【交易生活26日目】
夜の間に、砂漠の廃墟にいるハーピーたちの引っ越しが決まった。
引っ越し先は、古代の封魔一族が使っていた谷の住居を使ってもらう。枯れた巨大な蔓があるが、取り払えば雨風はしのげる。
「仕事があるのが嬉しいわ」
砂漠の軍基地へ、鉄鉱石を運ぶ仕事だ。谷には倉庫も準備しておいた。
東海岸の港も近いので、ダンジョンの民との交流もできるだろう。仕事で魔境コインを受け取れば、わざわざ強い魔物と戦う必要もない。
「生活の安心感が出るのがいい」
地図作りをしているハーピーたちも安心して、ダンジョンからそちらに引っ越していた。集合時間に間に合えば、どこに住んでもいいのが魔境のいいところかもしれない。
俺はというと、地図をまとめながら淀みができそうなところを潰していく。
行ってみると熊のヌシや猪のヌシなどがいる。意外にヌシの周辺を掃除していると、心地よさそうにしているので、嫌だとは思っていないようだ。
ただし洞窟に穴を空けたり、池に別の流れを作ったりするのはめちゃくちゃに怒り出す。ヌシの相手はチェルがいる時だけにしておいた方がよさそうだ。
獣たちの繁殖期は落ち着いてきたというか、ハーレムがいくつもでき上がることで自然と争いも消えていった。
海岸線の道作りについては、ラーミアとアラクネが得意であることがわかった。
「糸で直線引くのが得意だったのよね」
「私たちは種族的に均すって特技みたいなものだから……」
蜘蛛の糸と蛇の鱗が役に立つ。俺は木を切り倒すだけでよくなった。
「ダンジョンの民が働いてくれると、どんどん楽になっていくな」
獣たちも縄張りに入らなければ、こちらを見向きもしない。
午前中には俺の仕事は終わってしまっていた。
「今日は半ドンだったな」
ホームの洞窟前で、カタンと一緒に根菜のピクルスとワニハムを作りつつ、つまみ食い。
そんなことをしていたらヘリーにバレた。
「なんだ? マキョー、暇なのか?」
「暇じゃないよ。いろいろとやることは多い。昼寝とか日向ぼっことか掌の観察とかさ」
「そんないつでもできることは置いといて、ちょっと仕事を頼みたい」
「指名依頼か?」
「まぁ、そうとも言う」
「領主を雇うとなると、値が張るぞ」
「魔境のことでもある」
「そうか。仕方ない。サービスしておくよ。何の仕事だ?」
「前にエルフの国に向けて山脈に穴を掘っただろ?」
「ああ、ミルドエルハイウェイか?」
「そう。その先に非合法の交易村を作っているところなんだ」
「できるだけ合法的に作ってくれ。頼む」
「今は、ゴーストが管理しているのだが……」
「頼むから合法にしてくれ」
「なかなか作業が進まなくてな。密入国して、ちょっと土台だけでも整備してくれないか?」
「おい、聞こえているか? 合法的に、作業を、しろ!」
「やってくれるか。ありがとう。助かるよ」
ヘリーは最後まで俺の話を聞いていなかった。
「ヘリー、俺は、別に好き好んでエルフの国と敵対したいわけじゃないんだぞ」
「え? すまん。最近、耳が遠くてな。なんだって?」
「エルフのおババもそういう年か」
「おい! エルフに年齢のことを言うな! 私はこれでも若い方だ!」
聞こえてるじゃないか。
夜型で眠そうなヘリーを引っ張って、北の山脈へと向かった。
相変わらず、月下美人モドキは咲き誇り、そこら中で獣のハーレムが走り回っている。負けた獣の死体は植物に食べられたようだ。もしかしたら、その栄養が根菜マンドラゴラを育てるのかもしれない。
めちゃくちゃなように見えていた魔境の環境だが、時々、納得させられてしまう。
「アイスウィーズルがああやって氷の小山を作ってるだろう?」
抱えていたヘリーが指さす方向を見ると、氷の小山が出来ていた。
「あれは、どうやら爬虫類対策らしい。蛇に子を食べられないように巣を作っているのだ」
「氷魔法を会得したのは必要だったからなのか」
「そうかもしれない。ただ、突然変異が生き残っているだけかもしれないがな」
岩石地帯ではガーゴイルとキングアナコンダが争っていた。魔力を打ち消す毒を吐くキングアナコンダにはガーゴイルの擬態は意味がなかったようだ。ただ、ガーゴイルも擬態ばかりでなく、力も強い。そこへデスコンドルが即死魔法を放ってきて、ガーゴイルがキングアナコンダの身体を振り回して鱗で弾いたりしてる。
その争いをじっと森の方からワイルドベアが狙っていた。縄張り争いと子作りのための栄養補給とそれぞれ事情があるのだろう。
「さぁて、着いたな。とりあえず、トンネルの中に生えている草は焼いてしまってくれ」
「酸欠になるから風は送ってくれよ」
「残念だけど私は魔力を使えるようになっても魔法は使えないんだ」
「いや、魔力で干渉すればいいんだって」
「そんなことができるのはマキョーくらいだといい加減気づいてくれ」
「え? できるだろう。風が吹いているんだから、その力を利用するんだよ。ほら」
風に魔力で干渉して突風を吹かせた。トンネルからゴォッ!という音が鳴り響いている。
「そうやってほいほいと魔法を作るから、チェルを悩ませるんだ」
「魔族の分類学は俺には難しいんだよ」
「私は魔法陣を描いた方が早い。それでいいな?」
ヘリーは近くの岩を削り、魔法陣を描いていた。
魔力を込めれば、トンネル内に風が吹いてくる。
あとは俺が火魔法を拳に纏わせて回転させるだけで、カビや苔、シダなんかを焼いていった。焼きながら叫び声も聞こえていたから、魔物も混じっているのかもしれない。
