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魔境生活  作者: 花黒子
~知られざる歴史~
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【交易生活27日目】


 ヌシがいる洞窟を壊すには、チェルがいた方がいい。


「そんなこと言ったって、私の身体は一つしかないんだから、冒険者ギルドを作るのが先だヨ」

「だからって壁を作るのに、どれだけ時間をかけようとしてるんだ?」

「レンガの方がいいかと思ってサ」


 チェルは壁に防御魔法の魔法陣を描いた棒を何本も張り巡らせた上で干し草を混ぜたセメントで固め、恰好が悪いからレンガで挟むという。


「土の壁じゃダメなのか?」

「魔境で初めての建物になるのかと思ったら、普通の建物じゃ、ちょっとネ。マキョーの職場でもあるんだから、むしろこっちを手伝ってほしいヨ」

「俺は壊す方に向いてるからなぁ」


 この日も結局、ヌシの洞窟は諦めてハーピーたちに地図作りを指示。慣れてきたこともあり、すでに森の地図はミッドガード以北へと進んでいる。


「マキョーさん、氷の山とか岩の山は書かなくていいの?」

 ハーピーたちは仕事ができるようになってきて、何を書けばいいのか書かなければいけないのか判断できるようになってきている。

「アイスウィーズルとロッククロコダイルの巣だな。書いておいてくれ。見逃すよりはいい」

「魔境って本当に地形が毎日変わるのね」

「そういう魔物が多いんだ」

「あの長い谷はどんな魔物が作ったの?」

「どこにそんな谷があった?」

「植物園跡の北側に。ねえ?」

 ハーピーたちは頷いていた。


「ちょっと行ってみてくるから、そこにはあんまり近づかないようにな」

「え? モグラの魔物とかじゃないの?」

「それを確かめに行ってくる」


 俺はジェニファーを呼び出して、植物園のダンジョンで合流。リパはまだ交易村で、姐さんたちにかわいがってもらっているようだ。魔境には休みもないので、たまにはいいだろう。


「北に谷ができたって?」

「ええ、どうやら古代のゴミ捨て場から追い出したトレントたちが嵌って動けなくなってます」

「何をしてるんだ。まったく、もう」


 ジェニファーと一緒に北へ向かった。

 トレントの枝が折れて、インプたちが飛び回っている。弾き飛ばしながら進んでいくと、藪からうめき声が聞こえてくる。

 人が倒れているのかと思ったら、根菜マンドラゴラの幼体が地中から飛び出して具合悪そうに横たわっていた。とりあえず駆除対象なのでひねりつぶしてから、空へ放り投げる。ゴールデンバットが空中で掴んで持って行った。


「あんまり餌付けしないでくださいよ」

「はい。で、いつからこんな谷ができたんだ?」


 藪の先に、大きな谷があった。

 谷底にトレントの群れがいて気づきにくいが、樹上の若い葉が見えている。しかも地面の土が砕かれたような跡まであるので、谷ができてから雨が降っていない。新しい谷のようだ。


「それがたぶん昨日なんですけど……」

「誰も気がつかなかったのか」

「ダンジョンの中にいると気がつかなくて」


 空にはワイバーンやゴールデンバットなど空を飛ぶ魔物たちが騒いでいる。急にできた谷が気になって様子を見に来たのだろう。


「や、やっぱりか……」

 シルビアが竜を連れてやってきていた。きっと餌やりだろう。シルビアが背中から下りると、竜はワイバーンを捕食しに向かっていた。


「き、昨日の夜中、地響きみたいなすごい音が鳴ったんだ。聞こえなかったか?」

「寝てた」

「神経が図太いな」

「俺たちの神経よりも、問題はこの谷だろう? ちゃんと調査しないといけない。せっかくだからシルビアも手伝ってくれ」

 以前、クリフガルーダで『封印の楔』を抜いて、地脈を動かした弊害が出てきているのだとしたら、今後、魔境では地割れが続くだろう。

「うん。いいだろう」


 谷の始まりを確認しに行くと、ぽっかり大きな横穴洞窟ができている。

 崖の壁には、光る苔も生えていた。水溜りには目のない白い魚。トレントの足である根っこが、突き刺さらないほど固い地盤。見たことがない酸の液体を出す虫の魔物。これらが指し示すことは……。


「つまり、これは地割れというよりも元々あった地下の洞窟が、トレントの群れの重さに耐えきれず、天井が崩落したってことか」

「植物園のダンジョンから逃げ出したエルフが通った道かもしれませんよ」

「だとしたら谷の終わりはどこにあるんだ?」


 もちろん谷の終わりも見に行くと、土砂が崩れていて坂になっていた。土砂をかきだした先にはやはり横穴の洞窟があった。しかも地下の湧き水が壁から染み出してきて、奥へと続く川になっている。


「こ、これは地底湖へと繋がってるんじゃないか?」

「大蛇のヌシの棲み処か」

「これだけ大きければ、地下の魔物も出てきますよね?」

「地下の魔物が地上にいる魔物を捕食するか……。あんまり考えにくいけど、要観察だな」

「とりあえずヘリーに言って、エルフの霊がいないか聞いてみる」

 そう言って、シルビアは竜に乗って飛んでいった。


「マキョーさん!」

 崖の上にカヒマンがいた。しかも滅多に大声を出さないのに、よほどのことがあったのか。

 

