬を見逃さない。


 俺はハンマーに思い切り魔力を込めて、黒ムカデの群れに振りまわした。


 ズッシャ!!


 回転したヤシの樹液のような魔力が周囲の藪やトレントの枝を巻き込んで、ハンマーに引き寄せられる。

 魔境コインを落として地面に防御魔法を展開。そのまま、回転させながらすりつぶすように振り下ろす。


 グチャッ! ブチッ! ゴンッ!


 すりつぶされる感触がハンマーから伝わってくる。ムカデの体節には方向があり、頭の方から尻尾に向かって重なっている。その流れに任せて押しつぶしていく。

 目の前には黒い死骸の塊ができ上がった。菌で操ろうにもどこも動かせないだろう。スライムでもない限り……。


「やってくれたな!」

「だが、その駆除方法はマキョーにしかできないのではないか?」

「……」

 俺はヘリーとシルビアの声も聞かずに、菌種を探してしまった。


「どうした? 討伐できただろう?」

「こ、これ以上は、無理だ」

「あ、悪い。聞いてなかった。チェル、ジェニファー! 壁を作って黒ムカデの移動ルートを決めてくれ。カヒマン! 魔力にヤシの樹液の性質を付与して回転させろ! 黒ムカデを集めてしまえ!」

「「「了解!」」」


 3人がすぐに動き出す。チェルは氷の壁を、ジェニファーは防御魔法で壁を作り出す。古株ともなると、かなり高い壁を一瞬で作り出していた。

 カヒマンは「ふっ!」と息を吐いて気合を入れてから、黒ムカデを集めて無理やり壁の間に突っ込んでいた。


「後は黒ムカデの体節に沿って押しつぶしてくれ。できるだろ?」


 俺はシルビアにハンマーを返し、指示を出した。


「どうした? どこに行く?」

「え?」

 ヘリーに言われて、自分の足がどこに向かっているのか気がついた。

 いつの間にか俺は一番危険な場所を選んで向かっていた。意思より先に、身体が動いている。


「洞窟の中だ。嫌な予感がする。地下にいるヌシが白い大蛇一体だけとは限らないだろう?」

「中に入って確かめに行くのか?」

「そうだ。脅威の排除こそ領主の務めだろう」

「チェル、ジェニファー!」


 洞窟の入り口に巨大な氷の壁と防御魔法の結界ができ上がり、塞がれてしまった。


「なにすんだ?」

「人命最優先だろ?」

「化け物染みていますが、我々はマキョーさんを人として諦めるわけにはいきませんよ!」


 チェルとジェニファーが俺の襟首をつかんで止めていた。


「ヌシへの対応は明るくなってからでも構わんだろう」

「焦ると的確な案を見逃すかもしれない」

「俺はそんなに焦っていたか?」


 カヒマンに聞くと、無言でどんぐりのような木の実を二つ投げてよこした。鼻に詰めて大きく口で息をする。

 冷たい夜風を吸って冷静に考えれば、何も一晩のうちにすべて駆除しなくても構わない。被害もダンジョンの民に及ばなければ問題ないだろう。


「甘酸っぱいにやられたか」

 一番興奮していたのは俺だったようだ。


 朝が来るまで周辺の黒ムカデを討伐して回った。

死体を俺のダンジョンに食べさせたが、菌が入っている頭部は嫌がって吐き出していた。


「お前にも苦手なものがあるんだな」

「ぐぅ……」

 

 朝焼けと共に撤退。

雨はすでに止んでいて、赤い空がきれいだった。トレントの葉から朝露が落ちている。


「マキョーが想定した地下にいるもう一体のヌシってどんなの?」

 チェルが朝飯を食べながら聞いてきた。

「これだよ」

 俺は黒い殻だらけのダンジョンを指した。

「黒いスライム。あの洞窟には逃げ遅れたエルフの思念も詰まっているんじゃないか? 白い大蛇一体だけでその怨念を受け止めているとは思えないし、菌で死体を操るスライムがいたら最悪だと思ってさ」

「よくそんな想像をしておいて、一人で洞窟に入ろうと思いましたね」

「お前らが死ぬよりも、俺が死んだ方がずっとマシだろう?」

 魔境の運営を考えるなら、その方がいい。


「つくづくマキョーの性格は領主に向いてないな」

「マキョーの死に場所は我々が用意する。それまで死ぬことは許さん」

 ヘリーとシルビアは、そんなことを言って、からっと笑っていた。


「マキョーさん、聞いておいた方がいいですよ。女性陣と交易村の姐さんたちは繋がってますから」

 リパからも忠告を受けた。


「魔境を買っただけなのに、面倒なことだ」


 雨上がりの朝の空気は澄んでいた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 色の濃さでという説明の後に、何ですかその"数値"はって言われてること。 その辺りの矛盾はともかく、その数値の桁数が一体いくつ位なのかが気になります(笑) [一言] 死体を動かす菌… …
[気になる点] マキョーならば,社会性のある百足ならば,話しかけてみるのではと感じてしまいました。危険そうだから,即殲滅はちょっと意外。 [一言] 面白い。けど魔境が開発されてしまうのが少し寂しいです…
[良い点] 力に伴って、行動も領主らしくなってきてますねえ〜(^-^)
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