「たぶん、山賊の使い魔だろう。気にするな。魔境の中に入ってきたら、魔物たちが始末するさ」
アバウトだが、それが最も確実に魔境を防衛する手段なのだろう。1000年は破られなかったようだから。
トンネルを抜けて、森に出た。
「で、エルフの国側がこれか?」
アルラウネと呼ばれる人型の植物の魔物と山賊らしきエルフたちが森の中で息をひそめてこちらを見ていた。
「あれで隠れているつもりなのだ。許してやってくれ」
「そうか。秘密の取引所はどこだ?」
「獣道がついているだろう?」
「どこにでもついてるじゃないか」
「こっちだ」
ヘリーは森を走りだした。潜んでいたエルフたちは特に追いかけてくるわけでもないらしい。
「俺たちを監視しているわけじゃないのか」
「それは違う。我々の森の中を移動するスピードについて来られないだけだ」
森に住むエルフたちが、ついて来られない速度だったのか。
「きっと、我々が突然消えたように見えたはずだ」
「そんなに速くはないだろう」
「あり得ないものを見た時は、脳の思考が停止するからな。ほら、そこだ」
適当なことを言っているヘリーだが、秘密の取引所はしっかり覚えていた。
「最近、気づいたことがあるのだけど、よく森の中にあやしい婆さんが一人で住んでいることがあるだろう。あれは、領地と領地の間で秘密の会談や商談をするための場所で、婆さんは管理人だったのではないかと」
「俺の実家の近くにも森にオババがいたけど、口減らしのために息子に捨てられたんだけど、なかなか死ねないから村に下りて来たって言ってたけどな」
「人生って難しいな」
俺はひとまず地面に隠された倉庫を確認。立派な地下室があるので、そこを起点に、柱の位置を決める。
「建材は魔境から運んでくるのか?」
「いや、そこら辺のを使ってくれ。この森は領地同士の間で手付かずなのだ。いい加減、間伐をしないと地崩れが起きそうだし、適当に間引いてくれると助かる」
「了解」
木を切り、柱を作って重ねておいた。
土台には、ここでも魔境のヤシの樹液と砂利と砂を混ぜたセメント。熱には弱いが、時魔法の魔法陣で固めてしまうので、問題はないだろう。魔境コインを作る時に失敗した焼き鏝がここで生きてくる。
柱を立てて、端材で壁板を張っていく。魔力のキューブで溝を掘ってはめ込むだけの簡単なものだ。
「屋根もない囲いができたな」
「ドアもなくていいのか?」
「入口があると誰かが入ってしまうだろう」
エルフのオババは時々意味の分からないことを言う。
「大丈夫だ。ダンジョンの入り口と変わらないさ」
ヘリーは幾何学模様で、壁にドアの形を描いていった。
「魔力を流せば、いちいち蓋を開けずに地下室へと通じている。便利だろう? 蓋を開けないから雨も入ってこない」
「いいな。だったら地下を広げておくか?」
「いいけど、掘った土をどうする?」
「ダンジョンが食べる」
「ああ、そうだったな」
俺は取引所の地下室に入り、魔力のキューブでズボッと土の塊を取り出し、広井の中に収納されていたダンジョンに食べさせた。
消化していいのか聞いてきた。土だろうと鉄鉱石だろうと、ダンジョンは消化しようと思えばできるのだ。
「どんどん食え。それから、こういう秘密の場所も覚えておいてくれ。テーブルに椅子が二脚。それだけあればいい」
ダンジョンはわかっているのかわかっていないのかわからない返事をして、土の塊を口に放り込んでいた。
地下室を3倍ほど大きくしてから、表に出た。
ちょうどヘリーが山賊たちを縛り上げているところだった。20人近くいるが、俺たちが作業している間に一人で済ませていたらしい。
「殺して霊体を働かせるか、それともこのまま牢屋敷に投げ込むか、考えたのだけれど、こいつらに働いてもらうことにした」
「そうか。秘密の取引所は、エルフたちで運営してくれ」
「わかった」
「お前たちはこの囲いを中心に、隠れ里を作ってくれ。いずれ精霊樹も植える」
ヘリーは山賊たちに説明した。
「もしも断ったら!?」
「断ったら魔境と敵対することになる。これから縄代わりの蔓を解いていくが、呪いをかけておいた。逃げ出したり、敵対したり、衛兵に密告すると、再び手首に蔓が巻き付いて手が使えなくなる。わかるか?」
「わかる」
山賊たちは全員頷いた。解いてほしいのだろう。
後で聞いたが、頷いて了承してしまったがために呪いが発動することになるのだとか。
「では、よろしく頼む。また冬になれば、物資を持ってくるからそのつもりで動いてくれ」
俺とヘリーは立ち尽くす山賊たちを置いて、魔境へと帰った。
「あの場所がバレたらどうする?」
俺は一応、魔境の領主として聞いた。
「バレていないとでも思ったか? そんなにエルフの国の魔法省はバカじゃないよ。全部、樹上にいた使い魔の目で見ていたはずさ。役人ではなく山賊が来たということは、今のところ不問にするということだ」
「そうだったのか」
確かに、樹上から視線は感じていた。
「それに、今回は出していなかったけど、霊たちもいる。あの取引所は、山賊の助けがなくても安泰だ。あとは禁呪に禁止薬物、偽造魔道具、何でも取引できるから、白亜の塔にある隠し金庫を空っぽにしてやろうか」
魔境のエルフは悪事に慣れているらしい。
「味方のうちは頼もしい限りだ」
「マキョーを敵に回す愚か者は魔境にはいないよ」