「あれ……」

 跳び上がってカヒマンに話を聞こうとしたが、崖を上れば一目でわかった。


 大きな岩に擬態していたガーディアンスパイダーが溶かされていた。岩はもちろん、中の鉄製の魔道具部品もこじ開けられ、なかの魔石を奪われている。


「酸で鉱石を溶かすか。ちょっと見たことがない魔物だ」

「ガーディアンスパイダーを倒すって、地上の魔物にとっても天敵なのでは?」

「要観察じゃなく、要警戒か。地底の捕食者が地面に隠れられると見つけにくいぞ。このガーディアンスパイダーの亡骸をサッケツに見せてみよう」


 足を掴んで持ち上げ、そのまま北東へと飛んだ。



 今日は北東の鉄鉱山でサッケツが採掘用ガーディアンスパイダーで作業中だった。ガーディアンスパイダーと呼ぶと紛らわしいので、採掘用ゴーレムスパイダーと名付けたのだが、あまり浸透はしていない。


「いやぁ、アラクネさんたちが道を作るんで、こちらもやる気になりますよ……。という話じゃなさそうですね」

「ちょっとこれを見てくれるか?」


 にっこり笑っていたサッケツも、すぐにガーディアンスパイダーの亡骸を見て、検証に移った。

 動かなくなった足や残っている岩の傷を確認し、中身を丁寧に分解していく。


「これは力任せにねじ切っていますよ。よほど力がなくちゃできません。それからこの酸の粘液ですが、こんなもの見たことがありませんよ。なんの魔物ですか?」

「地下にいた魔物が出て来たんだ?」

「春でもないのに?」

「地底湖に繋がる横穴にいたんだけど、天井が崩壊してね」

「なるほど、予定外の魔物ということですか。それにしてもその魔物はよほど固い。住んでいる場所も固いんですかね?」

「ああ、トレントが根を張れないくらいには固い。重みには耐えられなかったようだけどね。ただ、湧き水は染み出していた」

「浸食を繰り返していけば、脆い部分も出てくるんでしょう。固い岩も長い間、水を落としていれば穴が空きます」


 崩落の原因はそういうところにあるようだ。


「実は、このガーディアンスパイダーを殺した犯人はまだ見つかっていない。どういう形状でどれくらい強いのかまだわかっていないんだ」

「おそらく甲殻類か昆虫に近いと思います。マキョーさんたちが探していなくて地下にいたとすると明るい場所を嫌うのかもしれませんね」

「昼間は地下に潜っているのかもな」


 谷にいるトレントの枝に魔石灯を大量に吊るしておくか。


『だったら、遺伝子学研究所のダンジョンにも協力要請をしておきましょう』


 音光機でジェニファーに連絡を取ると、ダンジョンの民が夜間狩猟で使っている虫がいると教えてくれた。


 俺は、サッケツに明るくして作業に当たるよう注意を促してから、遺伝子学研究所のダンジョンへと向かった。

 海岸線を南下していったが、道路工事がかなり進んでいる。作業をしているアラクネとラーミアに夜には仕事はしないように伝えてから、再びダンジョンへ向かう。


「その節はすみません」


 先日ダンジョン内で暴れまわっていた魔王こと山羊人間が申し訳なさそうに謝っていた。


「いや、その件で来たんじゃないんだ。実はな……」


 簡単に未知の魔物が地底から出てきたことを報せた。

 隣で聞いていた所長ことトカゲ人間も驚き、すぐに動くと言ってくれた。


「夜間の狩猟で使っているのは、閃光虫という周囲を一瞬照らす虫だ。危険な魔物に出会った時に驚かせて逃げるためにダンジョンの民には持ち歩かせているのだが、役に立つかい?」

「ああ、できれば、今夜のうちに夜討ちをかけようと思うんだ」

「わかった。夕方までには用意しておくよ」


 ホームの洞窟に帰って作戦会議をしようと思ったら、結局古株たちは全員集まっていた。リパも姐さんたちに作ってもらったという煮物を持って帰ってきていた。


「おそらく対象の魔物は、ムカデに似た表皮の固い虫の可能性が高い。これは植物園のダンジョンで争いがあった後、エルフたちが逃げ出していった先で食われた魔物だが、現在は古代よりも進化しているかもしれない」

 ヘリーが報告書を読み上げるように、書いたメモを読んだ。

「空から探してみてもそういう魔物がいなかったとハーピーたちは言ってた」

 カヒマンも報告してきた。

「ということは、明るい昼が苦手で夜型の魔物だろう。閃光虫をダンジョンに頼んできた。各自持って行くように。また、力がかなり強く固いこともサッケツの検証からわかっているから、なるべく近づかずに遠距離から戦ってくれ。他に何かわかっていることはあるか?」

「地底湖のヌシと言えば、白い大蛇の魔物でショ。確か、巨大魔獣の足を凍らせようとしていた。それが地下で君臨しているということは、その魔物にも氷魔法が効くかもしれない」

 チェルがまともなことを言い始めた。雨が降る可能性が高い。


「す、すぐにアイスウィーズルの魔石で杖を作る」

「相手は酸の攻撃もしてくるようですから、皆さん、魔境コインを持っておいてください。魔法の防御は溶けませんから」

 ジェニファーも装備の準備について共有していた。

 久しぶりに未知の強そうな魔物なので、皆気持ちが高ぶっている。俺より先に弱点を探し出して、駆除するつもりだろう。


「油断するなよ。ここは魔境だ。想定したことが起こるとは限らない。じゃ、各自準備に入ってくれ」

「「「了解」」」


 夕方までシルビアの手伝いをして、ダンジョンで閃光虫を受け取る。

 その後、谷の周辺で待機。日が暮れてすぐに横穴で動く者が見えたが、地上まで出てこなかった。


 結局、奴らが動き出したのは、小雨が降りだした深夜になってからだ。

 


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― 新着の感想 ―
[一言] 深夜かあ、そういう夜型なのね。 いやあ、やっぱ戦いってワクワクしちゃいますよね…。
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